22 まるでサラ……!?
玄関ホールに出ると、そこには優しそうなサイヴァス男爵とアマンダ令嬢が立っていた。
私達に気づくなり、2人は嬉しそうに微笑む。
私はアマンダ令嬢の姿を見て思わず足を止めてしまった。
サイドにまとめられた赤い髪の毛、令嬢の瞳の色と同じ紫色のロングドレス、綺麗な宝石のついたネックレスが豊満な胸元でキラキラと輝いている。
豊満な……胸元で……。
出てる!!! えっ!? 胸元が半分くらい出てる!?
めちゃくちゃ大きくて色っぽさハンパない!!!
……じゃなくて!
ええ!? なんで!?
あれほど隠したがっていた胸元を、堂々と出したデザインのドレス。
そして、それを恥ずかしがることも嫌がることもなく、隠さずに笑顔で立っているアマンダ令嬢。
一体どうしちゃったの!?
「時間より少し早く着いてしまいました。
急かしてしまい、すみません」
サイヴァス男爵が申し訳なさそうに謝罪すると、ジェイクは笑顔で「とんでもないです」と答えてから男爵の隣にいるアマンダ令嬢に視線を向けた。
令嬢はポッと頬を赤らめると、ジェイクに向かって丁寧にレディの挨拶をした。
その横でまだ下がり眉をしてる男爵が、今度は私に謝罪してくる。
「どうしても一緒に行きたいと強請られまして。
お約束もないのに、すみません。
リディア様とお会いしたかったそうなのですが、突然伺ってしまって大丈夫でしたか?」
「あ、ええと……大丈夫ですよ」
アマンダ令嬢は、私の返事を聞いてにっこりと微笑んだ。
少女のようだった令嬢が、何故か今日はとても大人っぽく見える。
チラッと後ろにいるメイに視線を向けると、自信満々な顔でコクッと頷いた。
お部屋の準備は大丈夫です! という合図だ。
「では……アマンダ様はこちらへどうぞ」
そう言って、前回と同じ部屋に向かって歩き出す。
ジェイクもすぐにサイヴァス男爵を執務室の方に案内しているみたいだった。
無言のまま私の後についてくるアマンダ令嬢が、なんだか少し不気味な気がする……なんて思ってしまうのは、失礼かしら。
いつものキャピキャピした感じが全然ないんだけど、どうしたんだろう?
笑顔だったけど、実はジェイクと恋人になった私に怒ってる……とか?
ドキドキしながら部屋に入り扉を閉めた途端、ガシッとアマンダ令嬢が私の両手を握りしめた。
「!?」
「リディア様!! 私、色々と勘違いしてしまってすみませんでした!」
「……え? え?」
さっきまで落ち着いてて大人っぽかった令嬢は、いつもの幼い表情に変わっていた。
少しだけ目に涙を浮かべ、父親と同じように眉を下げ、困り顔で私をジーーッと見つめている。
あ。いつものアマンダ令嬢だわ。
良かった……って、勘違いって何? イクスとの誤解のこと?
「リディア様、ジェイク様と恋人っていうのは嘘だったのですね!」
「!!」
え!? なんでそれを……!?
「私、てっきりお2人が本当にそういう関係になってしまったのかと思って、ショックでこの前はろくに挨拶もしないまま帰ってしまいました。
本当にごめんなさい」
「あ……いや、っていうかどこでそれ……」
「父が、ワムルさんから聞いたのです!
リディア様を守るために、この地ではジェイク様が恋人のフリをすることになっていたのだと」
アマンダ令嬢は、瞳をウルウルさせながら話し続けている。
なんだか悲劇のヒロインのようなその姿に、彼女が誰かと重なってくる。
「あーーワムルから……。
あ、あのね、それは確かにそうなんだけど、でも実は本当は私も……」
私もジェイクのことが好きだと伝えようとすると、アマンダ令嬢の小さな叫びがそれを遮る。
「わかってます!! リディア様!!
本当に好きな騎士様の前で、ジェイク様と恋人のフリをすること……お辛かったですよね!!」
「……え?」
「護衛騎士という立場上、彼を恋人役にはできなかったのでしょう?
でも、リディア様は本当はジェイク様ではなく、騎士様に恋人になって欲しかったのですよね?」
「いや、違……」
「ああ!! なんてお可哀想なリディア様と騎士様!!」
わあ……っと涙をポロポロと出しているアマンダ令嬢に、私はポカンと呆気に取られていた。
全然人の話を聞いてくれない、思い込みが激しい、悲劇のヒロインぶっている。
これって、まるでサラみたいだわ!!!
だから、さっきアマンダ令嬢を不気味に感じてしまったのね。
サラと同じ雰囲気を醸し出していたからだわ。
「あの、アマンダ様、聞いてください!
私は本当にイクスのことは何も……」
「大丈夫です!
私が協力して、リディア様と騎士様の恋を成就させてみせますから!」
ガバッと勢いよく顔を上げて、キラキラした瞳でそう訴えてくる。
知らないフリをしているのではなく、本気でそう思っている顔だ。
焦点が合っていないその瞳が、なんだかゾッとするほど怖く感じてしまった。
こ、こわい!!
なんか、アマンダ令嬢ちょっとおかしくなってる?
こんな強引な人じゃなかったはずなのに……。
イクスのことを否定しても、全く聞き入れようとしてくれないアマンダ令嬢。
もうその件を伝えるのは諦めて、私は違う話題をふってみた。
「アマンダ様、あの、今日はいつもみたいに胸元は隠されないのですか?」
「え? ……ああ。そうなんです。
ジェイク様は大人っぽい方がお好きかなって思ったので、がんばってみました」
「男性に見られるの、嫌ではないのですか?」
「他の方なら嫌ですが、ジェイク様なら嫌ではありません」
えへっと笑う顔は、いつもの少女のような顔だ。
怖さを感じずに私がホッとすると、急にまた怪しい目つきになった彼女が呟く。
「やっぱり気になる男性の好みに近づきたいですものね。
リディア様もそうですよね? 騎士様の好みに合わせていらっしゃるのですか?」
ニィッと笑う彼女に、また悪寒が走る。
彼女とジェイクの話だけなら普通だけど、そこに私が加わるとなんだかおかしな空気になるらしい。
これは……無意識なの?
私とジェイクがうまくいかないように、都合の悪そうな部分は聞かずに無理矢理イクスとくっつけようとしてるようにしか見えない。
わざと? 無意識? どっちなの?
アマンダ令嬢にどう対応していいのか迷っていると、お茶の準備を整えたメイが戻ってきた。
椅子に座らず、部屋の入口で立ち話をしていた私達を見て驚いている。
メイはチラリと心配そうに私に視線を送ってきたので、慌ててアマンダ令嬢をテーブルの方に案内した。
「立ち話もなんですから、どうぞ座ってください」
「あ、ありがとうございます」
2人で向かい合わせに座り、メイがお茶を淹れてくれているのを静かに待つ。
無言のこの時間が、なんだかとてつもなく長く感じてしまう。
……空気が重い気がするわ!
メイの顔も少し青くなってるし、きっと同じこと感じてるはず。
そんな戸惑った私やメイに気づいていないのか、アマンダ令嬢が可愛らしくメイに声をかけた。
「あの、騎士様……イクス様はいらっしゃいますか?」
「イクス卿でしたら、先程訓練から戻られましたが……」
メイがチラチラと私の様子を見ながら、不思議そうにその質問に答える。
アマンダ令嬢がイクスの名前を出したことで、なんだかすごく嫌な予感がした私は顔が引きつっていたかもしれない。
イクスがいると知った令嬢は、にっこりと意味深な笑みを浮かべて顔の前で両手を合わせた。
「そうですか。では、このお部屋に呼んでくださいますか?」
「え……あの、ですが……」
困った様子のメイに助け船を出す。
「アマンダ様は男性が苦手だとおっしゃっていましたので、この部屋には男性は来ないように伝えてあるんです」
「あら。そんなお気遣いまでしてくださっていたのですね。
リディア様、ありがとうございます。
ですが、イクス様でしたら平気なので呼んでくださいますか?」
アマンダ令嬢は私に向かってお礼を言ったかと思うと、すぐにまたメイに向かってイクスを呼ぶようにお願いしている。
メイはチラッと私を見て、「かしこまりました」と言って部屋から出て行った。
アマンダ令嬢……この部屋にイクスを呼んで何をする気なの!?
そう聞きたいのに、聞けない。
目の前でニコニコ笑っているこの女性は、本当にあの少女のように可愛いアマンダ令嬢なのだろうか。
数日で別人になってしまったみたいだ。
しばらくすると、メイが1人で戻ってきた。
「申し訳ございません。
イクス卿は訓練から戻られてすぐ、別の場所に向かわれてしまったみたいです」
「そうですか。残念ですが、いないのなら仕方ありませんね」
ガッカリしたのを隠そうともせず、アマンダ令嬢は目に見えて残念がっているのがわかった。
私はメイの言葉に違和感を覚えつつも、触れることなく令嬢との会話を続けた。
最後まで、令嬢は私とイクスがお似合いだという話とジェイクが素敵だという話ばかりしていた。
数時間後。
馬車に乗ったアマンダ令嬢とサイヴァス男爵を見送った後に、ドッと疲れが押し寄せてくる。
「はぁぁーー……」
「すごいため息だね、リディ。大丈夫かい?」
「ええ……なんとか」
隣に立っているジェイクがどこか他人事のように聞いてくる。
今回、ジェイクは一度も私達のいる部屋にはやって来なかった。
ジェイクに軽く返事をして、私は後ろにいるメイに向かってずっと気になっていたことを聞いた。
「ねぇ、メイ。イクスがいないって嘘なんでしょ?」
「あ……はい。リディア様のお顔を見て、呼ばない方が良いのかと判断させていただきました」
「さすがメイだわ。ありがとう」
私がそうお礼を伝えると、メイは安心したようにホッと笑顔になった。
そして部屋の片付けをするために、足早に屋敷の中に入って行った。
取り残される私とジェイク。
私も戻ろうと足を動かした時、ジェイクに尋ねられた。
「騎士くんを呼んだの? あのアマンダ令嬢が?」
「そうなの。男性恐怖症もどうなったのか、もう完全に私とイクスをくっつけようと必死になってるわ」
はぁ……と疲れた調子で答えると、ジェイクがめずらしく焦ったような反応をした。
「え!? なんでさ!?
僕とリディが恋人だって、この前言ったよね!?」
「それが嘘だってバレちゃったのよ。
どんなに否定しても、私とイクスの恋模様を信じて揺るぎないの。
あそこでイクスを呼んでたら、何を言われたかわからないわ……」
「なんでバレちゃったのさ?」
「ワムルが、この前男爵家に行った時に話したそうよ」
「ワムルが……」
背筋がゾッとするほどの寒気に襲われる。
ジェイクの顔が、悪魔に取り憑かれたエリックのような顔をしている。
えっ? な、何?
ジェイクがなんか怖いんだけど!?
「ジェイク……?」
「ああ、ごめんごめん。なんでもない。
それより、リディがやけに疲れてるのはその誤解のせい?」
パッとジェイクの顔から闇モードが抜けて、いつもの笑顔に戻った。
精神的に疲れすぎているからか、さっき一度話したからか、思ったよりも普通にジェイクと会話できていることが嬉しい。
私は心の愚痴を話すように、思ったことを正直に話した。
「ええ。なんだか彼女の様子がちょっとサラに似てて……。
思い込んで曲げないところとか、本当にサラと話してる気分になっちゃったわ」
「それはお疲れ様だね」
「まぁやってることはサラに比べたら可愛いものだけどね。
サラは私を他国に売ろうとしたけど、アマンダ令嬢はイクスとくっつけようとしているだけだもの」
「サラ嬢はちょっと特別っていうか、あんな怖い女がたくさんいたら困っちゃうよ」
「ふふっ……確かに」
あっ、今、私笑った?
自然に笑ってしまったことに驚いて、視線をパッと庭に移す。
いくら普通に話せるようになったとはいえ、失恋して間もない相手の前で笑えるなんてどうなの?
まるで失恋を気にしてない図々しい女みたいに思われない?
チラリとジェイクに視線を戻すと、ジェイクも嬉しそうな笑顔になっていた。
ドキッと胸が大きく高鳴る。
ずっと荒んでいた心に、温かい何かが流れ込んでくるみたいだ。
不意に泣きそうになってしまった顔をまたジェイクから逸らして、なんとか話を続ける。
「ア、アマンダ令嬢はまた来るって言ってたけど、そんなに頻繁にサイヴァス男爵に会うの?」
「ああ。ドグラス元子爵の不正の証拠がたくさん見つかってね。
港町に関することだから、サイヴァス男爵の持ってる書類と比べたりとか、色々確認して欲しいことがあるのさ」
「そうなのね」
ドグラス子爵め……!
いなくなっても迷惑かけてくるとは!!
これからも頻繁にあの状態のアマンダ令嬢に会うのだと思うと、憂鬱になってくる。
否定し続けるもの疲れるし、もう彼女の前でだけは話を合わせた方が楽なんじゃないか……という気持ちになってしまう。
「もう、話を合わせた方が楽な気がするわ」
「え?」
「だから、アマンダ令嬢の前でだけはそういうことにするの」
「そういうことって、騎士くんとのこと?」
「うん。私がイクスのことが好きって言えば、彼女は安心するみた……」
「それはダメ」
まだ話している途中だったのに、被せるようにジェイクが言ってきた。
いつの間にかニコニコしていたジェイクの笑顔は消えていて、あまり見たことのない真剣な顔になっている。
「……え? ……なんで?」
「なんでも。とにかくダメ」
「だ、だからなんで……?」
「嫌だから」
「え?」
「僕が嫌だから」
嫌? ジェイクが嫌? 嫌って……どういうこと?




