09_エバン(2)
それから、四年の年月が流れた。
俺は十四歳になっていた。
魔力の制御もうまくできるようになり、大昔の魔術師たちが使っていたとされる風や火、水、土の四元素を魔力で自在に操れる方法も習得しつつあった。
特に俺は、風との相性がいいみたいだった。
魔塔にいる魔術師は一定量の魔力を持っているとされているが、それでも魔術師なら誰でも四元素を操れるわけではなく、ほんの一握りのようだった。
そうした現実を知ると、俺にとっては気にしたことのない自分が持つ魔力の量が尋常じゃなかった事実に気づかされ、やはりステアから離れてよかったのだと自分に言い聞かせた。
もしそばにいれば、また傷つけてしまうかもしれない。
もう二度とあんなことは起こさないと思うものの、この世に絶対などない。
自分の未熟さも、無力さも、ステアを傷つけてしまったあのときにいやというほど自覚した。
それに、魔塔での生活はそれほど悪くなかった。
なんだかんだいっても、じじいは魔塔のあるじと呼ばれるだけあって、四元素を自由自在に操り、制御するすべを持っていて学ぶことは多い。あらゆる魔術の研究に関しても、じじいの魔力量と知識があればこそだった。
本人には口が裂けても言いたくないが、少しは尊敬もしている。
いまとなっては、俺が魔塔に来るのは最善だったんじゃないかとさえ思う。
ステアとのことがなくとも、遅かれ早かれ、俺の魔力は抑えきれなくなっていただろうから……。
元々魔力どころか、魔術や魔塔についても何も知らなかった俺だったが、魔塔に来たあとで、このデルクセン王国の王家と魔塔は、適度な距離を保ちながらも一定の協力関係にあると知った。
魔術の研究は一部は王国のためともされるが、俺にはそんな気持ちはこれっぽっちもない。ただ、すべてが回り回ってステアがしあわせに暮らせることにつながると思えばこそ、進んで取り組めた。
***
「数年後には、じじいを追い抜いているかもな」
ある日、じじいの研究室で俺はソファに寝っ転がりながら、実験用に作った疲労回復効果が含まれる甘いお菓子を頬張りながら言った。
こんな皮肉は日常茶飯事だ。
じじいも慣れていて、たいてい「また減らず口を叩きおって、百年早いわ!」とかなんとか言い返してくる。
でも、その日は違った。
何やら考え込むそぶりを見せたあとで、やけに真剣な眼差しで俺を見つめる。
その眼差しは、俺が魔塔に連れてこられた日のことを思い出させる。
「……な、なんだよ」
沈黙に耐えかねて俺は口を開く。
じじいは俺から目をそらさず、
「……エバンや、お前をこの魔塔に連れてきた日、わしが『魔塔に入る者は必ず外界との縁を切る』と言ったことを覚えておるか?」
俺は、いまさら何を、と思い、はっと鼻で笑う。
「ああ、はっきりとな」
魔塔に所属する魔術師は外界と縁を切るのが前提で、もし仮に魔術師が魔塔の外に一時的に出ることがあれば、それは俺が魔力を暴走させたときのような、よほどの出来事が起こったときだけだ。
しかしそれも、じじいに言わせれば、そんな事態になることはまずないだろうということだった。
俺はじじいから視線を外し、お菓子をもうひとつ頬張る。
じじいは俺から目を離さず、
「しかし、外界と自由に行き来することが許される方法がひとつだけあるとしたら、お前はどうする?」
俺はソファからずり落ちそうになった。
いや、実際にはずり落ちていた。しかし、すぐに頭を働かせ、
「──冗談でも笑えない」
じじいをにらみつける。
そんな方法があると知っていれば、どんな手を使ってでも実行していたはずだ。
魔塔にいることが最善だと納得していても、どれだけ年月が経とうとも、悪あがきのように本当の意味では受け入れられていない。
ステアを忘れたことなど、一日だってないのだから。
じじいは、ふっと微笑み、
「お前さんをからかうのは、この老いぼれの楽しみじゃが、冗談ではない。方法はひとつだけある。──それは、お前が”魔塔のあるじ”になることじゃ」
じじいは、さらに続けて言った。
「いくら魔塔が外界から距離を置く存在だとしても、この世界、このデルクセン王国にある限り、王城で王と謁見したり、外界のことを目で見て確認したりする必要が出てくる。道を違えぬよう時代の流れを把握しておかなければいかんからの。それには外界とのつなぎ役が必要になる。
しかし、誰でもというわけにはいかん。だが、魔塔のあるじが務まる者であれば、外界との時間の乖離も受け入れられるだろうとの見方がある。それゆえ、魔塔のあるじは唯一、魔塔と外界を自由に行き来することが許されておるのじゃ」
俺は信じられない思いで、じじいを見返す。
(──ステアに、会える?)
もうとっくに諦めがついていたはずの気持ちが、一気にあふれ出す。
考えるよりも先に言葉が口をついていた。
「──二年だ。二年で魔塔のあるじになってみせる」
俺ははっきりと告げる。
じじいは、さもおかしそうに、
「ほっほっほ、あと四年はかかると踏んでおるが、さて、どうなるじゃろうな。十六歳で魔塔のあるじになった者はおらんぞ。もっと言うなら、最年少は二十歳で成し遂げたこのわしじゃの」
俺は口端を持ち上げ、
「すぐに過去の話になる」
言い切った。




