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02_死に戻り(2)

 すると司祭が、


「ステアや、教会のほうへちょっと寄っていってくれるかい?」


「え──」


 わたしは、大きく目を見開く。


(……そう、前もそう言われて、なんの疑いもなく教会に寄ったわ。でも、そのあと──)


 繰り返される出来事を前に、わたしは青ざめる。


 ひとまずこの場から離れなければ、そう思った。


「し、司祭さま! わたし、急ぎの用が──」


 わたしが口にするやいなや、司祭はわたしの手首をぐっとつかみ、強引に引っ張る。


「そうか、でも私のほうも急ぎなんだ、すぐ済むから」


「司祭さま! でも──」


「いい子だから、さあ、来ておくれ」


 有無を言わさず、力ずくで教会へと連れていかれる。


(もし、本当に一年前に戻ってるなら、あの人が──)


 わたしの体は、カタカタと小刻みに震える。


 ここが過去のわけがない、そう思いながらも、現実は残酷にもあり得ない事実をはっきりとわたしの目の前に提示した。


 祭壇の前、そこにいたのは──、身なりのよい中年の紳士。


 きれいに整えられた銀髪に、チェリーブラウンの瞳──。


 その銀髪は、わたしのようにはくすんでおらず、陽の光を反射する雪のように輝いている。


(うそ、でしょう──)


 これから起こる出来事が鮮明に頭の中に思い浮かび、わたしはがく然とする。


 祭壇前の石座の上には、大きな金の(さかずき)


 司祭は、強引にわたしを引きずっていく。


 杯の中には、水がたっぷりと注がれていた。


「や、やめてください、司祭さま──!」


「ステア、私の言うことに黙って従いなさい」


 司祭は懐から取り出した小さなナイフで、ためらうことなく、わたしの指先に傷をつける。


「──ッ!」


 傷口からじわりとにじむ血を金の杯の中に垂らす。


 鮮血が水に溶けて広がる。


 司祭はもう用済みとばかりに、乱暴にわたしの手を放す。


 続いて、銀髪の紳士が同じく指先から血を垂らした途端、杯の中の水が金色に光り輝いた。


 紳士は眉間にしわを寄せたものの、すぐに、


「──はははっ、本当に司祭の言うとおりだとはな」


 そう言ったあとで、蔑むような冷たい視線をわたしに投げかけるも、すぐにわざとらしいくらいの偽善的な笑みを浮かべ、


「名はステアと言ったか。いままでなんの音沙汰もなく、本当にすまない。お前の存在を私はつい最近まで知らなかったんだ。司祭から、もしやと連絡を受けたのだが、本当に私の娘だったとは……」


 と言って、すまなそうに詫びる。


 その言葉に、司祭は私利私欲などないような微笑みで、


「ええ、ですから申し上げましたでしょう。あなたさまの娘ではないかと」


 と言ってからこちらに目を向けるが、すでにその腹の底のどす黒さを知っているだけに、わたしの背筋が寒くなる。


「ステアや、このお方はお前のじつのお父上だ。ウィルクス伯爵とおっしゃる。よろこびなさい、今日から娘として伯爵家に迎え入れてくれるそうだ」


 そのあと、わたしは豪奢な馬車に無理やり押し込まれた。


 もはや疑う余地はなかった。


(過去に……、死ぬ一年前に、戻っている──)


 馬車の中、目の前に座るのは自分の父であるらしい、ウィルクス伯爵と呼ばれる中年の紳士。


 わたしの視線に気づくと、貼りつけたような笑みで、


「すまないな、迎えに来るのが遅くなってしまって。お前は私の娘だ、これからは一緒に暮らそう」


 その言葉を聞いた瞬間、わたしの心臓が一気に冷える。


 と同時に、あまりのばかばかしさに笑いそうになる。


(前もそう言ってたわ……。そして、過去のわたしは愚かにもその言葉を信じた。母は失ってしまったけど、これからは父と一緒に暮らせるんだって、うれしくて泣いたわ……)




 その後、夕刻の鐘が鳴る頃になってようやく到着した先は、伯爵家の名にふさわしい広大な庭園と豪奢な白塗りの邸宅だった。


(この屋敷も、覚えてるわ……。まさか、もう一度目にすることになるなんて……)


 両開きの大扉から邸宅内へと入る。


 広々としたロビーがあり、二階へと続く階段から下りてくるのは、きらびやかなドレスに身を包んだ淑女と若い令嬢。


(……お義母さま、……お義姉さま)


 わたしを死へと追いやった人物だった──。


 わたしは湧き上がる憤りを堪えながら、死に戻る前の出来事を思い出す。


 義母がわたしに近づき、優雅に微笑む。


(『ようこそ、ステア。あなたがわたくしの義娘になるのね、歓迎するわ』)


「ようこそ、ステア。あなたがわたくしの義娘になるのね、歓迎するわ」


 頭の中とまったく同じ言葉を吐かれ、ぐっと拳を握りしめる。


 義母の隣に視線を向ける。


 父である伯爵と同じ、輝く銀髪にチェリーブラウンの瞳を持つ、一際目を引く若い令嬢。


 義姉のマルグリッドだ──。


 その容姿からも、この伯爵家の正当な娘であることは一目瞭然で、はじめて対面したときは、あまりの美しさに萎縮するほどだった。


 しかし、そのゆがんだ性格をいやというほど知っているだけに、いまは見せかけの美しさをまとった毒花にしか見えない。


 わたしは記憶を探り、心の中でつぶやく。


(『はじめまして、ステア。マルグリッドよ。わたくしのことは、本当の姉だと思ってもらえるとうれしいわ』)


「はじめまして、ステア。マルグリッドよ。わたくしのことは、本当の姉だと思ってもらえるとうれしいわ」


 予想していても、繰り返される言葉に寒気がする。


(やっぱり……。何から何まで、まったく同じだなんて……)


 義母と義姉は、本当にわたしを歓迎するかのようにあたたかい笑みを浮かべている。


 その微笑みの裏に大きな憎悪と侮蔑が隠れているとも知らずに、わたしは家族として受け入れてもらえるのだと信じてしまった。


 そんなはずはみじんもないのに──。


 めまいがする。


 足元がふらつきそうになるのを、かろうじて堪える。すると、


「あら、顔色が悪いわね?」


 義母が気遣うように、わたしに目を留める。


「突然のことで疲れたんでしょう、ねえ、ステア?」


 同じく義姉も、わたしを心配するそぶりを見せる。


「い、いえ、大丈夫です……」


 わたしは必死で微笑む。


 過去とは異なる展開だった。


(あのときのわたしは、新しく家族ができたのがただただうれしくて涙を流した……。でも、本当に何もわかっていなかったのね……)


 生前の母がわたしの父のことを頑なに語らず、母娘ふたりでひっそりと暮らしていたことを思えば、父の家族に歓迎されるわけがないといまならはっきりとわかる。


 わたしがうつむいたまま何も言わないでいると、義母と義姉はわずかに苛立ちをにじませるも、顔を見合わせたあとで切り替えるように、


「よほど疲れているようね。今日はゆっくり休むといいわ。すぐにあなたの部屋に案内させるわね。そうね、歓迎を兼ねた晩餐は明日にしましょう」


 と義母が言い、続けて義姉がやさしく微笑む。


「ええ、そうしましょう。じゃあ、ステア、また明日」



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