第27話『Permanent battlefield』
【神栄教民主共和国 衛星ザルディアン 港宙エリア】
≪PM18:53≫
衛星に点在する港宙ドッグは閑散としているがそれも当然だろう。何故なら海陽フレアの影響で、現在このジュラヴァナ宙域は電磁波の嵐に晒されているからだ。
そんな時にわざわざ宇宙船の手配をするのは、熱心な宇宙学の研究家か、余程の命知らずなバカだけだろうとメアリーは球体ディスプレイの中で思っていた。
「電磁嵐ばおかげでスムーズに進められたけン。ラッキーじゃネ」
「……ああ」
そっけない返事が返ってきたことにメアリーはエルディンの方に振り返る。そして球体の中から顔を出すと悪戯っぽく笑みを見せた。
「なぁんネ? まだ怒っちょるン?」
ーー自分の意見を差し置いてクジャ・ホワイトの存在をアークに知らせたことをエルディンは未だ気に揉んでいる。
そう思ったメアリーは確信を突いたつもりで口角を上げる。しかし、それは的外れだったらしくエルディンは険しい表情のまま宇宙船の操縦席でドーム内の様子を窺っていた。
「ザイアン隊の基地を監視しているが、爆発が起きない……。どうなっている……既に予定時刻より53分も経過しているぞ?」
真面目な、そして相も変わらず美しい表情で時間を確かめるエルディンを見て、メアリーは八本に分岐していた腕を収納させて球体ディスプレイから這い出た。
「アッちょんの事じゃけン。起動スイッチば押し忘れたんじゃなかト?」
「だとすれば基地内で拘留されている可能性がある。これ以上の面倒事は避けたいところだが」
心配そうな表情も美しいエルディンの横顔を眺めながら、メアリーはポケットにしまっていたレーションを取り出して噛り付いた。
「どぎゃんすル? 一応船の起動はすぐじゃけン。このまま予定通りここで二人ば待つカ、それとも基地内のドームに行ってみるカ。ん~甘味が少なかネ、こレ」
「リオちゃんが送ってくれた内部の情報は?」
「読み込みはほぼ済んどル。残りはこのまま放置しとけばエエじゃロ。多分あと二、三分くらいってところじゃろうネ。ン、口の中で溶かした方がウマかァ~」
メアリーは恍惚の表情を浮かべながら味わうように自らの頬に手を添えるとエルディンは呆れたように苦笑した。
「そのレーションはかなり高カロリーだ。痩せやすい体質とはいえ気を付けた方がいいよ。君の美しいくびれが無くなるのはしのびない」
エルディンはそう言って立ち上がると、側部の窓から空を見上げ、彼に倣ってメアリーも逆の窓から空を見上げた。
ドームの天井はガラス張りになっており、その先にある海陽の反射パネルが折りたたまれていくのが見て取れる。その閉じたパネルの更に先には真っ暗な闇が広がりながらも小さな星々が輝いていた。
「電磁嵐は……宙域の様子はどうだい?」
エルディンは上空を見上げたままそう告げると、メアリーもまた上を見上げてレーションを咥えながら答えた。
「海陽からはジュラヴァナ星の影に隠れとるけン。言うほどひどい状況じゃなかヨ。ばってン、あと三時間で影から出テ、それから一時間くらいでドームの向きも海陽の方に向くけン。そうなると航行も出来んじゃろうネ」
「電磁波の波から逃れる宙域に出るのに、ここからだと最低でも二時間はかかる……どちらにせよ少なくとも二時間後にここを発たないといけないな……」
エルディンは瞬時に逆算するとため息をつきながら立ち上がった。
「仕方ない。様子を見てくる」
「ウチも行ク?」
メアリーは球体ディスプレイの中に戻ってからそう尋ねると、エルディンは彼女の方に振り返ることなく、夏用の上着を羽織りながら答えた。
「子どものお迎えに二人揃って行くことはない。メアリーは船のスタンバイを維持していてくれ」
彼はそう告げると、「じゃあ行ってくるよ」と言い残して船を後にしていった。
一人になった船内でメアリーは球体ディスプレイに囲まれながらスナック菓子を手に取った。八本に分かれた腕の一つを使い、彼女は口の中にスナックを放り込んでいく。彼女の目の前にある複数のディスプレイの中で最も拡大された画面にはリオから送られてくる情報の読み込みが100%になった。
「ケケケ。ボスより先に覗いちゃロ」
元来の悪戯心でメアリーはソフトを開く。すると彼女を囲う球体ディスプレイの色どりが変わり、様々な情報が映し出された。
浮かび上がる情報を見たメアリーは再びケラケラと笑った。
「うひャ~……やっぱり宗教も悪いこといっぱいしちょるもんやネ~」
帝国議員への献金と称した賄賂、一部企業からの妙な献金、明らかに怪しい商品の販売と売上、そしてフマーオスだけでなく隣国のローズマリー共和国とのやり取りなどといったスキャンダルをメアリーはスナック菓子の肴のようにして眺める。
「オ? なんネ。ヴェーエス星の環境改善支援? ふーン……慈善事業もしちょるんじゃネ」
自らの四肢を奪う事故を思い出しながらメアリーは少し苦笑する。しかし、その奥に隠れていた一枚の画像を見て彼女は思わず立ち上がった。
「……何ネ……こレ……」
そこに浮かび上がる本来の目的である新型BEの情報……いや、彼女が目を見張ったのはそこに写されていた着用者の画像だった。
「……ハッちょン……」
死んだと思っていた仲間ハンナ・アゴストの顔にメアリーは息を飲む。その瞬間、小さな振動が宇宙船を揺らした。メアリーは慌ててエルディンが座っていた操縦席に目をやると、ザイアン隊の基地から火の手が上がるのが見て取れた。




