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07_焦りと偶然の出会い(3)

「……こちらには観光か何かで?」


 わたしは、向かいにちょこんと座る少女に話しかける。


「まあ、そんなところだ」


 少女の話し方は、自分の立場を理解しているふうにも感じる。


 着ている服の質といい、名門ホテルに滞在していることといい、やはりどこかの貴族令嬢なのだろう。


 と同時に、本人が語らないのならあまり詮索しないほうがいいだろうとも思えたが、それでもわたしにとっては外部の人と話す機会は貴重だ。この機会を逃せば、もう二度とないかもしれない。


 さりげなく、情報を得ようと試みる。


「わたしはこちらの首都に来て半年ほどになりますが、まだそんなに詳しくなくて……。観光ですと、どういったところがおすすめなのでしょう?」


 少女はじっとわたしを見つめ、ややあってから、


「そうだな、エアスン美術館の収蔵は見事だ。ペーマーの森には、あの森にしか生息しない貴重な植物や野鳥がいる。ここからは離れているが、大昔に作られたヘルデの砦も見る価値はあるだろう」


 と、よどみなくスラスラと答えていく。


 わたしは一瞬驚きながらも、


「そうなんですね、ぜひ、わたしも行ってみたいものです」


 にこりと笑い、当たり障りのない言葉で返事をする。


 すると少女は、やや首を傾げ、腑に落ちないように、ふむ、と一言口にしてから、


「──でも、そんなことを訊きたいようには見えないが?」


 その瞳は、わたしの真意を探るようにまっすぐだった。


 虚をつかれたわたしは言葉に詰まる。


 目の前にいるのは幼い少女なのに、ずっと年上の大人と対峙しているような感覚を覚える。


 わたしは逡巡しながらも、唐突なのは重々承知で、


「……魔塔が、どこにあるかご存知ですか?」


 と尋ねる。


 少女は一瞬目を丸くしたあとで、長い髪の毛を指先でくるくるといじりながら、


「……場所を知ってどうする?」


 わたしは膝の上で拳を握りしめると、


「できれば魔塔へ行きたくて。無理は承知なのですが……」


 少女はふーんと言って、外の景色に目を向ける。


 ややあってから、


「助けてもらった礼くらいは必要か……」


 と小さくつぶやいたあとで、わたしに視線を戻すと、


「──魔塔の場所は知らない。でも魔塔のあるじに会えるかもしれない方法なら知っている」


 と言った。


 わたしは大きく目を見開く。


「え──」


「年明けに、王城で新年を祝うパーティーが開かれる。今回は、特別に魔塔のあるじも参加するという噂がある」


「魔塔の、あるじ……」


 わたしはたしかめるように繰り返す。


 魔塔には、魔術師がいるとされている。つまり、”魔塔のあるじ”というのは、その魔術師たちを束ねる存在になるのだろう。


(その人に会えれば、魔塔の場所がわかる──? それどころか、魔塔に連れて行ってもらえる可能性も──?)


 わたしは一縷(いちる)の希望を見つけた気がした。


「その新年を祝うパーティーに参加するには、どうすれば──⁉︎」


 わたしは前のめりで質問する。


「新年の祝いだからな、この国の貴族ならば全員招待されるはずだ。ただし、魔塔のあるじの参加はあくまでそういう噂があるというだけにすぎない。それに、そもそもパーティーに参加できたとしても、本当に会えるかどうかはわからない」


 少女のその言葉に、わたしはうなだれる。


 そもそもウィルクス伯爵家の正式な娘として受け入れられていない庶子の自分が、王城で開かれるパーティーに参加させてもらえるなどほぼ不可能に思えた。


 その上、魔塔のあるじが参加するかどうかも噂にすぎないという。もし仮に、その魔塔のあるじがパーティーに参加していたとしても、そんなに偉い立場の人物に自分が会えるなど、よほどのことがないと無理だろう。


 そのことに気づかされ、浮き上がった心はすぐに沈む。


「たしかに、お会いできるとすれば、ほんの一握りの方でしょうね……」


 しかし、わたしの考えに反して、少女は面白げににやりと笑って、


「そういう意味じゃない。参加者の立場によって会えるかどうかが決まるわけじゃない。魔塔のあるじを見つけられるか、誰にもわからないからだ」


 わたしは顔を上げる。


「見つけられるか、わからない……?」


「魔塔のあるじが新年のパーティーに参加するとしても、参加者の前であいさつをするわけじゃない。本来なら立場上、あいさつのひとつもするところだが、代々魔塔のあるじは変わり者で偏屈者だという噂だからな」


 と言って、少女は肩をすくめる。


「で、でも誰かしら、その魔塔のあるじのお顔をご存知のはずでは?」


 わたしは希望をつなぐように尋ねる。


 しかし少女は、


「さあ、どうだろう?」


 と意味深な言葉を返す。


 わたしは顔色を曇らせる。


 そんなわたしを見かねたのか、少女は、


「まあ、運がよければ会えるだろう──、おっと、着いたな」


 と言ってから、コンコンと馬車の壁を叩く。


 広々とした庭園の先に、格式ある優美なホテルが見える。


 ホテルの敷地に面する大通りで、馬車はゆるりと停車する。


 御者が馬車のドアを開ける。


「ここでいい、あとはひとりで行ける。世話になった、感謝する」


 少女は御者の手を借りながら、さっと馬車から降りていった。




 その後、伯爵邸へ戻ったわたしは屋根裏部屋のベッドに腰かけたまま、じっと耳を澄ませていた。


 御者は今日のことを、義姉か父に報告するだろう。


 外部の人間と接触したことを知れば、何かしら言ってくるに違いない。


 そう思い、ずっと廊下側に神経を尖らせていたのだが、いつの間にか眠っていたようで、気づくと朝を迎えていた。


 数日経過しても、あの少女とのことは指摘されなかった。


 御者自身も叱責を受けることを恐れて報告しなかったのか、理由はわからなかったが、ひとまず報告されないのならわたしとしてもありがたかった。


 新年のパーティーならば、来年の春に行われる義姉のデビュタントよりも前、つまり魔力をすべて取り出される前になる。


 どうにかして新年のパーティーに行けるようにしなければいけないが、そこで魔塔のあるじに運よく会うことができれば、命を失わずに済むかもしれない。


 行き詰まりだった道に、わずかな光が差している気がした。


「新年……、それまで持ち堪えられれば……」


 わたしは拳を握りしめた──。



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