02_死に戻り(3)
そのあとわたしは、自分よりもやや年上に見えるメイドに案内され、屋敷の中のひと部屋へと通される。
室内をぐるりと見回す。
正面にはガラス張りの大きな窓があり、窓の向こうには夕暮れどきの美しい庭園が広がっている。
趣のあるテーブルや絹張りのソファ、幾何学模様の装飾が施された文机が配置され、奥にはベッドルームと衣装部屋、浴室にそれぞれ続いていると思われるドアが三つ。
部屋の中は、記憶とまったく一緒だった。
(……最初のうちだけあてがわれた客間だわ。でも結局、屋根裏部屋に移されたのよね……)
メイドは冷ややかな視線をわたしに向け、
「──湯浴みの準備をしてまいりますので、少々お待ちください」
そう言って、部屋から出ていく。
ドアが閉まったあと、わたしはズルズルと床に座り込む。
過去では屋敷に到着した夜、父と義母、義姉、そしてわたしの四人での晩餐があったが、先ほどのわたしの態度のせいで明日に変わったようだった。
(腹の底ではわたしの死を願っている人たちと晩餐なんて……。これから、どうしたら……? また同じことを繰り返さなければいけないの……?)
このままこの屋敷にいれば、また魔力を取り出され、再び死を迎える末路は目に見えている。
しかし屋敷から逃げ出せたとしても、わたしの魔力が必要な限り、あの人たちはきっとどこまでも追いかけてくるだろう。
頼るあても、手持ちの貨幣すらない子どものわたしが、権力を持つ伯爵家相手に逃げおおせるだろうか……。
わたしは、首を左右に振る。
無理だ。捕まったら最後、過去よりもひどい仕打ちを受けるかもしれない。
わたしはしばらく考え込んでいたが、ふいに思い立ち、急いで立ち上がる。
そっとドアを開いて、左右を見回し、誰もいないことを確認してから部屋を出た。
あたりを見渡しながら、階下へと下りる。
ドアがわずかに開いている部屋に静かに近づく。
部屋の中からは、先ほどから金切り声が響いている。
「──あなた! 本当にあの薄汚い娘があなたの娘ですって⁉︎」
怒り狂ったような声をあげているのは、義母だ。
それに対して、ため息まじりで父が、
「……ああ、そうだ。教会にある金の杯で血縁関係を確認した、間違いない。でもあの女が私の知らない間に勝手に生んでいたんだ。私のせいではない。何度もそう言っているだろう」
すると義姉が、
「お父さま、あの娘は平民のメイドの女が生んだのですよね? なのに、本当に魔力があるのですか?」
父は一瞬の間を置いたあとで、
「……ああ、司祭が間違いないと言っていた。わかる者に確認させたと。それに、魔力の量もかなり多いと……」
「なんてこと! メイドから生まれた娘のくせに──!」
義母が叫び、テーブルを強く叩く音がする。
父が深いため息を漏らし、
「落ち着け。これから順調にいけば、来年の春に開催されるお前の社交界デビューのデビュタント、それと同時に行われる魔力量の鑑定までには間に合うはずだ」
ひと呼吸あったあとで、義姉が口を開く。
「──ええ、何がなんでもわたくしのデビュタントまでには間に合わせてもらいます。だってあれは、元々わたくしのものなんですから」
冷ややかな声ではっきりと告げる。
「ええ、そうですよ、マルグリッド。不幸にもこんなことになってしまったけれど、この伯爵家の娘は、あなただけなのですからね」
「ああ、そうだ、私の娘はお前だけだ。こんなことにならなければ、あんな下賤な娘、この伯爵家に迎え入れるわけがない。お前がこの伯爵家を継ぐにしても、格上の良家へ嫁ぐにしても、あの娘の魔力をなんとしても取り出さなければ──」
そこで父はソファから立ち上がったのだろう、部屋の中をうろうろする気配を漂わせながら、
「今日からしばらくはあの娘が逃げ出さないように、私たちが受け入れたと信じ込ませてくれ。まあ、逃げ出したところで、身寄りのない小娘のできることはたかが知れているがな。だが、なるべく事を荒立てずに進められたほうが都合がいい。
それで警戒心が解けた頃合いをみて、教会へ連れて行くんだ。一度で済ませられないのは面倒だが、あとのことは司祭がうまくやってくれる。お前のデビュタントまでに、定期的にあの娘を教会へ連れて行って、そのたびに魔力を取り出せばいい」
「ええ、わかってますわ。礼拝集会に行くとでも言えば、教会へ連れ出すのは造作もないですわ」
義姉が、ふふふと薄笑いするような声音で答える。
わたしはぐっと唇を噛みしめ、その場をそっと離れる。
あてがわれた客間に戻ると、ソファに倒れ込んだ。
過去の自分は、この高価なソファを汚しでもしたらと思うと怖くて座ることすらできなかった。ずっと立って待っていたら、あとで現れたメイドに冷ややかな目で見られ、陰で嘲笑された。
わたしは、ふっと口元をゆがめる。
先ほど耳にした、父と義母、義姉の三人の会話が頭から離れない。
(過去も、そんな話をしていたのね、きっと……)
わたしは大きく息を吐き出す。
(あのときのわたしは、自分に魔力があることすら、ううん、魔力がなんなのかさえ知らなかった……)
この屋敷に連れてこられ、魔力を取り出されるときになってはじめて知ったのだ。
行き場のない怒りがふつふつと湧き上がる。
過去の自分はこの美しく整えられた部屋で、これから新しくできた家族と暮らす生活を想像しながら、晩餐の声がかかるまでじっと待っていた。
伯爵家の豪奢な屋敷に自分がふさわしいとはこれっぽっちも思わなかったが、最愛の母を亡くして悲しみに暮れ、頼る人もいなくなったわたしをあたたかく迎えてくれる場所があったことが何よりもうれしかった。
でも──。
「愚かにもほどがあるわね……」
わたしは、死に戻る前の自分を嘲笑う。
『立場をわきまえなさい──!』
過去に幾度となく浴びせられた、義姉の蔑みの言葉が鮮明によみがえる。
「──ええ、そうね」
わたしは誰に言うでもなくそう口にすると、静かに立ち上がる。
「立場をわきまえろと言うのなら、正しくわきまえてやるわ。今度は魔力を理不尽に奪われたりしない。わたしの魔力はわたしのものよ──」
固く決意するように、わたしは言葉を吐き出した。
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