15 希望の光
つ、疲れた……。
あたしがこの一ヶ月間失踪していたということを、兄ちゃんに知られてしまった。
さすがに異世界に召喚されたということまでは知られてないけど───まあ言っても信じてくれないだろう───でも兄ちゃんはそれ以上追及することはなく、しばらく静観してくれることを約束してくれた。
(昨夜のエルクの剣舞で、思いっきり不審がられてるけどね)
実はエルクは異世界の国の王子さまで。
剣を振るって盗賊を撃退するほどの腕前で。
異世界のあたしを召喚してしまった魔法の研究者で。
真実を話せば話すほど、エルクが胡散臭い詐欺師にしか見えてこなくなりそうだ。
「ユーリ、これは何て読むんだい」
「え~となになに、蒸気機関とは蒸気の圧力を動力に変換する外燃機関であり……」
元の世界に戻る手掛かりを探すのもさることながら、エルクは異世界───あたしたちの世界の文明に興味津々で。
朝から町のあちこちを歩き回って観察し、いま現在は図書館であたしを翻訳係にしてこき使ってやがります。
エルクの指輪は言語の異なる種族間の意思疎通にはとても役に立つけれど、異世界の文字を翻訳する機能はなかったので、わからない言葉はあたしが読んでやるしかない。
まあエルクもできるだけ図版の多いものの方がわかりやすいので、いまは子供向けの図鑑のようなものを食い入るように見ている。
(子供向けって言ってもイラストは緻密だし、船や飛行機の断面図とかわかりやすく書かれてるなぁ。馬鹿にしたもんじゃないわね)
「ほほう、蒸気動力、そして内燃機関……そうか、あの馬なしの馬車の動力はそういうことだったのか。じゃあユーリ、あの『薄型液晶テレビ』っていうのはどういう原理で画像を映しているんだい?」
えぇえええ~っ。
そんなこと、ただの派遣社員風情のあたしに聞かれても、困る。
みんな当たり前みたいにスマホを使ってパソコン使って、家じゃ液晶テレビを見てるけど、それがどういう原理で動いてるとか、どういうふうに作られるのかなんて、一般人が説明できるようなもんじゃない。
もともとあたし理系じゃないし。
「それよりエルク、例の葉っぱの方は調べなくていいの?」
送還魔法陣に必要な触媒となる赤い葉っぱ。
あたしをこの世界に戻すために使い切ってしまったので、エルクは元の世界に戻れない。けど、逆に言えばあの葉っぱさえあれば戻れるということでもある。
なので、あたしはあたしで植物図鑑を開き、あの葉っぱに似た植物がないかどうかを調べていたのだった。
そう言えば派遣社員の話を忘れていた。
派遣登録をした会社にはスマホの番号しか知らせてなかったので、あたしは家の電話で派遣会社に連絡して、一カ月の間になにか連絡がなかったかを尋ねてみた。
「実はスマートフォンを紛失してしまって、そちらに連絡が取れなくなってしまい、誠に申し訳ありません。それで……」
「加賀百合花さん───ですね。残念ながらご希望に添える派遣先は見つかっていません。引き続き、登録だけはされておきますか?」
「…………お願いします」
エルクの世界に行っていた一カ月近く、あたしとしては仕事が決まっているのに連絡が取れず、派遣先がふいになってしまったらどうしようと心配だったのだけれど。
就職難の状況はいまだ変わっていないようだ。
(まあいいか、しばらくはエルクの面倒を見なきゃいけないんだし)
ちょうどそのとき正午になったので、あたしはエルクを誘って図書館の中庭に出た。
ここはベンチもあるし、外はいい天気だ。
それに、放っておいたらこの王子さまは日がな一日図書館に閉じこもって、興味の赴くままに図書館中の本を見ているだろう。
「はい、お弁当」
「いやぁ~、知れば知るほどユーリたちの世界の文明は驚異的だね! 世界中の情報をテレビで知ることができるとか、ジャンボジェットに巨大タンカー、新幹線に自動車! ユーリの家にも自動車あったよね。僕も運転してみたいなぁ~」
「無免許だからダメです。いいから、お弁当食べましょ」
今日の弁当はあたしと晴ちゃんの合作。
と言ってもおかずは晴ちゃんで、あたしは歪な形のおにぎりを握っただけなんだけど。
「うん、ご飯もお酒も美味しくて、いい世界だよここは。ファリーヌやミシェルたちも連れてきてやりたいね……」
あたし作のおにぎりをぱくつきながら、ぽつりとつぶやく。
異世界の文明に触れてはしゃいでいるようでも、やっぱり帰れないかもしれないという不安があるみたいだ。
「そう言えば、あの葉っぱのことも元々はミシェルが思いついたことだったんだよね。本当にあの子は頭のいい子だわ。エルクの弟とは思えないくらい」
「いやいや、そこはさすが僕の弟、って言うとこでしょ」
苦笑してから、エルクは少し遠い目をする。
「それにユーリの家族も、とても温かでいいご家族だね。突然押し掛けた僕みたいな人間を受け入れてくれて、親切にしてくれてる。ユーリはあのご両親やお兄さんたちの中で育ったんだね」
えー、まあ酔っぱらったらご機嫌で刀を振り回すアホな親父もいますけどね。
「……もしかしたら僕はあの家族から、ユーリを一生取りあげていたかもしれない。そう思うとぞっとするよ」
けれど、いまはエルク自身が家族に二度と会えないかもしれないという状況。
あの美しい少女に聡明な少年、そして厳粛なお兄さん。
そう言えば……政をアンソニー第一王子にほぼ任せているという王さまにはまだお目通りしていなかったことを思い出す。
(それと……)
「まだ言ってなかったと思うけど、うすうす気づいてただろ。僕たちの母はもう十年以上前に他界してるんだ」
「…………うん」
ファリーヌもラルフも誰一人、お母さんについては口にしようとしなかったから、おそらくそうなんだろうなとは思ってた。
「母さんは黒髪の美しい人だった……アンソニー兄さんだけがその髪の色を受け継いでるね。僕らは父さん似の金髪。ミシェルがまだ物心つかないうちに病気でね。母さんが逝ってからだな、兄さんが父さんの仕事を積極的に手伝うようになったのは」
初めて聞くエルクの家族……セルフォード王家の話に、あたしは黙って耳を傾ける。
「ファリーヌもそれまではすごい甘えん坊だったのに、母さんが亡くなってからは自分から進んでミシェルの世話をするようになったな。まるで自分がミシェルの母親になるんだって勢いで。お城には乳母だってメイドだっているのにね」
いつも明るくて弟を思いやる美少女の顔をあたしは思い出す。
あの笑顔の下に、母親を亡くした悲しみを隠していたと思うと、胸の奥が痛む。
「そしてミシェルは───母さんの記憶なんてほとんどないのに、一度だって母さんに会いたいとか、寂しいだなんて言わなかったよ。まったく、僕だけだな~、昔っから自分勝手でふらふらしてるのは」
そんなことない。
そんなことはないよ、エルク。
あなたはミシェルのために異世界の生き物を召喚しようとしてあたしを異世界に引っ張り込んだり、作物の刈り入れ機械を暴走させて畑を滅茶苦茶にしたり───でもそれもこれも、自分に出来ることをしようってことだったんでしょう。
あたしは、知ってるよ。
(だからあたしはエルクを元の世界に戻してあげるんだ、なにがあっても絶対に)
心にそう固く誓い、午後も図書館で赤い葉っぱについて調べたけれど、収穫らしい収穫は得られなかったのだった。
※ ※ ※
「百合花ちゃん、ちょっといいかしら」
今日も調べものが空振りに終わり、少し疲労ぎみのあたしに、晴ちゃんが声をかけてきた。
エルクは野外調査慣れしているのか疲れた様子もなく、図書館で調べたことをノートにまとめ直している。
ちなみに今は兄ちゃんのTシャツとジーンズを着て、使ってるのはシャーペンと大学ノート。
こうして見るとただの金髪の海外留学生にしか見えないな。
シャープペンシルの構造やノートの紙質の良さにも目を見張っていたけれど、そのノートももう三冊目と言うから、さすがプロの研究者は違う。
「どうしたの、晴ちゃん」
「百合花ちゃんが着ていたドレスのポケットにこんなものが入っていたんだけど……」
「こ、これっ」
それは、例の赤い葉っぱ───ただしミシェルから預かった、本の間に挟まっていた枯れ葉だ。
「エルクッ、これ、この葉っぱまだあったわ! これで……」
「ああ、ユーリが持ってたやつか。ダメだよ、枯れた葉っぱ一枚程度じゃ、触媒としては全然量が足りない」
そ……そうなのか。ぬか喜びしたあたしはがっくりと肩を落とす。
「お洗濯する前にポケットを見たら入っていたんだけど、あの、その葉っぱって」
まだ何か言いたげな様子の晴ちゃん。
そう言えば普通ならポッケに入っていた葉っぱなんて、捨てちゃってそれきりだろう。
ああ、もしかしてエルクが植物調査をしていたってことを覚えてたんだろうか。
「あの、その葉っぱってヒメテングウヅキだよね?」
「へっ? 晴ちゃん、この葉っぱ知ってんの?」
あたしの素っ頓狂な声に驚きつつ、頷く晴ちゃん。
「それは私の実家、ううん実家が元あった地方に生える珍しい植物なのよ。だから珍しいなぁ、どこで手に入れたんだろうって懐かしくなって」
「は、晴ちゃんのご実家ってええと能登半島の」
「ううん、そこじゃなくてもっと信州寄りに元々あったの。本当は村ごとダムの底に沈むはずだったんだけどダム計画が頓挫して、いまは……限界集落も同然で、ほとんど人も住んでないんじゃないかしら」
「ば、場所は? もっと詳しい場所、教えて!」
あたしの剣幕に目を丸くしつつ、晴ちゃんはロードマップを持ってきてくれた。
「晴ちゃん、本当にこの葉っぱだったの?」
「ええ、この色に縁のギザギザがね、特徴的なの。別名『天狗の薬葉』とも言って、薬の原料にもなったって聞いたことがあるよ。天狗がこの葉っぱを煎じた薬を使って空を飛んで、子どもを攫っていくっていう伝説があるの」
その言葉を聞いた瞬間、あたしの中で色んな断片が一気に繋がった。
ミシェルが日本の昔話について立てた仮説。
桃太郎やかぐや姫、一寸法師といった不思議な生まれ方をした主人公たちは、送還魔法によって異世界から送り込まれた人間のことがもとになったんじゃないだろうかということ。
(エルクたちの世界にも残されていた神隠しの記録。赤い葉っぱを触媒とした送還魔法陣……そして、晴ちゃんの生まれ故郷に伝わる天狗伝説……)
「ユーリ? どうしたんだい、まさか」
「エルク!」
あたしは感極まって、彼に抱きついていた。
勢い余って畳の上に仰向けに倒れ込んでしまい、エルクが「ぐえっ」という声を漏らしたけど、そんなことはどうでもいい。
「帰れるかもしれない、帰れるかもしれないよエルク! 晴ちゃんの故郷に行けば、この葉っぱが生えてるかもしれないんだって!」
「ほ、本当なのかい、それは!?」
「待って、喜ぶのはまだ早いわ。いまもまだこの植物があるという保証もないし。けど、これは大きな手掛かりよ。明日はこの植物……ヒメテングウヅキ? それと晴ちゃんの故郷の天狗伝説の伝承について調べましょう」
「よくわからないけど……エルクさんの研究に役立つものなの?」
「役立つ役立つ、大助かりだよ晴ちゃん!」
エルクの正体とか異世界のことなんかは晴ちゃんには言えないけど、うまい具合に晴ちゃんは誤解してくれたようだった。
「よかったらうちのパソコンも使ってちょうだい。それと、私の故郷の伝承なら、村役場に資料があるかもしれないわね」
なんだか一気に展望が開けてきて、あたしの胸はドキドキしていた。
「よかったね、エルク!」
と、異世界の王子さまの方を振り返ると、彼はなぜか青い顔をしている。
「ど、どうしたの? 具合でも悪いの」
「なんてことだ……こんなに早くこの世界を離れなくちゃいけないかもしれないだなんて……こうしちゃいられない! せめてあの図鑑とエンジンの付いた草刈り機と、できればコンバインと液晶テレビくらいは持って帰りたい……!」
「……おい」
「ああっ! 出来れば自動車も持って帰りたいけど……そうだ、ユーリの家の自動車、分解して持って帰っちゃ駄目かな?」
いいかげんにしなさいっ、とあたしは裏拳で突っ込んだ。




