第7話『3+1』
毎週土曜日AM10:00に最新話を公開中
【星間連合帝国 衛星ジオルフ 帝国軍駐屯基地前の小さな通り】
≪PM20:11≫
海陽も落ちたというのに気温が下がる気配はない。むしろ日中に熱を温存していたかのように地面からは地熱が放出され、ジメジメした嫌な暑さが辺りを覆っていた。しかしアークはそこまで暑さを感じていない。初対面の女性に蹴られた頬に氷を当てていたおかげで体温の上昇を抑えられていたからだ。
「あー痛いなぁ……何でこんな目に遭わなきゃいけないのかなぁ……蹴られるほどの事だったかなぁ……」
アークはあてつけ同然にそう告げると、見事なハイキックを撃ち込んできた張本人である少女はアークの前方を歩きながら言葉だけを返してきた。
「だから何回も謝ったじゃん。それとそっちにも反省するところがあるの忘れないでよね。こっちは監査先の軍事企業に変態がいるなんて聞いてないんだから」
「あ、変態じゃなくてせめてスケベにして」
「何の拘りよ……」
そう言って彼女は笑みを浮かべながら振り返ると、上空3m程を漂っていたドローン式の街頭が彼女の髪を照らす。その奇抜なピンクのインナーカラーも微笑む彼女がまとえばどこか様になっていた。
帝星ラヴァナロスの最終防衛ラインである衛星ジオルフには、アーク達のようなティーンエージャーは少ない。高級住宅街に並ぶ家並みは軍上層部の住宅や富裕層の別荘であり、平民街に暮らすのもほとんどが軍関係者である。軍関連以外の人間も惑星に降りることが許されない混血人種ばかりだった。だからこそアークにとって同世代の少女との出会いは新鮮だった。
「お姉さん。軍人さんでしょ? 若いのにご立派ですなぁ」
「士官学校出れば軍入りなんてすぐだよ。というかそのお姉さんって呼び方やめて。君が言うと安い飲み屋で働いてるバカな女みたい」
少しむくれたような表情を浮かべる少女にアークはケラケラと笑う。
「今安い飲み屋とバカな女性陣全員を敵に回したね」
「職業差別じゃなくて人格差別だし。私が言ってるのは安い飲み屋のバカな女って言ってるんだもん。飲み屋で働く女の人をバカにしたんじゃないからね」
「ぐぬ。政治屋並の屁理屈」
「物は言いようって話。言葉の奥まで読み取れなきゃ聞き手や読み手の知性が足りないって言い返せるんだから」
「そんだけ舌が回ればお姉さんは高級店ので働けそうね」
「私に限らず練習すれば人間に出来ないことなんてないと思うよ? アーカーシャ・デュラン君」
リオはそう言ってニッコリと微笑む。
軌跡先導法によって職種が定められる中、彼女の最後の言葉には強い自由性が見え隠れしていた。アークは直感的にそんな事を思いながら振り返るリオの笑顔を見つめる。すると彼女は急に表情を切り替えて立ち止まり、ゆっくりとアークの隣りまで移動してきた。
「何? どしたの?」
急にただならぬ雰囲気を醸し出したリオに尋ねるが、彼女はアークの方に振り向きもせず、視線を後方に向けたまま自らの腰に装着しているホルスターに手を廻した。
「後を着けられてる。人数は二人。心当たりは?」
ボソリとそう告げるリオの言葉にアークは堂々と振り返って暗闇の中を凝視する。そして納得したように再びリオに視線を戻した。
腰のホルスターに収まるブラスター銃にかけられたリオの手と彼女が身につける軍服とは思えないスカート、そしてスカートから伸びる少しムチッとした太腿を今一度凝視してからアークは声を上げた。
「おーい! もうバレてるってー!」
急に声を上げたので驚いたような表情を浮かべるリオをよそにアークは堂々と手を振る。すると観念したような二種類の声が二人の耳に届いた。
「こげんすぐにバレるんはエッちょんの香水がきついからじゃろ」
「否定だね。むしろ明らかに歩きなれていないメアリーの足音のほうが問題だと思うが?」
いたずらっぽい会話が響く中で、空中を舞うドローン式の街頭が二つの影を映し出した。そこに現れたエルディンとメアリーの姿を見たアークは、リオには見せない安堵の表情を浮かべて二人の方に歩み寄る。そして未だに少し腫れている頬を指差しながら告げた。
「二人共覗き趣味に目覚めたの? だとしたら悪趣味だね。見てよ? 相手はSM好きの女王様よ?」
アークは人差し指で自らの頬を、そして同じ手の親指で後方のリオを指すと彼女は憤慨したように声を上げた。
「ちょちょっと! 私はそんなアブノーマルな趣味ないし!」
初対面の人間にあらぬ噂を立てられるのは彼女も心外なのだろう。リオは先程とは打って変わって少し慌てた様子で否定するが、アークの前にいるメアリーは目を少し見開き、頭頂部の耳をはためかせながら微笑んだ。
「おねーさん大丈夫じゃけン。アッちょんが言うんは全部ジョークじゃロ? 私ばすぐにおねーさんが真っ当な人じゃと分かったけン。ア、自己紹介がまだじゃったネ。私ん名前ばメアリー・ブランド・ガンフォールばイ」
メアリーはそう言ってリオの脚から胸にかけて舐めるような視線を投げつけて舌なめずりをする。そして握手という名の性的接触目的に生身のものと変わらない手を差し出した。
異性愛者ならば性的な視線を向けてくる同性に対してはどことなく躊躇するものだ。それが初対面なら尚更である。しかしリオはそんなメアリーの視線に気付いていないのか、もしくはアークの言葉がしっかりと否定されて受け取られた事に安堵したのか何の疑惑も持つことなくメアリーの手を握りしめた。
「こんばんわ。私は帝国軍監査部のリオ・フェスタ予備少尉です。本当は明日からなんだけど一日早く今日からシャドーウルフズの監査役に入ります。よろしくね。……というか、貴女その手……」
握った瞬間に違和感を感じ取ったのかリオは怪訝な表情を浮かべる。するとメアリーはケロッとしながら手首部分の皮を剥ぎ取った。
「あァ。義手なんヨ。因みに右手だけじゃなしに四肢全部ネ。でもしっかりとおねーさんの手の感触ば感じ取るけン。綺麗で握り心地の良か手じゃワ」
一部だけ剥ぎ取られた手首の皮の下にはアークにとって見慣れた金属腕が見えていた。初めて見る人間にとっては少しグロテスクな光景であると察したのか、メアリーはリオの手を離すと、懐からスプレーを取り出して皮を剥ぎ取った手首に吹きかけた。
ナノ粒子の人工皮膚が入ったスプレーによってメアリーの手首はあっという間に元通りの皮膚に戻っていき、元に戻った手首を見せながらメアリーはニコリと微笑みかける。すると、その光景を見ていたエルディンは彼女の笑顔とは対象的な口調で言葉を発した。
「監査役が来るとは聞いていたが、まさかこのようなお嬢さんとはな。帝国軍も随分と人手不足なようだ」
腕を組みながらそう告げるエルディンは呆れた様子も様になっていた。
先制攻撃とも言える皮肉に対してリオはキリッとした表情で迎え撃ち、毅然とした態度でエルディンに歩み寄った。
「優秀であれば若くてもこういう任務を任せられるの。それで納得してくれる?」
「随分と自信アリげだね。威勢のいい人間は嫌いではないが、実力が伴っていなければ身の程知らずになる。それを自覚しているのかな?」
エルディンはニヤリと微笑むとリオもまたその挑戦を受けて立つと言わんばかりの笑みを浮かべた。
「分かってるよ。そしてそれは君がこれから判断すればいいよね」
「いいだろう」
エルディンはそう言って表情だけは笑顔を保ったまま手を差し出した。
「エルディン=ネメシス・ミュリエルだ。くれぐれも僕やメアリー、そしてそこにいるアークの足は引っ張らないようにしてくれ」
「頑張るよ。君も私の監査に引っかからないようにちゃんとしてね」
「フフフ。いいね。気に入ったよ」
不敵に笑う表情も美しいエルディンに一瞬見惚れたリオだったが、ハッとしたようなアークの声に我に返った。
「あ、お前今アークと書いて馬鹿と呼んだだろ」
アークのツッコミをよそにエルディンはリオの手をそっと離すと、彼女に向けたものとは別の笑みでアークに微笑むと基地に向かって歩き始めた。
「小さいことに拘るのは男を下げるよ。さっさと行こう。こちらは素敵な出会いを無理やり切り上げてきたんだ」
「逆売春を綺麗に語るんじゃないよ。あ、そういえばお土産は?」
「あの短時間でそこまでねだれるほど僕も強欲じゃない」
「そがんこつよりも少尉ちゃン。今日の仕事ばどういう事? いつもならガレージの方で説明されるんじゃけド、何でか基地まで呼び出されたんヨ」
「ああ、今日は結構大きい任務だらしいからね。詳しくはみんなの上司から……」
再び歩き始めた瞬間にリオは足を止める。急な停止にアークは「どしたの?」と振り返り、エルディンとメアリーも何事かとリオに視線を投げる。
「いや……何か大事なこと忘れてるような気がして……」
立ち止まったリオはそう言って首を傾げながら考え込むと、やがてハッとしたように顔を上げた。
「……ん、ブランド? ガンフォール!? ミュリエル!?」
エルディンとメアリーの名字を叫びながらリオは二人の顔を交互に視線を投げると続け様に驚嘆の声を上げた。
「え!? それって八賢者の名字じゃん! 何それ!? 偶然!?」
驚愕の表情を見せるリオなど興味なさげにエルディンはあっさりと自らの素性を告げた。
「偶然なものか。僕の母の名前はイレイナ・ミュリエルだ」
「ウチの父親ばブランドファミリーで母親ばガンフォールの人間じャ」
「あ、俺の親は一般人とクズ野郎だからお構いなく」
偉大な両親を持つ二人の素性のオチに自らの自虐を込めたアークはケラケラと笑うが、リオの驚愕の表情は変わらなかった。
人知れぬ道端で集結した三人と一人の出会い。この他愛もない出会いが後に帝国を崩壊させるきっかけとなろうとはこの時、誰も知る由がなかった。
1月22日(土)AM10:00
第8話『三者三様』
更新予定




