06_魔塔
「いいこと、ステア。今日からはここがお前の部屋よ。なぜ、こうなったかわかるわね?」
義母と義姉が開いたお茶会で客人の夫人たちと鉢合わせした翌日、予想していたとおり、過去と同じく、わたしの部屋は客室から屋根裏部屋へと移された。
なぜ部屋を移されるのかの理由は、今朝父が屋敷に戻ってきてから、義母と義姉が同席する中、いやというほど聞かされた。
『私がいない間になんてことを! どうして客の前に姿を見せたんだ! 勝手なことをして!』
『あのとき、主催者であるわたくしがどれだけ恥をかいたか!』
『ステア、お父さまもお母さまもこうおっしゃっているわ。身のほどをわきまえてちょうだい』
『お前に客間なぞあてがったのが間違いだったようだ、屋根裏部屋で十分だ!』
それらの言葉を思い出しながら、わたしは心の中でため息を漏らす。
しかし、表面上は激しく動揺しながら反省の色を見せて、
「申し訳ありませんでした……」
と深く頭を下げた。
「ふん! ああ、あと明日また教会に行くからそのつもりで。それと、そろそろひとりでも行けるでしょ? 馬車だけは用意するから、御者に連れていってもらいなさい」
義姉は不愉快さを残したまま、早口で告げる。
最初に教会に連れて行かれた日は義母もいたが、それ以降はずっと義姉が付き添う形でわたしを監視していた。だが、ここにきて数刻もかかる道のりを毎回付き添うのが面倒になったようだ。それにおそらく、もうわたしが逃げ出さない、逃げ出しても行くあてもないと踏んでいるのだろう。
「……わかりました、わたしもお義姉さまにお手間をおかけするのは申し訳ないとずっと思っていたんです」
「あら、そう。いい心がけだわ、じゃあね」
少しだけ気をよくした義姉は、屋根裏部屋にわたしを残して出ていく。
ドアが閉まり、義姉の足音が聞こえなくなったあとで、
「……今日からは食べ物も自分で確保しなきゃいけないわね」
わたしはため息を漏らす。
この屋敷に来た当初は食事に同席させてもらえていたが、そのうちメイドが運んできてくれる食事を部屋でひとりでとるようになった。
しかし、屋根裏部屋に移されたということは、もう食事も満足に与えてくれる気はないのだろう。
(部屋だけじゃなく、そのうち過去と同じように、使用人の仕事もさせられるようになるわね……)
それでも過去に比べれば、まだ殴られたり、蹴られたりしていないだけましともいえた。
魔力の取り出される量も制御できている分、魔力不足による影響も少なく、普通に生活できているのも救いだった。
「でも……」
それでも、わたしは焦りを感じはじめていた。
夏を迎える頃になっても、魔塔に関する情報は思っていた以上に得られていない。
過去でわたしが死を迎えることになったのは、来年の春に開催される義姉が参加するデビュタントの前だった。
これまで人目を盗んでは、伯爵家の書庫で魔塔につながる魔術などに関する数少ない書物を開いてみたが、思っていた以上にめぼしい情報は載っていなかった。
(わたしが幼い頃に出会ったあの老人が言っていた言葉が正しければ、魔塔は存在するはず。そして、わたしならそこに入れる可能性があるらしい……、でもそこへ行くためには、どうしたらいいの……?)
わたしは、古びた木枠のベッドに腰を下ろす。ギシリッと不安定な音が鳴る。
「むしろ、教会のほうが何か知っている……?」
先日盗み見た書物の中身を思い起こす。
その本はほかの書物に比べてひと回り小さかったため、最初は聖書かと思った。
しかし、中を開けてみると、教会と魔術師について書かれた本だった。
このデルクセン王国を建国したとされる神を信仰する国教。
国教だけに貴族から平民まで多くの者が信仰しており、神の教えを説く教会は王国の根幹を支える存在ともいえる。
一方で、魔術師は神を信仰することなく、万物を尊ぶ。
嵐や雷などの発生は神の意思によるものではなく、すべて万物によって引き起こされる事象のひとつであると捉え、ひいては魔術は自身のうちなる魔力をもとに、万物の力を借りているにすぎない、ということだった。
そして、国教と魔術師が所属する魔塔は相容れないものとして存在している、とも書かれていた──。
「相容れないほどきらっているなら、意外と何か知っていたりしないかしら……?」
わたしはぽつりとつぶやく。
***
次の日の朝、わたしは義姉から言われたとおり、待機していた馬車に乗り込み、ひとりで教会へ向かっていた。
馬車を操る中年の小太りの御者は、義姉に指示でもされているのだろう、監視するような抜け目のない視線で時折、馬車の前側にある小窓からチラチラとわたしの様子を確認している。
義姉が同乗していない分、気をつかわなくていいのはありがたかったが、気が抜けなかった。
「──ステアや、よく来たね。さあ、こちらへ」
教会に到着すると、司祭がいつものようにわたしを出迎え、礼拝堂の奥にある地下へと続く階段に誘導する。
司祭のあとに続いて階段を下りながら、わたしは何気なく、
「あの、司祭さま、先日使用人たちが立ち話しているのを耳にしたのですが、わたしたちは神を信じているのに、魔術師は神を信じていないって本当ですか?」
司祭は一瞬怪訝げにしたものの、すぐに柔和な笑みを浮かべ、
「ああ、そうだね。あの者らには信仰心がないのだよ、ステア。それなのに重用されているのだから、困ったものだ」
「重用……?」
わたしは引っかかりを覚え、さりげなく聞き返す。
司祭は、わたしが言葉の意味がわからず訊き返したとでも思ったのか、さほど気にすることもなく苦々しげに顔をゆがめ、
「ああ、そうだよ、この国の根幹を支えているのは国教、ひいては我々教会だというのに、なにゆえ王家は──」
しかし、そこではっとしたように口を閉ざし、
「さあ、着いたよ。ステアや、今日もウィルクス伯爵家のために献身しなさい」
司祭の言葉が気になったが、わたしはなにも聞こえなかったふりをして、
「はい、司祭さま。もちろんです」
そう言って、促されるまま地下へと続く階段を下りた。
その後、いつものように魔力を取り出されたわたしは、ふらつく演技をしながら、馬車に乗り込む。
馬車が走り出すと、座椅子に横になり、眠ったふりをする。
そのうち本当に眠ってしまったようで、気づけば屋敷に到着していた。
使用人の肩を借り、屋根裏部屋へと向かう。
部屋に入るなり、わたしはベッドに倒れ込む。使用人はなにも言わず、部屋から出ていった。
それを確認してから、むくりと上半身だけ起こす。
すると、
「ニャー」
鳴き声がして振り返ると、ベッドの上にエバンがいた。
本当に神出鬼没な猫だ。
わたしは苦笑しながら、手招きする。
「この屋根裏部屋にも出入りできるのね、本当にどうやって行き来しているの?」
答えられるわけがないとわかっていながらも、謎を楽しむように問いかける。
エバンは前足をそろえて、じっとわたしを見上げる。
わたしはエバンに顔を近づけ、声を落として、
「今日ね、少しだけわかったことがあるの。王家は魔術師を重用しているんだそうよ」
エバンの耳がかすかにピクンと動いたように見えた。
わたしはからかうように、
「あら、興味あるのね」
と言って、エバンの背中をなでる。
「でもわかったのはそれだけ。どうにかして魔塔の場所を探し出さなきゃいけないのに……」
そのとき、ぐーっとお腹が鳴った。
わたしは考えるのをいったん諦め、ベッドから起き上がる。
そういえば、朝からまだ何も食べていなかった。
「厨房に行ってみるわ。何かもらえるといいけど。ちょっと待ってて」
腰を屈めて、エバンの額にキスを落とす。
幼い頃、食事が出来上がるのを待ちきれないわたしに、母はよくこうしてくれた。
母娘ふたりだけの生活で貧しかったが、母は愛情だけは惜しみなくわたしに注いでくれた。
(お母さんが死ぬ前に戻れたらよかったのに……)
それはこうして過去に戻ってきてから、何度も思ったことだった。
そうすれば、もしかしたら母を救えたかもしれない……。
わたしは、ぶんぶんと左右に首を振る。
考えても仕方ない。
そもそも、なぜこうして時間が巻き戻っているのかさえわからないのだ。
わたしは屋根裏部屋をあとにして、厨房へと向かう。
使用人たちの目を盗んで、パンふたつと野菜くずが入ったスープ、少しばかりのミルクをなんとか確保すると、急いで屋根裏部屋に戻る。
エバンは、ベッドの上にちょこんと座ってわたしを待っていた。