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11_エピローグ(2)

 わたしが驚いていると、王女はすっと真剣な表情を見せ、


「──ウィルクス伯爵家の爵位が王家に返上になったこと、誠に申し訳なく思う。ステア嬢、あなたなら当主としても立派に務めることができただろうに……」


 わたしは、驚きのあまり言葉を失う。


 ややあってから、はっと気づき、


「あの、もしかして、殿下はあのときすでに、わたしがウィルクス伯爵家の庶子だとご存じだったのですか?」


 しかし予想に反して、王女は首を横に振る。


「いいや、さすが知らなかった。やけに魔力量の多い令嬢だなとは思っていたが、それだけだ。それがまさか、噂になっているウィルクス伯爵家の謎の令嬢だとは思いもよらなかった。

 あのとき助けてもらったのは、本当に偶然だったんだ。護衛はいたんだが、ちょっとひとりのほうが動きやすくてまいたんだ。そうしたら運悪く、ごろつき連中に絡まれてしまってね。魔術を使って追い払うわけにもいかず、ひとまず走って逃げていたら、あなたが乗った馬車の前に飛び出していた」


 わたしは目を丸くする。


 貴族の令嬢がひとりで出歩くことさえまれなのに、幼い王女が動きやすいからという理由で護衛をまくとは、ずいぶん活発な方だなと思った。


 すると、王女はわたしの心の内を読んだように、


「ああ、言っておくが、わたしはただ観光をしにウィルクス伯爵領へ出向いたわけじゃないぞ。ステア嬢の進言をもとに、カラック男爵家がウィルクス伯爵家が行っている不正の実情を訴えてきたからだ。

 観光は表上の名目で、本当の目的は事実をたしかめるために、伯爵領を訪れていたんだ。でもその時点では、カラック男爵家はどこから情報を得たかは慎重に隠していたから、あなたからの進言だったというのはあとになってから知った」


 王女はそこで少し言葉を切り、やや眉尻を下げてから、


「不正についておおよその証拠はつかめていたんだが、そのほかにも、あなたの父であるウィルクス伯爵は自領にあるいくつかの教会と癒着していた。しかし信仰の自由のため、王家が教会に不当に介入することは禁じられている。

 なかなか踏み込めず、一旦王都に戻って態勢を立て直しはじめていたところ、ステア嬢の魔力が奪われる前代未聞の事件が起こってしまった。……未然に防げず、本当にすまない」


 わたしはなんと言っていいのかわからなかった。


 幼い王女が真実を暴こうと動いてくれていたことだけでも驚きなのに、こうして王女自らすまないと詫びを入れられるなど、誰が想像できただろうか。


「そんな、とんでもございません──!」


 わたしは強く言葉を発する。


「殿下自ら動いてくださり、本当に感謝申し上げます」


 王女は、ふむとひとつ頷いてから、上目づかいで、


「やはりつくづく惜しいな。それだけの資質と魔力量があるなら、伯爵家の当主としてふさわしいと言えたのに」


 わたしはありがたい言葉に感謝しつつも、首を横に振る。


「……身に余る光栄に存じます。しかし、このようなことを起こしてしまったのですから、爵位返上となるのは致し方ありません。それに伯爵家当主など、わたしには重すぎますから」


 わたしの言葉に王女はにこりと笑い、再び指先を頭上に掲げ、見えない膜を取り払うように手を左から右へさっと動かした。


 とたんに、あたりが騒がしくなる。


「せっかくの祝いの席なのに、邪魔をしてすまなかったな」


 そう言いながら王女は、わたしの隣にいるエバンについっと目を向ける。


 じっと見つめたかと思えば、視線を上下に動かし、少しばかり首を傾げたあとで、


「……ふむ、こんな感じが好みなのだな。派手めな黄金色の髪に青い瞳の男とは、少し意外だ」


「え……?」


 わたしは、エバンを確認する。


 どこからどうみても、黒髪に金色の瞳だった。


 わたしはわけがわからず、王女とエバンの間で視線を行き来させる。


 王女はふっと微笑み、


「まあ、今夜は楽しんでいってくれ」


 そう言ったあとで、わたしに顔を近づけ、


「……魔塔のあるじに会えるといいな。代替わりした新しいあるじは、どうやらかなり気性が荒いお人のようだ」


 そっとささやくと、軽やかに手を振り、去っていった。


 王女の姿が見えなくなったあとで、


「……え?」


 声を漏らす。


 先ほどからわたしの頭にはいくつもの疑問が浮かんでいる。


 首を傾げながらエバンを見る。


 エバンはなんでもないように、


「俺の姿はステア以外には、そう見えているはずだ。魔塔のあるじは外界(がいかい)と行き来することもあって、素顔が公になると何かと面倒だからな。こういう場では姿を変えてる。じじいもそうしてたし、代々の魔塔のあるじもそんなもんだって言ってた。まあ、じじいの場合は時々、本来の姿であちこち出かけることもあったみたいだけど。いまの俺は、とりあえず髪の毛と瞳の色だけ変えてる。それだけでもずいぶん印象が違うからな」


 わたしは目を瞬かせる。


『魔塔のあるじに会えるかどうかはわからない』


 あのとき、馬車の中で王女が言った言葉の意味がようやく理解できた。


 魔塔のあるじは人前では姿を変えている、だから会えるかどうかわからないというわけだ。


「……もしかして、さっきの感じだと、殿下はエバンが魔塔のあるじだって気づいていない上に、本当の姿も知らないってこと?」


 わたしは、こそっとエバンに訊く。


「ああ、俺の魔力量はぼやかしてるし、俺が本来の姿で対面するのは国王くらいだろうな。そもそも、魔塔のあるじは相当な年寄りだっていうこれまでの勝手な先入観もあるだろうし、なおさらわからないんじゃないのか」


「なるほど……」


 そう言って頷いたあとで、わたしはふと気になり、


「もしかして、わたしもいつか姿を変えれたり、する……?」


 やや期待を込めて訊いてみる。


 エバンは、うーんと言ってから、


「まあ、髪の色くらいなら変えられるようになるんじゃないか。でも、その前に魔力の扱い方と基礎的な魔術を覚えるのが先だろ」


 予想外に期待のもてる返事が返ってきて、わたしは素直にうれしくなる。


 なせなら、わたしはこの春から魔塔に所属することが決まっているのだ。


 これまで正式な教育と呼べるようなものを受けていないだけに不安はあるが、幼い頃、先代の元魔塔のあるじから直々にお誘いをもらえたように素質はあるらしい。


 春からがんばろうと、改めて気を引きしめる。


 そこで、そういえば、と思い、


「エバンは、さっきの殿下とわたしとの会話聞いていたの?」


 と尋ねる。


 王女が防音の魔術をかけてくれていたが、エバンには聞こえていたのだろうか。


「ああ、チビなのに水の魔術をうまく使って防音膜を作ってたな。まあ、聞こうと思えば聞けたけど、話の内容は予想できたから聞くまでもない」


「水の魔術……」


 ということは、王女は水との相性がいいのだろう。


 しかしながら、一国の王女をチビ呼ばわりするとは。


 誰かに聞かれたらと思い、わたしはハラハラする。


 ややあってから、エバンが何かに気づいたように、あたりを見回す。


 わたしもその視線を追う。


 すると、やけに周りの参加者たちから遠巻きにじろじろと見られていることに気づく。


 第四王女から声をかけられたとあって、思いもよらぬ形で注目を集めてしまっているようだ。


 エバンが面倒くさそうに、眉間にしわを寄せる。


 わかってはいたが、やはりこういった大勢の人が集まる場はきらいなようだ。


 わたしはエバンのほうに顔を傾け、


「そういえば、そもそもエバンならいやなものは何がなんでも断りそうなのに、なんでパーティーに参加したの?」


 この新年を祝うパーティーに参加する際のパートナーとして誘われたときから、ずっと疑問だった。


 エバンは、信じられないとばかりに目を見開く。


 その反応に、逆にわたしのほうが驚いてしまう。


「え、何か変なこと訊いた……?」


「はあ、なんで、俺がこんな……」


 エバンは盛大なため息を漏らし、片手で顔を覆う。


 わたしはわけがわからず、戸惑う。


「──はあ、ちょっと来い」


 エバンはもう一度大きなため息をついてから、ぐいっとわたしの手を引っ張って、やや人気のない広間の脇にあるバルコニーへと連れていく。


 バルコニーの石の手すりを背にしたわたしの目の前に、エバンが陣取る。


「昔、お前が言ってただろ? パーティーに一度でいいから行ってみたいって。あの言葉はうそか?」


 やや不機嫌そうに、金色の瞳がじっとわたしを見つめる。


「え……? パーティー?」


 わたしは、首を傾げる。


「覚えてないのか⁉︎ 言ってたじゃないか! 昔、メリンダがおとぎ話を聞かせてくれたときに!」


 急に亡き母の名をもち出され、わたしは目を丸くする。


 記憶を探りに探って、ようやく思い出す。


「──あ!」


 そういえば、そんなこともあったかもしれない。


 孤児院で母が聞かせてくれたおとぎ話の中には、きれいなドレスを身にまとったお姫さまがきらびやかなパーティーで、すてきな王子さまとダンスを踊る、そんな物語があった。


 それを聞いたとき、わたしだけでなくその場にいた女の子全員、自分もそんなパーティーに行ってみたいと声をそろえてはしゃいだ。あの年頃の女の子なら、誰でも憧れをいだくものだ。


 エバンは髪の毛をくしゃりとかき上げる。きれいに整えられていた髪の毛がぴょこんと跳ねる。


「あの……、もしかしてそれで……?」


 わたしは、下からエバンの顔を覗き込む。


 薄暗いのではっきりしないが、かすかに耳が赤くなっているようにも見える。


 思わず、クスッと小さく笑ってしまう。


 エバンがもっと不機嫌になる。


「──おい」


「ごめん、ごめん」


 わたしは謝る。


 こんなにもきれいなドレスを着て夢みたいなすてきなパーティーに参加できたことよりも、エバンがそんな幼い頃のわたしのささいな言葉を覚えていてくれたことが、何よりもうれしかった。


 わたしは両腕を伸ばして、乱れたエバンの髪の毛を整える。


 そのままゆっくりとエバンの頭を引き寄せ、彼の額にそっとキスを落とす。


 猫の姿のときに何度もしていたことだが、人間のエバンにするのはかなり勇気が必要だった。


 それでも、無性に彼に触れたくなった。


 エバンが、大きく目を見開く。


「──くそっ!」


 そう言って、エバンは赤くなった顔を隠すように顔を背ける。


 それがどうしようもなくかわいくて、わたしはもう一度引き寄せて、その額にキスをした──。





\完結しました/


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完結した今回の作品以外にも、短編・連載作品投稿しています。また違った内容・登場人物たちになっているので、楽しんでいただけるとうれしいです!

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