23 リディアvsアマンダ令嬢!?
ジェイクに嫌だと言われました。
え、何が? 嫌って何が?
頭の中は?マークがいっぱいで、いつものジェイクのおふざけかなって思ったりもしたけど、真剣な顔を見る限り冗談ではなさそう。
でも、だからこそ意味がわからない。
「嫌って、何が……?」
「そこなんだよ、リディ。
それが人間の不思議でもあり、おもしろい部分なのさ」
「は?」
ジェイクは至極真面目な顔で、まるで心理学の教授のようなことを言い出した。
子どもみたいに「嫌だ」と言ったり、突然人間について語り出したり、状況に全くついていけない私。
「人はね、頭で思ってることと心で思ってることが別らしいのさ。
そしてそういう場合は、心の気持ちを優先すべきなんだって」
「はぁ……。いきなりどうしたの、ジェイク?」
「だから僕の心の話さ。
僕の心は、君と騎士くんがうまくいくのを応援できないし、そんな話になってるだけでもおもしろくないって思ってるのさ」
「?」
顔色を一切変えずに普通に話してくるので、ジェイクが何を言っているのか理解するのに少し時間がかかってしまった。
だんだんとその意味がわかってくると、同時にたくさんの疑問が浮かんでくる。
ん!? イクスと私がうまくいくのがおもしろくない?
今、ジェイクはそう言った!?
それってまるでヤキモチ妬いてるみたいなんだけど……えっ!? どういうこと!?
「あ、兄として心配ってこと?」
「君は妹じゃなかったって、さっき言ったはずだけど?」
「じゃ、じゃあ、オ、オモチャとして心配して……?」
「オモチャ!?」
ぶはっと吹き出すように笑い出したジェイク。
肩を震わせ、涙を流しながら爆笑している。
「オ……オモチャって……あはは……自分で……。
し、しかも心配……オモチャを……心配……あははは」
「…………」
自分でも言ってておかしいとは思ったけど!
そんなに爆笑しなくても良くない!?
恥ずかしさから、顔が赤くなってしまう。
ジロッと睨みつけると、ジェイクはお腹を抱えたまま満面の笑みで謝ってきた。
「ご、ごめんよ……ふはっ。
いやぁ〜リディ、君はやっぱりおもしろいね!」
おもしろがってる!!!
もう、これって完全にオモチャ扱いだよね!?
「じゃあどういう意味の話なの!?」
怒りながらそう尋ねると、ジェイクは笑顔のままで私を見つめてきた。
優しい瞳にドキッと心を揺すられるが、視線をそらさずに私もそのまま見つめ返す。
ジェイクはいつもの軽い口調ではなく、少し落ち着いた声で話し始めた。
「……どういう意味なのか、実は僕もよくわかってないんだ。
ただ、心で感じたことを素直に伝えてみただけ」
「心で……感じたこと?」
「そうさ。でも、たぶん僕は君のこと……」
「リディア様!!」
ジェイクの言葉を、遠くから叫ぶイクスの声が遮った。
声の聞こえてきた方を振り返ると、屋敷から出てきたイクスがこちらに走ってくるのが見えた。
すぐにこの場に着き、私を背中に庇うようにしてジェイクとの間に割り込んでくる。
イクスは怒りを滲ませたような低い声で、ジェイクに向かって問いかけた。
「お前、リディア様に何を言った?
また何か傷つけるようなことを……」
「やだな〜。してないよ! ただ普通に話してただけさ!」
「今はお前と普通に話すことだって、リディア様にとったら……!」
「イ、イクス落ち着いて!!」
やけにジェイクに噛み付くイクスを、後ろから抱きつくようにしてなだめる。
そうでもしないとジェイクに殴りかかるんじゃないかと思ったからなんだけど、意外にもあっさりとイクスの興奮状態は冷めたらしくピタリと動かなくなった。
……ん? いつもならもっと長く喧嘩するのに、今日はすぐにやめてくれたわ。
不思議に思っていると、顔を真っ赤にしたイクスが口元を手で隠しながら顔だけこちらを向いた。
「お、落ち着きましたから、離してください」
「あ……うん。ごめん」
そっとイクスから離れると、イクスはすぐにまた前を向いてしまった。
顔を横に向けているので、ジェイクにもイクスの顔はよく見えていないと思……うって、ええぇ!?
私達を見ているジェイクから、なにやら異様なオーラが漂っている。
顔は笑っているのに、貼り付けたような仮面みたいな笑顔だ。
いつもの明るさや陽気さはカケラも感じられず、顔色がやけに黒いし怒っているような気配を感じる。
な……何!?
このダークな笑顔、まるで裁判の時のルイード様みたいだわ!!
なんでこんなに怖く感じちゃうんだろう!?
ジェイクは仮面のような笑顔のまま、圧のある声で話しかけてきた。
「目の前でイチャイチャされるとおもしろくないんですけど?」
「イチャイチャ!? そ、そんなことしてないでしょ!」
「僕には初々しいカップルにしか見えなかったけど」
ええ!? なんで急にそんなアマンダ令嬢みたいなこと言うの!?
私が戸惑っていると、耳の赤みが消えたイクスが会話に入ってきた。
後ろにいるので私からイクスの顔は見えないけど、声から苛立っているのが伝わってくる。
「なんでお前がそんなことを言うんだ?
リディア様が誰と何しようが、お前には関係ないし口出す権利はないだろ」
「まぁ、そうだけどね」
ジリジリと漂う苛立ちと不満のオーラに、その場にいるのが辛くなってくる。
なんなの、この空気!! 重い! やけに重い!
失恋した時とは違う、居た堪れないような嫌な感じがするわ!!
逃げ出してしまいたい衝動が押し寄せてきた時、イクスにパシッと手首を掴まれた。
そしてそのまま私の手を引いて、屋敷の方へスタスタと歩き出す。
「イクス!?」
「リディア様、お部屋に戻りましょう」
強引に手を引かれる途中で、チラリとジェイクを振り返る。
ジェイクは私達から視線を外し、ため息をついているように見えた。
*
その日から、サイヴァス男爵が来る日には必ずアマンダ令嬢が一緒に来るようになってしまった。
色気を隠さなくなったアマンダ令嬢と自分を比べては、心にダメージ。
違うと言っても、ひたすらに私にはイクスがお似合いだという話をされて、心にダメージ。
どれだけジェイクが素敵かという話をされて、心にダメージ。
女友達との楽しい時間なんてなく、ただ疲れるだけの日々。
もう限界!!!
「はあぁぁぁーー……」
「……大きなため息ですね、リディア様」
ため息を吐きながら自室のソファにゴロンと横になると、メイが心配そうに声をかけてきた。
私は港町でジェイクに買ってもらった黒ウサギのぬいぐるみを、これでもかって力でぎゅーーっと抱きしめる。
これだけでも癒し効果がある気がするのだ。
ソファに横になってぬいぐるみを抱きしめる私を、メイもイクスも幼児退行か!? というような疑いの目で見ている。
前までは、こんな目を気にしてぬいぐるみを抱きしめるとか1人の時にしかやってなかったけど、もう限界だわ。
少しでも癒しが欲しい……!
人の目なんか気にしてられない!
「リディア様、かなり疲れていますね。
今日もアマンダ令嬢はいらっしゃる予定なんですか?」
「……多分。サイヴァス男爵が来るって言ってたから」
「体調が悪いって言って、今日は会うのはやめてはいかがですか?」
イクスが私の顔を覗き込みながら聞いてくる。
私の心の限界に、気づいてくれているのだろう。
体調不良で会わないという方法は、実は前から考えていた。
でも、そうなるとアマンダ令嬢はジェイクのいる執務室で父と一緒にいる、と言い出すかもしれない。
ジェイクとアマンダ令嬢をできるだけ会わせたくないから……なんて、そんな心の狭いことを思ってるなんて言えないわ。
「大丈夫よ。私が勝手に疲れてるだけで、何かひどいことをされてるわけでもないし」
「ですが……」
「それよりイクス。
今日も絶対にアマンダ令嬢の前に出てきちゃダメよ!」
「……はい」
アマンダ令嬢が来ている間は、イクスにはどこかに身を潜めてもらっている。
私とイクスをくっつけようと躍起になっている令嬢が、やけにイクスに会いたがっているからだ。
何が目的かわからないけど、嫌な予感しかしない。
絶対にイクスとアマンダ令嬢は会わせないようにしなきゃ!
そう決意して、私は今のこの自由な時間を癒しのためにのんびりして過ごした。
少しでも体力をつけるために……。
それから数時間後。
私はいつもの部屋でアマンダ令嬢とお茶を飲んでいる。
令嬢は、今日もスタイルの良さを強調しているような大人っぽいドレスを着てきていた。
……いや。アマンダ令嬢のスタイルが良いからそういうドレスに見えるだけで、デザインは普通のドレスだわ。
着る人によってこんなに印象が変わるものなのね。
そんなことを考えていると、カップを置いたアマンダ令嬢がニコッと微笑んだ。
口元のホクロが今日も色っぽい。
「リディア様のメイドはお茶を淹れるのがとってもお上手なのですね。
いつも美味しくて、ついつい飲みすぎてしまいますわ」
「ありがとうございます。
私もいつもこのお茶に癒されているんです」
「羨ましいですわ。
……ところで、今日も騎士様はいらっしゃらないのですか?」
きた!!!
「はい。最近は訓練が長引いてしまうらしいです」
「そうですか……。お渡ししたい物がありましたのに……」
アマンダ令嬢は残念そうに眉を下げて、ふぅ……と小さなため息をついた。
深く聞いてはいけないと悟った私は、とりあえずウフフと笑って流す。
渡したい物!? イクスに!?
まさか、この前持ってきた私とお揃いのお守り!?
聞きたいけど、聞いてはいけない。
プチパニックな内心は完全に隠し、私は笑顔を貼り付けたままお茶を飲むフリをした。
それからはいつもと同じ。
令嬢の可愛らしい爆弾トークの始まりだ。
「リディア様と騎士様は本当にお似合いだと思うんです。
初めて見た時に、お2人はお互いのことを想い合っているのだとすぐにわかりました」
「ジェイク様が最近は私に向ける笑顔が増えた気がするんです。
少しずつ近づいていってるのかもしれません!」
「今度ジェイク様をお食事やデートにお誘いしたいのですが、どう思いますか?
胸元を出すデザインと出さないデザインですと、ジェイク様はどちらがお好きでしょうか?」
うううーーん。
どれもこれも、なんて答えていいのかわからないやつ!!!
なんかさっきから私、笑顔で「どうでしょう〜?」しか言ってない気がするわ!!
ちょっと限界!
「あの、アマンダ様。す、少し失礼しますわね」
「あ、はい」
私は椅子から少し腰を浮かせながら、そう声をかけた。
令嬢がすんなりと承諾してくれたので、サササッと部屋から抜けてくる。
誰もいない廊下に出て、私はトンッと壁に寄りかかるように静かに倒れ込んだ。
「はぁぁーーーー……」
疲れる!!
ずっと笑顔作ってるのも、一つ一つ返答に困る会話も、すっごく疲れる!
げっそりして左肩を壁に寄りかけたまま休憩していると、いきなり背中に誰かの手が触れてきた。
見上げると、心配そうな顔をしたイクスが横に立って私を支えてくれていた。
「大丈夫ですか、リディア様」
「イクス……なんでここに?」
「いつもこの近くで待機してました。顔が青いですよ。
もう、今日はこの辺で失礼した方がいいんじゃないですか?」
「でも、もうすぐでジェイクの方も終わると思うから……。
あと少しだから大丈夫よ」
「ですが……!」
部屋へ戻ろうと足を動かすと、イクスが反対の手でガシッと私の腕を掴む。
向き合うような状態になり、イクスとジッと見つめ合った時……可愛らしい声が廊下に響いた。
「まぁ……っ!」
「!!」
ハッと気づくと、アマンダ令嬢がいつの間にか廊下に出てきていた。
頬を赤らめ口元に手を添えながら、とても嬉しそうな輝いた瞳で私達を見ている。
……あっ!! やばい!!!
今、私はイクスに右肩、左腕を掴まれている状態だ。
令嬢から見たら、その状態で見つめ合っていたカップルのようにしか見えないだろう。
実際はヨロヨロの身体を支えてくれている目的と、部屋に戻らないよう掴まれているだけなのだけど。
それに、イクスがいるのがバレてしまった。
「騎……イクス様、お戻りになっていたのですね!」
イクスはしまったという顔を私に向けた後、「……はい」と小さく返事をした。
この状態で令嬢を無視して逃げるわけにはいかない。
アマンダ令嬢は、ニマニマしながら今度は私に話しかけてくる。
「私、お邪魔してしまいましたか?」
「え!? い、いいえ、全然!」
「ふふっ。すみません。でも、よかったです!
イクス様にお渡ししたい物があったのです」
令嬢はそう言うなり、ずっと持っていた小さいバッグから手のひらサイズの箱を取り出した。
長方形のその箱を、令嬢がパカッと開けてみせる。
その中身を見た瞬間、私とイクスはピシッと石のように固まった。
「ペアのリングなんです!
恋人同士にプレゼントするといいって聞いたので、お二人にお渡ししたくて」
にっこりと満足そうに微笑むアマンダ令嬢に、ゾクッと寒気がした。
こんな物まで用意するなんて、やりすぎだ。
本物の恋人同士へのプレゼントならまだしも、私はイクスとのことはずっと否定しているのだから。
ダメだ!! これ以上黙ってたら、悪化していくだけだわ!!
もうはっきり言わないと!!
「アマンダ様! ちょっとこちらへ!!」
「えっ?」
イクスにリングを渡そうとしていた令嬢の手を掴み、私はさっきいた部屋へと令嬢を引いていく。
令嬢は初めて強引な行動をした私と、その場で立ち尽くしているイクスを交互に見ながらもおとなしくついて来た。
部屋に入り勢いよく扉を閉めると、私はポカンとしてるアマンダ令嬢と向かい合った。




