第54話 エドモンド
――数日後。
王都の裏通り
昼でも薄暗いその一角に、古い書店がある。
看板は「ラングレー書房」。
表で売っているのは一般的な書店と変わらない品揃え。
裏で動いているのは――情報だ。
エドモンドは、いつもの気の抜けた顔で扉を押した。
「おじさん、前に頼んだ“珍しい地図”、入った?」
店主は本を拭きながら、ちらりと目だけ動かす。
「奥だ。」
その一言で十分だった。
奥の小部屋。
埃っぽいが、外よりはずっと静か。
そこにいたのは三人。
誰もが、王都では存在しない人間たちだった。
「久しぶりだな、切れ者殿。」
「その呼び方、嫌いなんだけど。」
エドモンドは肩をすくめる。
「で、王太子の件。動きが早すぎる。」
一人が低く答えた。
「王家内部で、殿下を止める声もある。だが、殿下は聞き耳を持たないようだ。」
「そりゃそうだろうね。」
エドモンドは指で机を叩く。
「愛を理由にした支配は、本人が一番、正義だと思い込むから。」
沈黙。
「次に来る手は?」
「……外堀からだ。エヴァンス家を王家寄りに固める。」
エドモンドは、ゆっくり息を吐いた。
(エヴァンス伯爵を直接潰す気はない。なら――周囲から縛る。)
「じゃあ、俺も動く。」
「表で?」
「いや。裏で。」
彼は、ふっと笑った。
「“王太子妃にふさわしい”って噂、作りすぎると逆効果なんだよ。人は、押されすぎると疑う。」
――数日後。
社交界で、妙な噂が流れ始めた。
「シャーロット様って、本当は王太子妃に興味がないらしいわよ。」
「え? でも縁談が……。」
「王家よりも静かな暮らしを望んでるとか。」
誰かが、さりげなく言う。
誰かが、少し脚色する。
そして、いつの間にか――“事実”になる。
――エヴァンス伯爵邸。
シャーロットは、窓辺でため息をついていた。
「最近、変な噂ばかりだわ……。」
「どんな?」
振り向くと、
そこにいたのはエドモンドだった。
「王太子妃になりたくないって……私、そんなこと言ったことないはずなのに、噂だけが回っているの。」
エドモンドは、少し困った顔で笑う。
「噂なんて、風みたいなもんだ。勝手に吹いて、勝手に止まる。」
シャーロットは、不安そうに言った。
「でも……私、どうしたらいいのか分からない。」
その言葉に、エドモンドの胸の奥がほんの少しだけ痛んだ。
(……だからこそ、誰にも勝手に決めさせない。)
「なあ、シャーロット。」
彼は、いつもの軽い口調で言った。
「誰が何を言っても、最後に決めるのは君だ。」
「……私が?」
「うん。王太子殿下でも、エヴァンス伯爵でも、ましてや俺でもない。」
少しだけ、声が低くなる。
「君自身だ。」
シャーロットは、驚いたように彼を見つめ、そして小さく笑った。
「……エドモンドって、時々すごく大人みたいなこと言うのね。」
「時々、か。」
彼は冗談めかして笑いながら、
心の中では、別の顔をしていた。
(選べる未来を、ちゃんと残してやる。)
表では、幼馴染の伯爵家の次男坊。
裏では、王家の動きすら読む影の男。
――エドモンドは誰にも知られずに幼馴染の自由のために盤を動かし続けていた。




