07_焦りと偶然の出会い(2)
翌朝、ドアを控えめにノックする音で、わたしはぼんやりと目を覚ました。
この屋根裏部屋を訪ねてくる人など、まずいない。
聞き間違いだろうと思い、再びまぶたを閉じようとしたが、ドアの向こう側に人の気配を感じてはっと目を覚ます。
じっと身を潜めるように、ドアの向こう側に神経を尖らせる。
すると、ややあってから、コトッとドアの前に何かが置かれた音がする。
しばらくして人の気配がなくなると、わたしはそっとドアを開け、左右を見回す。
当然ながらもう誰もおらず、首を傾げながらドアを閉めようとしたところで、ドアの脇の床の上に小さな入れ物が置いてあることに気づく。
手に取って、ふたを開けてみる。独特のツンッとしたにおいがするが、知ったにおいだった。
「……塗り薬?」
母が生きていた頃、わたしが体をぶつけてしまったときには、打ち身に効く薬草を採ってきて母がよく貼ってくれた。
その薬草と同じにおいがした。
わたしはもう一度左右を見回すが、誰がこれを置いたのか見当もつかない。
もしかしたら何かの間違いで置かれた可能性もあるが、少し考えたあとで、いまはありがたく使わせてもらうことにした。
塗り薬を指先に取ると、赤く腫れている腕に塗る。水で冷やすよりも、すーっとして落ち着く。
腕を伸ばして、見えない背中にも塗った。
ひとしきり痛む箇所に塗り終わったあとで、
「それにしても、誰が置いたのかしら……?」
ぽつりとつぶやく。
***
それから数日後、あざが治りかけた頃、再び教会へ行くことになった。
この間のように、取り出される魔力を制御できなかったらと思うと怖くて仕方なかったが、変わったところは何もなかった。
それだけに疑問が残る。
(どうして、この間は魔力を制御できなかったんだろう……)
帰りの馬車の中で、わたしは通り過ぎる窓の外の景色をぼんやり見ながら考える。
あのときだけ違っていたことで思い浮かぶのは、あの金の刺繍が入ったローブを着ていた男の存在だった。
(もし取り出される魔力をわたしが制御していると気づいていたら……?)
わたしはぶるっと身震いする。
そうなれば、これ以上ウィルクス伯爵家にいるのは危険だ。
「でも……」
わたしは窓にコツンと頭を当て、足元に視線を落とす。
何度考えても、身寄りのないわたしに行くあてなどない。母と暮らした小さな家を思い浮かべるも、伯爵家に来てもう半年以上経っている。家の中の物は取り払われているか、誰か別の人が住んでいる可能性が高いだろう。
それに、たとえ家に戻れたとしても、村には伯爵家とつながっている教会が近くにある。伯爵家に連れ戻される可能性があるため、最も避けなければいけない。
どこか遠くの土地へ行くのが一番いいが、まだ成人してもいない自分のような子どもは人攫いに捕まって身売りされてしまう恐れもあった。
それを思うと、やはり難しくとも、魔塔へ行くのが一番身の安全を確保できそうだった。
わたしは、再び窓の外の景色に目をやる。
馬車は街中まで戻ってきていた。
もう間もなく伯爵邸に到着する。
わたしは窓にもたれかかるようにして、さもつらいそぶりをはじめようとした、そのとき──。
馬が大きくいななき、馬車が急停車した。
突然のことに、心臓がバクバクする。幸いにもとっさに窓枠につかまることができたため、馬車の中で体をぶつけなくて済んだ。
体勢を整えてから、わたしは急いで馬車の外に出る。
「どうしたんですか──⁉︎」
地面に片膝をついて屈んでいる青年の御者が、狼狽した顔で振り返る。
「──あ、お嬢さま、すみません……。どうやらこの子が道に飛び出して来たようで……」
見れば、幼い少女が目に涙を浮かべ、地面にへたり込んでいる。相当怖かったのだろう、小さな馬車とはいえ、大きな馬が目の前に迫って来たのだ。
わたしは少女に駆け寄ると、
「怖かったでしょう、もう大丈夫」
そっと抱きしめ、小さな背中をぽんぽんとやさしく叩く。
「あの……、どうしましょう?」
御者がおずおずと、確認する。この状態をどうしたものかと困っているのだ。
わたしは少し体を離して、少女を確認する。
見たところ、けがはなさそうだったが、このまま別れてしまっていいのか迷う。
「お家は? 近いの?」
わたしは少女に尋ねる。
少女は鼻をすすりながらも少し落ち着いたのか、小さく横に首を振って、
「……いいや、このあたりじゃない。ここには少しの間だけ滞在しているだけだから」
と答える。
やけに大人びた話し方をする子だった。
よく見れば、くせのあるプラチナブロンドの髪の毛と淡いピンクローズの瞳が印象的で、整った顔立ちをしている。
それに着ているものは一見質素に見えるも、使われている生地は上質なもののようだった。
もしかしたら、お忍びで外出しているどこかの貴族令嬢なのかもしれない。
わたしは念のため、言葉遣いを改める。
「そうなんですね、いまはおひとりですか? 誰かと一緒では?」
「……一緒ではない」
わたしの質問に、少女はやや視線をそらしながら言った。
何かわけがあるようだ。
わたしは御者に目を向け、
「あの、少し寄り道しても構いませんか……?」
と確認する。
わたしが乗っている馬車は、伯爵家のものだ。そして御者は、義姉からわたしを監視するよう言いつけられているはずで、寄り道など許さないだろう。
それでも、幼い少女をこのまま放っておくのは気が引けた。
ややあってから、御者は、
「ええ、ご要望とあらば」
とはっきりと答え、被っている帽子のつばに手を当てる。
予想に反する答えに驚いて、わたしは御者を見返す。
先ほどまでは頼りない雰囲気のある御者だったが、いまはずいぶん印象が異なって見えた。
気になったものの、わたしは御者の気が変わらないうちにと思い、少女に向き直ると、
「よろしければ、滞在しているところまでお送りいたしましょうか?」
と提案する。
少女はぱっと顔を上げ、
「それはとても助かる。じつは少しだけ道に迷ってしまって……」
とややばつが悪そうに答える。
街中とはいえ、子どもがひとりで歩いているのは危険だ。
少女が無事だったことに安堵しつつ、わたしは微笑むと、
「きっとお連れの方も心配しているはずです。では、どちらまで?」
と行き先を尋ねた。
「ホテル・エル・リヴィエラまで」
少女が答えると、わたしは恥を承知で御者に目を向ける。
田舎の村からなかば強引に連れて来られ、教会に行く以外、伯爵邸からほぼ出たことのないわたしにとって、このウィルクス領の首都にあるホテルの場所など知るよしもない。
御者はひとつ頷き、
「首都でも指折りの名門ホテルです。お送りいたします」
と答える。
首都の名門ホテルなら、きっと誰もが知っていて当然のことなのだろう。
御者は表には出さなかったが、そんなことも知らないのかと思ったに違いない。
しかし、虚勢を張っても仕方ない。
わたしは切り替えるように、
「どうぞ、狭いですが」
と言って、少女を馬車の中へと促す。
少女はものめずらしそうに、馬車の中を見回す。
少女とわたしが座席に座ったところで、馬車はゆっくりと発進した。
物語の半分くらいまで来ました。
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