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青井が戻ってきた。
「先輩、コレじゃないですか?」
青井の手にはサイン入りの手袋が。
「おぉ、マジか。ありがとう。よくわかったな」
「さっき取材してたの、後ろで聞いてましたよ」
こういうところが、ボートレーサーとして、後輩として、凄く感じる。目配り、気配り、心配りが完璧に近い。
誰も見ていない、気にかけていない事にも気付くところが、レースにおいても生かされるのだろう。
青井が自分の近くにいる後輩の中では実力、人気ともに一番になっていくだろう。
どちらかというと、自分が先輩でよかったと感じるほどだ。
こんなに仕事もきっちりとこなす青井の下では、何をするべきか迷ってしまうだろう。
青井から受け取った手袋をはめ、気合を入れ直す。
「あの、すいませんけど、大量の塩は勘弁してもらえませんか?」
ここは青井のためにも、中川さんに直接言う。
「お清めだろ?」
「量が多すぎて、地面も危ないんで、すいません」
中川さんは不満そうな顔をしながら最後は「ふぅん」と気の抜けた返答をするだけだった。
「集合!!」
職員の声が響く。
「敬礼!」
1号艇の自分が掛け声担当のために声を張り上げる。
誰よりも敬礼の掛け声は気合を入れるつもりだ。
それは「敬礼」の言葉に、レースに出場する選手6人全員が無事故で完走しゴール出来るように、
そしてスポーツマンシップを守り、クリーンなレースになるように、そして全員の気合が入るように。
全員が全力でかかってこいといったところだ。
気がつけば、中川さんが指先につまんだ塩をパラパラと撒いている。
お清めと言うなら、その量が正しいだろう。