08_魔力(2)
あの日、この刺繍のローブの男は、わたしが取り出される魔力を制御していることに気づいていたのだ。
その後、いままでどおりに魔力を取り出すふりをして、わたしが制御しているかどうか確認していたのだろう。
そして、確証をもてたことで、伯爵家に報告したに違いない。
(ならきっと、今日わたしの魔力をすべて奪うつもりだ──)
本能でそれを察し、わたしはなんとか抗おうと必死でもがく。
過去、わたしの魔力がすべて取り出されたときは、春に行われる義姉のデビュタントの前、季節は冬だった。
でもいまは、まだ年も越していない、秋だ。
(なんで──。わたしの行動で、過去よりも時期が早まってしまったの──?)
このままでは、死に戻る前と同じく、魔力とともに命までもが奪われてしまう。
わたしはままならない体を引きずり、少しでも魔法陣の外へ逃れようとする。
しかし、魔力を取り出される量がどんどん増えていくのを感じる。
このままでは、じきにすべての魔力がなくなるのは明らかだった。
わたしは顔を上げる。
(悔しい、また理不尽に魔力を奪われてしまうの──?)
義姉が勝ち誇った顔で、わたしを見下ろしている。
「ハハッ! いい気味だわ! 立場をわきまえないからこうなるのよ‼︎」
義姉は傲慢さがにじむ笑みを浮かべ、叫ぶ。
わたしは、全身を襲う痛みも忘れるほどの怒りを覚える。
このまま死んでしまうのはいやだという気持ちが、あと押しする。
わたしはこれまで蓄積してきた怒りと憤りを、大声で叫んだ。
「──うるさい! そっちこそ魔力が少ない立場をわきまえなさいよ! お義姉さまの魔力が少ないのはわたしのせいじゃない! わたしの魔力はわたしのものよ! 二度と奪われたりしない、絶対に──!」
上半身を起こし、義姉をキッとにらみつける。
魔力がどんどんと取り出されている状況では、ただの強がりにしか見えないのはわかっていたが、またも魔力を奪われ、死に追いやられるのは絶対にいやだった。
わたしは腕を縛っている縄を解こうと、皮膚が擦れるのも構わず、手首を何度もねじる。
義姉はこれまで逆らったことのないわたしの突然の反抗に驚き、一瞬言葉を失うものの、すぐにわなわなと震え、
「──庶子の分際で、いいかげんにしなさいよ!」
と激昂した。
そのとき──。
「──な、なんだ⁉︎」
呪文を唱えていた刺繍のローブの男が声をあげ、何かを振り払うしぐさをする。
わたしは目を見開く。
「──エバン!」
そこにいたのは、黒猫のエバンだった。
エバンはローブの男に飛びつき、注意をそらそうとしている。
呪文が途切れたことで、わたしは一時的に、魔力を取り出される痛みから解放される。
しかしその間にも、ローブの男がエバンをわしづかみにして、大きく振り上げる。
「──やめて!」
わたしの悲鳴も虚しく、そのまま、エバンは思いきり石の壁に叩きつけられた。
──ダンッ! と鈍い音がして、エバンが力なく石の床に横たわる。
「──エバンッ! エバンッ‼︎」
わたしは必死でエバンを呼ぶ。
しかし、エバンはピクリともしない。
義姉は予期せぬ事態に呆気に取られていたものの、わたしとエバンを交互に見やり、ニヤリと笑う。
「あら、お前の猫なの? そうね、そんなに大事なら先に旅立ってもらうのもいいかしら」
そう言いながら、司祭に目を向け、合図する。
「なにを──」
義姉の言葉の意味をすぐさま理解したわたしは、これ以上ないくらいに青ざめる。
司祭は聖職服の下からナイフを取り出し、横たわるエバンに近づくと、その小さな体めがけて勢いよくナイフを振り下ろす。
「や、やめて! エバン! エバン──ッ!」
わたしは力の限り叫ぶ。
その瞬間──。
まばゆい光が地下を覆った。
わたしの体の中から、これまで感じたことのないくらいの魔力があふれ出ていく感覚がした。
それは、ほんの一瞬だったにもかかわらず、永遠のようにも感じた。
光がおさまっても、すぐにまぶたを開けなかった。
すると、
「──だ、誰なの!」
義姉の驚く声がする。