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『幼馴染の境界線 ―僕の祈りと、君の憧れ―』  作者: サッサン
第8章:絆の証明

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第8章 第五話:光に侵食する影

放課後のテニスコート。

女子テニス部の主将である杏奈は、1年生全体の基礎練習を厳しく、かつ冷静に見守っていた。

主将としての責任感を全うしようとする姿は、部員たちの憧れの的だ。

一方、男子コートでは、エースである浩紀が練習の合間に、一人の女子部員から声をかけられていた。


「浩紀さん、バックハンドのフォームを見てほしいんです。どうしても脇が開いちゃって……」


「あ、薫ちゃんか。いいよ、どれ……」


薫は「教えを乞うテニス部の後輩」という顔をして、浩紀を自然に自分専用のコーチとして引き込んだ。 浩紀は良くも悪くも生真面目だ。

教えるとなれば、相手が誰であれ真剣になる。


「こうかな? もっと腰を落として、ラケットの面を固定するんだ」


浩紀が薫の背後に回り、その細い両肩に手を置いてフォームを矯正する。

薫がわざと体勢を崩すと、浩紀はそれを支えようとして、必然的に彼女を背後から抱きしめるような形になった。


「あ、すみません。……浩紀さんの教え方、すごく分かりやすいです」


薫は上目遣いに微笑み、浩紀の腕に自分の体を預けるようにして密着する。

傍目には熱心な個人指導。

けれど、薫が時折、女子コートの方へ向ける視線には、明確な「勝利」の色が混じっていた。


(……っ!)


女子部員の指導をしながら、杏奈の視線は釘付けになっていた。

いくら指導とはいえ、浩紀の手が薫の腰や肩に触れるたび、胸の奥が煮えくり返るような嫉妬で熱くなる。

自分が主将でなければ、今すぐあそこに割って入って、あの小悪魔を浩紀から引き剥がしたい。

練習後。部室棟の影で、杏奈はついに堪えていた感情を爆発させた。


「……ヒロ、さっきのは何? いくら教えてあげるからって、あんなにベタベタ触る必要あった!?」


「え? ああ、薫ちゃんのことか。でも、フォームを直すにはどうしても体に触れないと教えにくいし……」


「あの子はわざとやってるの! 妹みたいな存在だからって、ヒロは無防備すぎるんだよ。……私は主将としてみんなを見てなきゃいけないのに、ヒロがあんなに楽しそうに薫と笑ってるの、どんな気持ちで見てたと思ってるの!?」


杏奈の瞳には、怒り以上に、自分だけが置いてけぼりにされたような悲しみが滲んでいた。


「ヒロは、あの時のこと、忘れちゃったの……?」


かつて二人の仲を裂きかけた「葛谷」の一件。

あの時も浩紀の「無自覚な優しさ」が火種になった。

浩紀は無意識にあの時の杏奈と同じことをしてしまい、杏奈を傷つけてしまったことを後悔する。


「……ごめん、アン。配慮が足りなかった。本当に申し訳ない」


浩紀は真摯に頭を下げた。かつての葛谷の一件を思い出し、自分を責める浩紀の姿に、杏奈もようやく表情を和らげた。


「……もう。わかってくれたなら、いいよ。私、ヒロを信じてるから」


「ああ、ありがとう」


許された浩紀は、心底ほっとしたように、フーッと大きく肩の力を抜いた。

しかし、その安堵は同時に、一日中張り詰めていた精神のドッと押し寄せる疲労でもあった。

その様子を横で見ていた薫が、何気ない風を装って口を開く。


「あ、そうだ。お姉ちゃん、トイレ、さっき私行ってきたけど、お姉ちゃんも、帰る前に今のうちに行っておいた方がいいんじゃない?」


「え……? 私は別に、今は大丈夫だけど……」


「でも、ここから駅まで結構あるし、電車も混む時間だよ?いつも部活終わりにトイレ行ってるじゃん。だから、ちゃんと行ける時に行っておかないと、後で困るの、お姉ちゃんでしょ?」


そう言われると、なんとなく行っておかなければならないような気がしてくる。

杏奈は少し考え、それから浩紀を意識して顔を赤らめた。


「ちょっと、薫! ヒロの前でトイレとか言わないでよ、もう……」


「いいじゃない、身内なんだし。ほら、お兄ちゃんにカバン持っててもらって、早く行ってきなよ」


「……わかったわよ。ヒロ、ごめんね、ちょっとだけ荷物お願い。すぐ戻るから!」


杏奈は恥ずかしそうに浩紀にカバンを預けると、小走りで部室棟横のトイレへ向かっていった。 夕暮れの照明の下、残されたのは浩紀と薫の二人だけになった。

二人きりになった瞬間、薫は浩紀に一歩近づき、その強張っていた腕を優しく包み込んだ。


「……お疲れ様、お兄ちゃん。お姉ちゃんを宥めるの、大変でしたね」


「薫ちゃん……。いや、俺が悪いんだ。葛谷の時に俺はあんなに嫌な思いをしたのに、今度は俺がアンに同じことをして、嫌な思いをさせてしまったんだから」


浩紀は自分を責める。けれど薫は、その自責の念さえも優しく溶かすように、彼の耳元で囁いた。


「お兄ちゃんは悪くないですよ。私が大好きな浩紀お兄ちゃんに教えてもらおうとしたのが悪いんですから……。それに、お姉ちゃんはちょっと独占欲が強すぎるんです。……ほら、また肩に力が入ってますよ。お姉ちゃんがいない間だけ、私の前で『素』に戻ってください」


薫は浩紀の背中に手を添え、慈しむように撫でる。


「お兄ちゃんを責める人なんて、ここにはいませんから。……よしよし、お兄ちゃんはよく頑張ってますよ」


薫の掌から伝わる、バニラの甘い香りと柔らかな温度。


「……っ、薫ちゃん……」


「お姉ちゃんを愛するために、こんなに自分を削って、自分を責めて。……私だけは、それをちゃんと知っていますからね」


杏奈が戻ってくるまでの、わずか数分間。 浩紀は、自責の念という重圧から逃げるように、自分を全肯定してくれる薫の「影」の中に、深く、深く、沈んでいってしまった。

杏奈が戻ってきたときには夕暮れの太陽は沈み切ろうとしていた。


第8章第5話をお読みいただきありがとうございます。


今回はテニス部での薫の浩紀へのあからさまな行動について書いています。

真面目に教えようとする浩紀と、それを利用して杏奈を挑発する薫。

そしてその二人の姿に腹を立てる杏奈。

これがすべて薫によって計画されたものだと考えると怖いですよね……。

このまま浩紀は薫に完全に浸食されてしまうのか?

今後の投稿をお待ちください。


先が気になる方、この物語を気にっていてくださる方で、まだブックマーク及び評価☆をされていない方がいらっしゃいましたら、ご協力のほどよろしくお願いします。応援いただけると、作者が毎日投稿するための活力となります(笑)


明日も19時15分ごろに投稿する予定ですのでよろしくお願いします。


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