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12 女の意地を見せるでやんす(後編)


「ユーリ……ユーリ、大丈夫?」


 気を失っていたのは、僅かな時間だったみたい。

 暗闇の中で身を起こすと、あたしの手を掴んでいる手に気づく。闇の中だからなのか、その手はとても分厚くて大きくて温かく感じられた。


「どこか痛むところはないかい? 意識ははっきりしてる?」

「え、ええ。あちこち擦りむいてるみたいだけど、ひどい痛みはないわ」


 あたしがはきはき答えたので、エルクはほうと安堵の息をついた。


 カチカチと金属をぶつける音がして、ポッと闇の中に火の手が上がる。洞窟の中が焚き火の炎に照らされて明るくなった。

 ぐるりと周囲を見渡すと、周りは一面の岩肌。

 入り口だったと思しき部分は岩が崩れたようになっていて、外が見えない。


「もしかしてこれって、洞窟に閉じ込められてるの?」

「ああ、メルマルロードが暴れて洞窟の入り口にぶつかったみたいだ。ところで、どうしてキミがメルマルロードと一緒にいたんだ? 一体どうして僕のいる場所が分かったんだ? キミとメルマルロードの他に誰か来てるの?」

「ちょ、ちょっと待って、一度に聞かれても」


 あたしは順を追って、エルクに説明した。


 夢でエルクの姿を見たこと、どうしてもただの夢だとは思えなかったこと、そしてメルマルロードの協力で単身ここに駆け付けたということ。

 エルクはあたしの話をこれっぽっちも疑うことなく、けれどもあたしの無茶すぎる行動に頭を抱え「なんてこった……」と嘆息した。


「キミが僕の夢を見て、それが現実だったのは紛れもない事実だけど、いくらなんでも無茶しすぎだよ。僕が魔物と対峙してることも知ってたんだろう?」

「だからなおさら放っておけなかったんじゃないの。それよりエルク、こんなところで火を焚いて大丈夫なの? 洞窟の中の酸素がなくなるんじゃ」

「いや……この奥から微かに風が吹いてくるんだ。もっとも、人が抜けられるほどの穴はないみたいだけど」


 とはいえ、あたしたちが閉じ込められたことには間違いない。

 あたしがエルクを追ってきていることは誰にも知らせてないから、ラルフたちがここまで助けにくる可能性も限りなく低い。


(もっとも、明日の朝あたしがいないから大騒ぎになってるだろうけど)


 あの聡明なラルフなら、あたしがエルクを追っていったことくらい簡単に予測をつけるだろう。

 エルクがあの赤い葉っぱの調査に出ているのはミシェルが知っているから、植物の繁茂場所を目安に捜索隊を出すに違いない。

 けれど、ここを見つけ当てるまで数日以上はかかるだろう。


「あの子が……メルマルロードが掘り起こしてくれればいいんだけど」


 彼、やけくそみたいに魔物と戦ってくれていたみたいだけど、大丈夫かしら。

 あれだけの巨体を誇るゾウなんだから、そう簡単に猿人にやられるとも思えないけど、もしも魔物に仲間がいたりしたら……と、あたしは急に不安になる。


「いや、その可能性は低いと思うよ」


 と、エルク。


「魔物って言うのは、害獣避けの魔法に抵抗力のある獣だって言うことは、ユーリは知ってるんだよね? いわゆる突然変異種みたいなもので、そういう個体は大抵の場合、群れから孤立するものなんだ。僕があいつに襲われた時も、あいつは単独で行動していた」

「そもそも、どうして襲われたの?」


 エルクが言うには、野営キャンプをする時は獣避けの魔法杭を持参しているんだけど、それがあるからと油断して、料理を煮炊きしているところを襲われたらしい。

 相手もさすが野生の獣、不意打ちを食らった時に足をくじいたので、自慢の剣の腕を振るうこともできず。

 命からがらこの洞窟に逃げ込んで籠城していたということだった。


「くそっ、せっかく兎を捕まえたから煮込みを作ってたのに、あいつのお陰で食べそこなっちゃったよ、ああ腹が立つ!」


 うわあ、自分で兎獲って、捌いて、料理してたのエルク。

 アウトドアもいけるっていうのは本当だったのね。

 というかそこまで行くとサバイバル生活と言った方がいいかもしれない。


(うちの実家でも昔は飼ってる鶏シメてたそうだけど……)


 現代っ子であるあたしは、鶏や兎どころか、魚一匹丸ごと下ろしたこともない。

 ううっ、まさか料理方面でエルクに後れをとるとは、あたしの女子力が危険信号だ。


(ミミアは料理でもサバイバルでも何でもこなせそうだし、ファリーヌも王女修業の一環でお料理が得意かもしれない。うう、あたしの株が大下落かも)


 などと一人落ち込んでいると、エルクがリュックの中から白くて平たい板状のものを取り出し始める。夢の中でエルクが齧っていたものだ。


「手持ちの携帯食料はこれだけしか残ってないし……なにより水がないのがまずいな。やっぱりメルマルロード頼みしかないかな……」

「内側からも掘っていけば?」

「いや、これ以上落盤が大きくなると危険だよ。それに体力は温存しておいた方がいい」


 エルクはあたしに体を休めるように言った。

 ここまでメルマルロードの背に揺られて疲れているだろうから、と。

 たしかにそう言われれば、どっと疲れが押し寄せてくる。


「僕はもう少し、この葉っぱの調査をしてるよ。ユーリが見た夢って言うのが気になる。この葉っぱの成分には何か特別な力があるんじゃないかと思うんだ」


 そう言ってエルクが何十枚もの赤い葉っぱをあたしに見せる。


「ほら、こんなに大量に見つかったんだ」


 その能天気な、というか無邪気な笑みに拍子抜けしたあたしは、促されるままに横になった。

 埃っぽいエルクのリュックを枕にして、焚き火に照らされたエルクの広い背中を見つめていると瞼がだんだん重くなって……あたしは眠りに落ちた。


 とはいえ、眠りはごく浅いものだったらしい。

 あたしは眠っている自分を自覚しつつ、焚き火のぱちぱちとはぜる音、ぶつぶつと呟くエルクの声を遠くに聞きながら、半分覚醒、半分睡眠みたいな状態にいた。


「やはりこの葉は……」

「イメージに反応する物質……?」


 ふふ、エルクって考え事をしてると独り言を言う癖があるのね。


「助けが来るまでもちそうにない……」

「ユーリだけでも……元いた世界に……」


 ん、なんだかおかしなこと言ってない?


「間違いない、簡易魔法陣でも十分なほどのエネルギーだ……」


「ユーリを起こすか? いや、彼女はきっと反対する……」


「だから……」


「このまま……」


 ちょっと待てぇええええ~~~~~っっ。


 あんたなに言ってんの。

 助けが来るまでもたないとか、あたしだけ元の世界に戻すとか、馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。

 それじゃあんたはどうなるのよ。

 ラルフだっていつ来てくれるかわかんない、メルマルロードが掘り起こしてくれる保証もない。

 あたしだけ元の世界に送還して、自分一人生き埋めになるつもり?


 あたしは直ちに飛び起きて、馬鹿な真似をやめさせ……られなかった。


 体が動かない。

 これは金縛り?

 そうこうしているうちに、体の下がほのかに熱を帯びてくる。

 地面がほんのり温かいというか……この感覚には覚えがある。


(国営農場での時や、葉っぱを握ってエルクの場所を探そうとした時と同じだ……!)


 まずい、エルクは本気だ。

 本気であたしだけ元の世界に送還して助けるつもりなんだ。


 飛び起きて、怒鳴りつけて、やめさせようと思うんだけど、体が動かない。

 金縛りって言うのは意識が覚醒してるのに体が眠ってる状態だって何かで聞いたことがあるけど、ちょうどその状態にあたしは陥っていた。


「よし、期待値以上の反応だ。ユーリの世界の座標をしっかり捉えてるぞ。間違いなくユーリを元の世界に戻せる」


 やめろ。


 やめて。


 こんなのってないよ、エルクらしくもない。

 そりゃたしかに元の世界に早く帰りたい、そう思ってた。

 けど、ラルフやファリーヌ、ミシェルにミミア、ソフィーさんやカタリナさんにもう二度と会えない、別れの言葉すらいえないまま送り返されるなんていや。


 それに、この狭い洞窟の中で一人取り残されたあんたはどうなるの。

 水もない、食料もわずか、助けが来る保証もない。

 メルマルロードだって、あたしはエルクの指輪をつけてたから意思疎通できてたけど、これがないとあの子ただのゾウなんだよ。


(なんで…………なんであたしは、こんな大事な時に金縛りなんかになってんのよ!)


 あたしはエルクの身勝手な行動よりも、そのことの方が腹立たしかった。


 また、あたしは無力なのか。

 せっかくエルクを助けに来たのに、結局自分が助けられてしまうのか。

 こんなふうに後悔を重ねるしか、あたしには許されてないっていうのか。


 冗談じゃない。


 冗談じゃない───!


 地面の熱はますます高くなり、地面───地脈のエネルギーがあたしの中に流れ込んでくるのを感じた。

 この猛烈なエネルギーはやがて世界と世界を隔てる境界線をぼやかせ、あたしを元の世界に連れ戻すのだろう。

 エルクを残して、この世界から。


(そうはっ………………)


 がば、と手足の感覚が戻ると同時に、あたしは飛び起きた。


「させるかぁあああああ~~~~~~~ッッッッ」

「わっ、ユーリ?」


 地面に描かれた図形が光り輝いている。

 これが魔法陣って言うやつなんだろうけど、あたしは委細構わずエルクの首根っこにしがみつくと、全力で彼を魔法陣の中に引っ張り寄せた。


「わわ、うわ、わぁああ~~~???」


 いくら体格の差があったって、あたしの全体重を咄嗟に支えられるわけもない。

 どさっとリュックの上に倒れ込んだあたしの上で、この大バカヤロウな第二王子は目を白黒させている。


 へへん、「ざまあみろ」だ。


 そして、輝きはやがて眼を開けていられないほどになり─────────


「う…………」


 気がつけば頬がひんやり冷たかった。

 洞窟の岩肌じゃない、湿った地面の冷たさだ。

 それに瞼を通して飛び込んでくるこの光は、焚き火のものじゃない。


(太陽の───光だ)


 飛び起きたあたしの目に映っていたのは明け方の空。

 そして上ったばかりの朝日に照らされた山々の緑、「コンクリ」で固められた岸の間を流れる川のせせらぎ。

 目を転じればまだ田起こしもされていない黒々と土がむき出しになった田畑。

 反対側には幹線道路が走っていて、その向こうに続く街並みに、見覚えがあった。


「ここ───あたしの実家の近くじゃん」


 よく見ればあたしが倒れていたのは田んぼに続く畦道あぜみち

 呆然とするあたしの背中から、のんびりした声が浴びせられた。


「あれま、誰かと思ったら加賀さんちの百合花ちゃんかい? あんた東京の大学に行ってたんじゃなかったんかい」

「あ、ああ。お隣の五色ごしきのおばさん。どうも、お久しぶりです」

「それにしても、都会じゃそういうファッションが流行はやってるのかい?」


 そういうおばさんは朝の野良仕事に出かけるところなのか、作業着に前かけ、軍手に麦わらとどこから見ても気のいい農家のおばちゃんルック。

 あたしはというとラルフの奥さま、ソフィーさんが若かりし頃に着ていたドレスを拝借しているのだけど、たしかに「こっちの」女の子がそうそう着る類のデザインじゃない。


「あれま」


 と、おばさんが目を丸くしてあたしの後方を見ていた。


「あれまあ、百合花ちゃんってば婿さん連れて里帰りなんかい! しかも外人さん!」

「いや、あのちょっと」


「やあユーリ、おはよう……ここどこ?」


 寝ぼけまなこの金髪王子がそこにいた。


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