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13 帰って来たけど連れてきた


 うーん。


 いや、ある意味こうなることがわかっててやったんだけど。


 洞窟に閉じ込められたあたしとエルク。

 だけどエルクは「あたしだけ」を元の世界に戻して助けようという、トンチキなことをしでかしそうになった。

 なのであたしは送還される寸前、エルクも引っ張り込んでやったのだ。

 ということはつまり、あたしの方が逆にエルクをこの世界に召喚してしまったということ。


「ここからなら、あたしの実家まですぐね。ねえエルク、ひとまず……」


 と、振り返ると異世界の王子さまは目をきらっきらに輝かせて、しきりに五色ごしきのおばさんに話しかけていた。


「マダム、あそこを走っている馬なしの馬車はなにを動力源にしているのですか? それにあれは畑ですよね、あの機械は農業用の機械なんですか、どういう機能が? それと、やはりこの世界には農業魔法と言うのは存在しないのですか」

「ひやあああ、あたし英語とかわかんないから。百合花ちゃん、ちょっと、この人なんとかしてくれんかね」

「ちょ、ちょっとエルク!」


 あたしは魔法アイテムの翻訳指輪をつけているのでエルクの言葉がわかるけれど、おばさんにはエルクの言葉はちんぷんかんぷんだ。

 少し注意深い人なら、それが英語でもないことに気づくかもしれないけれど、おばさんの中では「外国語=英語」みたいなものだし。


「やあユーリ、ここ本当にキミのいた世界なんだよね? あの建物といい、乗り物といい、なんて興味深いんだ! そうだ図書館! 図書館はないのかい、なあに文字がわからなくても機械原理の構造図か何かあればおおよその見当は」

「エルクってば!」


 あたしは金髪青年に話しかけられて目を白黒させているおばさんからエルクをひきはがし、落ち着かせる。


「ひゃあ、驚いたよう。なんだか小汚い恰好した外人さんだけど、顔はえらいハンサムだねえ……ねえ、この人に騙されてやしないだろうね、百合花ちゃん?」


 言葉の後半は声を潜めてあたしにささやくおばさん。

 もしかしてエルクを結婚詐欺師かなにかと思っているのだろうか。

 まあ、野外調査用の服は泥だらけ埃まみれなので、怪しい外国人と言えばその通りだ。


「え、ええとですね、彼は植物学者なんです。で、昨晩から山で採集調査をしてて、その帰りなんですよ」

「はあ、学者さんかい。まだ若そうなのにえらいんだねえ。あらっ、じゃあ百合花ちゃんってば将来は学者さんの奥さんかい!」

「おおお奥さんとか、そういうんじゃないですから。スミマセン、あたしたちこれから実家に寄らないといけないので、これで」

「あらあら、引きとめて悪かったねえ。そいじゃあね、学者先生」


 ぺこりと会釈するおばさんに、エルクもつられて頭を下げる。

 そうして畑に向かったおばさんに別れを告げると、あたしたちはここから少し離れたあたしの実家に向かうことにした。

 幸いにも送還の際、エルクのリュックとその中身も一緒に転送されていたようで、荷物をすべてリュックに収め、畦道あぜみちをてくてく歩きだす。


「ん~っ、これが異世界の風かぁ! なかなか空気がおいしいし、いいところじゃないか」

「この辺は田舎だからね。都会に出ればもっと緑は少ないし、空気も汚れてるよ」


 生まれ育った実家の近くを、異世界の王子さまと肩を並べて歩く。

 なんとも言えない不思議な感じだけど、あたしはさっきのおばさんの言葉を思い出して、なんだかエルクのことを意識してしまう。


(そう言えばエルクってけっこう背も高いし、背中も広くて、意外と逞しいんだよね……)


 洞窟の中であたしの手を握っていたエルクの手の平を思い出し、頬が熱くなる。

 いやいやいや、エルクに対してそーゆー感情を持ったことはないし。これは単にあたしが恋愛経験が少ないから、その、男性との接触が少ないというだけで。


(──────むなしい)


 異世界に来たっていうのに能天気ににこにこしているエルクを見ていると、なんかムカついたので、それ以上考えるのはやめにした。


(けど……実家に顔出したら、ちょっと困ったことになるかしら)


 いきなり金髪くせ毛の外国人青年を連れていくという状況もさることながら。

 いまさら、あたしは自分の置かれた立場を思い出す。

 都会の短大に通い、卒業と同時に就職浪人になったあたし。派遣登録をしたはいいけど、その当日に異世界に飛ばされてしまって、そこでしばらく過ごして。


(身につけているのは異世界の貴族の奥さまのドレス、スマホもバッグもみ~んなお城に置いてきちゃったし)


 財布も置いてきたので一文無し、電車にだって乗れやしない。

 だから実家に頼るしかないんだけど、エルクのことをどう説明すればいいのやら。それに───エルクを元の世界に無事返せるんだろうか。


「ん、どうしたんだいユーリ。元の世界に戻ったっていうのに、浮かない顔だね」


 あーたの今後について憂慮してたんですよ、あーたの。


(ええと……父さんは朝一で畑とハウスの手入れをしてから会社だから、もう家を出たかな。たぶん兄ちゃんもハウスだな、いま時分は。家にいるのは母さんと晴ちゃん、かな)


 晴ちゃんの純朴な笑顔が脳裏にパッと浮かんで、あたしは明るい気分になった。

 そうだ、あたしは帰ってこれたんじゃないか。

 戻れるかどうかわからない、晴ちゃんのお腹の中の子に会えないかもしれない、そんな状況から戻ってきたんじゃないか。それだけでも十分喜ぶべきことだ。


 エルクのことは、まあ適当にごまかそう。


      ※     ※     ※


 あたしの実家は三年ほど前にリフォームしたものの、外観は昔ながらの日本家屋である。


 台風対策に屋根や雨戸なんかはしっかり補強してるけど、中は結構古風な雰囲気を残している。異世界のありとあらゆるものに興味津々のエルクは、もちろんあたしの家にも目を輝かせ、今すぐあたしを質問責めにしたい様子だった。

 まるでお散歩を待ちかねて尻尾を振りまくっている犬のようだ、とあたしは思った。


「エルク。わかってると思うけど、あんたの言葉はうちの家族には通じないんだからね」

「わ、わかってるよ、そこまで迂闊じゃない」


 いやいや、五色のおばさんに喋りかけて、どん引きされてたでしょうが。


 本当は───あたしが異世界でエルクに翻訳指輪を渡されたように、あたしの指にはめられた指輪をエルクに渡せば、それで万事解決なのよね。

 それは実はあたしもわかってた。エルクは気づいてなかったみたいだけど。

 そうすればエルクはあたし以外の人間とも自由に話せるし、あたしたちもエルクと意志を通じ合うことができる。

 ただ、どうしてだかあたしはそうはしなかった。


 理由?


 そりゃあ、理由は一つに決まってる。

 エルクが、エルクだからだ。

 この、おっちょこちょいのスットコドッコイ王子がいつ本当のことを言ってしまうか、ま~~~るで信用が置けなかったからだ。

 これは、エルクの人柄がどーとか以前の問題だ。


「それで……エルクさん、だっけ? あんたの大学のゼミの教授の……?」

「あたしの恩師の親友の息子さんだよ。異……イギリスから日本の植物調査にやってきているの。少しでいいから、うちに泊めても構わない、よね?」


 予想通り、家には母さんと晴ちゃんしかいなかった。

 晴ちゃんはにこにことお茶を淹れてくれた。お腹はもうずいぶん大きくなっていて、少しつらそうだけど血色はいいのであたしは安心した。

 母さんのほうはというと、この金髪青年とあたしを怪訝な顔で見比べている。


 明らかに、怪しんでいる。


「まあ、悪いことの出来そうな顔じゃあないけどね。植物の調査ねえ、それでそんな薄汚れた格好してるのかい。しかもあんたまで」

「百合花ちゃん、それって彼氏さんの贈り物なの? 外国のドレスって素敵ねえ」

「ええ、まあ……って、彼氏じゃないからね、晴ちゃん」

「それで一晩中山歩きとは酔狂にも程があるよ。朝食の準備してやるから、あんたら順番にお風呂で汚れを落としてきなさい」


 そんなわけで、エルクを浴室に連れていくと、彼の好奇心メーターがMAXに振りきれてるのがよくわかった。


「ワオ! これは浴槽? タイルもシャワーもピカピカだね。これで温度調節か、なんて便利で機能的なんだ。少し狭苦しいけど、一般家屋でこれだけの設備があるなんて、素晴らしいよ。えっ、こっちは頭髪用のシャンプーで、こっちが体を洗う? ボディソープ? なるほどポンプ式か……この不思議な素材の布は、もしかして体を洗うスポンジ代わりのものだね、ええと、このT字型のものはなに?」

「危ないから指で触らないで! それは髭そり用剃刀よ。大体わかったわね、じゃあ着替えはこっちの浴衣を着てもらえば……って、まだあたしがいるのに脱ぎ出すな!」


 あー、疲れた。


 あたしがエルクたちの世界に召喚された時は、突然身に降りかかった異様な状況に戸惑い、混乱し、不安だったんだけど……エルクには事情を知ってるあたしがいるものだから、なんていうかまるで観光気分で異世界を楽しんでやがる。

 あ、鼻歌なんか歌い出した。なんか、不公平だなぁ。


 エルクに続いてあたしもさっとシャワーを浴び、あたしは実家に置きっぱなしにしてた私服、シンプルなブラウスとスカートに着替える。

 かろうじてどこかがきつかったり、ホックがはまらないという悲劇は回避することができた。

 一人暮らしの不摂生でスタイルを崩してなくて本当に良かった。


「やあユーリ! それはこっちの世界の服装かい、よく似合ってるよ」


 つーか、元々あたしの私服だっての。


 風呂上がりのエルクは晴ちゃんが縫った兄ちゃんの浴衣に袖を通している。

 見ると、くじいていた足に包帯が巻かれていた。

 エルクが足を少し引きずっていたので、晴ちゃんが手当てしてくれたのだそうだ。

 うん、エルクも兄ちゃんも長身なので、浴衣の丈はピッタリのようだ。


「ごめんね晴ちゃん。兄ちゃんのなのに」

「いいのよ、サイズが合ってよかったわ。さ、朝ごはんにしましょう。大したものは出来ないけれど、たくさん食べて下さいねエルクさん」


 いつも家族で食卓を囲む和室のちゃぶ台に、晴ちゃんが準備してくれた朝食が並んでいる。

 母さんは畑に出かけたらしい。一人娘がいきなり金髪の外人連れて帰って来たっていうのに、あの人もマイペースな人だな。まあ、その方が面倒がなくていいけど。


「うっわ、晴ちゃんのご飯ひっさしぶり~っ」


 焼き魚にわかめの味噌汁、卵焼きに野菜とこんにゃくの煮物、ぬか漬けにサト芋煮、ヒジキに冷ややっこ……素朴だが日本人の舌にドンぴしゃストライクな朝食を前に、あたしのお腹もきゅうと鳴る。

 そう言われてみればあたしも昨夜から何も食べてない。おまけにメルマルロードの背中に乗ってさんざん揺られたから、お腹はぺこぺこだ。

 見るとエルクも空腹なのか、涎を垂らさんばかりに口を半開きにしてあたしを見つめている。はいはい、とあたしもエルクの向かいに腰を下ろす。


「外人さんだったら、ハムエッグとかの方が良かったかしら……」


 心配そうな晴ちゃんだけど、エルクは味噌汁の香りにうっとりしている。


「この濁ったスープは発酵食品だね。卵に魚、野菜なんかは僕もわかるけど、この白くて四角いものはゼリーかい? この黒いひも状のものはなんだろう」

「まあ、食べてみなよ。口に合わなかったら残してもいいから。じゃ、いただきま~す」


 あたしは久々の晴ちゃんの和食を口に運び、幸せを噛みしめる。

 あ~、この味噌汁の出汁加減、そしてこの懐かしいぬか漬けの風味、最高だわぁ。

 エルクもお箸の代わりにスプーンで味噌汁を啜り、「うまい、美味しいよ!」と絶賛する。


「エルクも美味しいって。よかったね、晴ちゃん。あっ、冷ややっこには醤油かけなきゃ味しないよ、エルク」

「むう? この滑らかな風味は……えっ、この黒いソースをかけるのかい……おぉ? なるほど、このゼリーの素朴な甘みが一層引き立つ! これは素晴らしい」


 どうやら和食はエルクの舌を満足させたようだった。

 もちもちの白ご飯には少し驚いていたけれどすぐに慣れ、チョップスティック……お箸の使い方にも興味を示したエルクは、あたしの箸使いを観察して真似ようとしたりした。

 結局、朝からエルクが三杯、あたしもご飯を二杯もお代わりして大満足したのだった。


「それで……これからどうするの?」


 あたしの問いに、異世界の王子さまは鼻息も荒く、熱弁をふるいだす。


「もちろん図書館だよ! それから朝見た農業用機械、あれを実際に触れる施設はどこかにないかな? それと馬なしの馬車の構造も知りたいし……」

「そうじゃなくって! あたしは元の世界に戻れてよかったけど、あなたはどうするつもりなんだって聞いてるの。まさか、ここに永住するつもり?」

「ううん、あまりにも何もかもが興味深くて、できれば四、五年は腰を据えてこの世界の技術や文化を研究してみた…………」


 そこまで喋って、あたしの冷たい視線に気づいて口をつぐむ。


「あんたねえ。ファリーヌやミシェルがどれだけ心配するか、わかって言ってるの?」

「はいスミマセンゴメンナサイ」

「まあ、エルクのフィールドワークは長期にわたるけど大丈夫だって言ってたから、いまのところはたぶん心配してないだろうけど、いずれ帰ってこないあなたを探し始めるんだよ」


 もっとも、いま彼らが心配してるのは、黙ってお城を飛び出して行方不明になったあたしだろうけど。

 メルマルロードもいなくなってるから、あたしがエルクを探しに出たっていう見当はついてるはず。けれど、ラルフがどれだけ大規模な捜索隊を出したって、彼らが目的を達成することは永遠にない。

 だって、あたしはあの世界にはもういないから。


(ファリーヌ、ミシェル、ラルフ……お別れも言えずに帰っちゃって、本当にごめん)


 あたしだって本当はこんな不義理はしたくなかった。

 けど、緊急事態の末に起こったことだし、理由さえ分かれば彼らだって納得してくれると思う。

 それでも本当は、ちゃんとファリーヌたちに沢山のありがとうとさようならを言ってから、ここに戻ってきたかった。


「だから、そのためにもエルクはちゃんと自分の世界に戻らなくちゃ。あたしはこうして元の世界に戻った、もう大丈夫ってファリーヌたちに伝えてくれなくちゃ」

「うん……そうだね。でも」


 と、ここでエルクの声が沈んだものになる。


「たしかにユーリは元の世界に戻ってこれた。僕の送還魔法陣は成功したんだ。けれど、送還魔法陣が機能するには、ある特殊な触媒……あの赤い葉っぱの成分が必要なんだ」

「エルク……もしかして、その葉っぱって」

「うん、あのときの魔法陣でもう使いきった」


 そんな……とあたしは声を失った。

 それって、エルクはずっとこの世界にいなきゃいけない、帰れないっていうこと?


「い、いや、必ずしもそうとは限らない。別の触媒がこの世界で見つかるかもしれないし、まったく新しい魔法式を構築できるかもしれないし」

「けど、今すぐは無理ってことだよね……」


 エルクは知ってたんだ、あの葉っぱがないこと、自分が元の世界に戻れないこと。

 知った上でわざと明るく振る舞っていたんだ。


(あたしがあのとき、エルクを引っ張りこんだりしたから───!)


 誰がトンチキだ、ホントにトンチキの間抜けだったのはこのあたしだ。


「ごめん───エルクごめん、謝ったって許されることじゃないけど、ごめんなさい」

「いや、あのときのキミの判断は間違ってなかったよ。実際、あの洞窟はそうとう地盤が緩んでたし、いつ崩落してもおかしくなかった。キミが僕をこの世界に連れてきてくれなかったら、半刻経たない間にあの場で僕は押しつぶされてたろう」

「それでも───それでも、ごめんなさい」


 実際、何が正しくて何が間違ってるかなんて、あたしにもエルクにもわからない。

 それでもあたしはエルクに謝らずにはいられなかったし、彼はこの一件でただの一度もあたしを責めることはなかったのだった。


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