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14 王子とすき焼きと月下の剣舞

「はっはっは、そうかそうか。うちの百合花を嫁にくれって話じゃなかったのか、いやこれは私の早とちりだったなスマンスマン」

「だから違うって最初から言ってるのに……」


 あたしがエルクを連れて帰ってもまったく動じなかった母さんと違い、仕事から帰ってきた父さんはエルクの顔を見るや、コントかよと思うくらいにうろたえ、動転し、「けしからん」「俺は許さんぞ」を連発しながら顔を茹でダコのように真っ赤にして怒り狂った。

 そのとき、タイミング良く帰って来た兄ちゃんになだめられ、エルクがあたしの恩師の親友の息子であり、植物調査のために日本に着た英国人だという説明───それはそれで真っ赤な嘘っぱちなんだけど───を聞かされ、自分が誤解していたことをようやく納得した。


 で───気がつけばうちの家族勢ぞろいで、なぜかすき焼きを囲んでの夕飯となっていた。


「なんですき焼き? あたしが帰省したってこんなご馳走出さないくせに……」

「あんた、はるばる外国から来たお客さんに、ご馳走出さないでどうすんだい。いつもよりいいお肉奮発しちゃったわよ~。どんどん食べて下さいねおほほほ」


 なんて上機嫌でエルクにビールをお酌してる母親に、あたしは呆れる。

 なんだかんだで珍客を迎えて舞いあがってるだけじゃないの。


「ユーリ、これってお酒だよね? ほろ苦くてシュワシュワしてて、珍しくておいしいねえ!」

「おう、いい飲みっぷりだ、外人さん! まあ飲んでくれ、わははは」

「調子に乗って飲みすぎないでねエルク。父さんも、健康診断の結果、あんまりよくなかったって言ってたでしょ、程々にね!」


 お互い言葉も通じないくせに、ビールを注ぎ合ってわははと笑いあう父さんとエルク。

 まだ未成年で飲酒経験のないあたしにはよくわからないけど、酒呑み同士、なにか通じ合うものがあるのだろうか。


(お城では果実酒らしいものを呑んでたみたいだけど……)


 もっとも、食事時にちょっと飲んでたくらいだから、酔っぱらったエルクは見たことがない。

 お酒好きの父さんに付き合わされたらどうなるんだろう、とちょっぴり興味がある。

 それに……いまのエルクにはなにか気晴らしが必要かもしれない。だって、例の赤い葉っぱがない以上、彼は元の世界に戻れないかもしれないんだから。


「さあさあ、すき焼きも食べて下さいよ。ジスイズジャパニーズスキヤキ、オーケー?」


 いや、それ説明になってないよ母さん。


「どうも、遠慮なく頂きます。うわぁ、すごくいい匂いだなぁ! あっ、この四角いのは朝に頂いたゼリーだね! こんなふうに鍋に入れたりもするんだね……これは生玉子? これにつけて食べるんですか…………うむぅううっ? うっ、うまい! こんな美味しい肉は生まれて初めて食べましたよユーリのお母上!」


 生卵を絡めたお肉を美味しそうにほおばるエルク。

 あっちの世界の人の味覚と、こっちの味覚がそう変わらないことはあたしも知ってる。

 けど、異世界の王子さまが浴衣ゆかたを着てすき焼き食べてるのは、なんかヘンテコな光景だ。

 それでもエルクが美味しそうにパクついてるのは見ててわかるから、父も母もにこにこしてエルクを見守っている。


「美味しいってさ、よかったね母さん」

「あらあらまあまあ、たくさん食べて下さいね」

「ビールもほれ、もっと飲んで飲んで」


 珍客を歓待する両親に呆れつつ、あたしも久しぶりのすき焼きに舌鼓を打つ。

 うわ、本当にいいお肉じゃない、くそー。


 兄ちゃんと晴ちゃんは、相変わらず仲睦なかむつまじいようでなによりだ。

 晴ちゃんも臨月が近いし、兄ちゃんとしては初めての自分の子どもと可愛い奥さんを世界で一番愛しているんだろう。

 妹として、兄夫婦が幸せなのはあたしも嬉しい限りだ。ただし───エルクの素性について伝えたときの、兄ちゃんの反応が気になっていた。

 あからさまに疑ってはいないけれど、あたしの説明に納得したわけでもないといった感じ。


(兄ちゃんは人を見る目があるから、エルクが悪い人じゃないというのは信じてくれると思うけれど……)


 そんなこんなでお腹いっぱいすき焼きを堪能したあたしは、腹ごなしに縁側に出て風に当たる。

 エルクはというとなんだか父さんに気に入られたみたいで、言葉も通じないのにまだ酒盛りをしている。困ったもんだ。


「百合花───ちょっといいか」


 兄ちゃんに声をかけられ、あたしはおそるおそる振り向く。

 いつもなら父さんのお酒の相手をさせられるところだけど、今日はエルクがいるから兄ちゃんはビールを呑んでなかった。

 それがなにを意味しているのか、あたしはうすうす気づいていた。


「お前が連れてきたエルクくん……英国人じゃないよな」


 うっ。

 いきなり核心をつかれてしまい、あたしは言葉に詰まる。


「俺は前の職場で外商部にいたんだが、彼の話す言葉は聞いたことがない。英語じゃないのは無論だが、俺の知るどこの言語とも違う」


 それは、なんとも都合が悪い部署にお勤めでしたね。

 あたしは兄ちゃんにどこまで話せばいいのか、頭の中で考えがぐるぐると錯綜する。


「ええと、兄ちゃん。あのね、なんて説明したらいいのかわかんないけど」

「それとお前のこともだ。どうしてお前はエルクくんと会話ができる? あんな言葉、どこで習得したんだ」

「えっと、あたしってエルクと同じ言葉喋ってる?」


 あたしの言葉に、兄ちゃんは首を傾げる。


 これはあたしも知らなかったことなんだけど、エルクの発明品である翻訳指輪を身につけると、エルクの話す言葉が理解できると同時に、あたし自身もエルクたちの言語を話している、もしくは話しているように見えるらしかった。

 原理はよくわからないけど、魔法アイテムだからしょうがない。


「とにかく、彼はいったい何者だ? どこで知り合ったんだ」

「…………嘘はつきたくないけど、正直、どう説明すればいいかわからない。けど、これだけは信じて。彼は悪い人じゃないし、あたしにとっては命の恩人でもある人なの」

「それはこの一カ月、お前と連絡がつかなかったことと関係してるのか?」


 それも知られていたのか、とあたしは身をこわばらせ、兄ちゃんはそれでなにかを悟ったようだった。


「家電にもスマホにもまったく繋がらない、だから父さんたちには内緒でこっそりお前のマンションに立ち寄ったんだ。お前の友だちにも聞いてみた」

「…………ごめん……」

「晴子にも言ってない、無駄に心配かけたら体に障るからな。だが───正直、何度捜索願を出そうか迷った。いや、いまも迷ってる最中だった」


 兄ちゃんの声には静かな怒りが感じられた。

 それは同時に、あたしの失踪で兄ちゃんが死ぬほど心配していたということでもある。


「彼が命の恩人だというなら、そのことは信じよう。けれど、お前の失踪に彼が関わっているとなれば、俺も彼のことを看過するわけにはいかない」


 どうしよう。


 異世界に召喚されてたなんて、信じてもらえるとは思えない。

 仮に信じてもらえたとしても、その原因はエルクの魔法実験。たとえエルクに悪意がなかったとしても、彼が元凶だというのもある意味では事実。


「兄ちゃんに心配かけたことは謝ります。あたしも、連絡が取れない状況にあったの。とはいっても、別に危ないこととか、犯罪に巻き込まれてたわけじゃないの。そういう方面の心配に関しては大丈夫だから」


 実際は盗賊に襲われたり、洞窟で生き埋めになりかけたりと色々あったんだけど、それは敢えて伏せておくことにする。

 それはエルクのせいじゃないからね。


「いまはまだ話せないけど、この先落ち着いたら話せるかもしれない。だから……いまは聞かないでくれるとすごく助かる。我儘なのは十分承知してるけど、お願い」

「……………………」


 兄ちゃんはしばらくじっとあたしの目を見つめていたけど、やがて眼をそらして「ほうっ」と吐息を漏らした。


「お前が嘘をつくとすぐわかるんだ。じっと見つめてやったらすぐに目線が泳ぐ。けど、今のお前は嘘はついてない」

「兄ちゃん……ありがとう」

「けど、いつか必ず話してもらうからな」


 うん。

 エルクを元の世界に戻すことができれば───もしくはもうこの先、永遠に元に戻れないということが判明したらね。

 あたしと兄ちゃんがそんな話をしていると、いきなり障子が開いて、ずいっと身を乗り出してきたのは父さんだった。

 その手に握られた日本刀を見て、あたしは「あ~、また始まった」とつぶやいてしまう。


「どうかねエルクくん。ジャパニーズサムライソードだよ!」

「おぉ、とても美しい剣ですね! 式典用ですか、いいこしらえだ」

「うむうむそうだろう、これぞジャパニーズトラディショナル武士の魂だよ」


 すげえ、言語通じてないのになんとなく噛みあってる。


 うちの父さんは自称剣道七段。

 いや、完全にホラだってのはわかってるんだけど、剣道の段持ちなのは確か。若い頃はある道場の師範代をしていたこともあるらしい。

 まあ田舎の親父の自慢と思って、もうあたしたちは聞き流すようにしてるんだけど、たまにお客が来たときなど、酔った勢いで型を披露したりする悪癖があるのだ。


「ちょっと、ふらついてるんじゃないの? 怪我するよ」

「馬鹿者っ、侍たるものあれしきの酒で足元がおぼつかなくなったりせんわ」


 いやいやいや、誰が侍ですか。

 うちは先祖代々由緒正しい農民ですがな。

 兄ちゃんも呆れて見守る中、父さんは庭に出た。

 足元がつっかけなのがちょいとアレだけど、月の光の下、刀を抜いてゆるゆるとそれを振るい始める。


 エルクはというと、初めて見る日本刀の剣舞けんぶに目を輝かせている。

 そう言えばエルク自身は剣舞どころか実戦で剣を使い、盗賊を撃退できるほどの使い手だ。

 そんなエルクの目に、父さんの剣舞はどう映っているのだろう。

 やがて一連の型を終えて刀を鞘に納めると、エルクは大拍手しながら庭に飛び出し、がしりと父さんに抱きつく。


「素晴らしい! 流れるような優雅な動きの中に感じられる力強さ……この世界にも剣士の気高い精神を引き継ぐ方がいらっしゃるのですね」

「お、おお、感動してくれたか。さすが侍の魂はグローバルに通じるものなのだな。うむうむ、どれ、持ってみるかね?」


 と、父さんから手渡された模造刀をすらりと抜き放つエルク。

 もちろん刃は最初からついていないけれど、それでも振り回すには結構な重量のものだし、下手に扱うと怪我をする。

 けれどさすが実戦で鍛えた異世界の王子さまは、軽々と模造刀を扱っている。


「うん、実戦で使われたことはない剣だけど、この反りといい刃紋といい、それにこのつかの装飾も実に見事だ。ユーリの家はもしかして高名な剣士の家系なのかい」


 んなわけないでしょ。


 まあ確かにその模造刀はちょっとばかり値の張る代物で、美術品に近い逸品らしい。

 なぜ知っているかというと、あの刀の本当の値段を知った母さんが激怒して、父さんは小遣いを減額されたことがあるからだ。

 自分のへそくりをつぎ込んだならまだしも、当時改築しようかと溜めかけていた貯蓄の一部をその刀に使ってしまったのが母さんの逆鱗に触れたらしい。

 まあ、そりゃ父さんがよくねーよな、とは思いますよ。


「ユーリ、僕もちょっとした剣の型を披露したいんだけど、いいかな?」

「えっ、あんたまで酔ってるんじゃないでしょうね……ねえ父さん! エルクも型を披露したいんだって!」

「む、心得があると? よかろう、ぜひとも拝見させていただこう」


 と言って父がエルクから離れると、エルクの目つきが変わった。

 ピンと背筋が伸びて、いつもへらへらした童顔に別人のような気迫がこもる。うわ、こんなエルク初めて見るよ。


「はぁ……っ!」


 びゅんっ、と真一文字に振り抜いたかと思うと、目にも止まらぬ速さで下からすくい上げ、びゅんっ、ひゅんっと空を裂く刀身に月の光が反射する。

 素人目にも、それは剣道の型とはまるで違うというのがわかる。

 無論、それはそうだろう───彼の剣は実際に武器を持った相手と対峙し、これを打ち倒す実践の剣なんだから。


「はぁっ、やあっ」


 目に見えない敵の攻撃をかわすように身を低く下げ、そこからくるりと反転する流れで剣を構えて、一気にそれを振り抜く。

 剣舞というよりはまるで模擬戦闘のような動きに、いつしかあたしも父さんも兄ちゃんも引き込まれていた。多分、「本物」の持つ迫力を肌で感じていたんだろう。

 やがてふぅ~~~~っと長く息をついて、刀を鞘に納めると、あたしたちは惜しみない拍手をエルクに送った。


「むう、日本の剣道とはかなり違うが、なかなかの迫力! 見事だな、エルクくん」

「お恥ずかしいものをお見せしました。どうぞ、この素晴らしい剣はやはりユーリのお父上にこそふさわしいものです」

「いやいや、真の侍は洋の東西を問わずわかりあえるということだな。わっはは、愉快愉快! さあエルクくん、呑み直そうじゃないか。とっておきのウィスキーがあるんだ。おおい母さん、コンビニの氷あったよな、氷!」


 だ~から、なんで会話成立しちゃってんだ、あんたら。

 飲みすぎるなよ~、と思いつついまに戻る父さんとエルクを見送っていると、兄ちゃんがもんのすご~~~~く不信感も露わに、あたしに囁いた。


「おい百合花…………エルクくん、まさか本当に剣をふるって戦った経験があるなんてことはないだろうな。ちょっと堂に入り過ぎてやしないか」

「えっ、なになになんのこと? はっはは~、兄ちゃんってばおっかし~。この現代社会に刀を振るって戦った経験のある人なんか、いるわけないじゃ~ん。あっ、もしかして映画俳優の経験でもあるのかしらエルクってば~」


 その時のあたしの目線は、全力で泳いでいたと思う。


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