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11 女の意地を見せるでやんす(前篇)


 ドドッ、ドドッ、ドドッ、ドドッ。


 夜のしじまを走り抜ける重低音の足音。

 軽快な馬のそれでも、重量級の牛のそれよりもなお大きく、文字通り地響きという呼び方がぴったりだ。


『大丈夫かい、お姉さん。辛いようだったらもう少し静かに走ってもいいんだけど』

「だっ、だだだ、だいじょう、ぶっ。だから、このまま急いで!」

『方向は、こっちで間違いない? このままだと嵐に追いついてしまうよ』

「い、いいいのっ、それでいいですぅう~~っ」


 月夜を疾駆するメルマルロード……エルクが召喚した一頭のゾウに跨ったあたしは、エルクの元に向かっていた。


 つい三〇分ほど前のこと。


 あたしに「声」をかけてくれたメルマルロードは、力を貸してほしいというあたしの頼みを聞いてくれた。

 そして自分を囲っていた厩舎をその巨体と長い鼻でぶち壊して脱出したのだった。


『さあ、僕の背中に乗って、お姉さん。そのお友だちのところまで運んであげるよ!』


 こうしてあたしとゾウとの奇妙なコンビができたのだけれど、馬にもまともに乗れないあたしがゾウに乗ることができたのは、いくつもの幸運が重なっていた。


 まず第一に、メルマルロードには特製の鞍がつけられていたこと。

 エルクが異世界の生き物を召喚したのは、たぶん弟のミシェルを喜ばせるため。

 メルマルロードが幸いにもおとなしいゾウだったので───動物園で飼育されていたゾウだったからか───人を乗せられるように鞍がつけられていたのだ。


 この世界の人にとって、鼻の長いゾウという生き物は誰も見たことがなかったので、背中に兵士を乗せて中庭を散歩するときなどは、メイドさんたちもよく見物に来ていた。

 そんなわけで彼の背には鞍が装着されたままになっていた、これが幸運。


(でなきゃ、裸のゾウの背中になんて乗れるもんですか)


 それともう一つ、あたしとメルマルロードの意思疎通方法。

 それはエルクの発明品である翻訳指輪によるものなんだけれど、これは彼の鳴き声に含まれる意思をあたしが理解できる言葉に変換してくれるという便利アイテム。

 だから、ゾウの背でがくがく揺さぶられながらも、あたしは彼の言葉を正確に聞き取ることができたのだった。


「そっ、それにっ、してもっ、あなたって頭がいいのね。ゾウは知能が高いって聞いたことはあるけど」

『ああ、僕は人間に飼育されてきたからじゃないかな。生まれたときから飼育員さんの言葉を聞いて育ってきたし、動物園に来る子供たちもたくさん僕に話しかけてくれたからね』


 なるほど。


 同じゾウでも、本当に野生で育ってきたゾウとだったら、こうも上手に会話ができなかったかもしれないということか。

 これも幸運の一つのようだった。


 ぽつっ。


 ぽつ、ぽつ、ぽつ……さぁああああ……あたしとメルマルロードに小粒の雨が降り注ぎ始める。

 嵐に近づいてきた証拠だ。

 でもエルクがどこにいるのかまではわからない。これ以上どうやって絞り込めばいいんだろう、あたしは必死に考えを巡らせる。


(エルクが使っていた害獣避けの魔法陣は───だめ、何も感じない。そうだ、これは?)


 あたしはポケットから例の赤い葉っぱを取り出して握ってみる。

 必死に手綱を握り締めてないと振り落とされるので、精神集中とまではいかないけれど、握り締めた葉っぱは確かに熱を帯びているように思われる。


『お姉さん! なんだか危険な臭いを感じる。この先すこし左に曲がった方角に、ひどく凶暴な動物が怒りをばら撒いているよ!』


 それはメルマルロードの野生の感覚か、あるいはあたしと同じ世界から召喚してきた彼にも、あたしのような魔方陣に関した不思議な力でも備わっているのだろうか。

 いずれにしても、あたしのあやふやな「魔女」の力よりは当てになるような気がしたので、その「危険な臭い」とやらのほうに向かってもらう。

 メルマルロード自身も危険にさらしてしまうかもしれないけれど、怪我をしたエルクや非力なあたしよりは彼のほうがずっと強いだろうし。


(葉っぱの熱が高くなってきたような気がする。きっとこっちよ、間違いないわ!)


 雨脚はますます強く、顔に当たる雨粒は大きくて痛いほどだ。

 でも、こうして実際に降られてみるとわかる。夢の中でエルクが感じていた雨音も、ちょうどこのくらいだった。


『お姉さん!』


 メルマルロードがそう叫んで歩を止めると、雨音に混じってあたしの耳にも獣のうなり声が聞こえてきた。


「うぐるるるる……ぐぅうぉおおお……」


 まるで霧がかかったように視界を閉ざす大雨。

 その雨もやの中にのっそりとたたずむ人影───いいや、それは人影というにはあまりに大きすぎた。


『魔物というのは大抵は大型の猿人か野豚、でも魔物の中には知能の高いのもいるから厄介なんです』


 ミミアの言葉が不意に鮮明に思い出される。

 それは人と似た姿でありながらずっと巨大な獣、猿人だった。


(洞窟は? どこかに人に隠れられそうな洞窟は……)


 あった!


 猿人が不快そうな唸り声を上げているその背後に、岩の割れ目のような洞窟がぽっかりと口を開いている。

 そして洞窟の入り口に鈍く光っているのは、金属の杭。

 害獣避けの魔法陣だと思われた。


(あの洞窟の奥にエルクがいる。根拠といえばあたしの見た夢だけなんだけど、絶対にそうだってわかる)


 それに、エルクはまだ猿人に襲われてないはず。

 あいつがもうエルクを襲って餌食にしてたんだとすれば、あいつはあんなに不機嫌な声を上げていつまでもうろうろしているはずがないもの。


『お姉さん、どうするの……って、ええええええ!』


 メルマルロードが驚いたのも道理、背に乗っていたあたしがいきなり飛び降りて、その猿人、正確にはその背後にある洞窟に向かってあらん限りの大声で叫んだからだ。


「エルクゥウウ~~~~~~~~~! 無事なら返事をしてぇえええええええ! ねえ、その奥にいるんでしょう~~~!」

「ぐぅお!? ぎゃおぉおおおおおおおおおおおおお!」


 あたしの馬鹿声に猿人は最初びくりと身を震わせ、それからあたしの小柄な体を見るや、強烈な威嚇の声を浴びせてきた。


「うるさぁああああああああああいぃいいい! あたしの声が、エルクに届かないでしょうが、この馬鹿猿~~~ッッッ」


 そのときのあたしがなぜそんな大それた行動が取れたのか、自分でもわからない。

 わからないけれど、あたしはなぜか恐怖を感じるどころか、異様な高揚感に包まれていた。

 気がつけば手の中の赤い葉っぱは燃えるように熱く、それに呼応するようにあたしの心も熱く弾けるように興奮していた。


『ちょ、ちょっとお姉さん、あぶ、あぶ、危ない……ッ』


 どすんどすんと大地を踏みしめながら、おっとり刀であたしの後ろからついてくるメルマルロード。

 その巨体はどう見ても猿人よりもでかく、魔物は明らかに怯んでいる。

 それに異世界の動物であるメルマルロードを見るのはやつも初めてのはず。得体のしれない、巨大な相手に警戒している様子だ。

 それをいいことにあたしはずんずんと進み、風雨でちぎれかけていた合羽を脱ぎ捨て、地面に叩きつける。

 そして、もう一度腹の底から絶叫した。


「エルクゥウウウウウ! いるならいると返事くらいしてよぉおおおおおおお!」

「……………ユーリ……?」


 あった。


 返事があった。

 その事実にあたしは腰から力が抜けそうになるのをぐっと堪える。


「ぐぉおおっ? ぎゃっ、ぎゃぉおおっ!」


 猿が威嚇の声をあたしに向けているが、もはやそんなことはどうでもいい。

 あの夢はやっぱり夢じゃなかった。

 現実のエルクの危機をあたしに告げていたのだということ、そしてエルクがまだ無事なのだという事実が、あたしを奮い立たせる。


 ただ───そんなあたしに乗せられて、否、背中に乗せてきたメルマルロードにとっては、いい迷惑だったろう。


『お姉さんっ、お姉さん! これどうなってんの、僕はどうすればいいの?』

「ぎゃ、ぐぎゃぎゃぎゃああああっ!」


 猿人はメルマルロードに向かって盛んに威嚇の声を上げるものの、実際に攻撃してくる気配はない。必死に虚勢を張ってる感じ。

 けど、メルマルロードはメルマルロードで、初めて見る猿人に困惑し、ぱおぱおと情けない声を上げ、長い鼻を無為にぶらつかせることしかできない。


「メルマルロード、しばらくそのアホ猿を引き付けておいて! あたしは洞窟の中に入る!」

『えぇええええええ? 引き付けるって、こいつと戦えってこと? 無理ムリむり無理むり、僕ケンカとかしたことないし!』

「男の子でしょ、ここまでレディをエスコートしてきたんだから、悪漢と戦っていいとこ見せるくらいの根性見せなさいッ!」

『言ってることがめちゃくちゃだぁあああ~~~~~っっっ』


 嘆くように長い鼻を振り上げるメルマルロードを挟むように、あたしは猿人と対角線上の位置をとる。

 そしてじりじりと洞窟に近づいていくと、きらりと光る魔法杭、そしてその奥の暗闇から泥だらけの顔がのっそりと現れた。


「ユーリ…………ほんとうに、ユーリなのか……そんな、まさか、ありえない…………」

「エルク! 助けに来たわ、足は大丈夫なの?」


 泥だらけ、無精髭だらけのエルクはまさしく「ぽかーん」としか言いようのない表情を浮かべている。

 まあ気持ちは分からなくもないけど、ここはひとまず魔物を退け、この場から逃げ出すことが先決だ。あたしは雨でぬかるんだ地面を踏みしめ、彼に近づこうとする。


「エルク、早くここから逃げだ──────だぁああっ?」


 ずるっ。


 泥に足を取られたあたしはあっけなくバランスを崩し、そしてそのまま顔面から地面に───激突しはしなかった。

 ぽすっと温かく抱きとめられたのは、逞しい胸板と、力強い腕の中。

 あたしは間一髪、エルクに抱きとめられていた。


「ユーリ! きみ、本当にユーリなのかい? なんだってここに、それにメルマルロードまで」

「せせせ説明は後、早く逃げましょう!」


 あーびっくりした、あーびっくりした。


 なにいまの、なんかすごいことになった。ちょっと今の反則じゃない?

 エルクのくせに、エルクのくせに。


「ダメだ!」

「へっ?」

「荷物を取ってこなくちゃ……あの中に大事な調査資料がまだ」


 そう言って金髪巻き毛の青年は洞窟に戻ろうとする。


「なっ、ちょっと待って! せっかくメルマルロードが魔物と戦ってくれているのに、資料なんかどうでも」

『たっ、戦ってなんかないよぉおおおっっ』


 振り返ると一頭のゾウと巨大な猿人が取っ組み合いというかじゃれあいというか、どすどすと地面を踏みしめながら暴れていた。

 猿人のほうはメルマルロードの巨体に警戒しつつ、それでもしつこく手を出してくる。

 メルマルロードのほうはひたすらビビりまくっていて、鼻を振り回して混乱してるだけなんだけど、それでも巨体の一部が当たればただじゃ済まないものだから、猿人はその都度距離を置いて牙をむき出して威嚇している。


「ほら見なさい、メルマルロードがあたしたちを守ろうと懸命に闘うあの雄姿を」

『お姉さんって、状況をものすごく自分に都合のいいように解釈する癖があるよね……』


 ぱお~んと恨みがましくあたしを見つめるゾウの視線をまるっと無視して。


 エルクはあたしに背を向けて、片足を引きずりながら洞窟に戻ろうとする。あたしはその後を追って、洞窟に足を踏み入れた。


「せっかく、ここら一帯の繁茂資料を作ったんだ。あれさえあればユーリを元の世界に送還することがきっと……」

「エルク!」


 リュックの周囲に散乱する資料をかき集めるエルクに近づいた、その時だった。


 どぉおおんっっっ。


「きゃあっ?」

「ユーリ!」


 がらがらと洞窟の入り口の岩が崩れる音、そして洞窟内にかろうじて差し込んでいてわずかな光が閉ざされる。


『うわぁあああ~~~~っ、こいつっ、あっちいけ、あっち行けよぉおっ』

「メルマルロード?」


 まずい。

 あたしはメルマルロードの好意、そして意外なほど協力的な彼の態度に甘えすぎていたのかもしれない。

 初めてお城の外に連れ出され、初めて人間と馬以外の動物、それも異世界の、それも敵意むき出しの猿人を前に、彼は完全にパニック状態に陥っていた。


『このっ、このっ! こっ、怖くなんかないぞ! お前なんか、お前なんかあぁあっ』

「ぎゃひっ、ぎゃおおおおっ……?」


 どすんどすんと大地を踏み鳴らすメルマルロードの勢いに、猿人が怯えた声を漏らしながら遠ざかっていくのがわかる。

 さすがの魔物も、むちゃくちゃに暴れまくるゾウには恐れをなしたらしい。


『うわぁああっ、わぁあああ~~~っっっ』


 どすん、どすん、どすん。


 がらがら、がららっと崩れ落ちる岩肌。

 あたしは頭をかばいながら洞窟の奥に転がり込む。

 エルクも危険を感じたのか、あたしに覆いかぶさるように奥に、奥に逃げ込んでいった。


「きゃぁああああ~~~~~~~~っっっっ……………」


 暗闇と衝撃、そして騒音の中、あたしは意識を失った。


ここらで、全体の三分の二くらいです。

きっちり完結しますのでご安心を。

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