08_魔力(3)
なんとか目をこじ開けて見てみると、黒いローブを身にまとう黒髪の青年がいた。
まだ少年らしさも残る青年は、まるで宙から現れたかのように、ふわりと地面に着地する。
そこは、黒猫のエバンが横たわっていた場所だった。
しかし、そこにエバンの小さな体は見当たらない。
わたしは何が起こったのかわからず、ただ目をみはる。
すると、青年が何かに気づいたように後ろを振り返ると、突然、円を描くように炎の輪が出現する。
その輪をくぐり抜けながら、白い髭の老人が姿を現した。
突然のことに、司祭は腰を抜かしたように、床に尻餅をついている。
「──な、なんなの⁉︎」
義姉が叫び、
「──なんなんだ、お前たちは⁉︎」
壁際にいた父も声を荒げる。
義母は、ただあ然としている。
すると、
「そ、そんな、まさか……、魔塔のあるじだと──⁉︎」
金の刺繍が入った白いローブの男が信じられないとばかりにフードをはぎ取り、見開いた目で白髭の老人を凝視する。
黒髪の青年が、ふっと口端を持ち上げ、
「ああ、言っとくけど、そこのじじいはもう引退するから、な?」
と言って、背後に立つ白い杖を手にした白髭の老人に目を向ける。
白髭の老人は、はあ、とため息をつき、
「ああ、そこの口の悪い若いもんに譲ることにした」
なぜか後悔するように、黒髪の青年に視線を投げる。
白いローブの男は、額に青筋を立て、
「なんだと! そんなばかな話があるものか! こんなガキが魔塔のあるじになれるわけがない! なのに、譲るだと⁉︎ 私がどれだけその座を欲していたか! なのに貴様は私を破門にしただけでなく、当てつけのように崇高な魔塔のあるじの座を軽々と──ッ!」
そこで黒髪の青年が指を鳴らすと、刺繍が入った白いローブの男はポンッとネズミの姿に変わる。
黒髪の青年は、手のひらを見つめ、
「……使える魔力は、まだこれくらいか」
と歯がゆさを噛みしめるようにつぶやく。
そのあとで切り替えるように、目の前で固まっている義姉、そして父と義母、司祭、さらに、いつもわたしの魔力を取り出していたもうひとりの白いローブの男に冷たい視線を向ける。
「まあ、あんたらはあとでいいや」
そう言ってから、わたしに目を止めると、さっとこちらに歩み寄る。
わたしの両腕を縛っていた縄をいとも簡単に解き、体を支えるようにして立たせてくれる。
一瞬痛ましそうに顔をゆがめたあとで、無理に微笑むように、
「──大丈夫か?」
そう言ってわたしの顔を覗き込む青年の瞳は、満月を思わせるきれいな金色──。
吸い込まれそうなその瞳を、わたしはじっと見つめる。
思考が追いつかない。
まさかと思うものの、信じられない自分がいる。
「エバン──?」
わたしは尋ねる。
すると、黒髪の青年は、なぜかふいっと顔をそらす。
それでも、ややあってから、肯定するように小さく頷いて、
「──ああ」
とだけ答える。
わたしは視線を上下させて、目の前に立つ自分と同い年くらいの青年を確認する。
それでもすぐに理解できず、頭はひどく混乱していた。
(黒猫のエバン……? それとも昔、孤児院にいたあの男の子のエバン……? それとも、どちらも同じエバンだったっていうこと……? まさか、そんなことって……)
「これこれ、とりあえず再会のよろこびはあとじゃ。ひとまずここを出るぞ」
そう言って、白髭の老人が白い杖をひと振りすると、次に目を開けたときには陽が差し込む地上の礼拝堂の中だった。
途端にあたりが騒がしくなる。
礼拝堂の中は黒いローブを身にまとった者たちや、簡易の旅装姿だが手には剣を携えている体格のよい男たちが忙しなく動いていた。
礼拝堂の隅には、司祭の下についている多くの聖職者たちの姿が見える。
彼らは罪人のように床に座らされ、胴体と手首に縄が巻きつけられていた。
そして、先ほどまで地下にいた父や義母、義姉、司祭たちまでもが捕らえられている。
(いったい、何が起こったの……?)
わたしは、ただただあ然とする。
すると、くっと手が引かれる。見れば、エバンに手を握られていた。
「もう少しだけ、大丈夫か」
歩き出そうとするエバンに尋ねられて、わたしは頷くが、一歩踏み出そうとした瞬間、ぐらりと視界がゆがんだ。
エバンがわたしの体を支えてくれる。
「魔力が不足しているからな。すぐに終わらせる」
そう言ってわたしを支えながら、父や義母、義姉、司祭たちが捕らえられているところに近づく。
白髭の老人もそばに来て、わたしの横に立つ。
「──ステア! なんなのこれは⁉︎」
わたしに気づいた義姉がキッと顔を上げ、髪の毛を振り乱しながら叫ぶ。
「どういうことだ! こんなことをしてただで済むと思っているのか⁉︎」
「そうよ、早くこの縄を解きなさい‼︎」
血走った目で、父と義母もわたしをにらみつける。
一方、司祭は茫然自失の様子でうなだれ、いつもの白いローブの男は蒼白になっている。
エバンがゆっくりと口を開く。
「──ウィルクス伯爵。ステアの魔力を奪おうとした罪、さらには横領や不正などによって長年にわたり不当に利益を得ていたこと、すべての罪は明らかになっている。よって、伯爵家の爵位は剥奪され、王家に返上される。これは王家の決定事項だ、いくら反論しても無駄だ」
父は怒りをあらわにして、
「──なっ! あり得ない! 爵位を剥奪だと⁉︎」
「ああ、そうだ。あとは一生、牢獄の中で過ごせばいい」
エバンは冷ややかに言い、次に義母と義姉に目を向ける。
「ふたりも同罪だが、横領や不正については伯爵が主導していたと把握している。牢獄行きは免れるが、北方の修道院で厳しい管理下のもと、罪を償ってもらう」
「な、なんてこと──、修道院だなんて、そんな──! あなた! どういうことなんですの⁉︎」
義母は顔をゆがめながら声をあげ、隣の父に詰め寄る。
「何かの間違いだ! 私は知らない!」
「じゃあ、なぜこんなことになっているのですか⁉︎」
ふたりは互いを罵りはじめる。
そこへ、
「……フフフッ、アハハハハ──ッ!」
狂ったように義姉が高笑う。
狂気じみた瞳で、ギリッとわたしをにらみつける。
「──ステア、お前のせいね? わたくしに魔力を返したくなくて、こんなことをしたんでしょう⁉︎ あれほど立場をわきまえろと言ったのに、庶子のお前がいい気なものね! 身寄りのないお前なんか、お父さまが引き取らなければとっくに野垂れ死にしていたっていうのに! 恩を仇で返すなんて、恥を知りなさい‼︎」
義姉は言い終わったあとも、怒りを抑えきれない様子でフーフーッと荒い息を吐いている。
わたしは、強く唇を噛みしめる。
こんなことになっても、義姉にとって、わたしの魔力は絶対的に自分のものなのだ。
エバンがつないでいる手をそっと引く。
自身の背後にわたしを隠すように、エバンが一歩前に出る。
義姉を見据え、
「魔力は命そのものだ。たとえ他人の魔力を奪ったところで、わかる者にはわかる。来年春にあるデビュタントには、どうせ王族も顔を出すんだろう? そこであんたの魔力は別人のものだって、大勢の前で罪に問われたはずだ。むしろそうならなくて済んだんだから、ありがたく思うことだな。
ああ、それに修道院でもどこでも生かされるだけ、感謝してもらいたいね。ステアにしたことを思えば、俺としては、あんたのことは殺してやりたいくらいなんだから」
エバンは寒気がするくらい冷酷な声音で、義姉に言い放った。
さすがの義姉も、さっと顔を青ざめ、口を閉ざす。
「──あ、あと、こいつか」
エバンが指をパチンと鳴らす。
すると、一匹のネズミがべちゃっと石の床に張りつけられるように現れる。
エバンがもう一度指を鳴らすと、ネズミが金の刺繍が入った白いローブの男に変わった。
ローブの男はハッとあたりを見回し、もがくが、体は縄よりも強固な見えない魔術で固定されていた。
男は悔しげに唇を噛み、白髭の老人に目を止めると、
「──はっ! 私を見下して、さぞいい気分だろう! しかし私は、お前にも成し遂げられなかった研究を成功させたんだ! 魔力を取り出し、他人に移行するという誰にもできなかったことをな! どうせお前はそれを妬んでいたんだろう⁉︎ だから私を魔塔から追い出したのだ! くそぉ、それを邪魔しおって‼︎ いつもいつもお前は私の前に立ちふさがる!」
屈辱に顔をゆがめ、わめきちらす。
白髭の老人は険しい表情で、
「この期に及んでまだそんなことを……。お前は、魔塔のあるじであるわしの次に権力をもつ魔塔の管理人という立場でありながら、魔力を他人に移す禁忌に手を出した。魔塔を追い出されたあとは、ウィルクス伯爵領の教会に紛れ込み、いまだに研究を続けていたとは。わしの処分が甘かったようじゃ。金輪際こんなことが起こらぬよう、魔塔の地下監獄へ送る」
ローブの男は、その言葉を聞いた途端、顔色を変え、
「ち、地下監獄だと⁉︎ そんな! いや、あり得ない! あれは存在しな──」
そこで男の言葉は途切れた。
白髭の老人が白い杖を振り、またもやネズミに変えられたからだ。
老人の杖の動きにあわせて、ネズミが宙に浮く。ネズミはジタバタともがくが、逃れることはできないようで、もう一度老人が杖を振るとパッと跡形もなく消えた。
白髭の老人はわたしに向き直ると、
「わしの部下がすまんかったの……、到底謝って済む問題ではなかろうが……」
わたしは食い入るように老人を見つめる。
見覚えがあった。
幼い頃、たまたま道端で見かけて白い杖を拾ってあげた、あの老人……。
もういまとなっては、夢だったのかとさえ感じていた記憶──。
「もしかして、あなたは……」
老人は片目を一度パチッとまばたきして見せ、
「また会えてうれしいの。魔塔へ来る気になったのなら、いつでも歓迎するぞ」
そう言って杖を振ると、杖が白いヘビに変わった。
ヘビはシュルシュルと老人の腕に巻きつき、まるで懐かしむようにわたしをじっと見つめたかと思えば、ゆらゆらと尻尾の先を揺らす。
わたしは、ふっと笑みをこぼす。
懐かしい友人に会ったような気がして、心がじんわりあたたかくなる。
しかし、そこでわたしは魔力切れの限界だったのか、急に体が重くなり、意識が遠のいていった──。
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ようやくヒーロー出せて、ほっとしています。




