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29. 灯夜祭

 灯夜祭。毎年十二月中旬に行われる、古くから伝わる国の風習だ。

 国教でもある空教では、神は雲の上におわすとされる。そのため、地上からはその姿を見ることができない。唯一、神が地上に降りてくるのが、灯夜祭の夜。地上の明かりを頼りにして、雲の上から人の中へ降りてくるのだ。そして、人に紛れて祭りを楽しむのだと。

 祭りの夜は、様々な奇跡が起きる――らしい。その奇跡は、神様が気まぐれで起こしているのだとか。どこまで本当なのか分からないが、灯夜祭の奇跡を題材にした物語の多さを見るに、信憑性はともかく、何百年と人々の興味を引き続けているのは確かだろう。


「そろそろ火が点く頃だな」


 空が薄っすらと靄がかってきた頃。

 隣に立つレイが、普段に輪をかけて賑やかな広場に目を向けつつ言った。


「そ、そうですね」


 アルマは体の前でもじもじと手を組みながら答える。首に巻いたマフラーに口元を埋め、周囲の視線から隠れるように。

 マフラーは赤と緑のチェック柄。落ち着いた色合いのワンピースを中に着て、オフホワイトのケープと帽子でまとめたアルマは、通り過ぎる人々の目を惹くくらいに可愛らしかった。


 もっとも、本人は視線の本当の意味など分からない。奇異の目で見られていると思い込んでいる。ルイスに見立ててもらった服装なので変なところはないと信じているが、着ているのは自分だ。壮絶に似合っていないのかもしれない。


 もう一つ、顔を上げられない理由には、一緒にいるレイの存在があった。

 彼の今日の装いは、普段より一つ二つグレードを上げながらも、庶民の中に溶け込めるようなもの。中流階級の子息といった感じだ。髪の毛もいつもより丁寧に整えられていて、普段の数倍格好良く見える。

 つまるところ、マフラーで顔を隠したのは、赤くなった顔をレイに悟られないようにするためだった。

 しかし、それが却ってレイの目には奇妙な行動に映ってしまい、彼からは不満そうな眼差しを向けられた。


「お前なぁ、祭りの日くらい堂々としてろよ。それとも何か? オレが相手じゃ不満だってのか?」

「ちっ違いますよ。不満なんて……」

「じゃあなんでオレの方を見ないんだよ。距離もなんか微妙に離れてるし」

「こ、これは、その……」


 レイの言う通り、アルマは意識して彼から少し距離を取っていた。だが、もちろんこれはレイの隣が嫌だからではない。心音が激しすぎて、これ以上くっつくと心身に異常をきたしてしまいそうだからだ。

 しどろもどろになるアルマに対するレイの表情は、胡乱を極めた。


「確か、今日はお前から誘ったんだよなぁ? オレは結構嬉しかったんだが? まさか、単なる暇潰しのつもりだったとか言わないよな?」


 あんまりな言われように、アルマは堪らず顔を上げた。


「違います! 誘ったのは、レイ様と少しでも一緒にいたかったから! 暇潰しなんかじゃない。レイ様じゃなきゃ、嫌です!」


 勢いで捲し立てた直後、はっと気付く。自分にしては、思い切った本音を口走ったことに。

 レイの顔を見ると、呆気にとられた表情でアルマを見つめていた。

 二人はしばし見つめ合うことになり、何とも言えない沈黙が包んだ。

 先に視線を外したのはレイだった。


「すまん。オレが悪かった。緊張してるみたいだから、ちょっとからかおうと思ったんだが……度が過ぎた」

「う。あ」


 ぽりぽりと項を掻く、照れを示すその仕草に、アルマの頬がかあっと熱くなる。そうやって謝られると、却って言葉に込めた感情が浮き彫りになるみたいで、一層羞恥心が煽られる。その方面での許容量が低すぎるアルマは、今日はもうここで終わってもいいんじゃないかと半ば本気で思った。


 その時、周囲で「おおっ」というどよめきが上がる。広場に飾られているランタンに、火が灯ったのだ。

 空はまだ薄っすらと青く夜と呼べる時間ではなかったが、薄闇の中に灯る橙色の光はことさら幻想的で美しかった。


 肌寒くも温かい景色の中、子供も大人も、男も女も一緒になって、無数の灯火を見上げている。

 あるいはそれこそが幻想だろうか。

 いや違う、と、アルマは小さく頭を振る。アルマもまた"彼ら"の中の一人であり、祭りを楽しもうとするただの娘だ。それ以上でも以下でもないという事実は、彼女の気分を落ち着かせる。

 ただし冷めることはなく。

 心地よいといった程度に収まった鼓動にそっと胸を抑えながら、アルマは片手をレイに差し出す。


「手、繋いで、いいですか?」

「……おう」


 レイは一瞬言い淀み、強張った顔で頷いたあと、アルマの右手を下から掬い上げるように握った。

 エスコートにしてはぎこちない。

 ただの友人にしては意識しすぎる。

 二人とも声に出して言わないが、今までの外出とは違った雰囲気をお互いから感じ取っている。

 祭りの高揚のせいもあるだろうが、それだけではない。声、会話の間、何気ない仕草やいまいち噛み合わない視線。重ねた掌からも、それが伝わってくる。


「なんだか恥ずかしい、ですね」

「改めて言われると、そうだなぁ」

「レイ様でもそう感じるんですか?」

「……オレをなんだと思ってるんだよ」


 俄に腕が引っ張られた。そんなに強い力ではなく、お互いの距離が数センチ縮まる程度。

 見上げると、ランタンの明かりがレイの横顔を照らし、群青色の瞳が金色に輝いて見えた。


「行こうか」

「はい」


 アルマはくすぐったい気持ちで微笑み返した。



 * * *



 日が落ちるのはあっという間で、一時間もしないうちに王都は夜に包まれた。

 空には雲ひとつなく、無数の星々が散りばめられているが、今宵の主役は彼らではない。


 星の代わりに街を彩るのは、幾百、幾千のランタンだ。しなやかな木材に光を通す薄い紙を張って作られたそれは、見た目は西洋風の提灯のよう。前世で観た映画のように、空に飛ばしたりしないかなと思ったが、さすがにそれはなかった。神様への目印なのだから、移動なんかしたら駄目だろう。

 飛ばなくても、十分綺麗だ。アルマはレイと手を繋いでゆったりと歩きながら、美しい光の風景を堪能した。


 アルマにとって、灯夜祭はこれが初めてではない。生まれた時から王都暮らしなので、ランタンに彩られた王都を見たことも何度もある。だけど、こんな風に町中を歩きながらの経験はない。しかも、隣には密かに好意を寄せる男性。アルマの胸は、幸せでいっぱいだった。


 ――もしかしたら、これが最初で最後かもしれない。レイと歩く灯夜祭の夜。

 トールスの灯夜祭はどんな感じなのかな、と思いかけて、アルマは咄嗟に頭から振り払った。

 こんなに美しい夜なのに、嫌なことを考えてしまっては勿体ない。今はただ、この幸福な時間を大切に胸に刻むべきだ。この先、いつ振り返っても克明に思い出せるように。胸に灯った感情ごと、全てどこかに書き記しておかなければ。



 寒さと熱気で頬を桃色に染め、白い息を吐きながら夜景を眺めるアルマの横顔を、レイは一時も目を逸らさずに見つめていた。その優しさと愛情の籠もった視線に、アルマは最後まで気付かなかった。

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