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【番外編SS】当たってないとは言わせない

 わたしは初歩的な魔術について書かれた本を片手に、魔塔の広々とした石造りの廊下を進んでいた。


 廊下の左右には天井まで届くほど大きく取られた窓があり、春の心地よい陽の光が廊下に差し込んでいる。窓の向こうには、新しい葉を芽吹かせた木々も見える。


 しかし、この陽の光も木々も、すべては魔術によってそう見えているだけらしい。


 エバンからそう教わったのは、一か月ほど前、わたしがこれから魔塔に所属するため、塔の中にはじめて足を踏み入れたときのことだ。


 そのときのわたしは、エバンの言葉がすぐには信じられなかった。


 しかし、促されるまま窓ガラスを開けた瞬間、目の前がさっと真っ暗闇に変わったので、驚きのあまりポカンとしてしまったことは記憶に新しい。


 魔塔は、外界(がいかい)から距離を置く存在。古の魔術師によって、世界の狭間に置かれた塔だということがよくわかる。


 なんでも、窓ガラスの向こうの景色は、外界の季節に合わせて変化するらしい。


 わたしは廊下をしばらく進み、突き当たりにある部屋にたどり着く。


 エバンの研究室だ。


 本当なら、魔塔のあるじにあてがわれている魔塔の最上階にある専用の部屋があるらしいのだが、馴染みのある部屋のほうが何かと都合がいいからと言って、エバンは従来の部屋をそのまま使っている。


 わたしはドアを数度ノックして、


「──エバン、いる?」


 声をかける。


 すると、音もなく、スッとドアが開く。


 エバンが風の魔術で開けたとわかる。


 どうやら部屋の中にいるようだ。


 わたしが部屋の中に入ると、エバンは壁際にある机に向かっていた。


 机の上には、魔道具や本、書きつけ途中の紙、ガラス瓶などが所狭しと置かれている。


「悪い、いま手が離せないから、ちょっと待っててくれ」


 エバンは手元のガラス瓶から目を離さず、背後のわたしに声をかける。


 研究の途中のようだ。


 本人は、さほど研究熱心なほうではないと言っているが、寝食を忘れるほど取り組むこともあるのだから、わたしからすると十分研究熱心だと思う。そのあまりの熱心ぶりに、体を壊さないか心配になるくらいだ。


 わたしはエバンに近づき、彼の手元を覗き込む。


 左手には青色の液体が入った細長いガラス瓶、右手には黄色の液体が入った丸いガラス瓶がある。


 エバンは左手に持つ細長いガラス瓶をゆっくりと傾け、右手に持つ丸いガラス瓶に液体を注ぎ入れる。


 ふたつの液体が混ざると、さっと色が変わり、宝石のエメラルドのような鮮やかな緑色になった。


「わー、きれい」


 わたしは思わず、声を漏らす。


 しかし、エバンは期待外れのような表情で、それぞれのガラス瓶を木製の枠に立てかけると、手にした羽ペンで手元の紙に書きつけていく。


「……思ってたのと、違うの?」


 わたしは、エバンのほうに視線を向けて尋ねる。


 エバンは考え込むように、


「ああ、本当なら虹色に輝くはずなんだ。同じ配合なのに、何が違うんだ……?」


 と何やらぶつぶつと独り言をつぶやきながら、空のガラス瓶にそれぞれ青色と黄色の液体を注ぐ。


 エバンの動作を目で追いながら、


「虹色?」


 それは見てみたいかも、とわたしの中で好奇心がわく。


「それ、わたしが入れてみてもいい?」


 だめ元でエバンに訊いてみる。


「え、やりたいのか? ああ、いいぜ」


 顔を上げたエバンが笑う。


 わたしは手に持っていた本を机の上のわずかな隙間に置くと、それぞれのガラス瓶を手に持つ。


 先ほどのエバンのやり方を思い出しながら、同じように片方のガラス瓶をゆっくりと傾け、もう一方のガラス瓶の中に液体を注ぎ入れる。


 すると、ガラス瓶の中に入っている液体の色がさっと変わり、虹色に輝いた。


 わたしは目を見開く。


 すぐさま勢いよく顔を上げ、


「あ! 見て、虹色に──」


 その瞬間、何かがわたしの唇にかすかに当たった。


 目の前にはかつてないほどの距離に、エバンの金色の瞳があった。


 ばちりと目が合う。


 沈黙が部屋の中に漂う。


 ややあってから、エバンが、


「……いま、当たっ──」


 口を開きかけるが、


「あ、当たってない──!」


 すぐさま、わたしは慌てて否定する。


 顔が熱い。きっと真っ赤になっているはずだ。


(無理無理無理……! こんな事故みたいなキスが初めてのキスだなんて……!)


 わたしは心の中で叫び声をあげる。


 しかし、わたしの混乱をよそに、


「──はあ? いや、当たっただろ!」


 眉間にしわを寄せたエバンが椅子から立ち上がり、わたしに詰め寄る。


「ぜ、全然、当たってない!」


 わたしは目をそらしながら、力いっぱい言う。


「──なんでだよ!」


 エバンがますます不機嫌になる。


 気まずい沈黙が流れる。


 ややあってから、


「はあ……、ああ、そうかよ。そんなにいやなのに、悪かったな」


 エバンが深く息を吐き出し、怒ったような声音で言った。


 わたしは、はっとなり、


「あ、ごめん、いやとかじゃなくて──」


 慌てて顔を上げようとした瞬間──。


 勢いよく、ぐいっと頭をつかまれた。


 一瞬のことで、わたしは何が起きたのか分からなかった。


 目の前にはエバン。


 そして、わたしの唇には、彼の唇が強く押し当てられている。


 先ほどかすかに触れたのとは比べようもないくらい、しっかりと押し当てられていた──。


 わたしは、驚きのあまり大きく目を見開く。


 するとエバンはだめ押しとばかりに、唇を離すときに、わたしの唇をぺろりと舐めていった。


「────ッ‼︎」


 わたしは声にならない声を出す。


(な、な、舐めた──⁉︎)


 頭が混乱しすぎて、わけがわからない。


 呼吸の仕方すら忘れてしまう。


 エバンはにやりと笑って、


「これなら、当たってないとは言わないよな」


 わたしの顔が尋常じゃないくらいに真っ赤に染まる。


 どうすればいいのかわからなくなったわたしは、羽織っているローブのフードを勢いよくぐいっと両手で引っ張り、これでもかというくらいに顔を隠す。


 真っ暗になった視界の向こうで、


「……はあ、もう、かわいすぎるだろ」


 深く息を吐き出すようなエバンの声が聞こえ、わたしはますます顔を上げられなくなったのだった──。



ステアが魔塔に入って少し経ったくらいのエピソードでした!


「面白かった!」「ほかの作品も読んでみたい!」「応援しようかな!」など思っていただけましたら、ブックマークや、下にある☆ボタンを押していただけると、次回作もがんばれます!

よろしければ、よろしくお願いいたします(*ˊᵕˋ*)

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― 新着の感想 ―
ステラの魔力は取り戻す事ができたのかが凄く気になります。
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