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番外編 エルクの研究室

「ねえ──────」


 これは、あたしがまだ自分の世界に戻るための方策が見つかってなかった頃。

 具体的にはミシェルが赤い葉っぱのことに気づく前。

 ラルフの奥様、ソフィーさんのお茶会に招待される、少し前の話である。


 セルフォード王国第二王子にして魔法研究者であるエルクレア殿下。

 あたしをこの世界に引っ張り込んだ張本人なんだけど、いまはあたしを元の世界に送還するための方法を模索し、毎日のように自分の研究室にこもりっぱなしである。


 あたしはというと、一応エルクの客人扱いと言うことになってるんだけど、勝手にお城の外に出歩くわけにもいかないし、かといって場内でぶらぶらしても居場所がない。

 気晴らしにカタリナさんやミミアのようなメイドさんの手伝いでもしようかと思っても、「お客さまにそんなことはさせられませんとも」とにべもなく断られる。

 なんだかんだで、あたしが最も長く過ごしているのが、このエルクの研究室だ。


「んー? どうしたんだい、ユーリ。ファリーヌとお茶してる時分だろう」

「今日はダンスのレッスンですって。お姫さまは大変よね~」


 いや、本当なら王子さまであるエルクもファリーヌがこなしているようなお稽古事や、公務をこなしてしかるべきなんだろうけど。

 この金髪くせ毛の能天気王子は、自分の趣味にはすさまじい集中力を発揮するくせに、堅苦しい政務やら何やらは、兄王子であるアンソニー殿下やラルフ政務官に任せっぱなし、公務は妹姫のファリーヌに丸投げという、まことにけしからん王子なのだ。


大店おおだなの道楽若旦那みたいだな、こいつ)


 などとあたしが失礼なことを考えているとも知らず、エルクは何やら分厚い書物を見ながらメモを書きつけている。


「前から聞こうと思ってたんだけど……エルクって昔っから、こうなの?」

「こう、とはどういうことだい?」

「どういうことって……」


 と、あたしは研究室の中をざっと見渡す。


 こう、というのはこの散らかりっぷりのこと。

 書棚にぎっしり詰まった書物はひっくり返ってたり裏返しだったり、あるいは横向けに突っ込まれていたり。

 棚に並んだ得体の知れない瓶に観測器? のようなもの、なんだかわからないオブジェに虫の標本。

 床に目を転じれば、いたるところに散らばっている書類に書きつけ、山と積まれた本。

 引き出しもおおよそ似たようなものだけど、こちらは石ころだの木の枝だのトカゲの干物らしきものまで、さらにカオスな状況だ。


 どこの魔女だよあんた、とでも言いたくなるほど種々雑多なものが整理もされず、ぐちゃぐちゃに室内に広がっている。

 はたして───彼はこの状況を何とも思ってないのだろうか。


 だが、あたしの言葉を聞いた第二王子は、ふうむと少し考え込んだ。


「そうだなぁ……いや、ここがものに溢れて散らかってるとは思ってるよ、僕だって」


 あ、そこはそうなんだ。


「けど、ある意味やむを得ずこうなったと言うか、こうならざるを得なかったというか……ユーリ、ここはもともとぼくの研究室じゃなかったんだよ」

「どういうこと?」

「こことは反対側、城の南側の一階……見たことあるかな」


 ここと反対側……あたしも暇にまかせて城内をうろうろしていた時期があるので、大臣の執務室とかそういう場所を除いて、大抵の場所には足を踏み入れてる。

 エルクが言ってるのは、おそらく壁が崩れてまだ修繕もされていない一角のことだろうと思われた。


「そうそう、そこ。そこが元々の僕の研究室だったんだ」

「え~っと……あの崩れてるところよね。ここよりずっと広いじゃない」

「そうだよ。だからあそこにいたときは、この部屋ほどには散らかってはいなかったんだ」


 ふぅ~ん。

 ということは、根っからの整頓嫌い、散らかし好きってわけでもないのね。

 けど、どうしてわざわざ広い部屋から狭い部屋に引っ越したのかしら。


 …………やらかしたな。


 前に国営農場に行った時、農場のザンボア所長はエルクのことをひどく怖がっていた。

 ラルフによると、エルクは以前、所長に無断でエルク自作の自動刈りいれ機を畑に持ち込んで、暴走したその機械が畑をめちゃくちゃにしてしまったらしい。

 きっと前の研究室でも、似たようなことをやらかしたに違いない。


 それとももっと危険な、爆弾とか作ったとか。

 この男なら、やりかねない。


「エルク……あなた発明もいいけど、人死にが出るような物騒な実験はやめといた方がいいよ」

「何か盛大に勘違いされてるような気がするぞ……あのねえ、ユーリ。キミ、この世界に召喚された時のこと、覚えてるかい」

「えーっと。向こうの世界で家に帰ろうとしていたら、雷に打たれたのよ」


 そう。

 けれどそれはエルクの召喚魔法だった。それも「異世界の生き物」を呼び出すためのもの。

 で、気がつくとあたしはこの世界、この部屋の魔法陣の上に倒れていたのだ。


「僕は異世界の人間を呼び出すつもりじゃなかった、って言ったよね? 異世界の珍しい生き物を召喚するつもりだって」

「ええ。それで、あたしより先にゾウを……メルマルロードを召喚したんだっけ」

「……………………」

「……………………?」

「…………まだ、気付かない?」


 はて、彼はなにが言いたいのだろう、とあたしは首をかしげる。

 エルクは呆れた、と言わんばかりにため息をつく。

 なんだ、そのシツレイな態度は。


「───この狭い部屋でメルマルロードを召喚できると思う?」


 ─────────?


「……………………あああっ!」


 そうか、お城の反対側、あのそこそこ広い部屋がエルクの前の研究室。

 彼はそこで最初の異世界の生き物を───メルマルロードを召喚したのだ。


「いや~、まさかあんなデカブツがかかるとは思ってなかったから、あせった焦った」


 いや、エルクよりも焦ったのは当のメルマルロードだったんじゃないかな。

 それに、いくらここより広い部屋とはいっても、ゾウにとっては狭苦しい。

 英国の動物園からいきなり見知らぬ窮屈な部屋に召喚されたメルマルロードは、混乱して部屋で大暴れ、壁を壊して庭園に逃げたのだそうだ。


「幸い、庭園に入ると大人しくなったから、なんなく捕まえられたんだけどね。けどおかげで僕の研究室はめちゃくちゃ、とりあえず研究室のものをそのとき空いていたこの部屋に運び込んだってわけさ」

「それでこんなに部屋の中がひっくり返ったままなのね」


 言いながら、エルクが本棚から別の本を引き抜くと、隣り合ってた本がバサバサと床に落ちる。

 なのに、彼はそれを拾おうともせず、お目当ての本を広げてまた何か書きつけ始める。

 やっぱりただの散らかし好きなのかもしれない。


「二度目の召喚をするって言ったときはラルフにも反対されたなぁ。またあんなのを呼びだしたら城から追い出すって言われたよ」

「そりゃ言われるでしょうよ」

「だから、二度目の召喚ではもっとかわいいのを呼び出すつもりだったんだ」

「かっ」


 な、な、な、なにを言いだすんだこいつは。

 か、か、か、かわ、かわっ、かわいいとか、なななななななな



「ユーリ? ユーリー……あ~、行っちゃったよ。どうしたんだ突然? 顔が真っ赤だったから、トイレかな? まあ確かに、『次はもっとかわいいサイズの生き物を』とは思ってたけど、まさか女の子を召喚してしまうとは思わなかったなぁ~」


おしまい

え~と、これは書いてる途中で自分で「あれ?」と思った部分へのフォローです。

なんか当たり前みたいに散らかり放題のエルクの研究室ですが、お前この部屋でゾウを召喚したのかよと。

これで本当に完結です。

お付き合い下さった方、本当にありがとうございました。

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