第26話『The wrongdoer never lacks a pretext; even thieves have their reasons Part3』
【神栄教民主共和国 衛星ザルディアン ザイアン隊基地内 特別室】
≪AM18:30≫
二年ぶりの再会は怒涛だった。アークはハンナに手を引かれ、本来ならば自分で調べなければならないはずの実験棟内を駆け抜けていた。
実験棟内にも常設された礼拝堂や、昔から変わらないザイアン隊特有の水色に塗られたCSが並ぶ整備室、マスメディアでは公開されない場所を二人はまるで子供のようにはしゃぎながら駆け巡っていた。幾人もの関係者が二人を見つけ怪訝な表情を浮かべていたが、アークにとってそんなものはどうでもよかった。目の前の彼女が元気そうに生きていることが何より嬉しかったのだ。
やがて彼女に連れてこられたのは実験棟の最深部に設置された小さな個室だった。中は若い女性特有のファンシーな彩で飾られており、自分の無機質な個室とは大違いの光景にアークは思わず「おぉ」と声を上げ、室内の香りを取り込むために大きく深呼吸をした。
「んほぉ~いー匂い」
「んんっ! ホンモノがいるのに部屋の匂いでいーわけ?」
アークの言葉にハンナは不満気と得意気が入り混じった笑みを浮かべる。その表情を見たアークは爆弾の入った手提げ袋を雑に放り投げると、改めて彼女の顔を確認してから抱きしめて唇を重ねた。
「んっぷはっ! ちょっとちょっと。アハハ。がっつき過ぎ!」
唇を吸われたハンナは吹き出すように笑いながらそう告げる。しかしアークは自身の下半身の状況とは不釣り合いな真剣な笑顔を作ると、真剣な眼差しで彼女を見つめた。
「しょうがないでしょうが。思春期&セカンド童貞のダブルパンチ性欲を舐めるんじゃありませんよ」
「何~? この二年彼女もできなかったの? 相変わらずモテないね~」
「あら失敬。ちゃあんと女性を見極めているんですよボクァ」
「ふーん? あーしみたいな可愛い子はいなかった?」
ハンナは少し嬉しそうな笑みでそう告げると、アークの首に手をまわして再び唇を重ねてくる。
その感触が現実であることを噛みしめてから、アークはそっと唇を離してから再び彼女を強く抱きしめた。
「良かった……生きてた……」
「……うん……アッ君は元気だった?」
耳元で囁かれる言葉にアークの抱き寄せる力が強まる。今、ここに彼女がこうしている事が彼にとって何よりも幸せだったのだ。
「積もる話がありまくりなんだよね。今までどーしてたの?」
アークはようやく彼女から少し体を離すと、ハンナは少し儚げな笑みでベットに腰を下ろした。
「大変だったよ。爆発に巻き込まれたけどデブリがうまいこと隠してくれてね。でもBEの腕も足も背部スラスターもぜーんぶ壊れちゃってたし、戦闘中に内部システムも壊れちゃったせいであーしも実体に戻ってさ。腕とか足が変な方向に曲がるわ、片方の角は折れちゃうわ、中の空気は薄くなるわで生き地獄ですよ」
ハンナはそう言ってケラケラ笑う。そんな彼女の隣にアークは腰を下ろすと、彼女は自らの折れた方の角を撫でながら再び話を戻すように口を開いた。
「意識朦朧の中で「あーこれは流石にもうだめだー」って思っててさ。そしたら運よく神栄教の戦闘被害者捜索船に見つけられたってわけ」
神栄教の捜索船と聞いてアークは首をかしげてから思い出したように口を開いた。
「捜索船……あぁ神栄教が行方不明者とか探してるってやつ? あれホントに慈善活動やってたんの? 使えそうな物資拾って貧乏人に売りつけてるって噂があったけど」
「へぇー。ま、そんなのもやってんじゃない? 宗教なんて裏じゃ色々やってんだから」
ケラケラ笑いながら足をバタつかせるハンナを見てアークは少しホッとする。彼女はこの神栄教の総本山に身を置きながらも、決して狂信的な信者になっているわけではないようだったからだ。
片方の角が折れても昔と変わらないハンナに安心したアークは、だらしなく足を組みながら気さくに話し始めた。
「とにかく無事でよかったね。何かホント……嬉しいわ」
「お? 素直なのはココだけじゃなくなったねー?」
アークの股間を優しくなでながらハンナはヘラヘラ笑う。アークは身体をくねらせて「ムホッ」と悶えていると、彼女は思い出したようにアークの方に体を寄せた。
「それでアッ君は何やってんの? あの後煉獄隊は解体されたって聞いたけど?」
「あーうん。あの内戦が終わって煉獄隊は解体されたのよ。で、そん時の戦場での貢献度? ってやつで俺もエル吉もメー子も釈放されたんだよね」
「そっか。他の煉獄隊のみんなは?」
「生き残った連中は散らばっちった。でもみんなどこかしらで何かやってんじゃない?」
「ふーん。ボスやミッちゃんも元気?」
「あーもうクソ元気。今はボスが経営してる何でも屋で働いてんだけどね? ミヤさんは相変わらず変なモン作りながらボスに色仕掛けして、ボスは相変わらず俺らの事こき使ってますよ。ここに来たのもお偉いさんの依頼で調査しに……」
アークはそう言ったところでハッと思い出す。そして時間を確認すると慌てて立ち上がった。
「あ、やべ。もう行かなきゃいけないんだった!」
「あれ? もうお帰り? 一発ヤッてくのかと思ってた」
キョトンとしたハンナの表情と言葉を聞いてアークは少し違和感を感じる。しかし彼女は何食わぬ顔でスッと立ち上がると、ベット脇にある棚に置いてあった照射機を起動させて基地内の地図を浮かび上がらせた。
「帰り道分かる? 一応裏口があってね」
「あれ? いやいや、ん?」
「ん? 何?」
アークが戸惑いの声を上げると、ハンナもまた怪訝そうな表情を浮かべる。
小さく首をかしげるハンナにアークは思わず明確な疑問を口にした。
「一緒に帰んないの?」
「え? うん。帰るわけないじゃん」
「何で? またみんなで一緒に暮らそーよ」
「帝国で? どうして?」
「みんなで居る方が面白いじゃん」
アークは単純な言葉を並べるとハンナは少し呆れたように苦笑する。そして浮かび上がらせていた基地内の地図を閉じて、懐かしい宇宙地図を浮かび上がらせた。
「アッ君は変わらないね。いーや成長してないって言い方の方が正しいかな? ……あの時の羊海宙域の戦い覚えてる?」
「……あんまし。ただクソみたいにしんどかったのは覚えてる」
「そっか……あの時さ。煉獄隊は帝国軍本隊からの命令でミッド回廊の防衛にあたってたんだよね。本隊はその回廊からくる敵の増援を防いでおけばいいって言ってたけど、その作戦をクリオスの連中は気付いてたんだよ」
「あぁ……サウロもあん時に死んだ」
アークは今は亡き自分より年下の少年兵を思い出す。その言葉にハンナは頷きながら室内に浮かび上がる宇宙地図の中を歩きながら話を続けた。
「クリオスの連中は帝国軍の動きに気付いてた……でも帝国軍はクリオスの連中が作戦に気付いていることにも気付いてたんだよ。だから煉獄隊を捨て駒にしてより深くのクリオス本陣に向かった……そんな扱いをした帝国に戻りたいと思う?」
「……うん。そりゃならないわな。でも関係ねーのよ。俺はまたハンナとかみんなと一緒に暮らしてーの」
アークは思うがままにそう告げる。そんな彼を見たハンナは微笑みを絶やさぬまま彼が放り投げた爆弾入りの手提げ袋を手に取ると、普段通りの笑顔に戻るとアークに差し出してきた。
「ごめんね。あーしはこっちがいいの。あ、でもあーしは帰らないけど、アッ君たちがそっち側に残るのはいーよ。その代わり、たまにこーして遊びに来てね。気分良かったらイイことしよ?」
「んー……」
「どしたの?」
「いや、何とか一緒に帰るって言わせらんないか考えてる。でも駄目だ。俺が一緒に帰りたいからってのしか出てこねー」
そんな彼の言葉にハンナはまたしても吹き出すように笑い出した。
「ぷははは! 何それ。ったく、アッ君ホント成長してないね」
「しょーがないでしょーが。本能の向くまま気の向くままですよ」
「一文字違うだけで凄く卑猥だね。ぷぷぷ。前言撤回。そこは成長してないんじゃなくて、アッ君のいい所なんだったね」
ハンナはそう告げるとアークの手を掴んで手提げ袋をそっと握らせる。そして両手で彼の頬をサンドイッチするように軽く叩いてきた。
「じゃね。あ、それとその爆弾だけど出来れば西側で爆発させてね。あそこのトイレ汚いからこれを機に建て替えてもらうわ」
「ン。……ねぇ」
アークは言いかけて思わず口を噤む。神栄教の動き次第では帝国とこの神栄教は対立することになる。その時にどうするべきか……彼は生まれて初めて抱く未来への不安にちょっとした恐怖心を覚えていた。そんなかれの心情を知らずにハンナはにこりと笑った。
「なーに? もぉ~今度会った時に搾り取ってあげるから。また会いに来てよね」
「そーじゃなくてさ。もし帝国と神栄教が戦争することになったらどーする?」
「戦うよ。言ったでしょ。あーし帝国なんて大嫌いだもん。だからアッ君は戦場なんかに来ないようにね」
彼女は笑顔のままそう告げると、まるでその背中を押すように胸を小さく小突く。
その笑顔につられたアークは複雑な感情の中で無理矢理笑顔を作る。そしてもう一度彼女を抱きしめると、後ろ髪を引かれる思いで部屋を出て行った。




