08_魔力(1)
どこかの貴族令嬢らしき少女を助けた日から、二十日ほどが経過した。
その間にも何度も教会に連れて行かれていたが、大きな変化はなく、日々が過ぎていった。
だからこそ、わたしは油断してしまったのだ──。
***
「──ステアッ!」
義姉のつんざくような声がして、わたしはぼんやりと目を覚ます。
急にまぶしい光が目に入り、思わず顔をしかめる。
突きつけられるように、ランプの光が目の前にあった。
「──起きなさい!」
ぐいっと乱暴に髪の毛を引っ張られる。
体を起こそうとすると、なぜか体がふらつく。くんと腕が引っ張られる感覚があり、見れば腕が後ろ手に縛られていた。
はっと目を見開き、あたりを急いで見回す。
「──ここ、は……」
わたしは言葉を詰まらせる。
そこは、いつも魔力を取り出される教会の地下の祭壇だった。
硬い石の床の上に、両腕を縛られた状態でわたしは転がされている。
「ああ、やっと起きたわ。本当に手間ばかりかけさせるのだから、いやになるわ」
見上げると、義姉が立っていた。
義姉は深いため息を漏らしながら、頬に手を当てる。
まわりをよく見れば、
「……お父さま、お義母さま、それに、司祭さま……」
壁際にあるロウソクの灯りが、父と義母、司祭の姿を浮かび上がらせる。
「ああ、いやだわ! その呼び方はやめてちょうだいったら!」
すぐさま心底けがらわしいものを見るように、義母が言う。
父が数歩進み出て、上からわたしを見下ろす。
視線には怒りがこもっている。
「いままで魔力を出し惜しみしていたというのは、本当か……?」
わたしは、ひゅっと息をのむ。しかしすぐに、
「──ま、まさか! あり得ません! わたしは伯爵家のために──ッ」
言い終わらないうちに、父がわたしの頭をぐっと上から押さえつける。頬に冷たい石の床の感触が伝わる。
「言い訳は結構だ。身寄りのないお前を引き取ってやった恩も忘れ、魔力もろくに差し出せないとはな」
父は蔑むように吐き捨て、眉間にしわを深く寄せたあとで司祭に目を向ける。
「司祭も、使える娘かどうか確認してから連絡してくればいいものを」
司祭は弁解するように腰を低くしながら、
「ええ、誠に申し訳ありません、伯爵。もっと素直な娘かと思っていたのですが……」
わたしは上半身をかろうじて起こし、
「待ってください、いったいどういうことですか──!」
声を張り上げる。
すると、義姉が思い切り足を振り下ろし、石の床の上に広がるわたしの髪の毛を踏みつける。
わたしの体は、なすすべもなく再び床に押さえつけられた。
「いいこと、ステア? その魔力は本来はわたくしのものなの。それを卑しい庶子のお前が勝手に奪ったのよ! お前ごときが持っていていいものではないわ、素直に返しなさい‼︎」
姉が感情のままに声を荒げる。
わたしは唇を噛みしめ、怒りを必死で抑え込む。
(だめよ、反論してはだめ。まずは、ここから逃げ出すことを優先しなきゃ──)
義姉は興奮おさまらない様子で、背後を振り返り、
「もういいわ、さっさとしてちょうだい」
その視線を目で追うと、白いローブ姿の男が暗がりの中にふたり立っていた。
ロウソクの灯りを背にしながら、それぞれがゆらりと前に出る。
ひとりは、背格好からいつもの男に思えた。
しかし、もうひとりは──。
いやな予感がした。
男が身につけているローブの袖や裾に、金の刺繍が見えた。
(あの男だ──)
あの日、取り出される魔力を制御できなかったときにいた、金の刺繍が入ったローブの男──。
瞬時に、わたしは青ざめる。
男はフードの下から覗く口元をニヤリとゆがめ、姉の指示に応じるように、
「……ええ、もちろんですよ」
静かな口調で言い、わたしに近づく。
入れ替わるように、義姉と父はわたしから距離をとる。
男はローブの袖口から赤い石を取り出し、石の床の上にゴトリッと置いた。
それはいつも見る石よりも、数倍大きかった。
男が呪文を唱えはじめると、石の床が赤く発光し、魔法陣が浮かび上がる。
すぐさま、わたしの体に激痛が走る。
(やっぱり、あのとき、気づいていたんだわ──)
わたしは唇を噛む。