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21 何言ってんのか全然わからない!


ジェイクを避けて、部屋で食事をするようになってから3日。

仕事が急に忙しくなったらしく、ジェイクとはあの日からまだ一度も顔を合わせていない。


そのおかげか、私の気持ちもだんだんと落ち着いてきている。


たまに苦しくなることもあるけど、もう心臓が潰されそうになるほどの痛みはない。

今はふとした瞬間に涙が少し出てくるくらいで、笑顔になれる時間も増えてきた。



……別の悩みが増えたっていうのも、関係してるのかもしれないけど。



私は食後の紅茶を飲みながら、近くに立っているイクスに視線を向けた。

メイは他の仕事をしているため今は私とイクスの2人きりだ。


イクスは私の視線に気づくなり、昨日と同じ質問をしてくる。



「どうですか? 諦めましたか?」


「…………まだ」


「そうですか。

リディア様って意外としつこいんですね」


「イクスには言われたくないんだけど!?」



はぁ……とため息をつくように顔を背ける、このクールな護衛騎士!!

イクスのことが、今は悩みの一つだったりする。



もしかしてイクスは私のことが好きなのかもって思った時もあったけど、やっぱり気のせいかも!

だって、好きな人に対してこんな態度する!?



毎日同じ質問をしては、呆れたような目で見てくる。

これは、恋とかではなくてただジェイクが相手なのが気に入らないだけでは?


「たとえば、俺とか」なんて言っていたけど、ジェイクよりは自分の方がマシとかそういうことだったんじゃないかと疑っている。



でも、これだけ堂々とジェイクの話をしてくれるから、逆に楽だったりするのよね。



メイや他のメイド達は、私の落ち込んだ理由に触れようとしてこない。

それはそれで助かっているけど、イクスみたいに遠慮せず言ってきてくれるのもまたスッキリするっていうか……。



私の気持ちが少しずつ回復しているのも、イクスのおかげかもしれない。

そんな私の心の声に気づいているのかいないのか、イクスはまた昨日と同じことを言ってくる。



「じゃあ、明日までには諦めてくださいね」


「ふふっ。そんなの無理だってば」


「会ってないのに、なんでまだ好きなんです?」


「……会ってないからじゃない?」



ジェイクの顔をしばらく見てない。声を聞いていない。

それなのに、私の頭の中には常にジェイクの顔が浮かんでいた。


笑顔で楽しそうな彼の姿しか出てこないのだから、気持ちが冷めないのも無理はない。


そんな私の返答を聞いて、イクスは斜め上を見ながらうーーんと考えだした。

そして、さも名案が浮かんだかのように顔を輝かせると、自分の意見を提案してくる。



「じゃあ、ジェイクの裸でも見たら幻滅するんじゃないですか?

騎士に比べてアイツは筋肉だって少ないし、お腹も引き締まってないですよ! 多分」


「私に何を見せようとしてるの?」


「……確かに」



これが冗談ではなく本気で言っているのだからビックリするわ!

最近のイクス、なんとかしてジェイクを諦めさせようと必死すぎておかしな方向にいってる気がする……。


騎士の逞しい身体こそ男らしい! という考えの騎士道はわからなくもないけど、いきなり振った女に裸を見せるってどんな状況だよ!


それに、情報屋の仕事で培ったのかは知らないけど、ジェイクだって意外と……。



前に別棟の階段から落ちそうになった時に抱き寄せられたことを思い出した。

あのヘラヘラ笑顔からは想像できない力強さに、がっしりとした……とそこまで思い出して赤面する。


私の顔が急に赤くなったことで、イクスの顔が険しくなった。



「リディア様、まさかアイツの裸を想像したんですか?」


「違うわよ! そんな変態じゃないから!!」


「じゃあなんで顔が……赤く……」


「違うってば! いいからもう出て行ってよ!!」



疑わしそうな目で私を見てくるイクスの背中を押して、無理やり部屋から追い出した。

バタン! と強く扉を閉める。



「はぁ……」



なんで私が変態扱いされなきゃいけないのよ……。

まぁ抱き寄せられた時のことを想像してたから、あながち間違いではないけど!



ドッと疲れた気分になり、ソファに横になろうかと思った時……部屋の扉をノックされた。


コンコンコン



ん? イクスが戻ってきた?



「はい?」


「……リディ? 僕だけど」


「!?」



扉の向こうから聞こえてきた声に、心臓が飛び出すんじゃないかと思うほどにドクンと跳ねた。

身体が硬直して、喉が一気にカラカラになる。



ジェイク!? な、なんで!?



声がうまく出せなくて、返事ができない。

ジェイクは遠慮がちな声でさらに話しかけてくる。



「……あのさ、入ってもいい……かい?」



えええええ!? どうしよう、どうしよう!?

あああ早く返事しないと!



「ど、どうぞ」



ぎゃあああああ。どうぞって言っちゃった!! どうぞって言っちゃった!!

入ってくる!? ジェイクが!?

あああ。まだ心の準備が……!!



扉を凝視していると、カチャ……とゆっくり開いていく。

そこから誰かが出てくるのがわかっている上でビクビクしてしまう、そんなホラー映画を観ているような気分だ。


ドキドキドキドキ


扉が開き、ジェイクがひょこっと顔を出す。

黒い髪の毛から覗く赤い瞳と目が合っただけで、きゅうっと胸が締め付けられる感覚に襲われる。



ダメだ……! わかってたけど、全然ダメだ!

私、まだジェイクのことが好き!



そんな感情が爆発してしまいそうだけど、なんとか普通のフリをして声を絞り出す。



「どうしたの……?」


「いや。最近忙しくて、リディに会ってないなって思って。

……ちゃんと食事はしてるのかい?」


「う、うん」



たわいもない会話なのに、緊張してうまく話せない。

振った相手にそんな理由で会いにくるなんて……と頭のどこかでは思っているのに、口に出せない。


ジェイクも私に気を遣ってるのか、いつも以上に口数が少なくなっている。



なんなの。なんで来たの。こんな空気になるってわかるでしょ。

何か話があるなら早く言ってよ。

この無言の時間、拷問のようにキツいんですけど!!



頭の中では早口で(まく)し立てている私も、実際にはうつむいていてジェイクの顔すらまともに見ていない。



どんな顔してるの?

困ってる? 苛ついてる? 



不安からジェイクの様子を見れないままドキドキしていると、床と自分の足しか見えていなかった視界にジェイクの足が見えた。

気づけばすぐ近くに来ていたらしい。



「リディ、君の顔が見たいんだけど」



ドキッ


思いも寄らないジェイクの言葉に、心の中がパニックになっていく。

自分の手を包み込むように胸の前で握りしめ、震えそうになるのを押さえる。



顔が見たい!? 顔が見たいって何!?

体調を確認したいとか、そういうこと!? なんなの!?



「…………」


「…………」



なんて答えていいのかもわからないし、顔も上げられない。

無言のままずっとうつむいている私に、ジェイクは怒ったりすることなくさらに近づいてくる。



あああっ! 一歩さらに近づいた!



そう戸惑ったと同時に、胸の前で握りしめていた手にジェイクの手がそっと重なったのがわかった。

温かい体温、私の両手をすっぽり覆ってしまうくらいの、大きな手。


もう完全に頭が真っ白で、ただただドキドキしていることしかわからない。



「リディ……僕の顔、そんなに見たくない?」


「そんな……ことは……」


「じゃあこっち向いてくれると嬉しいんだけどなぁ」



すぐ近くで聞こえるジェイクの声。

優しくて少し落ち着いてて、普段のジェイクの声よりも甘く感じてしまう。



あれ? 私、ジェイクに振られたんだよね?

振られてから今初めて会ったんだよね?

男の人って、振った相手にこんなに優しくするものなの!?


こんな扱いされてたら、いつまで経っても諦めることなんてできないじゃない!



どこか不満を感じながらも、ゆっくりと顔を上げていく。

視線だけ先に、上目遣いにジェイクを見ると、彼は最後に見た困った顔ではなく何故か笑顔で私を見ていた。


私と目が合うなり、その笑顔がさらにニコッと明るくなる。



……こんなのずるいよ。

諦めるどころか、さらに好きになっちゃう。



「やっとこっち見てくれたね!」


「……ジェイクが私のことを妹としか見てなくても、私は違うんだよ?」


「え?」


「ジェイクは失恋した妹を慰めるような気持ちかもしれないけど、これじゃ……私……」



思っている不満を正直に吐き出すと、ジェイクは引きつり笑顔みたいな顔になり、とても気まずそうに話し出した。



「あーーえっと、そのことなんだけどね、実は……やっぱり違うかも」


「……は?」



ジェイクの突然の発言に、思わず眉間にシワを寄せてそう聞き返してしまった。

私のヤンキーのような態度に、ジェイクは一瞬さらに気まずい顔をした後、急にコロッと笑顔に変わる。


優しく私を見つめるその瞳に、私の頭の中は疑問だらけだ。



違う? 何が? 違うかもって……何が?



「今日はそれを確かめたくてここに来たんだけど、君の顔を見てやっぱり違うなってわかったよ」


「な、何が?」


「頭は嘘つきだけど、心は正直者ってことさ!」



ダメだ!! 何言ってんのか全然わかんない!!!

なんなの!? 何言ってんのこの人!! 誰か通訳して!!



頭に?マークばかり浮かんでいる私とは違い、ジェイクはやけにスッキリとした顔に見える。

ジェイクの意味不明発言のせいで、最初感じていた失恋後の気まずさがどこかへいってしまったらしい。


私は同じ質問を繰り返した。



「だから、なんのこと?」


「僕、君のことを妹としか見てないって言ったけど、あれ、やっぱり違ったみたい」


「……え? 妹じゃないってこと?」


「うん」


「それって、どういう……?」


「リディ。僕は……」



そこまでジェイクが言った時、コンコンコンと部屋の扉をノックされた。

2人の視線がゆっくりと扉に向けられる。



「リディア様。アマンダ令嬢がいらっしゃいました」


「ええ!?」



扉の向こうから話しているのは、メイだ。

静かな口調だが、どこか焦っているように聞こえる。


ジェイクが赤い瞳を丸くしてチラッと私を見た。



「……約束してたのかい?」


「してないわ! あれから手紙すらきてないのに……」



何故突然アマンダ令嬢が来たのか、考え込む私を見てジェイクがハッと何かを思い出したような顔になった。



「そういえば、今日はサイヴァス男爵が来ることになっていたんだ。

もしかしてアマンダ令嬢も一緒に来たのかもしれないね」


「そうなんだ……」



納得したような返事を返したが、何かおかしい気がする。

いくら父親が来るといってもそれは仕事であって遊びではないし、一言の断りもなく来るかな?


しかも、前回あんな感じで別れたというのに。



「僕の部屋にも、サイヴァス男爵が来たと報告がいってるかも。

とりあえず、一緒に外に出てみよう」


「あ、……うん」



パッと手を離されて、ジェイクの後に続いて部屋から出た。

ジェイクと一緒にいたことで廊下にいたメイはとても驚いた顔をしていたが、今は説明している暇はないのでそのまま目配せだけして通り過ぎた。



アマンダ令嬢がなんでいきなり来たのかも気になるけど、さっきジェイクは何を言おうとしてたんだろう……。



私の前を早足で歩くジェイクの背中をジッと見つめる。

彼は時折振り返っては、私がちゃんと後ろにいるのかを確認してくる。



……過保護ね。本当に妹扱いされてるみたい。

でも、さっきジェイクは私のこと妹じゃなかったって言ってた。


どういうこと?


女性として見たことがなくて、それで妹でもないとしたら……私って何!?

え!? ほんと、何!?



「…………」



……………………ハッ!!!


そういえば、小説ではジェイクはリディアのことを『おもしろいオモチャ』扱いしてたわ!!

前に私のこと可愛くておもしろいって言ってたけど、おもしろいってそういう事!?


え!? 妹じゃなくて、オモチャに格下げ!?



玄関ホールに到着する直前、ジェイクが一度振り返って私を見る。

そしてギョッとした顔をして足を止めた。



「リ……リディ? どうしたの?

なんだか霊に取り憑かれたような顔をしてるけど?」


「…………」



ショックを受けた気持ちが、顔全面に出ていたらしい。

まさかそんな顔になってるとは思ってなかったけど、すぐに笑顔にもなれない。



「ほらほら、どうしたのさ〜。

この先にはもうサイヴァス男爵がいるんだよ?

いつもの可愛いリディに戻ってごらん?」


「…………」



完全に子ども扱い!

今ジェイクに「君は妹じゃなくオモチャだった」なんて言われたら、グリモールを飛び出してコーディアス家に帰ってしまいそうだわ。



つい数時間前までは、好きな人に振られて傷心中のヒロイン気分だったけど、今はまた違うドン底モードになっている。


それでもジェイクの「いつもの可愛いリディ」って言葉にこっそり喜んでいる私は、どこか頭がおかしくなってしまったのかもしれない。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 「じゃあ、明日までには諦めてくださいね」 宿題かよ! ジェイクが急に脱いで仁王立ちでババーンってマッパ見せるのを想像してもうたw いや、ほんとどんな状況よww [気になる点] ジェイクの…
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