第35話『The end of escape PART2』
【神栄教民主共和国 ジュラヴァナ星宙域】
<21:22>
上方から放たれた超電磁砲の発射台を見たアークは自分の身体が震えるのが分かった。その仕草に彼は忘れようのない恐怖があったからだ。
不気味な笑い声
予想不能な言動
そして隠れた棚の中で見た強かな母の目
アークが持つすべてのトラウマには常に一人の人物が関わっていた。
「……クジャ」
BEを震わせながらアークは恐怖の名前を呟く。しかしそんなアークになど目もくれず、上方で首を回していたツギハギのBEは、巨大な右腕を有しているとは思えない速さでハンナの方に突貫していった!
急激な展開にアークはその場で硬直していると、背後からリオが飛んできた。
『アーク君! 何ボケっとしてんの!』
「……ヤベェよ……逃げよう……アイツは見たら逃げなきゃ駄目だ……」
『はぁ!?』
戸惑いを見せるリオの声を聴きながら、アークの視線はツギハギに向けられていた。
ツギハギはアークだけでなくリオも眼中にないのか、執拗にハンナだけを狙い攻撃を続けていた。
『生きてたなんてね……あーしと一緒で悪運強いじゃん』
ハンナはそう告げながらツギハギを迎え撃つ。ツギハギは背中に差していた大剣を左手に持つと、巨大な右腕交互に攻撃を繰り出す。ハンナは両手持ちの剣を巧みに操りながらその攻撃を捌くが、その強大な攻撃を前にジリジリと追い詰められていた。
「……ハ、ハンナ」
『噓でしょ……』
アークだけでなくリオからも驚愕の言葉が漏れる。片足のスラスターが動かないことを差し引いても、先ほどまでアークとリオを軽くあしらっていたハンナがあっさりと追い詰められる姿を見ればそう思わざる得なかった。
『相変わらずバカ強いじゃん! それにしても今日はずいぶん無口じゃない!?』
強がるようにそう声を振り絞るハンナを他所にツギハギは無言のまま拳と斬撃を振り下ろし続けている。その光景は素人でも二人の実力差は明白だと理解させるに十分な光景だった。
狼狽して固まるアークを見かねたのか、リオは『ハンナちゃん!』と叫んでからライフルを構える。そしてツギハギに向けて発砲するが、彼女の放った閃光をツギハギは巨大な腕を巧みに操り、その掌で握りつぶしてしまった!
『なっ!』
見た事の無い防御方法にリオもまた戦慄の声を上げる。それと同時にハンナの声が二人の耳に響き渡った。
『アッ君! リッちゃん! 逃げな! コイツには関わっちゃダメ!!』
ツギハギの連撃を防御しながらハンナは叫ぶ。未だ震えが止まらないアークはその場に立ち尽くしていると、アークとリオの背後に宇宙船が近づいてきた。
『アッちょン! リッちょン! 聞こえちょル!?』
メアリーの声にアークは反応できない。しかし、彼の代わりにリオが声を上げた。
『メアリーちゃん! エルディン君! アイツ何!?』
『クジャ・ホワイト……通称セブンスカーだ』
『えっ!? だってそれは怪僧じゃなかったんじゃ……』
『噓から出た実じゃネ。怪僧じゃなかっタ。ばってン、生きちょったんじャ』
『アーク。聞こえているな。こうなった以上、戦局を覆すには君が左腕を使うしかない。二人とも一度船に入ってBEを入れ替えるんだ。アークはハンナの援護を。リオちゃんは遠距離から僕と一緒に砲撃だ。二人が交換している間、僕がハンナを援護する』
三人の声もアークの耳には入らない。彼の心の中に渦巻いていたのは、過去の恐怖心の再燃と作戦開始前に息巻いていた自分が身の程知らずだったという後悔だった。
「……ダメだよ……逃げよう……みんな殺される……」
思わず弱気な言葉が彼の口から洩れる。すると彼の後頭部に衝撃が走った!
「あぅ……」
衝撃と恐怖心でアークは再び頼りない声をあげる。するとリオが彼の腕を掴んで叫んだ。
『テラ情けない声出してんじゃねーわよ! さっさと来なさい!』
アークはリオに腕を掴まれると糸の切れた人形のように宇宙船の後部に向かって突っ込んでいった。
後部ハッチが閉じても船内で力なく倒れるアークとは対照的に、リオはすぐさまBEをから這い出ていた。彼女は全裸のことなど気にもせずにペタペタと足音を鳴らしながらアークのBEに近づくと、背部ハッチを強制解除して彼を掴みだしてきた。
「アーク君! 早く! 知らないけど君が左腕使えば……」
そう叫ぶリオの声が止まる。這い出たアークの左腕を見たリオは思わず口ごもっていた。彼の腕はかつて奴隷として生きた種族……スコルヴィー星人の赤い腕をしていたからだろう。
「アーク君……キミ、スコルヴィー星人だったの?」
「……逃げよう……逃げなきゃ……」
膝を抱えるように蹲るアークを見たリオは思わず閉口する。
全裸の二人を他所に、窓の外にはエルディンが放っているであろう援護射撃の閃光が飛び交っているのが見て取れる。そんな中でリオは黙ってアークをそっと抱きしめてきた。
「アーク君……私は君に今まで何があったのかは分かんない。でも……君がハンナちゃんを助けたいって気持ちだけは分かるよ」
暖かいリオの腕の中……彼女の優しい言葉を聞いてもアークは蹲るのをやめられなかった。
「無理なんだよ……俺じゃあ……」
「うん。君一人じゃ無理かもね。でも今はエルディン君もメアリーちゃんも私もいる。それならやってみなくちゃ分からないよ」
「無理だよ……お前らなら出来る……俺がいたらダメな方向にばっかり行く……今までずっとそうだったんだ……」
「言ったでしょ? 私は今までのアーク君なんて知らない。私が話してるのはこれからのアーク君なんだよ」
「これからの俺……」
彼女の温かく突き動かそうという言葉にアークはようやく顔を上げる。するとリオは彼の顔を両手でガッシリと挟み込むと、額を突き合わせながら告げた。
「今、みんながハンナちゃんを助けようとしている。それは君がそうしたいって願ったからだよ。君はどうする? このまま蹲る? それとも君が必要だって言ってるみんなを助けに行く?」
「……俺は」
その瞬間、彼の心の何かが変わった。気付くとアークは露になっているリオの胸を優しく触っていた。
「……こっちも結構あんのね」
「やっぱり死ねッ!!」
振り下ろされた拳を甘んじて受け止めながらアークは完全に目を覚ます。そして彼もまた自分が全裸であることを忘れてスッと立ち上がった。
「うん、行くわ。お姉……リオちゃんも援護ヨロシク」
「……リオでいいわよ。つーかマジマジとこっちを見るな!」
リオに尻を蹴られて彼は意を決すると、今までリオが着用していたBEへと走り寄った。
開きっぱなしの背部ハッチを見つめる。四つの穴に彼は自らの四肢を突き刺すと、大きく深呼吸してから背部ハッチを閉じた。それと同時に徐々に体の感覚が薄れていき、BEと体が一体化していく。BEの中で彼は今一度大きく息を吸い込んだ。
「んほーっ! リオの匂いがする! では改めてズーム映像で……あれ?」
BE越しにアークはリオの方に視線を向けようとするが、そこにリオの姿はない。当然というべきか彼女は既にアークのBEの中に納まっていたらである。
アークのBEを着ていたリオは壁に掛けてあるライフルを手にしながら憤慨した。
『ほんっとに左腕動かないじゃん! だから整備にちゃんと関われって言ったのに! ったく照準パターンをマニュアルにしなきゃ……? 何やってんの?』
ぼーっと彼女を眺めていたアークに気付いたリオは怪訝そうな声を上げる。その態度にアークは「え?」と返すと、彼女はBE越しでも分かる苛立った仕草で再び彼のお尻を蹴り飛ばした!
「さっさと行ってこい! このメガボケアーク!」
「あ、ちょっと!」
蹴り飛ばされながらアークはよろけると、自動で開いた後部ハッチから吸い込まれるように宇宙空間へと放り出されていった。




