01_プロローグ
「──立場をわきまえなさい、ステア! その魔力は本来わたくしのものだったのよ!」
「お義姉さま……、でももうこれ以上は……」
弱々しく、わたしは言葉を紡ぐ。
体は限界に達していた。
悲鳴をあげる頃はとうに過ぎ、わずかに残った魔力さえも失われつつある。
……命が消える間際だ。
魔力を持つ者にとって、魔力は命の根源そのものだ。魔力がなくなれば死を意味する。
それなのに、義姉のマルグリッドはわたしが庶子だという理由だけで、わたしの魔力を幾度となく取り上げていく。
かつてはあふれるほどあったわたしの魔力は、この一年の間に無理やり取り出され続けてしまったせいで、もうはや無惨にも枯れ果てつつある。
このデルクセン王国に名を連ねる貴族ならば、生まれながらにして持っているといわれる魔力。
平民の中にも魔力を持っている者が時々いるらしいが、魔力は血に宿るとされているため、昔から血統を重んじる貴族のほうが圧倒的に魔力量が多いのも事実だった。
貴族の家門に生まれた子どもは、五歳になると王立教会で魔力量の鑑定を受け、その後、成長して十八歳になった年に開かれるデビュタントでもう一度鑑定を受ける。
魔力量の鑑定が年齢を変えて二度行われるのは、ごくまれに五歳のときに確認された魔力が数年で減少する場合や、五歳のときに確認されなかったはずの魔力が十八歳になるまでに開花する場合もあり、十八歳になれば魔力量がほぼ安定するといわれているからだ。
そして、この国の貴族なら持っていて当たり前の一定量以上の魔力がなければ、王家からの信頼は低くなり、ほかの家門からは侮られ、ほとんどの場合、家門の後継者から外され、嫁ぎ先も減る。後継者に性別は関係なく、何よりも魔力の多さが重視される。
『立場をわきまえろ』
その言葉は、わたしがこのウィルクス伯爵家で暮らすようになってから、義姉と義母から繰り返し言われ続けている言葉だ。いまでは呪詛のように、わたしにきつくからみついている。
(わかってるわ、そんなこと……。だから、魔力を差し出したんじゃない……)
わたしは唇をぐっと噛みしめる。
出会った当初は、やさしい仮面を被っていた二歳上の義姉を見上げる。
誰もが美しいと口をそろえるほどの美貌だが、いまはわたしへの憎悪で顔が醜くゆがんでいる。
義姉が見下ろす先のわたしはやせ細った体で、ただ力なく冷たい石の床に這いつくばるしかない。
「なあに、その態度は?」
義姉は腰を屈め、わたしを覗き込む。
次の瞬間、勢いよく大きく手を振り下ろし、バシッとわたしの頬をぶつ。
口の中が切れ、血のにじむ味がする。
義姉は妖艶な紅い唇の端を上げ、
「ねえ、ステア。卑しい庶子のお前の世話をしてやっただけでも感謝してほしいくらいだわ。そうよね、お母さま」
義姉は、背後を振り返る。
義姉と同じく女性らしい体つきの色香を漂わせる義母は、虫けらでも見下ろすように眉根をきつく寄せ、
「ええ、本当に。もうこの卑しい顔を見なくて済むと思うと清々するわ」
ケラケラとふたりの嘲笑があたりに響き渡る。
義姉はわたしに視線を戻すと、
「お前、本当に我がウィルクス伯爵家の娘になれると思っていたの? まさか、そんなわけないでしょう、庶子のくせに。お父さまだって、お前に魔力があったから引き取っただけよ。魔力がなくなればもう屋敷に置いておく必要はないわ、そうでしょう?」
悔しさで目の前がにじむ。
反論したいことは山ほどあるのに、乾いた唇は息を吐き出すだけで精いっぱいで、もう顔も上げることすらできない。
そんなわたしの様子にうんざりするように、
「──もういいわ、すべて取り出してちょうだい」
義姉は、冷めた声で背後に控える男たちに言い放つ。
白いローブを身にまとった数人の男たちが足音もなく進み出て、わたしを取り囲む。
目深にフードを被っているため、表情はうかがい知れない。
ひとりがローブの袖口から血のような赤い小さな石を取り出し、わたしのそばに置く。
これから起こることは、いやというほど理解している。
だからこそ、力を振り絞ってその場から逃れようとするが、手足はもうぴくりとも動かない。
赤い石を置いたローブの男が呪文を唱えると、ただの石の床でしかなかった場所に線と文字で構成された魔法陣が赤く発光して浮かび上がる。
「うぐ……ッ」
瞬時に走る激痛に、わたしはうめき声をあげる。
何度経験しても慣れることのない、魔力を取り出される激しい痛みと胃の中から込み上げる強烈な吐き気。
体の中から自分の意思とは関係なく、最後に残っていた魔力までもが取り出されていくのを感じる。
必死で抵抗するものの、もはや抗えるだけの力が残っていないことを実感するだけだった。
(ああ、わたし、死ぬのね……)
死を前にしても、恐怖は感じなかった。
それどころか、もうこの地獄のような苦しみを味わうことも、理不尽に罵られ、虐げられることもなくなるかと思えば、奇妙な安堵すら覚える。
手足の先が凍えるように冷たくなったあと、体の感覚が徐々に失われていき、まぶたが力なくゆっくりと下がる……。
「──さようなら、ステア」
くすくすと義姉の嘲笑が聞こえる。
その笑い声すら、激しい耳鳴りにかき消されていく……。
命が尽きるのを感じた。
しかし、最後の最後で、ふいに誰かに手を握られた気がした。
それが無性にあたたかく感じられ、この世にもう未練なんかないと思っていたのに、ほんのわずかだけ、もっと違った人生を送れたらよかったのにと思った──。
たくさんの素敵な作品がある中、目を留めていただき、ありがとうございます。
ラストまで楽しんでいただければうれしいです…!
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