第19話『You can't judge a book by its cover. 』
【神栄教民主共和国 衛星ザルディアン 居住ドーム 公園】
≪AM11:50≫
エアーシステムを利用した遊具、安全対策のためのクッション、そしてはしゃぐ子供達とそれを見守る笑顔の親。そんな寒気がする程の平穏に溢れる場所は昼前の晴天下における公園しかない。
そんな健全なる子供達の憩いの場のベンチに、ド派手なサングラスと際どいホットパンツ姿のメアリーが生足を組んで座っていた。彼女はベンチに腰掛けながら天を仰ぎ、雲の更に先に見えるドームの屋根を眺めていた。
「……オ」
天を仰いでいたメアリーは視線だけを動かし、公園に足を踏み入れた人物を捉える。その雰囲気とスキのない動きは、メアリーとは別の意味で公園という憩いの場に似つかわしくなかった。
「(……あレ……?)」
徐々に歩み寄ってくる人物を見て、サングラスの奥に隠れているメアリーの目が僅かに歪む。
本来であれば姿を知りえない文字のみのチャットルームだが、メアリーだけがその場にいる面々の姿を知り得ている。そんな彼女が今日会おうと約束したSRというハンドルネームの人間は、神栄教には珍しく砕けた雰囲気の人物だったのだ。しかしそこに現れたのは、盗み見た軽い雰囲気とは真逆の堅苦しい人物だったのだ。何より、雰囲気だけに留まらず、盗み見たSRと全く同じ顔をしていながら違う髪形をしていた。
「キャタピラさんやな。どうもSRどす」
剃髪された頭を輝かせ、キリッとした表情でそう告げる人物にメアリーはニコリと微笑みかける。そして目に出るであろう下心をサングラスで隠したまま、その人物を下から舐めるように見つめた。
「(ふーン……結構タイプ)こんにちハ。でもちょっと違うのォ。名前ばキャタピラさんじゃのおてキャタピラちゃんじゃけン」
「さいでっか。せやけど初めて相まみえた以上、敬称ば付けるんが礼儀かと思いまして」
「そがんじゃったらキャタピラちゃんさんじゃネ」
揚げ足を取り微笑むメアリーとは対照的に、SRを騙る人物は一本取られたといわんばかりに少し表情筋をピクリと動かした。
僅かに見せる悔しそうな雰囲気はマゾヒストでありサディストのメアリーを少し興奮させる。彼女はそんな性癖すらサングラスで隠したつもりで言葉を続けた。
「マ、立ち話もなんじゃけン。隣り座リ」
「いや、あんまり時間もありまへんので……」
「なんねそレ? これから二人っきりになれる所であんな事やこんな事ばしようて約束したじゃロ?」
できる限りの艶っぽい表情でメアリーは再び微笑む。そんな彼女の冗談は効果覿面だったのか、SRは「なっ!」と言葉にならない声を発し、顔を紅潮させながら硬直していた。
「……ブフッ!」
まるで漫画のようなリアクションを見せるSRを騙る人物を見てメアリーは思わず吹き出してしまった。
周囲の親子連れの目を引かぬよう声を押し殺しながらメアリーは頭頂部の耳をパタパタと動かしながら一頻り笑う。そして、無駄に分厚いサングラスをようやく外すと、目尻の涙をそっと拭った。
「冗談ばイ。ムククク! 顔ば赤うして可愛いのゥ?」
「……人をからかって楽しおすか?」
赤面から瞬時に神妙な表情に戻りながらも、少しバツが悪そうなSRを騙る人物は不貞腐れたように目を吊り上げる。
見方によっては少し口を窄めたように見える表情を、メアリーは満足気に眺めながら小さく首を傾げた。
「気ぃ悪ぅしたんなら謝るわイ。ばってン、初対面時はちょっとくらいの冗談があるほうがええと思ったんヨ」
「そがん気遣いは無用どす。神栄教の教えは全てを受け入れることにある。貴女がどないな人でっしゃろうと真実のまま仰ってくれはったらええんどす」
「ふーン。そんじゃったラ、ちゃぁんと話してくれるんやネ? どぎゃんして本物のSRちゃんの代わっテ、ここば来たんかっちゅうことヲ」
メアリーはあっさりと真相に踏み入るような言葉を投げかける。その言葉にSRを騙る人物は目の色を変えると、ようやく彼女の隣に腰を下ろした。
「……よう気付かりはりましたな」
「文字だけの会話でモ、そん人ば特徴くらいは分かるもんじャ。デ? なして身代わりになんかやっちょるン?」
メアリーの内心は二つの感情があった。
一つはここに居る偽物と本物の関係性である。その顔立ちから見るに恐らく双子ないし兄妹だろう。しかし血縁がありとてこのような替え玉を請け負うというのは少し胡散臭い。
そしてもう一つ感情は神栄教の内部にいる人間であれば、内部の情報を聞き出すことが出来なくもないという賢しい企みだった。
そんな彼女の内情など知るはずもないSRを騙る人物は背筋を正したまま口を開いた。
「SRっちゅうのはウチの弟どす。せやけど悪さして叱られとるもんで代わりにウチが。キャタピラはんを騙すような形になったんは謝らせてもらいます」
「ふーン……悪さって何しよったン?」
「礼拝の時間も守らんと遊び惚け、このジュラヴァナ訛りも矯正し始めとります。どうもあん子ば神栄教の教えを疎かにしとる……ウチ等の今があるんは神栄教の……教皇猊下のおかげやいうのに……」
「今の自分があるんも神栄教のおかげっちゅうんは言い過ぎじゃロ?」
ケラケラと笑いながらメアリーはまたしても揶揄うようにそう告げる。しかし振り返るとSRを騙る人物はジュラヴァナ星人特有の大きな瞳でジッと睨みつけてきていた。
「ウチ等は戦災孤児どす。ホンマの父と母は神栄教の教えを捨ててクリオス星で暮らしとりました。せやから罰が当たったんどす。あの羊海炎上戦……あん内戦で二人は死に、残されたウチと弟は荒れ地をさ迷っとるところを教皇猊下である父上と、枢機卿である母上に拾われたんどす」
「へェ……そがんことがあったんじャ。知らんかったとはいえ変に否定して悪かったネ」
「いえ、分かってくだされば」
「ばってン、一遍救われたからってそれが全てっちゅう考えは視野ば狭いと思うけド」
メアリーはそう言ってほくそ笑むと、体ごと横に向けて少し怪訝な表情を浮かべるSRを騙る人物に向かって口を開いた。
「そうじゃロ? 結局君が信じとるんは自分で探したんとちゃウ。与えられたもんば信じとるだけじャ」
メアリーの言葉にSRを騙る人物は明らかに気分を害していた。しかし怒らぬことが美徳と考える愚者なのか、SRを騙る人物はそっぽを向くようにメアリーから視線をずらした。
「……さいですか。せやけど神栄教の教えは目に見える幸福と心理をもたらしてくれる。これは事実どす」
「目に見えるもんが全部真実とは限らんけんネ。そん証拠がこれじャ」
メアリーはそう言って両手で右足を掴む。そしてSRを騙る人物が見ていようがいまいが関係なしに、自らの膝を逆方向に折り曲げて義足を取り外した。
グロテスクな光景にSRの替え玉はその大きな瞳を見開く。その表情に満足したメアリーは再び義足を太ももにはめ込んだ。
「どうネ? 目に見えるもんが正しいとは限らんじゃロ?」
「……そ、それは少し論点が違うんちゃいますか?」
「一緒じャ。目に見えとることと中身は違ウ。そうじャ! 君は私が女の子じゃと思うじゃロ?」
メアリーは思いついたようにそう告げると、SRの替え玉は少しあっけにとられながらも少し考えるようにつぶやき始めた。
「それは勿論……いや、ま、まさか男性? いやしかしどう見ても……」
ぶつぶつと呟きながら考え込むSRの替え玉を見て、メアリーは満足気に胸を張って立ち上がった。
「残念! どっちもハズレばイ! 正解はお腹ん中ばおる時に下半身の殆どが無くなって性別ば決まっとらんでしタ!」
呆然とするSRの替え玉を他所にメアリーは端末を取り出して時間を確認した。
時刻はすでに正午を過ぎている。ここに来る前にリオから連絡が入り、ランチMTGを持ち掛けられていた。食とあっては無視できないメアリーからすればそろそろ帰らなければならない時間になっていた。
「さテ、そろそろ帰るけン。替え玉君、本物のSRくんによろしくネ」
メアリーはそう言って背を向けて歩き出す。すると背後に座っていたSRの替え玉が立ち上がり声を上げた。
「シャオロンどす」
その言葉にメアリーは振り返る。するとそこに立っていたシャオロンは初めて笑顔を見せた。
「シャオロン・ルネモルン。神栄教のザイアン隊に入るのを目指しとります。せやけどキャタピラはんの話をお聞きして……もう少し見聞を広げようと思いました」
「ン。頑張るといいわイ。ア、名前ば教えてくれたけン、私も名乗らんとネ。私ん名前ばメアリー・ブランド・ガンフォールばイ。誰にも言わんといてネ」
メアリーはそう言って笑いそうになる。まさか日に二度も自己紹介をするとは思っていなかったからだ。
そんなメアリーの心情を察することなく、シャオロンは微笑したまま小さく頷いた。
「覚えときます。あとウチからも問題を一つ……ウチの性別は分かりますか?」
「エ? うン。女の子じゃロ?」
さも当然のようにメアリーはそう告げる。その頭髪や振る舞いから男性を装っていたであろうシャオロンは、思いがけない正解に少し面食らっていた。




