24. 友人裁判
「――で、この集まりってわけか?」
週の半ば。全ての授業が終わった後。日当たりのいい談話室を一室丸々貸し切り、セドリックを始めとするいつものメンバーが顔を揃えた。皆それぞれ忙しいのに、わざわざ時間を取ってまで。
王太子セドリックと、その婚約者のクラリッサ。
セドリックの側近候補として第一に名の挙がるブラッドリー。
シャーリーズに、後輩のケヴィン。
この中では唯一の平民であるナタリー。
そして、レイ。彼は最も入り口に近いところに立ち、真正面に座るセドリックと、テーブルを挟んで左右に並ぶ面々からの視線を一身に浴びていた。
視線には温度差がある。セドリックは中立で、クラリッサはやや心配気な表情。シャーリーズがつんと澄ましているのは予想内だし、ブラッドリーが冷たい感じなのはいつものことだ。ケヴィンは最近の態度を見ていれば、なんとなく分かる。ナタリーはこれから何が起きるのか興味深そうに、どこかワクワクした面持ちでソファから身を乗り出している。
あまり友好的とは言い難い雰囲気の中、一人で放り込まれた形のレイだが、さすがと言うべきか動じる様子は見られない。むしろ、面倒くさそうな気配すら漂わせている。
それもそうだ。
レイにしてみれば、恥じるような行いは何一つしていない。アルマと関わっていることが知れたら皆良い気はしないだろうと思い、黙っていたが、バレたからといって問題が起きるとは考えていなかった。
ところが、先日アルマと出掛けているのをシャーリーズに見られたことをきっかけに、今回の集まりが開かれた。
皆に声を掛けたのは誰だか知らないが、問わずともシャーリーズ以外にないだろう。確かに先日はよく怒っていたが、セドリックらに告げ口するほどだったとは思わなかったと、レイは自分の見る目の無さに呆れた。
そのシャーリーズは、ブラッドリーとナタリーの間にしれっとした顔で座っている。
彼女に文句を言っても無駄だろう。こうして戦が始まってしまった以上は。
先程のレイのぼやきに対して、まずブラッドリーがきらりと眼鏡を光らせ口を開いた。
「言い訳があれば一応聞くが?」
「まさか、適当にやって切り抜けようとか思ってないよねー。先輩?」
「ぜひぜひ、お話聞きたいですー。こういうのって、なんかワクワクしますよねー!」
ケヴィン、ナタリーが続けて言う。
……頭が痛い。
ケヴィンは最近のアレで溝が深まっているし、ナタリーは相変わらず無邪気というか、マイペースだ。なんでこうも纏まりがないのだろうか――と考え、オレが言えることじゃないなと苦い顔をする。
レイは殿下の手前、なんとか溜め息を堪えた。
「言い訳などない。話すこともない。お前たちの方こそ、どういうつもりでオレの交友関係にケチつけるんだ? それは貴重な時間を割いてまでやることか?」
「貴重な時間、か。その点に関しては、シャーリーズに説明してもらおう」
どうやら進行役はブラッドリーらしい。上位者であるセドリックが一度も口を開いていないのに話を進めるのは、予めそういった取り決めをしていたからか。ここは学園であり、ひどく私的に偏った場なので、多少ルールを外れても問題にならないという認識か。
ともあれ、名指しされたシャーリーズはぐるりと一同の顔を見回した後、演説でもするかのようにスラスラと話し出した。
「もちろん、この集まりは必要なことよ。なぜなら、私達の大事な友人が道を踏み外そうとしているから。このままでは、レイは不幸になってしまうわ。あなたの真っ当な将来のため、皆の正しい言葉を聞いてもらいたいのよ。分かるでしょ? レイ」
分からねぇよ。
と言いたい気持ちを、ぐっと飲み込む。シャーリーズが言ったようなことを思っている人間は、たぶんここには一人もいない。強いて言うなら、彼女本人くらい。しかしそのシャーリーズだって、どこまで自分の言葉を信じているか分かったものではない。
思ったことをそのまま言えば、口論になるのは目に見えている。ただでさえ、レイの態度だとか言葉選びだとかは喧嘩腰と捉えられやすい。
それよりも、シャーリーズ以外の動向だ。彼らのうち誰か一人でも味方にできれば、形勢は少しでも変わり、この巫山戯た集会も終わらせることができるだろうが……。
そう思ってセドリックたちの顔を窺うが、一見して望み薄なのは明らかだった。
クラリッサは、たぶんこちら寄りだ。どういう心境なのかは分からないが、彼女は以前から時折アルマを庇うような発言を繰り返していた。ただ、そのたびにシャーリーズやブラッドリーから頭を押さえられていたし、残念ながら今回もそうなりそうだ。大体、この会に参加している時点で、シャーリーズに何かしら吹き込まれている可能性が高い。
セドリックは、そもそも口を挟む気がない様子。中立を貫くか、最後に意見を決めるのか、ここぞという時に発言するつもりなのか。剣の試合と違い、全く読めない。
ブラッドリーとケヴィンは言わずもがな。ナタリーは……見るまでもなかった。
どうやら味方はいないようだ。孤立無援状態。仕方がない、とレイは腹をくくる。
付き合いの長い友人を取るか。
アルマを取るか。
レイとしてはその二つは対立しないと思っているが、彼らの――主にシャーリーズの考えは違うらしい。
だからこその、この裁判。
被告人はレイ。そして、ここにはいないアルマ。
自分の知らないところで糾弾されていると知ったら、人一倍小心者の彼女はどう思うだろうか。普通に生きている人間でさえ、敵意を向けられたら平静ではいられないだろうに。
幸い、ここに自分たち以外の人間はいない。レイさえ黙っていれば、アルマは今日のことを知らずに済む。シャーリーズか誰かがわざわざ彼女の耳に入れなければ、だが。そこまで性格の悪い奴はいないと思いたい。
「さて。レイ・カーライル。今回のお前の行いだが、極めて軽率であると言わざるを得ないな」
ブラッドリーが切り出した。
「アルマ・ヘンレッティは、王太子殿下ならびに未来の王妃に楯突いた問題児だ。この封建社会において、上位者に対敵するということがどういった意味を持つのか、分からんお前ではあるまい。事が事、場が場ならアルマ・ヘンレッティは重罪人だ。レイ、お前はそんな輩と親しく接しているそうではないか。まずはこれが事実かどうか、お前の口から確かめたい」
よくもまあ、カンペも見ずにすらすらと言えるものだ。これも一種の資質だろう。
レイは軽く顎を引いて、
「事実だよ。社会不適格者同士、ウマが合ってな」
「へー、そりゃーよかったね。お似合いだと思うなー、俺」
横から割って入ったケヴィンの台詞に、少し固まる。
ブラッドリーが、斜向かいに座るケヴィンを一瞥した。もともと目付きの鋭い彼は、横目を向けただけでかなりの凄みが出る。若い兵士なら、それだけで腰が引けてしまうほどだ。
とは言えケヴィンも慣れている。伯爵家の次男坊は飄々とした態度で舌を出すと、頭の後ろで手を組んだ。随分と機嫌が良さそうだ。この集会が――自分が責められているのが、そんなに嬉しいのだろうか。
――分かっていたことだ。嫌われ者はアルマだけじゃない。
心做しか重い気持ちになるのは、ケヴィンとは戦技科の先輩後輩として、他より少し付き合いが深かったから。言ってしまえばそれだけのこと。なんてことはない、とレイは気持ちを切り替える。
「では次。アルマ・ヘンレッティとの交流がはじまった経緯を問いたい。弁解を交えても構わんぞ」
「偶々街であいつが財布を盗られてる場面に出くわした。それを取り返して届けた。以上」
「不十分だな。わざとか? 今のでは説明になっていない」
「逆に聞きたいんだが、それを説明したらこの裁判の行方が変わるのか? 時間を無駄にするだけだろ」
「えー! 大事なトコじゃないですか! わたしは聞きたいですー!」
ナタリーのきんきんした声が頭に響いた。レイは痛むこめかみを押さえ、
「今はそれどころじゃねぇだろ。知りたいならアルマに聞けよ」
「ぶー……そうしますー」
しゅんとした様子で、挙手した腕を下ろすナタリー。
自分で言っておいてなんだが、しなくていいと全力で思うレイだった。
それはともかくとして。
ブラッドリーはレイの主張を認め、静かに頷く。
「まあ、お前の言うことにも一理あるな。いいだろう。では次。お前はセドリック殿下とクラリッサがアルマ・ヘンレッティにより被った害について知りながら、彼の者と接触を重ねた。なぜだ?」
レイは目を閉じて一呼吸する。
これは絶対聞かれるだろうと思っていたが、いざ実際に口にされると反発心が働いて仕方ない。お前らに関係ないだろ、と怒鳴りたくなる。なぜそこまで踏み込まれなければならないのか、意味が分からない。
だがここで食って掛かっても、忠義の篤いブラッドリーに反論されるだけだ。彼にとって何より大事なのはセドリックの地位や尊厳、身の安全などなど。公事であっても私事であっても、王子の身辺を少しでも脅かす存在は等しく敵だ。
胸に溜まった空気を押し出すと、レイは浅く息を吸って言った。
「さっきも言ったように、ウマが合った。あいつは……独りなんだよ。退学して。家族にも見放されて。居場所を失ってた」
アルマのことを口にするためには、激しい抵抗感と戦わなければならなかった。彼女のいない場所で彼女の心を打ち明けるのは、酷く惨たらしい仕打ちに思えたのだ。
それに、彼女のことを話す時、まるで自分の気持ちを語っているかのような不安定な心境に陥ってしまう。
見張り塔では昔の自分をあっさりバラしたレイだったが、あれはたぶん、相手がアルマだったから出来たことだ。本当はあまり思い出したくない過去だった。その証に、今まで誰にも話したことがない。この中ではセドリックとクラリッサ――もしかしたらブラッドリーは調べたかもしれない――しか知らない、仄暗い原体験。
すっかり癒えたと思っていた過去の傷は、奥深くの見えないところに残っていた。
そのことに今初めて思い至り、自然と口が重くなる。
なんとか表情を取り繕って表に出ないようにしたが、彼が口篭った時、セドリックが僅かに眉を動かした。レイは気が付かなかったが、セドリックは淡々とした眼差しでじっと彼を見つめた。
一方、打って変わってはしゃぎだしたのがシャーリーズだ。彼女はさっきよりもトーンを上げ、部屋中に響かせる声で言った。
「それって、同情しただけってこと? 可哀想だからつい手を差し伸べちゃったの? なぁんだ。じゃあ大した理由じゃなかったのね」




