第34話『Footsteps of terror』
【神栄教民主共和国 ジュラヴァナ星宙域】
<PM21:10>
衛星の重力は軽い。BEのスラスターを持ってすれば宇宙空間へと飛び立つのは容易である。だが、肉体が粒子分解されるBEと違い、生身の上から着込むCSであれば、宇宙空間での行動は出来ても重力からの離脱は出来ない。いかに軽い重力とはいえ離脱時に生じる摩擦熱に肉体が耐えきれないからだ。
既に重力から離れた段階でアークを振り払ったハンナは、右足のスラスターを破壊されながらも何とか姿勢を制御していた。
「宇宙まで出ちゃったか……やられたね」
ハンナはBEの中で小さく微笑みながら右上に漂う宇宙船を見上げる。
「(ザイアン隊にBEは無いし宇宙に来れば援軍に時間が掛かる……エッ君もメッちゃんも考えたね)」
宇宙船に居るであろう美男子と四肢の無い少女に、ハンナは手放しの称賛を捧げる。どうやらアークと違って二人は着実に成長しているようだった。
右上の宇宙船から正面の二つの影にハンナは視線を戻す。その二人はというと、まるで学校の休み時間のようなやり取りをしていた。
『だからココに来るとき整備ちゃんと立ち会えって言ったじゃん! このメガバカ!』
『バカはそっちでしょ! つーか蹴んないでよ! 生身とBEは違うからね!? あー痛っ! お姉ちゃんにはナース服で看病してもらうから!』
耳に届いた声にハンナは少しハッとする。電磁嵐のせいで通信は出来ないはずがこうして二人の声が聞こえる理由は一つしかないからだ。
海陽の電磁嵐の特徴として大きなフレアの前に小さな爆発がある。今まででこの宙域を覆っていた小さな爆発の嵐が消えた……それは大きな嵐の足音が近付いている事を証明しているのだ。
「(……と言っても聞こえるのは至近距離だけか)」
敵前で未だ漫才をする二人はハンナの事など気にも止めない様子でやり取りを続けていた。
『っていうか左腕ホントに動かないの? 一回再起動してみなよ』
『うーん。……いや、介護がいるな。俺いつも自家発電は左手派だから代わりにやってくんない?』
『自家発電? 何? 君たちの住居は電力を自給自足してるの?』
『え? 意味分かんない? 事細かく教えてあげようか? 自家発電ていうのは』
「ねぇ。そろそろ始めない?」
これ以上のセクハラが起きるのを止めるため…いや、少しイラつきを抑えながらハンナはそう告げる。するとライフルを持つデュナメス……リオが振り返った。
『ハンナちゃん。一緒に来てくれれば始める必要なんてなくなるんだよ』
BE越しでも分かる真摯な表情で彼女はそう告げる。そんなリオに好感を抱きながらハンナは少し俯いた。
「うーん。困ったなぁ~」
子どもの我儘に折れそうな気分になりながらハンナは苦笑する。しかし昔からある意味変わらないアークはリオとの会話同様の下衆い声を響かせた。
『ジオルフの方が美味いもんあるよ。あといいホテルも。ベットが振動すんの! げへへ!』
『うん。君はちょっと静かにしてて?』
二人の会話を聞きながらハンナは微笑みを浮かべる。それと同時にちょっとした寂しさを感じた。
面倒を見ていたアークにもう自分は必要ない。それは即ち自分の居場所は彼のもとには無いという事も動議に近かった。
「もうお喋りはいーじゃん。話すことは話したんだしさ」
ハンナがそう告げるとリオは声を荒げる。
『待ってよ! もう一回ちゃんと』
『まーそうだよね。お姉ちゃんももう諦めなよ』
リオの言葉を遮ったアークは無重力の中で漂わせていたダガーを掴むと一歩前に躍り出た。
『何遍も言う気はねーよ。連れて帰る。無理矢理にでもな』
「うん。そうだったね」
ハンナはそう言って背中に差しているセイバーを抜く。それと同時にアークもダガーを捨て去り右手を伸ばす。すると、諦めたようにリオはBEの背中にあった片刃の剣が投げ渡した。
「さ、今度は勝てるかな?」
『無理でしょ。でもやるしかねーのよ。そうしねーと俺の気がすまねーし』
「ふーん。その感じ……嫌いじゃないよ」
ハンナの心の中に久し振りの感情が芽生える。その心とは対照的に、アークは動かない左腕をブラつかせながら右手で剣を横に構えていた。
彼の構えを見たハンナは彼同様に片手で……中段に構えた。
「行くよ」
『カモーン』
アークの声を合図にハンナは一気に距離を詰める! 振り下ろす上段切りをアークは横にしていた剣で捌くと、薙ぎ払う様に横に一閃してきた!
「捌き方が上手くなったねー。これもボスの指導の賜物かな?」
『二人のときにあんなオヤジの名前を出さないでよ?』
鍔迫り合いの中で聞こえる声にハンナはまたしても微笑みを浮かべる。そしてチラリとリオに視線を向けた。
「(あの動き……近距離戦闘は射撃能力ほどじゃないねこりゃ)」
『よそ見してんじゃねっ!』
力が篭ると同時にアークの背部スラスターが光る。それと同時にハンナもスラスターを起動させるが、推力がない右足の影響で徐々に押し込まれていった!
「……ねぇあーし右足動かないんだけど?」
『俺も左手動かねーよ!』
「分かってんならいーや。……じゃあ……これで、おあいこねっ!」
ハンナはそう言ってセイバーを両手持ちに切り替えた!
『あっ! ずっこい!』
アークの声に耳を貸さずハンナは両手に力を込めて一気に切り払う! するとアークのデュナメスは後方へとはじけ飛んだ。
『うっわきたねー!』
「なーに言ってんの。右足が動かないあーしと左腕が動かないアッ君。これでイーブンでしょ?」
ハンナはそう告げると、横から紫色の光が視界に入った。
肩を目掛けた閃光を彼女は紙一重で躱し切ると、先程より少し離れた場所でライフルを構えるリオに微笑んだ。
「これくらいの距離でライフル動かすとよく見えるからさ。あんま意味ないよ?」
『むむ』
ブラスターライフルを構えながらリオは悔しそうな声を上げる。
リオたちがあっさりと隙を見せるのは、ハンナが殺意を持っていない事を理解しているからだろう。次弾を装填するリオを見ていたハンナは、徐ろに腰の小銃を引き抜くと彼女目掛けて発砲した!
『あうっ!』
紫色の閃光がリオの右肩を貫く。相手がCSであれば当て所を見極める必要があるが、BEであれば解除時に肉体は元に粒子結合されるので殺す心配はない。確実に息の根を止めるならば胸のヤシマタイトを貫くのが鉄則だった。
「二人ともあーしと戦うの早すぎたんじゃない? その無理矢理ってのも今度にすればー?」
二対一でありなから圧倒的に不利な二人にハンナは微笑む。しかしアークもリオもまるで諦める様子を見せなかった。
『嫌だよ。俺は今がいい』
『アーク君と同じ意見なのは不本意だけど私も!』
引き下がる様子を見せない二人にハンナは益々疎外感を感じる。しかしそんな感情が一気に消え去るように彼女は表情を変える。そして二人に目掛けて突貫した!
『ぐぬ!』
『ギャッ!』
両腕でラリアットするように二人を無理矢理動かす。それと同時に真っ赤な光の矢が三人のいた空間を覆いつくした!
『ぬわっ! 何じゃあれ!?』
「……超電磁砲」
慄くアークとは対照的にハンナは冷静にそう告げる。彼女もまた、心の中で小さく動揺しているのをひた隠していた。
現在の技術で超電磁砲は宇宙船以上のサイズにしか装備することは出来ない。無論、このザイアン隊に超電磁砲を搭載した戦艦は存在するが、この電磁嵐が来る状況で戦艦を出すのは考えにくい。ましてや異端者であるハンナの援護に戦艦を動かすことなど神栄教の連中がするはずもないのだ。
「……あれは」
ハンナは赤い火柱が飛んできた方向に視線を向けてズームアップする。
そこに居たのは巨大な右腕を持つ歪なBEだった。
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【神栄教民主共和国 ジュラヴァナ星宙域 帝国軍第十六船団第八宙艇ラゴール号】
<PM21:38>
船内は慌ただしい。行き交う帝国兵達の間を擦り抜けながらカンムは艦橋へと向かっていた。彼らが慌てふためくのも仕方がない。ジュラヴァナ星宙域で戦闘が起きているという指示が入ったからだ。
「オジキ」
歩くカンムの隣にカリーナが並んで歩き出す。カンムは正面に視線を向けたまま口だけを開いた。
「第二種戦闘配置だ。BE部隊の隊長たる貴様がこんな所に居ていいのか」
「ドッグは副隊長に任せていル。状況確認が優先ダ。アンタ達の頃とは隊の規模が違うんだヨ」
彼女がそう告げると同時に艦橋に繋がる扉の前に辿り着いた。
カリーナがセンサーに手を翳すと扉が上にスライドする。中ではオペレーター達の声と副長の指示が飛び交っていた。
「おお、シーベル将軍、バーンズ中佐!」
「艦長。状況を聞かせてくレ」
敬礼する艦長に歩み寄りながらカリーナは挨拶もなくそう告げた。
将軍という呼称の訂正をしそびれたカンムは少し出鼻を挫かれた気分になりながらも、黙って艦長の言葉を待ちながらモニターに近寄る。モニターを見るカンムをチラチラと見ながら艦長は状況を説明した。
「ジュラヴァナ星宙域にBEの反応が四。内二つは我が国のデュナメス、もう二つはデータにないものだ」
「データに無いBEの目的ハ?」
「不明だ。一つは先程までデュナメスと戦闘していたがもう一つは全員に対して攻撃を仕掛けた。しかも超電磁砲を使用している」
「ちょっと待テ。BEと言っただろウ? 超電磁砲を使用しただト?」
「ああ、信じ難いことだが小型化した超電磁砲を搭載している」
「艦長」
二人の会話を遮るようにカンムはモニターを見つめたまま声を出す。すると艦長はカリーナとの会話を早々に切り上げてカンムの方に向き直った。
「はっ! バーンズ将軍!」
「将軍はよせ……その超電磁砲を放ったBEを拡大してくれ」
「直ちに! おい!」
艦長がそう告げるとオペレーターが「はっ!」と返答して謎のBEが拡大されていく。
電磁嵐の影響かモニターの映りは悪い。しかし徐々に拡大されていくその映像には見たことのないBEが浮かんでいた。
デュナメスを基本としながらもツギハギのように様々なパーツが使用されているそのBEは特異だった。何よりも目を引いたのはその巨大な右腕である。しかしカンムは右腕でなくBEの小さな動きや仕草を注視していた。
「……あの挙動」
ゆっくりと首をまわすツギハギのBEを見ながらカンムは眉間に皺を寄せる。
カンムは再びカリーナや艦長の方に振り返ると、神妙な面持ちで口を開いた。
「すぐさま第二種から第一種戦闘配置に切り替えろ。私もBEで出る」
そう告げて艦橋から足早に立ち去ろうとしたカンムの前にカリーナが立ちはだかった。
「おイ。この船はアンタのもんじゃねェ。そんな指示を出す権限ハ」
「本作戦は皇女殿下の指揮下にあり、私は殿下より全権を委ねられている」
カリーナの言葉を遮ってカンムはそう告げるが、彼女はカンムを見上げながら睨みつけてきた。
「あァ? 俺が言いてぇのハ」
「言い忘れていたな。すでに皇女殿下は独立執行権を賜っている。貴様が私の指示に従わぬのは皇女殿下……ひいては皇帝陛下への不義になるということだ」
再び遮るカンムの言葉にカリーナは口を噤む。すると艦長が横槍を入れるようにカリーナの腕を引っ張った。
「バーンズ中佐! 道を開けんか!」
小声でそう注意する彼になど目もくれないカリーナは、カンムをじっと睨みつけている。
彼女の気概、そして負い目からカンムは敢えて自ら進路をずらして彼女を横切った。
「艦長、詳細はドッグより指示を出す」
「はっ!」
敬礼する艦長と未だ背を向けたままのカリーナを背にカンムは艦橋を後にした。
ドッグへと向かう歩幅が広がり、徐々に回転数が上がっていく。正体不明のツギハギのが見せた独特な首の回し方……その動きにカンムは見覚えがあったのだ。
「(……クジャ・ホワイト……)」
セブンスカーと称される戦場の壊し屋……あの羊海炎上戦でハンナが自爆気味に仕留めた男……もしもあの男であれば、アーク、エルディン、メアリー、そしてリオの命が助かる可能性は皆無に等しかった。




