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【番外編SS】まだ名前のない気持ち

「──そして、夜空の星をいくつも散りばめたようなとても美しいドレスを身にまとったお姫さまは、すてきな王子さまと一緒に、シャンデリアのきらびやかな光に照らされた大広間でダンスを踊りました。おしまい……」


 母はゆっくりと言葉を紡ぎ、おとぎ話を締めくくる。


 手元に本はなく、記憶を思い起こしながら語る物語だったとは思えないほど、最初から最後まで滑らかな口調だった。


 孤児院の裏手にある大きな(けやき)の木の下、孤児院で暮らす子どもたちが思い思いの格好で母の語る物語に耳をすませていた。


「わー! すてきー!」


「わたしも、ドレスきてみたい!」


「わたしも一度でいいからパーティーに行ってみたいなー、ね、ステアちゃんもそう思うでしょ?」


 孤児院の女の子たちは、口々に楽しげな声をあげる。


 訊かれたわたしも、憧れを押し隠しながら、


「うん……」


 小さく頷く。


 しかし、男の子たちは、つまらなそうに、


「けっ、なんだよ!」


「なー、これだから女どもは!」


 と唇をとがらせる。


 地面に腹ばいになったまま、足をばたつかせている子もいる。


「それよりメリンダ、もっとちがうはなしをしてよ!」


「おれ、勇者がでてくるやつがいい!」


「えー、お姫さまのはなしがいいー!」


 ひとつの物語が終わったとたん、男の子も女の子も、すぐに次の物語をせがむ。


 そのとき、母を呼ぶ孤児院の院長の声が聞こえた。


「あら、今日はここまでね! 違う物語は、また今度にしましょう」


 と言って、母が立ち上がる。


「えー!」


「今度までなんて、待てないよー」


 子どもたちは、ふてくされる。


 それをなだめてから、母は孤児院の建物のほうへと歩いて行った。


 すると、男の子たちはじっと座っていることに飽きたのか、すぐさまどこかに行ってしまう。


「あ、ねえねえ、ステアちゃん、ここに座って」


 わたしよりも三つ年上の女の子が手招きする。


 言われたとおり、わたしはその子の前に腰を下ろす。


「かみの毛、結ってあげるね」


 手を伸ばし、後ろからわたしの髪の毛を結いはじめる。


「あ、ずるいー!」


「わたしもー!」


 わたしの姿を見たほかの女の子たちが声をあげる。


「もー、あとでやってあげるから。座って待ってて」


 そう言って、年上の女の子は、わたしの横に順番待ちの女の子たちを並ばせる。


「ステアちゃんのかみの毛って、銀色できれいだよね!」


 慣れた手つきですいすいと三つ編みをしながら、年上の女の子が言う。


「うん、きれい! わたしのかみの毛もその色がよかったなー」


「ねー! それにステアちゃんのおめめは、チェリーの色だもんね!」


 順番待ちしている女の子たちが褒めてくれる。


 すごくうれしいはずなのに、わたしは素直によろこべない。


「えへへ、そうかなぁ……」


 あいまいに笑ってごまかす。


「──はい、でーきた!」


 年上の女の子が、両手でわたしの肩をポンと叩く。


 わたしは指先で髪の毛をそっと持ち上げて、結われている部分を確認する。


 頭の左右でわける形で、それぞれきれいに三つ編みされている。


 わたしは微笑んで、


「わー! ありがとう!」


 年上の女の子にお礼を言う。


 母とふたりきりで暮らすわたしにとって、孤児院の年上の女の子はお姉さんみたいに感じている。


「あ、先生が呼んでるー!」


 ひとりの子が、向こう側で院長が手招きしているのを見つける。


 欅の木の下にいた子どもたちは、一斉に走り出す。


 そのあとを追いかけようと、わたしもすぐに立ち上がる。


 スカートについた土ぼこりを急いで両手でパンパンと払い、足を踏み出す。


 でも、なんとなくすぐに向かう気になれなくて、足がぴたりと止まる。


 ぼんやりと、向こうに走っていくみんなの背中を見送る。


「……でもわたしは、お母さんみたいなこがね色のかみの毛に青いひとみが好き」


 ぽつりと言葉が漏れる。


 さーっと風が吹いて、木の葉が揺れる音がする。


「ステアちゃんー、はやくー!」


 向こうからわたしを呼ぶ声がする。


 わたしは、はっと意識を戻すと、急いで走り出した──。




          ***


「……ふーん、あいつ、黄金色の髪の毛に青い瞳が好きなのか」


 欅の木の上から飛び下りた俺は、無意識にぽつりと言葉を漏らす。


 盗み聞きするつもりはなかった。


 木の上で昼寝をしていたら、いつの間にかメリンダやステア、ほか子どもたちが集まってきて、下りるに下りれなくなってしまったのだ。不可抗力だ。


 俺は、向こうへ走っていくステアの後ろ姿に目を向ける。


 編み込まれた銀色の髪の毛が左右に揺れている。


 それをじっと目で追う。


 ステアの銀色の髪の毛は、少しだけ陽の差す冬の空みたいでどこか落ち着くし、深みのある赤にブラウンが混ざったチェリーブラウンの瞳はやさしげでずっと見ていても飽きない。


「……俺は、きらいじゃないけどな」


 なんでそんなこと思ったのかもわからないまま、俺はゆっくりと歩きはじめた──。



エピローグのエバンの行動につながる、幼少期の過去エピソードでした(*´▽`*)

楽しんでいただけますように…。

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