第4話『それぞれの前夜 前編』
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【星間連合帝国 衛星ジオルフ 平民街 某ガレージ】
≪PM18:30≫
民間軍事組織シャドー・ウルフズの本社となるガレージハウスの間取りは実に分かりやすい。外に繋がる大きな扉以外の壁は窓一つ無い壁に覆われており、扉とは逆方向の壁にはカンムとミヤビ以外立入禁止の研究スペースがある地下へ繋がる階段とバスルーム、トイレが備わっている。
ガレージ内のメインルームは野ざらしの地面となっていて、そこには様々な機器と簡易キッチンスペースが無造作に置かれていた。吹抜けとなっている高い天井からは制作意図のよく分からないマシンが吊るされており、そこから見える二階には七つの個室の扉が見えた。
二階にある扉の不気味な音を立ててゆっくりと開くと、ただでさえくせ毛なのに寝ぐせでボサボサになったアークが眠そうにダラダラと出てきた。
「……あー……超寝た」
知性を感じられないセリフを吐いたアークは吹き抜けからガレージを見下ろしながら階段を気怠そうに降りた。
ガレージ中央にある歓談スペースのドーナツ型ソファに腰を下ろしていたエルディンは起きてきたアークに気付いて視線を上げたが、まるで何事もなかったのように手にしているタブレットに視線を戻して口だけを動かした。
「十三時間睡眠か。寝すぎると寿命が縮まるという論文があったらアークは睡眠時間を減らすと思うかい?」
エルディンの問いに右隣に座るメアリーはジャンクフードを口いっぱいに頬張りながら首を振る。そしてカップのジュースを飲み干してから答えた。
「寝るのとエロを取ったらアッちょんに何が残るン?」
「言い得て妙だ。そしてそれは君から食欲と守銭奴っぷりを奪うのと同義だな」
「ウチにはハッキングっちゅうスキルが残るバイ。エッちょんも魔性を取っても火薬スキルが残るんと一緒じゃネ。ばってン、アッちょんば何も残らんバイ」
階段から降りながら二人の辛辣な会話を聞いていたアークはまるで興味なさげに「腹減ったー」と言いながらテーブルに辿り着くと、無数のジャンクフードの残骸を見てしかめっ面を浮かべた。
「寝起きでジャンクはキツイ。もっと消化にいいモンない? この前の仕事のお金入ったんでしょ?」
その言葉にメアリーは再び首を振った。
「まだ入っちょらんけン。こいもボスのポケットマネーで買ってきたんじゃヨ」
何気なく告げるメアリーの言葉にエルディンは顔を顰めた。
「ボスの金だと……この上なくキナ臭いな。そしてアーク。今の君に必要なのは飲食より入浴だ」
「あれ? 臭う? まだ五日目くらいなんだけど」
「もう五日目だ。そしてこのジャンクフードについてだが、金欠の我々にとって高級品であることを忘れるな」
「1あったやる気ゲージがたった今0になった」
エルディンの言葉を聞いたアークは気の抜けた表情でエルディンの左隣に寝転がった。
ソファの上で妙な振動を感じたアークは寝返りを打って片目を開ける。テーブルの下ではメアリーが義足を付けていない左腿を貧乏ゆすりしていた。その振動に耐えようとしてみるが、アークは諦めたように上体を起こしてメアリーに視線を向ける。しかしアークよりも先に彼女の方が早く口を開いた。
「そういえばアッちょン。フマーオスからの帰りにBE分解させて返ってきたじゃロ? ミヤ姉がまた組み立てんといけちゅうて面倒くさがっちょったヨ」
出鼻を挫かれたアークはソファに普通に腰掛けると、不満気な表情を浮かべる。
「壊れたんだしどうしようもないでしょ……大体もうボロ過ぎんのよ。そういえばそのミヤさんは?」
アークはガレージ内を見渡すとエルディンはやはりタブレットから目を逸らさずに答えた。
「ボスと二人でラヴァナロスに降りている。今や家計は火の車だからな。また新しい仕事を受けるそうだ」
「俺のやる気ゲージを1にするにはミヤさんのおっぱい見るしかないのに」
「おっぱいならここにもあるけんネ」
「おーおー負け戦とはこのことだねメー子ちゃん。俺たちも降りた方がよかったんじゃない? 二人だとまーた面倒な仕事もってくるよ?」
軽く受け流すアークにメアリーは悲しげな表情で自身の真っ平らな胸に視線を落とす。そんな彼女の様子にエルディンはタブレットに目を落としたまま気付いていたのか彼女の代わりに答えた。
「僕等の入星許可証の期間は先日に切れているよ」
「申請すればいいじゃん」
「とっくに申請しているさ。だが僕等は重犯罪歴があるから審査に時間がかかる。しかもアークとメアリーは混血人種だから尚更だ」
「そこはほら。メー子ちゃんお得意の偽造パスで」
アークはそう言って再び横になりながら頭だけをメアリーの方向に向けるとメアリーは義手に付着したジャンクフードの油をふき取りながら答えた。
「ウチ等が生きちょれる頼みの綱ばボスと国の信頼関係だけじゃけン。そいば切れるような不安材料ば作る気なカ」
「肩身が狭いね俺たち……はぁ……とりあえず何か食うもん買ってくるわ」
「そぎゃんお金あるン? 無駄遣いせんでもせっかく取っておいたんニ」
メアリーは油を拭き取っていた左腕の義手を指示棒代わりにして、彼女の左足義足の上に置かれた食べかけのジャンクフードを指す。そこにある生ゴミとも取れる光景にアークは顔を顰めた。
「あのね。身内とはいえ足の上に置いたモンは食う気が失せちゃうのよ」
アークはそう言ってお尻のポケットから端末を取り出して全財産の残高を確認した。
浮かび上がった残額は僅かという言葉を使うのを躊躇うほどの少額である。アークは再び情けない表情を浮かべるが、仕切り直すように息をついてから端末をポケットに戻して立ち上がった。
「背に腹は変えられん。というかこのままだと背中が腹になる! いってきまーす」
アークはそう言って大きな扉に向かおうとすると、タブレットを持っていたエルディンも同じく立ち上がった。
「途中まで同行しよう」
「エッちょんもどっか行くン? 私も連れてってヨ」
「残念ながら仕事だよ。今夜は……名前は忘れたが二十六歳女性との食事が入っている。八日前から連絡が来ていたんだが、焦らすのはそろそろ限界だろうと思ってね」
「あぁ、いつもの逆売春ね」
アークが補足を付け足すとエルディンは美しい微笑みを見せた。
「孤独で可憐な女性へのサービス業と言って欲しいな」
「じゃけン、デートじゃったらもうちょいアクセサリーばつけた方がエエんじゃなイ?」
「あまり充実しているように見られては戴き物が減る。お小遣いがもらえたら何かお土産でも買って来るよ。行こうアーク」
「ん。メー子お留守番よろしこ」
その言葉に応えるようにメアリーは「ン」と答えて義足を付けていない太腿を上げる。その仕草を見届けて二人は暗くなった街へと繰り出した。
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【星間連合帝国 帝星ラヴァナロス シルセプター城 帝国軍元帥執務室】
≪PM18:38≫
帝国軍元帥というのは文字通り帝国軍のトップである。無論、軍の所有権は皇帝の下にあるが、元帥はこの帝国内において唯一皇帝以外で軍を動かす権限を持つ存在なのだ。しかし、その元帥の執務室内は非常に質素で必要最低限のものしか置かれていなかった。目立つのは様々な種類の武器であり、その一番目立つ場所には年季の入った盾が飾られていた。
カンム・ユリウス・シーベルはその見慣れた盾を眺めながら、室内のソファに腰を下ろしていた。そして懐から金属製の箱を取り出すと、箱から二枚の小さな紙を卓上に置き、同じく箱から取り出した葉を巻いていく。その光景を隣に座りながら見ていたミヤビは思い出したように声を上げた。
「ねぇ、この前にお願いしてた件だけど」
「手は回しておいた。あのまま進めろ」
ミヤビの言葉を聞き終える前にカンムはそう告げると彼女は目を輝かせた。
「ほんと? 良かった。じゃあ新しいパーツの方も?」
「その前にアークが持ち帰ったデュナメスを明日までに組み立てろ。次は地下にある参号機の整備、玩具造りはその後だ」
二本の煙草を巻き終えたカンムはその両方を咥えると、再び懐に手を忍ばせてライターを取り出し、咥えている二本の煙草に火を点ける。そして一本をミヤビに差し出すと彼女は不満気な表情で受け取り煙を吸い込むことなく吹かした。
「玩具とか言ってられるのも今のうちよ。あれはいつか参号機を着た貴方も唸らせる事になるんだから」
「妄想は個人の自由だ。例えそれが無様な結果になるとしてもな。ただ何度でもハッキリ言っておく。お前の事は認めているがシャイン殿の才覚を上回るとは到底思えん」
「……失礼しちゃう」
豊満な身体をくねらせながらミヤビはタバコを吹かす。肺に煙を入れる度胸のない彼女に煙草を作ってやるのも、全ては彼女をある程度大人扱いしてやる為である。既に大人の女性の体でも幼少期から彼女を知るカンムにとってミヤビはまだまだ子供と変わりない。しかし子供というのは子供扱いと大人扱いの両方を上手くすることで実力以上のものを発揮するのを彼は理解していた。
自ら巻き上げた煙草を吸いながらカンムは少しウンザリする。火を点けたばかりだと言うのに扉の先から気配を感じたのだ。彼はまだ長い煙草を灰皿に押し付けると、ゆっくり立ち上がる。その様子を見て察したのかミヤビも同様に煙草を消して立ち上がると大きな扉が開いた。
「……待たせた……ようだ…………」
「もう少し待ち時間が長くても構いませんでしたがね」
カンムは苦笑しながらそう告げると長身痩躯な帝国元帥ビスマルク・ナヤブリが珍しく小さく笑った。帝国最強の男、冷徹な青鬼など様々な異名を持つ男の笑顔は珍しいものだった。
「……掛けていて……構わん……急な……呼び出し……悪かったな……」
ビスマルクはそう言って二人の前に回ると正面に腰を下ろす。カンムもまた腰を下ろすとミヤビに視線を投げた。その視線に気づいたミヤビは「あぁ」と一言おいてから端末を取り出し、二次元ディスプレイを浮かび上がらせた。
「おじさま、これこの前のフマーオス星の仕事の請求書。サイン頂戴」
その不躾な言い方にカンムは眉間にシワを寄せた。
「ミヤビ……お前はそういうところが無様なのだ。親しい存在とはいえ今は仕事中だ。礼節を持て」
「……構わん……」
ビスマルクに対するその態度をカンムは諌めるが、彼は小さい笑みを保ったまま指で二次元ディスプレイにサインを書き込んだ。
「……早速だが……新たに仕事を……頼みたい……」
「承知しました。ミヤビ、お前は外に出ていろ」
「? 何で?」
不満気なミヤビをよそにカンムはビスマルクを見つめたままは口を開いた。
「政治的な話も含まれる。そこに参加させるにはお前は喋りすぎる」
「……控室を……用意させよう……」
カンム同様に否応なしにビスマルクもミヤビを外に追いやる準備を始めだす。その決まりきった行動にミヤビは益々憤慨していた。
後でまた大人扱いをしてやらねばならない。数分後にどう大人扱いをするか考えながらカンムは小さくため息を付いた。
明日12月26日(日)AM10:00
第5話『それぞれの前夜 後編』
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