第41話『独立独歩』
【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 来客用控室】
<PM11:30>
《帝国中に起きた混乱は僅か数時間で落ち着きを見せている。各地で起きている暴動、神栄教徒の帝国からの脱出……しかし、それらの問題は帝国皇帝の言葉で熱を冷めさせた。ダンジョウ=クロウ・ガウネリン皇帝は……》
端末から浮かび上がる二次元ディスプレイに載る情報を下着姿で見ていたリオは思わず呟いた。
「……こんな簡単に各地を鎮圧するなんて……」
リオがそう告げると、彼女の隣にいた同じく下着姿のミヤビは大きな胸を揺らせながら振り返る。そして少し滑稽そうに微笑んだ。
「あんまり簡単に信用しちゃダメだよ~?」
「え……じゃあこれって……」
リオが何かに気付いたようにそう告げると、既に着替えを終えているメアリーはホバー式の車椅子に座りながら答えた。
「プロパガンダは政治の基本じゃけェ。マ、実際収まっちょる所も増えちょるは事実じゃろうけド。ほラ」
メアリーはそう言って車椅子に設置されている各地で漂うドローン式防犯カメラのリアルタイム映像を見せてくる。ハッキングで映し出されたその映像にはデモを行う神栄教徒、神栄教の教会へ石を投げる暴徒が映っていた。
その映像を険しく見つめるリオに対して、正装に着替え終えたミヤビはポンと彼女の肩を叩いた。
「さ、そんな事よりも早く着替えちゃわないと。そんな格好だとアッ君が喜んじゃうよ?」
「あ、はい」
「敬語はいいの。それと私の事は……ママって呼んでね?」
グラマーな身体をクネらせながらそう告げるミヤビを見て、メアリーは顔を顰めながら吐き捨てるように口を開いた、
「でたばイ。ミヤ姉の妄想家族ごっこ」
そんな彼女の言葉にミヤビは頬を膨らませる。
「何? 私たちはファミリーでしょ? となるとメッちゃんが長女、リッちゃんが次女、エルくんが長男、アッくんが次男、ボスがパパ……私がママじゃない……」
染め上がった頬を両手で抑えながらミヤビは益々身体をクネらせる。
そんな二人を尻目にリオは正装に着替え終えると扉がノックする音が響き渡った。
『そろそろ時間だ。アークを抑え込むのも限界なので急いでほしい』
扉の向こうにいるエルディンの言葉に三人は「はーい」と声を上げる。
着替え終えた三人は扉を開くと、彼女たち同様に正装に身を包んだエルディン、アーク、カンムが立っていた。
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【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 皇女執政室】
<PM12:00>
アーリア=セイナ・ガウネリン……彼女は帝国皇帝の長女にして皇位継承権第一席にいる未来の帝国女帝である。その姿は生誕時よりベールに包まれており、各惑星を転々としながら社会情勢を学んでいた。そんな皇女が成人を迎える十八歳を前に公務に携わることとなる。そのニュースに帝国内は賑わい、その美しさから帝国男子は興奮したという。
そんな期待を背負う彼女には大きな使命がある。それは古くからの友人と交わした大切な目的であった。だからこそ、そのための大きな一歩である今日という日に少し緊張している。
アーリアは眼前に並ぶシャドーウルフズの面々を眺めると、小さく深呼吸してから口を開いた。
「皆さん。今日はよく集まってくださいました」
執政室の座席とは名ばかりの玉座のような椅子で彼女はそう告げる。
目の前に並ぶ面々にアーリアは少し緊張した。右端に立つカンム・ユリウス・シーベルと言えば、もはや疑いようのない傑物である。そしてその隣にいる妖艶なミヤビ・ブラックも皇宰戦争中期から戦皇団に属していたことで知れた存在だったからだ。
「(……そしてこの三人が……セルヤマ星のアシス家を崩壊させた子供たち……か)」
アーリアは小さく目を細めながらリオを除く三人の顔を見回す。リオからの報告で知ったのは彼らが一昔前に帝国を震撼させたハートレスチルドレンであるという事だった。
「(本当に彼らでいいのだろうか……私たちの大義を彼らが理解できるとは……)」
思わず怪訝な表情を浮かべながらアーリアは思案する。しかしその熟考を遮るように彼女の下手に直立するジュリアン・フェネスが声を発した。
「殿下、そろそろ」
「あ、はい」
アーリアは少し慌てた様子で返事をする。そしてゆっくりと立ち上がった。
「皆さん。此度はジュラヴァナ星への調査任務、大義でした。命がけで任務に当たってくださったのに、このような結果になってしまったことは残念ですが……それでも皆さんにこうして会えたことをうれしく思います。ジュリアン」
「はっ」
その指示にジュリアンは台座の前に立つ。それと同時にアーリアは小さく笑顔を作った。
「これからこの海陽系は混乱に満ちていくでしょう。そんな中ですが、私は未熟ながらも皇帝陛下より独立執行権を賜りました。この権利を持つ人間は直轄の部隊を持つことを許されます」
アーリアはここで少し間を置いた。次に言うべき台詞は彼らの人生を一変させることだったからだ。
「そこで、私は皆さんを皇女直轄騎士団を任命したいと思っております」
アーリアは敢えて満面の笑みを作ってそう告げる。
――しかし、目の前の彼らのリアクションは彼女が思い描いたものとは程遠いものだった。
「騎士団って何?」
「軍とは一線を画す武装集団さ。皇女殿下の意のままに動くね」
「ばってン、一応軍属にはなるんよネ」
「三人とも一応御前なんだから静かにしなよ」
カンムとミヤビを除く四人が口を開く。リオを除く三人の教養の無さにアーリアの中で先程の不安が再燃した。
すると彼らの言動を見ていたギンガムチェックのミニスカメイドが目を見開いた。
「……静粛に」
ドスの効いた声に小声ながら喋っていた三人の声がピタリと止まる。それと同時にジュリアンはギロリとカンムの方を睨みつけた。
「カンム殿。かつて陛下の懐刀と呼ばれた貴殿の指導能力が疑われますね」
「……面目次第もございません」
大人しく頭を下げるカンムを見て、先程まで騒いでいた面々の顔が凍り付く。どうやら絶対的ボスが下手に出る相手などこれまで見たことがないのだろう。三人はチラリとジュリアンに視線を投げた。彼女がどのような顔をしていたのかは定かではないが、三人はそのまま背筋を正して閉口した。
妙な空気になった室内の雰囲気を変えるべく、アーリアは戸惑いから再び笑顔に切り替えた。
「あ、改めて、皆さんを皇女直轄騎士団に任命させていただきたいと思います。フェネス室長」
アーリアがそう告げると、ジュリアンは「かしこまりました」と告げて台座に設置された機器を操作する。するとアーリアと並び立つ面々の間に大型の二次元ディスプレイが浮かび上がった。
「騎士団となった暁には皆さんには惑星に降りる永久パスが与えられます。そしてここラヴァナロスの一等地に用意したマンションを。もちろん、個人的にお借りしたい場合は申請していただいてもかまいません。中の施設はトレーニング施設や……」
「あのー」
特典を語るアーリアを遮るような声が響き渡る。アーリアはジュリアンに目配せをして二次元ディスプレイを閉じさせると、声の主である少しパーマが掛ったようなくせ毛の少年が手袋をした左手を上げていた。
「はい。アーカーシャ・デュランさんですね」
「そーです。あのねー……あれ? お姫様鎖骨エロくね?」
そう言ってアークが鼻の下を伸ばした瞬間、彼の隣に立っていたリオが数歩下がりだす。そしてその助走を利用して、彼のお尻目掛けて強烈なローキック放った!
アークは「おぅっ!」と小さく呻き声をあげて膝をつく。しかしその隣に立つエルディンが彼の首根っこを掴んで無理矢理起こし上げた。
散々な扱いだが、恐らくリオのローキックが無ければジュリアンが彼を締めあげていただろうと思うと、彼は命拾いをしたのかもしれない。
アーリアは引き攣った笑みを浮かべながら今一度アークに尋ねた。
「そ、それで? 何でしょうか?」
「あ、えーっと、俺はそれ入んなくてもいい?」
「は?」
アーリアは思わず聞き返す。するとアークはケロッとしながら話を続けた。
「俺、帝国軍に入る気ないんだよね。なんてーの? こう帝国軍嫌いなの。……大事な奴がそれ思い出させてくれたもんで」
ヘラヘラと笑いながら淡々と告げるアークの言葉にアーリアはハッとして隣のジュリアンに目を向ける。
目を吊り上げていたジュリアンとは対照的に、アークの隣にいたエルディンとメアリーも彼に同調した。
「美女の頼み事は聞き入れたいが……僕も同意見です」
「ウチモ。ちゅーか騎士団なんて入ったらもう悪い事出来んくなるけんネ」
「あ、え?」
思わぬ展開にアーリアは思わず目を泳がせる。そしてリオに視線を向けると、彼女はそんなことは分かっていたと言わんばかりに冷静な表情のまま一歩前に躍り出て片膝をついた。
「殿下、恐れながらこういう連中です。なので此度の件、私一人に任命いただけますでしょうか? そしてよろしければ……その任務を彼らに依頼するという形に出来ればと思っております」
「報酬は色を付けていていただけるとありがたい」
「ばってン、なるべく面倒なのは無しデ」
「というかやっぱり鎖骨が」
「やめろギガボケ」
またしても思い思い口を開く面々にアーリアは呆れを通り越して思わず苦笑する。
すると沈黙していたカンムとミヤビがようやく口を開いた。
「そういう訳だ。代わりと言っては何だが、今後私は軍に足を運ばせていただく」
「私も技術部にスカウトされてたけど、協力だけはさせてもらいますよー」
予想だにしない展開にアーリアは少し戸惑いを見せる。しかし、余裕ある大人の雰囲気を醸し出す二人と何も言わないジュリアン、そしてどこか本気の笑みが見え隠れするリオを見て何か納得した気分になった。
アーリアは改めて彼らの方に向き直ると、これからの事を話し始めた。
「分かりました。ではリオ・フェスタ特別少尉。貴女を皇女直轄騎士団に任命します。今後の任務は彼等に依頼して遂行してください。また、それに伴い私の権限で特別少尉から正式に少尉に任命し、準中尉扱いとして申請させていただきます」
「ありがとうございます」
「貴女の行く末に幸多い事、そして大きな働きを期待させていただきます」
微笑しながらリオと見つめ合ったアーリアは少し区切りがついたような気がした。よく分からないが、彼女の目的に一歩近づいたように思えてならなかったのだ。
アーリアは少しホッとした表情で再び彼らを顧みた。
「それではシャドーウルフズの皆さん。皆さんにはフェスタ少尉を通して任務を依頼させていただきます。今後ともよろしくお願いしますね」
「良か太客が出来たネ」
「それより美女との出会いが僕の喜びかな」
「お姫様の鎖骨の凹みをコップにしたい……」
「いい加減にしとけよギガ変態小僧」
よく分からない安心感が再び不安へと変貌していくのをアーリアは感じていた。
近い未来……彼女の不安は的中する。しかし、この三人が後に帝国を崩壊させる事態を巻き起こすとは、この時誰も知る由がなかった。
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【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 元帥執政室】
<PM13:00>
何事も筋を通すには面倒な書類仕事をせざる得ない。カンムはそう思いながらテーブルの上に置かれた山のような書類にサインをしていた。
今回、騎士団を断ったことで、カンムが率いるシャドーウルフズは民間軍事組織として帝国と……引いては皇女直轄騎士団と業務提携を結ぶ運びとなった。形式上とはいえ、その事実を正当化するには建前とは言え多くの面倒事を請け負う必要があるのだ。
「ビスマルク殿、完了いたしました」
最後の書類にサインを終えたカンムはそう告げると、壁に掛けられている盾をじっと見つめていたビスマルク・ナヤブリは振り返った。
「……ご苦労……だった……」
「いえ」
カンムは小さく会釈すると、その正面に腰を下ろしていたジャネットが書類の整理を手伝ってきた。
「それにしても騎士団入り断るとは……ダンジョウさん並みにファンキーな子たちっスね」
「奴らは感性で生きている無様な連中だ。信念を持って進まれる陛下と比べる事すらおこがましい」
同じく書類を整理するカンムは溜息をつく。するとノックもなしに勢いよく扉が開かれた!
無作法に開かれた扉をカンム達は凝視する。しかし、彼らは動揺することなく普段と変わらない様子でスッと立ち上がった。
「カンム君っ! ひっさしぶりっ!」
入室してきた奇抜の装いとカラフルな髪色の女性にカンムは背筋を正しながら小さく頭を下げた。
「……奥方様もお変わりなく」
「奥方なんて照れちゃうなっ! 昔みたいにソフィアちゃんでいいよっ!」
「いや、ウチら誰もそんな呼び方した事ねーっスよ」
ジャネットがツッコむとソフィアは人差し指を顎に当て首を傾げながら「そだっけっ?」とすっとぼける。
誰よりもファンキーな皇后はズカズカと中に入ると、空いているソファに腰を下ろした。
「それにしても聞いたよっ。騎士団断ったんだってっ? ダンジョウ君みたいにファンキーな子たちみたいだねっ」
「いえ、奴らは」
「ダンジョウさんみたいに信念ある子たちじゃないっスよ」
カンムが答える前にジャネットはほくそ笑みながら告げる。
カンムはそんな彼女に苦笑するがソフィアは気にせず話を続けた。
「そんな事ないよっ。ビスマルク君もそう思わない?」
そう問いかけられたビスマルクはポットからジュリアンが作り置きしてくれているお茶を注ぐと、ソフィアにそっとティーセットを差し出した。
「……某にとって……陛下に並ぶ方は……この世にあらず……」
「んもうっ! ビスマルク君になってもベンジャミン君のまんまだねっ!」
ソフィアはそう言ってケラケラ笑う。
彼女はビスマルクから差し出されたお茶を手にすると、笑顔のまま目の色だけを変えてカンムに尋ねてきた。
「そういえばウチの娘に会ったんでしょっ? 元気だったっ?」
彼女の言葉にカンムは小さく微笑む。そしてゆっくりと頷いた。
「はい。お会いになられないのですか?」
「んーっ……あの子が私と会いたくないんじゃないかなっ? ずっとほったらかしちゃってたんだからねっ」
「あの子もそういうの理解する年なんじゃないっスか?」
ジャネットの言葉にソフィアはケラケラと笑った。
「あははっ。無理だよっ。あの子は彼の子なんだよっ?」
その言葉にジャネットもまた苦笑した。
話を切り替えるようにソフィアはお茶を飲み干すと立ち上がった。
「さて、カンム君にも会えたしっ、あの子の近況も聞けたし行くねっ。あっ、そーいえばさっ。騎士団の仕事受け持つって言っても、民間の軍事組織なんてそれだけじゃやってけないでしょ? これからどーすんのっ?」
ソフィアの言葉にカンムは再び微笑む。そして彼女なら理解できるだろうと言わんばかりに当たり前の口調で答えた。
「奴らの好きにさせますよ」
その返答にソフィアは小さく、そしてどこか嬉しそうに「そっかっ」と言って微笑んでいた。




