第39話『驚天動地』
【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス宙域 帝国軍第十六船団第八宙艇ラゴール号 控室】
<6:50>
シャワーを浴びてから鏡を見ながら髭を整え長い銀髪を束ねる。それはカンム・ユリウス・シーベルが仕事前に行うルーティンの一つである。しかしいつもと違うのは、振り返るとソファやテーブルの上で雑魚寝するアーク、リオ、エルディン、メアリーたちの姿があることだろう。
そんな彼らを尻目にカンムは上着を羽織って部屋を出ると、扉の前にはガルガロン・ウィローが立っていた。
「シーベル将軍、おはようございます」
敬礼するガルガロンは初対面時の時と違い、朝方という事を差し引いても覇気がない。その理由は明白であり、彼はカンム越しに控室の中を気にするような素振りを見せていた。
「疲れがたまっているようだ。連中は寝かせてやってほしい」
自分ではなく中で眠る少女が気になっているガルガロンの心情を見透かすカンムは扉を閉める。
見透かされたガルガロンは恥ずかしさをにじませた表情を浮かべた。
「……将軍、よろしければ……その、後ほどリオ・フェスタ特別少尉と話す機会をいただきたいのですが……」
バツが悪そうにそう告げるガルガロンにカンムは何の期待も持たない人間に向ける目で端的に言葉を返した。
「それは私に許可を得る事ではない。それより話すことがあるのではないか?」
その言葉に彼はようやく自身の任務を思い出したのかようやく軍人の表情を取り戻した。
「し、失礼いたしました! 電磁嵐の影響は消えました。アクチアブリ将軍との連絡が繋がっております」
「……それと私を将軍と呼ぶのはやめろと言った筈だ」
「も、申し訳ございません」
「中には誰も入れるな。この部屋も、通信室もな」
カンムはそう言い残して頭を下げるガルガロンの前を横切ると、隣接する通信室の中へと入っていった。
すぐ隣の通信室は名ばかりであり、謂わば緊急連絡用の通信機だけが取り付けられたいた。カンムはすぐさまスイッチを入れると、待っていたと言わんばかりの笑顔を見せるミヤビの顔が浮かび上がった。
『ボス! 久し振り! 元気だった?』
「……なぜお前が出てくる。ジャネットはどうした」
カンムの返答にミヤビはあからさまに不満気な表情を作ると、その隣にジャネットが浮かび上がった。
『女心が分かってないっスねカンムさん。ミヤビちゃん寝ずに待ってたんスよ?』
「そんな話をするために連絡をしたわけではない。いや、だが言っておくことがあるな」
カンムがそう告げると頬を膨らませていたミヤビの表情がパァッと明るくなった。
『何? 私の手料理が食べたい? ヤダ! そんな!』
「ハンナが生きていた」
カンムがそう告げると頬を染めていたミヤビの表情が再び切り替わる。
表情豊かな女だと思っていたカンムだったが、彼女の表情は険しさと共にまたしても別の女性の名前が呼ばれることに苛立ちを感じているようだった。
『ふーん……どこにいたの?』
「神栄教に保護され新型のBEを着ていた。戦闘になったが電磁嵐の影響もあり死亡した」
『そう……しぶとい子だと思ってたけど……ホントはまだどっかで生きてんじゃないの?』
「BEが完全に爆散して消失する光景を確認している。詳細は帰還後にアークのデュナメスの映像記録を確認しろ」
カンムはそこまで告げると、チラリとジャネットに視線を投げる。すると彼女は何も言わずに小さく頷いた。
「話を戻す。神栄教とライオット・インダストリー社の繋がりを確認した。インダストリー社は神栄教に秘蔵で制作していた新型BE:エネルゲイアを提供している」
『なるほど。それで異端者の子が神栄教にいたわけっスか』
「いや……どうもこの件はまだ裏がある。恐らく糸を引いているのは……」
カンムがそう告げたところでジャネットとミヤビの表情が点滅する。それはこの回線に入室を希望する合図であり、この回線を知っている人間は限られていた。
嫌な予感のするカンムはジャネットに視線を投げると、彼女はまたしても無言で頷き、回線への混入を許可する。すると青い肌をしたいつもと変わらない無表情の男が浮かび上がった。
『……面倒な……ことに……なった……』
「ビスマルク殿」
『いったい何事っスか?』
『……海陽系……全域に……流されて……いる……映像を……見ろ……』
ビスマルクはそう言ってモニターを共有する。
そこに浮かび上がる光景を見たカンムは眉間に皺を寄せるしかなかった。
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【神栄教民主共和国 ジュラヴァナ星 マリンフォール大聖堂】
<7:00>
「えー世界中の皆はん。朝早うからエライすんまへんな。神栄教教皇のコウサ=タレーケンシ・ルネモルンや。知っとる人も多いやろけど、一応自己紹介しとかんとな。えーまぁいきなりこないな事して度肝抜かれとる人も多いやろ。朝も早いし色々準備もあるやろうしな。せやけどすこーし聞いて欲しい事があってこないな事させてもろとる。……僕はダンジョウ=クロウ・ガウネリン皇帝陛下から独立執行権を賜って、今まで帝国庇護のもとで準国家的立ち位置も貰うた。完全な自治権と独立した体制まで取らしてもろうてな。せやけど、そろそろその独立執行権っちゅうんをお返ししよ思っとる。何故かっちゅうと話は簡単や。
僕ら神栄教が管理するジュラヴァナ星とチャンモイ星は神栄教民主共和国として、星間連合帝国からの独立を宣言させてもらう。
独立の理由は一つ。神栄教の全てを受け入れるっちゅう精神に帝国が則してへんと思うからや。それと同時にサプライズや。まず第一に僕ら神栄教民主共和国は、帝国と対立するフマーオス公国と同盟を結ばせてもらう。海陽系の全ての信徒はんたちに言いたい事は一つや。僕らはいつでも君らを迎え入れる。いや、信徒はんだけとちゃう。帝国に少しでも生き辛さを感じとる人は誰でもや。すべてを受け入れるのが僕らのモットーやさかい」
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【ローズマリー共和国 惑星パルテシャーナ 元老院議長官邸】
<7:04>
『帝国に少しでも生き辛さを感じとる人は誰でもや。すべてを受け入れるのが僕らのモットーやさかい。そや、あと詳しい事は……』
サヨは息を飲んでいた。海陽系最大の宗教である神栄教の教皇は、今や帝国皇帝に続く知名度を持つ人物である。彼女がメディアを通して見てきたコウサと言う人物は慈愛とユーモアに溢れた温かみのある人物だった。しかし、いま彼女の目に映るのは計り知れない器ゆえに恐怖心さえ抱かせる人物だったのだ。
「……議長」
ネグリジェのままソファに腰を下ろし、両手を顔の前で組むミリアリアの方をサヨはチラリと見る。
ミリアリアはサヨの方に振り返らない。そして小さくブツブツと何かを口にしていた。
「……ランジョウ殿が言っていたのはこういう事……しかしなぜ今……いいえ、それよりも教皇はダンジョウ殿と懇意だったはず……」
彼女は小さく目を閉じてからスッと立ち上がる。そしてサヨではなくある人物に声をかけた。
「グラハム!」
その呼び声に扉がゆっくりと開く。するとそこから老齢の男性……議長護衛の筆頭であるグラハム・コックスが姿を現した。
「議長。こちらに」
「貴女のお孫さんはまだ帝国だったわね?」
「はっ。先日までオコナー社主催の成層圏でのパーティに潜入させフマーオス星の調査に当たっておりましたが、現在は帝国内部のレオンドラ星に」
「すぐさまラヴァナロスかジオルフに向かわせなさい。これから検問が厳しくなることを加味して、中心部に諜報員の集結させないと……」
「直ちに」
グラハムは美しく規律正しい角度で頭を下げると、そのまま後ずさりして後ろ手にドアノブに手を掛ける。しかし、そんな彼をミリアリアは再び呼び止めた。
「それともう一つ。本日のスケジュールを変更してください。私はすぐさまトソヤマ星に向かいます」
「トソヤマへ?」
グラハムではなく思わずサヨが口を開く。グラハムはと言うと、ミリアリアの言葉に何の疑問も持つことなく、再び小さくお辞儀をして部屋を後にしていった。
トソヤマ星はローズマリー共和国が管理するもう一つの惑星である。このパルテシャーナ星とピッタリ隣接し、ジュラヴァナ星とチャンモイ星が兄弟星であれば、パルテシャーナ星とトソヤマ星は姉妹星と呼ばれていた。そこにはローズマリー共和国の医療学……つまりこの海陽系の医療の全てが詰まっていると言っても過言ではなく、性交渉による妊娠を嫌うローズマリー共和国の国民の九割がトソヤマ星の人工授精で誕生していた。
だからこそ、サヨは疑問でならなかった。今回の神栄教民主共和国の独立宣言はこの海陽系に大きな波紋を呼ぶ。となれば向かうべきはトソヤマではなくここパルテシャーナにある元老院議事堂に他ならないはずなのだ。
「……いざとなれば……彼女を……」
そう呟くミリアリアの目には悲観と共に懐かしさが籠っているようにサヨの目には映っていた。




