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EgoiStars:RⅡ‐3379‐  作者: EgoiStars
帝国暦 3379年 <帝国標準日時 8月16日>
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第25話『Next announcement』

【星間連合帝国 ヴェーエス星宙域 人工衛星要塞インドラ】


≪AM18:08≫


 この海陽系内で生命が誕生した惑星を除く星は、長い年月をかけて生き物が住める星へと環境が変えられてきた。しかし今現在、海陽系惑星で唯一生き物が寄り付かない惑星が存在する。それが海陽から最も離れたヴェーエス星である。


「……凄い乱気流ですね」


宇宙船内通路側座席に着席していたライオット・インダストリー社社長秘書オクタヴィア・ランドールは窓を覗くために身を乗り出してそう告げる。

 貸し切りの宇宙船内には二人しか乗っていないのに、オクタヴィアはわざわざ社長の隣に座っている。すると窓側の座席から同じくヴェーエス星を見下ろしていたタクミ・マウントは振り向くことなく頷いた。


「バルトルク研究所爆発事故から十五年か……粒子分解弾の爪痕は未だに強く残っているようだね。ランドール君はまだ小さかっただっただろう?」


「ええ。九歳の頃でした。でもあの時に中継された映像は今でも鮮明に覚えています。……あの爆発によってヴェーエス星の大陸の約三割が失われ、その被害は星の核付近まで到達するものだったと……今あの星の中に生きている生命体は存在しないのでしょうね」


「急激な地形や気流の変化で、今や星の中はガスと氷だらけの乱気流に覆われている。恐らく海陽系史上最大の人工災害だよ」


窓の外に漂うヴェーエス星を背景にオクタヴィアは丸々としたタクミの後姿を愛おしそうに見つめていた。周囲から美人、妖艶と称されるオクタヴィアだが、彼女はふくよかな体系に対して情愛をもつ少し変わった性癖を持っていたのだ。

 眼鏡の位置を直したオクタヴィアはタクミの背中に出来る限り近付き、胸を押し当てながら彼の耳元で話を続けた。


「確か当時、社長もこの星に降りられる予定だったとか……そうならなかった事を女神メーアに感謝いたします」


心なしか艶っぽい声になることを自覚していたオクタヴィアだったが、タクミは冷静なまま振り返ることなく言葉を返してきた。


「ああ。そうだね。おかげで僕のママが犠牲になったわけだけど」


自らの言葉にオクタヴィアは「迂闊だった」と表情を強張らせる。そんな彼女の心情を知ってか知らずかタクミは小さく微笑みながら座席に座りなおした。

 オクタヴィアは必然的に彼から体が離れると、不用意な言葉に反省するように体を小さくしていた。海陽系最大の軍需産業のトップにいるタクミという男は失言程度で機嫌を損ねるほど小さい男ではない。それを分かっていても、オクタヴィアは彼に不快な思いをさせたのではないかという不安でいっぱいだった。


『マウント社長、まもなくドッキングに入ります。少し揺れますのでシートベルトをお願いいたします』


船内に響くアナウンスにオクタヴィアは救われる。大きなお腹周りに特注のベルトを締めなおすタクミの表情は普段通りであることが確認できたからだ。


「さて、ランドール君。ここまで付き添いご苦労だったね。明日になったら君は本社に戻ってくれたまえ」


「いえ社長。私は最後まで社長に」


「君は数少ない信用できる人間だ。だから僕に代わって本社から状況を知らせてほしいんだよ」


「ですが私がいなければ翌日の下着の準備もできないのでは?」


悪戯っぽく微笑むオクタヴィアにタクミ苦笑する。するとドッキングが完了したのか船内が小さく揺れた。


『ドッキング完了しました。どうぞご下船のご準備を』


操縦席の声にタクミは「よっこいしょ」と言って大きな体をゆっくり起こし上げる。通路側のオクタヴィアも慌てて立ち上がって通路に出ると、彼を先に通すために一歩下がった。


 「どうぞ」


自らの有用性を示すかのように立ち上がったタクミにオクタヴィアはハンドタオルを差し出す。彼は「ああ、ありがとう」と言って受け取り首周りの汗を拭うと、二人はそのまま搭乗口に向かって歩き始めた。

 搭乗扉の前では係員の女性が小さく頭を下げながら扉に手をかけていた。空気圧に差があったのか小さくプシューという音を立てて乗降扉が開く。その先は人工衛星インドラのドッキングベイが広がっており、タクミを出迎える人影が見えた。


「社長、あちらの方は……」


人影の中央に立つ人物を見て、それまで微笑んでいたオクタヴィアは思わず自分の目を疑った。彼女の言葉にタクミは何か言い返すわけでもなく。いつもの仕事で見せる笑みとは少し違う笑みで歩き出すと、出迎えの人々もまたこちらに向かって歩いてくる。その顔が認識できるほどの距離でタクミは立ち止まると笑顔で彼は手を差し出した。


「アゴスト君。直で会うのは久しぶりだね。この前はホログラムだったし」


しれっとそう挨拶するタクミの背後でオクタヴィアは動揺を悟られないように目に力を入れる。すると出迎えてくれた獣耳がかわいらしい小柄な男は差し出されたタクミの手を握り締めた。


「社長もお変わりないようで。ビスマルクさんやジャネット君、カンム君はお元気ですか?」


「どうだろうね。僕も最近会えていなかったから」


二人の会話を聞いてオクタヴィアは目の前の人物の正体に確信を持った。


「(……レオナルド=ジャック・アゴスト……)」


皇帝を勝利に導いた八賢者の顔は教科書にも載っている。となれば帝国で育てば彼等の顔は必然と記憶に残るものだ。そこに立っていた小柄なレオンドラ星人男性は、額に大きな傷があれど見紛う事なく八賢者の一角だった。

 表情に驚きを隠せなくなったオクタヴィアに気付いたのかレオナルドは彼女にチラリと視線を投げるとタクミの方に尋ねた。


「社長。ご結婚されたんですか?」


「? あぁ、失礼。彼女は秘書のオクタヴィア・ランドール君。優秀な子だよ」


タクミはそう言ってオクタヴィアを紹介すると、レオナルドは礼儀正しく彼女の前にも手を差しだしてきた。


「はじめましてミス・ランドール。レオナルド=ジャック・アゴストと申します」


「ぞ、存じ上げております……八賢者とお会いできたことを光栄に思います。アゴスト卿」


「卿はよしてください。今はしがない宇宙海賊ですよ」


緊張した面持ちで手を握るオクタヴィアを見てレオナルドは小さく笑う。八賢者となれば既に四十過ぎの年齢だろうが、その笑顔はまるで少年のように幼かった。


「あ、あの……アゴスト卿は現在行方不明と聞いておりました……な、なぜこのようなところに」


オクタヴィアは恐縮しながら誰もが抱く疑問を投げかける。しかしレオナルドは嫌な顔一つ見せずに口を開いた。


「僕は元々宇宙海賊ですからね。軌跡先導法を踏まえると、元犯罪者がダンジョウさんの近くでウロウロするのはあまり世論的にもよくないかと思いまして」


「だからこうして身を隠しながら陛下のお力になってくださっているという訳だよ。さてそろそろ中に案内してもらえないかな? 実は喉がカラカラでね」


タクミが補足を告げながら先ほどオクタヴィアから受け取ったハンドタオルで額の汗を拭う。その様子を見たレオナルドは小さく笑いながら頷いた。


「失礼しました。どうぞ」


 要塞内を歩くタクミとレオナルドに従ってオクタヴィアは二人の背後から会話を聞き逃すまいと耳を澄ませた。盗み聞きのような行動だが、帝国内でも有数の影響力を持つ二人の会話となれば彼女でなくとも興味が沸いただろう。


「そういえば宇宙船からヴェーエス星を見たよ。状況は相変わらずみたいだね」


「外から見ると変わらないでしょうね。ですが乱気流は徐々に弱まっています。有識者の計算ではあと一年で降りることが出来る可能性が出てくるそうです」


「へぇ。……降りる予定があるということは……」


「ええ。明らかにエネルギー反応があります。デセンブル研究所にある()()()()()()は生きているようです」


「なるほど。……ノヴァ・ホワイトの遺産か」


「それを言うならばオドレー=マルティウス・ガウネリンの遺産というべきでしょうね」


「(……オドレー=マルティウス・ガウネリン? ……帝国初代女帝の遺産?)」


オクタヴィアは思わず眉を顰めた。三千年以上前の人物の話など、彼女からすればお伽噺のようなものだったからだ。しかし、オクタヴィアの戸惑いを他所に二人は話を続けた。


「それに、マイナスなものだけではありません。あそこには未だ解明出来ていないシャインさんが製造したBEのオリジナルフレームが残っている……」


「そうだね。シャインさんも無事だといいんだが……そういえばアゴスト君にも娘さんがいたね? 確かハンナちゃん。だったかな?」


「ええ。戦災孤児の子を養女にしたんですが……先の内戦で」


「そうか……シーベル君が君に顔を合わせ辛いのはそう言う背景があるのかもしれないね」


「彼を恨んだりはしませんよ。彼の指揮下で命を落とすという事は、よほど運が悪かったか命令違反をしたというだけです」


「戦友との絆は親子の絆も超えるか……少し君たちが羨ましいよ」


聞き覚えの無い情報だらけでオクタヴィアの頭は追いつかない。

彼女たちが歩く通路の窓からは未だ乱気流で乱れるヴェーエス星がボンヤリと浮かんでいた。

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