第10話『Fight fire with fire』
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【フマーオス公国 フマーオス星 首都ゲリオン 星王官邸】
≪AM24:05≫
星王の住まいでもある官邸はどこか不思議な構造をしていた。外面は白い土壁に覆われ、備え付けられている設備も手動のものが多い。王宮の割には質素な造り廊下を歩きながらトーマス・ティリオンは少し胸を撫で下ろしていた。
「思ったよりも時間が伸びたが、実に有意義な会談だった」
トーマスがそう告げると彼の後ろに続く秘書官達は力強く頷く。彼が厳選した思慮深いフマーオス人の秘書官達は、全員がトーマスの気持ちを理解し、星王であるランジョウを敬う心を持っていたのだ。
頼もしい秘書官たちを引き連れて歩く中、トーマスの目的地である大きな扉が開く。すると中から、秘書官達とは対象的に情けない表情を浮かべる男が姿を表した。
「おぉ! 丞相閣下! これはこれは!」
情けない表情からすぐに笑みに切り替えた男はペコペコと頭を下げながら歩み寄ってくる。そんな彼に呆れたような溜息を付きながらトーマスは立ち止まった。
「グルーパー外務大臣。話は聞いていますよ」
「はい?」
トーマスの言葉にニードル・グルーパーは身体を強張らせ、絵に書いたようなギクッとした表情を浮かべる。そんな彼にトーマスは秘書官の方に手を差し出すと、一人が端末を差し出してきた。
「ジュラヴァナ星とのやり取りが抜き取られた形跡あるそうですね」
「いえ、その、まだ抜き取られたと断言するには……」
楽観的な推測を口にしながらしどろもどろするニードルにトーマスは追い討ちをかけるように更に言葉を連ねた。
「それだけではありません。我が国の船団がジュラヴァナ星に向かう際、高度なジャミングが起きていたそうです。そのせいで未確認のBEの接近に気付くのが遅れたとか。前日に貴方が許可した成層圏での花火が原因のようですよ?」
「ぜ、前夜の成層圏での会合は有力者の中でも人気があり……」
あまりにもズレた言い訳にトーマスは溜息をつく。彼は元々悪い人間ではない。むしろ国民の安寧を重んじ、多少であれば必要悪によるガス抜きにも目をつぶる度量の深さもある。そして何よりもこのフマーオス星の星王となったランジョウを敬愛してやまなかった。唯一の欠点が仕事ができないことだっただろう。
トーマスはどうも憎めないその男に溜息を付きながらそっと肩を叩いた。
「大臣。神栄教と我が国の繋がりを帝国に知らしめるには時期尚早です。慎重な行動をとっていただかなければ困ります」
「はい……」
「次回からは部下の方々と相談し、その上で私か陛下にご連絡いただければと思います」
「申し訳ございません」
「では、私は陛下にご報告することがありますので失礼します」
「は、ははっ!」
深々と頭を下げるニードルを横切り、トーマスは星王の間に繋がる扉に手をかざすと、彼の生体を認証して扉がゆっくりと上昇していった。
質素に見えていた官邸だが、星王の間と呼ばれるその一室と、その先にある王の居住区画は最新鋭の設備が整っていた。王の居城区画内において最も手前にある謁見の間にある玉座にはゴーグルを装着した彼の主君が鎮座していた。
「会議ご苦労であったな丞相」
「恐れ入ります。ランジョウ=サブロ・ガウネリン星王陛下」
トーマスはそう告げて片膝をつくと、ランジョウはゴーグルを外した。すると彼は優しく微笑みながら玉座の隣に立つ従者にゴーグルを差し出すと、入れ替わるようにタブレットを受け取って何かの書類にサインをし始めていた。
「このままの計画で進めてくれて構わん」
ランジョウはそう言って微笑みながら従者にタブレットを差し出す。その優しい笑みに従者の美女は文字通り恋する乙女のように頬を染めながら受け取った。
従者の美女に微笑んだままランジョウはトーマスにチラリと視線を投げると、彼にねぎらいの言葉をかけてきた。
「ああトーマス、楽にしていてくれ。すまないな。交通大臣から大陸間列車の件で相談されていたのだ。少し休憩だ。皆にそう伝えよ」
ランジョウがそう告げると従者の美女は「承知いたしました」と言って頭を下げると、後退りしながら玉座の間を去っていった。
従者が部屋を出た瞬間、僅かに静寂の間が広がる。そして確実に二人きりになったと確認したのか、ランジョウは肘掛けに足を乗せ、首に巻いていたスカーフを緩め始めた。
「余所行きの態度はやはり息が詰まるな」
「心中お察しいたします」
トーマスがそう告げて頭を下げるとランジョウはサイドテーブルの引き出しを開け、中から琥珀色の酒が入ったボトルとグラスを二つ取り出した。
「卿も付き合え、この星に来てから余にはコレしか楽しみが無い」
ランジョウは苦笑気味にそう告げるとトーマスは小さく微笑みながら歩み寄る。そして彼からグラスを受け取り皇帝から直々にお酌を賜った。
「酒に関してはこの星の数少ない自慢だろうな」
「全く同意いたします」
トーマスは両手でグラスを持ちながらランジョウが注ぐ酒を受け止める。グラスの半分が満たされたところでランジョウは次に自らのグラスに酒を注ぐと、グラスを前に差し出してきた。トーマスはグラスを小さく掲げると、二人は同時に酒を一口含む。
口に含むのは僅かな量でも、口内には果物と樽の香りが仄かに広がる。その見事な出来栄えにトーマスは小さく息をつくが、酒豪のランジョウは半分以上を一気に飲み干してすぐさま仕事の話を始めた。
「……グルーパー外務大臣の件は聞いているな?」
「はっ……帝国側には既に我々の魂胆は気付いている可能性が高いかと」
トーマスもまた表情を切り替えて答えると、ランジョウは少し難しい表情を浮かべてから肘掛けに乗せた膝の上で指を遊ばせた。
「帝国の連中が気付いたとしても確証はない。故に神栄教と言う聖地にむざむざ軍を送る事はなかろう」
「ええ、仮にダンジョウ様がそう命じてもラフォーレ宰相が止めるでしょう」
トーマスの同意にランジョウは自らの推測に誤りが無いと確信したように頷く。そしてすぐさま次の話題に切り替えた。
「して? 今し方あったというタクミ・マウント、メルティ・ルネモルンとの会議は如何様であった?」
「はっライオット・インダストリー社のマウント社長より新型BEエネルゲイアの試作依頼、そして設計図を譲渡されました」
「ほう……」
ランジョウの目の色が変わる。その深紅の瞳を見つめながらトーマスは話を続けた。
「新型はザルディアンに向かっています。現在ザイアン隊と交渉に当たっているベアトリスに試作機を受け取らせ、受領後にすぐさまこちらへ戻すべきとご進言いたします」
「相分かった。そのようには図らえ」
ランジョウはそう言ってグラスを傾けて空にすると、再び琥珀色の液体を注ぎ込む。トーマスもまたグラスに少し口をつけてからランジョウに尋ねた。
「タクミ・マウントの考えをどのように思われます?」
「分からん。あの狸は全員が思う以上に商人だ。だが、我が愚弟にとって不利益になるような真似をするほどの軽薄さは持ちえていないと思っている」
「……ではこの新型には何か秘密が……」
「そう考えるのが必然であろう。だが設計図が手に入る以上、こちらにもやりようはある。今、警戒せねばならんのはこちらのBEだ」
ランジョウはそう言ってサイドテーブルの機器を操作すると、数日前にフマーオス公国軍の艦隊を襲撃した帝国専用BEの立体映像が玉座の前に浮かび上がった。
トーマスが艦隊の襲撃映像をしっかりと確認したのはこの時が初めてだった。粗削りながら突拍子のない動きと、時折見せる古武術に近い動きを見せるBEをみてトーマスはどこか懐かしさを感じていた。今は亡きかつての同志であるクヌカ・バーンズの流派に似た動きを感じたのだ。しかし、しばらくしてそれも当然であるとすぐさま頭の中で切り替えた。
「この帝国専用BEの詳細は?」
ランジョウは立体映像から目を離すことなくそう告げると、トーマスは改めてランジョウの方に向き直った。
「はっ。調査委員会より報告がありました。轟沈された船のボイスレコーダーからシャドー・ウルフズという組織によるものと考えられます」
「シャドー・ウルフズ? 知らぬ名だな」
「帝国にある民間軍事組織です。船団襲撃前夜のジャミングだけでなく、それ事前からハッキングによる入念な工作活動が行われておりました」
トーマスの説明にランジョウは感心したように目を細めながらも表情を歪ませた。
「ほう……船団を崩壊させたBEの着用者の実力はさることながら、ジャミング機能を織り交ぜた見事な爆薬と計画遂行力、工作活動を行ったのも同一人物が神栄教との通信記録を奪っているに違いあるまい……相当な集団だな……そのシャドー・ウルフズとやらの指揮官は?」
「カンム・ユリウス・シーベルです」
トーマスはそう言って先程の懐かしさの正体を噛み締める。クヌカ・バーンズと同門であるカンム・ユリウス・シーベルが指揮官となれば、その指導を受けたものがBEを着用していると考えるのが必然だったからだ。
そんなトーマスの心の整理などランジョウに関係がある筈もなく、彼は別の意味で納得したように眉を顰めていた。
「やはりな……愚弟め……軍の外に動かせる部隊を作っておいたか……いや、奴にそのような計画が立てられるはずはない。恐らくシャイン=エレナ・ホーゲンの差し金か」
ランジョウが出したかつての上官での名前にトーマスはまたしても懐かしい感情に包まれる。今や行方が知れないシャイン=エレナ・ホーゲン……それは帝国内だけでなく、神栄教、ローズマリー共和国、そしてこのフマーオス公国内でも第一級の重要人物として知られていた。
「陛下、やはりシャイン=エレナ・ホーゲンの捜索に一層の力を入れるべきかと」
トーマスの進言にランジョウは揶揄うような笑みを浮かべて鼻を鳴らした。
「卿、コウサ、そして我が愚弟……随分と人気があるものだな」
「彼女を引き入れれば勝利への道が大きく開けます。その事は陛下も重々にご承知の筈」
「分かっている。だが、彼女がどこにも属していない今こそがチャンスとも言えるのだ。その為に今はどのような手を使ってでも国力を上げ、相手の力を削ぐ必要がある」
「その為に地下にいるスカーフェイスを囲っているのですか?」
トーマスはそう言って少しハッとする。明らかに苦言とも言える口調でそう告げてしまったからだ。主君に対して不遜な態度を取るのは彼にとって不本意以外の何者でもなかった。
しかしトーマスのそんな悔恨を他所に、彼の苦言ともとれる言い方に対してランジョウは不機嫌になる訳でもなくまたしても苦笑を浮かべるだった。そして彼の心中を察しているのか、ランジョウはニヤリと微笑みながらボトルを手に取りトーマスに向けた。
「気になるか?」
まだ十分に満たされている自らのグラスを見て、トーマスは注ぐだけの余裕を作るため、一気に飲み干してから再びグラスを差し出した。
「あの男は危険です。いずれは陛下にとって厄災を齎すように思えてなりません」
トーマスの言葉にランジョウは久しく薄い笑みを浮かべる。それはラヴァナロス星のシルセプター城でよく見ていた何かを企む笑みに他ならなかった。
「ククク……卿の勘は信用している。しかし案ずるな。スカーフェイスには使い道がある。何より、この星が帝国を打倒するには多少の劇薬は必要なのだ」
「毒を以て毒を制す。ですか」
トーマスの言葉にランジョウは頷く。そして自分のグラスにも酒を注ぎ込んだ。
「そのためにも今は奴を利用し、さらに神栄教と手を結ばねばならん……」
「過激な先手ですな……」
「フ……卿も余がハーレイ=ケンノルガ・ルネモルンと同じと思うか?」
ランジョウの言葉にトーマスは苦笑して小さく頭を振る。帝国内ではランジョウのやり方を大罪人であるハーレイと同じだと揶揄する声が少なからずあったのだ。
「仮に同じだとしても、陛下とあの男では志が大きく違いましょう」
トーマスの言葉にランジョウはフマーオス公国の民には見せない怒りに満ちた表情へと変貌させていった。
「そのとおりだ……軌跡先導法……人間の尊厳を踏みにじるような帝国など余の手で滅して見せよう……フッ……少し酔いが回ったようだ」
ランジョウは再び柔和な表情に切り替えると、グラスを額に当てながら小さく深呼吸をする。そんな彼の固く強い決意を聞きながら、今一度心に決めた決意をトーマスは思い返していた。
人間の可能性と自由を信じるランジョウ。彼の目的は今やトーマスにとっても最大の夢になっていたのかもしれない。
次回
第11話『Where there's smoke, there's fire.』
2月11日(土)AM10:00
更新予定




