07_焦りと偶然の出会い(1)
義姉に言われ、教会にわたしひとりで行くようになってからは、馬車は伯爵家が使うにはずいぶん古くて小さなものに変わった。
魔力は取り出したいが、よほどわたしに無駄なお金をかけたくないのがありありとわかる。
屋根裏部屋に部屋を移されてから、また季節が変わりつつあった。
教会へ送り届けられる道中の馬車から見える木々は、赤く色づき、目を閉じていても、馬車の車輪が木の葉を踏みしめる音が聞こえ、いやでも秋の気配を感じさせる。
ガタリッと馬車が大きく揺れ、わたしは顔をしかめた。
袖をまくると、腕が赤く腫れあがっているのが見える。
昨晩、義姉に叩かれた跡だ。
叩かれたところは熱を帯び、だんだんと痛みも増している。
自分では見えないが、背中にも同じような跡があるだろう。
せめて井戸の水で冷やせればよかったのだが、昨晩は屋根裏部屋に戻るだけで力尽きてしまい、目覚めたときにはもう朝で、そのまま馬車に押し込まれてしまったため、そんな暇はなかった。
わたしは、ちらりと御者台に座る御者の後ろ姿に目を向ける。
以前は小太りの抜け目のなさそうな中年の男だったが、いつの間にか、やや頼りなさげな青年の御者に代わっていた。
なんのうまみもない、伯爵家の庶子であるわたしのただの送り迎えに不満を持ち、担当を代えてもらったのかもしれない。
ここ最近は、前よりも教会へ行く回数が明らかに増えた。
それにつれて、義姉はわたしに手をあげるようになった。
一度手をあげてしまえば、あとは同じこと。どんどんと激しくなる一方だ。
おそらく、取り出せる魔力の量をわたしが制御しているせいで、思ったほどの量が取れず焦りを抑えられないのだろう。
義姉としては、来年の春にある自分のデビュタントと同時に行われる魔力量の鑑定までには、わたしの魔力を何が何でも自分のものにしなければ、魔力が低いことが露見するのだから。
そうなれば、ウィルクス伯爵家を継げないだけでなく、良家に嫁ぐことも難しくなり、ほかの家門からは見下される。
自尊心の高い姉にとって、屈辱以外の何ものでもないだろう。
しかし、焦りを感じているのはわたしも同じだった。
季節は、もう秋を迎えつつあるのだ──。
わたしが唯一外に出られるのは、こうして教会に連れ出されるときだけ。こんなにも行動が制限されている中で、来年の春までに魔塔の場所を探し出せるだろうか。
わたしは唇を噛みしめる。
(それでも、なんとかしなくちゃ……)
ままならない気持ちを堪えながら、わたしは少しでも体力を温存させようとまぶたを閉じた。
その後、数刻かけて、ようやく馬車は教会に着いた。
いつものように司祭の出迎えがあり、地下へと誘導されるが、その日はいつもと様子が違っていた。
ロウソクが灯る地下には、わたしからいつも魔力を取り出す役の白いローブ姿の男のほかに、もうひとりローブ姿の男がいた。
その男が着ている白いローブの袖口や裾には、細かな金の刺繍が施されているのが見える。
フードで覆われているせいで男の顔は見えないが、やけにまとわりつく視線を感じるのは気のせいだろうか。
「さあ、ステアや、今日もウィルクス伯爵家のためにしっかりと献身しなさい」
わたしは司祭に向かって微笑むと、
「はい、精いっぱい励みます」
そう言って、決められたとおり硬い石の床の上に膝をついて屈み、両手を組み合わせ、祈りの姿勢をとる。
いつものローブ姿の男が袖の下から取り出した小さな赤い石を床に置く。呪文を唱えると同時に、石の床が赤く発光し、魔法陣が浮かび上がる。
わたしは激痛を堪えながら、取り出される魔力の量をいつものように慎重に制御する。
しかし、すぐに違和感を覚える。
(……おかしいわ)
制御があまりうまくいかない。
動揺する気持ちを抑えながらなんとか試みるが、思っている以上に魔力が体から出ていってしまう。
しばらくして魔法陣の発光が消えてからも、わたしは演技をする必要がないくらい、体を襲う痛みですぐには立ち上がれなかった。
ローブ姿の男は床に置いた赤い石を取り上げ、中を覗き込んで確認する。すると、
「……おお、今日はよく取れていますね」
喜色の混ざった声を出し、
「見てください」
と言って、隣に立つ刺繍が入ったローブをまとう男に手渡す。
赤い石を確認した男は、静かに頷く。
その様子を仰ぎ見ながら、
(なん、で……)
わたしは、締めつけられるような痛みに胸を押さえる。
(なんで……、今日は魔力を制御できなかったの……?)
すると、
「ステアや、今日の献身は終わったよ、さあ、立つんだ」
司祭はやさしい声音で言いながらも、乱暴な手つきでわたしを立ち上がらせる。
そのまま引きずるようにわたしを地上へ連れていくと、教会の前で待機していた馬車に強引に押し込めた。
馬車はすぐに走り出す。
わたしは、力なく馬車の壁にもたれかかる。
頭の中では、なぜ、どうして、が繰り返される。
道のりは長いはずなのに、気づけば、馬車はウィルクス伯爵邸へと戻って来ていた。
手を貸してくれる使用人はひとりもおらず、わたしはなんとか自力で屋根裏部屋までたどり着くと、ベッドに倒れ込む。
過去の死ぬ間際に受けた苦痛がよみがえり、不安に押しつぶされそうになる。
無意識に伸びた手が、ベッドの上を探る。
「……エバン?」
エバンを呼んでみるが、返事も気配もない。
「……今日も、いないのね」
落胆とともに、腕から力が抜ける。じわりと目に涙が浮かぶ。
エバンは神出鬼没な猫だが、それでもこれまでは三日おきくらいで姿を見せてくれていた。
それなのに、最後に顔を合わせてからもう十日以上も経っている。
本来の飼い主のもとに帰ったのか、はたまた、わたしのところに来られない理由ができたのか……。
(エバンだけが心の支えだったのに……)
わたしは身を丸めるようにして、自分の体に腕を回しぎゅっと抱え込む。
「大丈夫、大丈夫よ。今度こそ死なない、大丈夫……」
うわごとのように繰り返しているうちに、わたしは眠りに落ちていた。