039:マリアナ戦その肆
「……やっぱりあなた達は愚か」
「あん?」
「何だと?」
無機質な声の中で明らかに呆れが見られた。
マリアナが淡々と紡ぐ。
「彼らだけでもあなた達程度であれば十分事足りる。けどそうしないのは万が一にもあなた達を逃がさない為。また探すのは面倒だから。だから番台はあくまでもあなた達を囲う檻」
「てこたあ何だ? 嬢ちゃんはまだ一人で俺様相手にやろうってのか?」
「我ら、だ。フラン。国の命運がかかっているのだからお前の我儘には付き合わんぞ」
「ったく、わーったよ。うるさい王様だ」
自分が一人で相手が複数であるならばともかく、その逆となると正直フランの性には合わない状況である。とはいえアスタの意見が正しいと納得しているからこそ渋々了承はしたが。
「んじゃ、続きといこうか」
フランが再び構える。
全身至る箇所で血が流れ出ているというのにお構い無しだ。もしかすると痛みや疲労も忘れているのかもしれない。フラついていたはずの両足も今ではしっかり大地に根付いていた。
「それには同意する。まだ仕事が残っているから早く済ませないといけない。
……だからそろそろ全力で制圧する」
「何⁉︎ 今までは全力でなかったと言いたいのか?」
「……お喋りはおしまい」
焦るアスタの言葉を遮って、マリアナが行動を再開する。僅かにマリアナの掌が開かれた。
アスタとフランは咄嗟に身構えるが、直後に起きた変化に唖然となる。
それほど衝撃的だったのだ。アスタにとってもフランにとっても。人生で初めて目にする光景であった。
――浮いたのだ。宙に、マリアナが。
「と、飛んだ……?」
驚きのあまり構えた拳がゆっくりと垂れ下がる。
まず二人のもとへ到達したは熱風であった。靴底から勢い良く噴射している焔――と思しき何か――によるものだろう。
足下の草木に燃え広がるかとも思ったが、一瞬で彼女の真下は焦げ尽されて、ぷすぷすと黒い煙が空気に消えていく。おそらくはそれが彼女を空に飛ばすカラクリなのだろう。
「おいおい、マジかよ……!」
残念な事に天才を自称する男の頭脳――と言って良いかは定かではないが――をもってしても、彼女を宙に浮かしている詳細な仕組みは理解できない。何より解明する時間が無かった。
「省エネルギー状態解除。一番から二番まで機能解放」
マリアナの掌の中心にぽっかりと穴が開く。
彼女がオートマタという証拠を初めて見せた瞬間であった。しかし驚くべきはそこではない。
掌がすっと後ろへ向けられたかと思えば、マリアナの体がゆっくりと前方へと傾く。そして次の瞬間には手足から勢い良く焔が噴射し、猛烈な速度でフランへと迫った。
「うおっ⁉︎」
咄嗟のあまり反応が遅れてしまう。
何せゼロからトップスピードに至る加速力はフランの知る常識を明らかに超越していたのだ。――否、仮に原理として把握していたとしても、マリアナの攻撃に防御を間に合わせる事は出来なかったであろう。
殴り飛ばされるその瞬間まで、迫り来る少女の顔を認識する事さえ出来なかった。殴られた衝撃すら遅れてやってくる。
「ガ…………ッ⁉︎」
次々と薙ぎ倒されていく木々。ズシン、ズシンと何度も地面が振動する。
そして何本も木々をへし折ってようやく一本の大木に受け止められる。だがその衝撃も決して小さくない。
「フラン⁉︎」
一瞬で遥か遠く、そして小さな影へと成り果てた仲間にアスタが叫ぶ。
「……アスタ・バレッジ=ズ・アナスタシア。再度通告する。結界の解除方法、結界を張っている者の居場所を教えて。そうすればこれ以上、あなた達に危害は加えない」
コオォォォォ、と噴射音を鳴らし続けながらマリアナはアスタを見下ろす。
「くどい! 我が口を割ると思うな!」
「いいえ、割らせる。その方が手っ取り早く結界を解除出来るから。けど教えてくれないなら殺す。面倒だけれど虱潰しにそいつを探して解除させる。
……だから言うなら早い方が痛い目を見なくて済む」
アスタの目の前から一瞬でマリアナの姿が搔き消える。一応何とか目で追う事は出来るが、瞬く間に視界の外へと回り込まれてしまう。
制空圏は完全に彼女のものであった。
圧倒的機動力にまるで反応が追い付かない。
一、二、三、四――。
背後から、横から、正面から、頭上から――。
至る方向から攻撃が繰り返されていく。
「ぐ……っ!」
当然防御など間に合うはずもない。
完全に甚振られていた。
「くそっ! 手加減のつもりか⁉︎」
「言ったはず。あなたが教えてくれるのを期待している。だから殺さない程度に抑えて攻撃してる」
「チッ、何度も言わせるでない! 我は決して屈さん!」
「これでも?」
「がはっ……!」
「これでも?」
「ブッ⁉︎」
「これでも?」
「ごあ……ッ!」
「これでも?」
「…………ッッッ!」
徐々に威力が増していき、その度にアスタの小さな身体が大きく仰け反る。
もはや戦いではない。一方的な暴力であった。
脳が揺さぶられ、次第にアスタの視界が揺らいでいく。もはや痛覚すら愚鈍。意識を保つのもやっとの有様であった。
朦朧とする意識の中、アスタの膝がガクンと折れる。
「……喋らないならもういい。これで――」
「まだだあぁぁぁぁ!」
遠くから響いてくる激昂。フランだ。
一体何度起き上がってくるつもりなのか。何度殴られれば理解するというのか。
「……型落ちのくせにしぶとい」
そうウンザリした様な口調で小さくぼやくが、マリアナの視線はすぐにアスタへと戻る。
「けど……こっちが先」
カチャリ。
マリアナの片手にリボルバーが握られる。
「な、クソッタレ! 待ちやがれ!」
「駄目、待たない。もうおしまい」
そしてマリアナは容赦無く引き金を引いた。
これまでと何ら変わらない。淡々粛々と役目を果たす。
それが彼女の仕事だからだ。
そして放たれた一発の銃声。
フランの必死の制止も空へと消える。
――間に合わなかった。耳に届いた銃声がそう思わせた。
けれど――
「…………誰?」
最悪の光景がフランの目に飛び込んで来る事はなかった。
むしろ漏れ伝わったのはマリアナの確かな動揺。彼女の視線の先は標的と射線を遮る一人の男。
これを成した男の登場にフランが全力で歓喜する。
「うおおおおおおお! ナイスタイミングだぜ、兄ちゃんっ!」
「……やれやれ。狙ったわけじゃないがマジでギリギリだったな」
「兄ちゃん」と呼ばれた男は、遠くで一人喝采するフランを眺め静かにそう呟いた。




