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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第三章 衆合地獄篇
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衆合地獄 35

「い゛……!! っ゛……あ゛ああ…………!!」


 そう。一ノ瀬ちりにとって、先に進むとか進まないとか、意味とか道理とか、そんなことは問題ですらない。前提からして間違っている。

 無論、友情とか愛情とか、義理とか人情とか、そんなものでは断じてない。芥川九十九の為にだとか、黄昏愛の為にだとか、そんな感傷の為に自らを傷付けるわけがない。


「――――ッ――――は、はは」


 左手で握った鋏の刃が、■の中に沈んでいく。突き立てられた激痛がノイズとなり、言葉を黒く塗り潰す。■■を貫き、■を穿つ。臍の下、突き刺したそこから絶え間なく、鮮やかな■■が溢れ出す。


「……感謝するぜ。フィデス、アンタはオレを利用する腹積もりだったんだろうが……」


 ちりの■■から飛び散った■が、目の前に佇む修道服を容赦なく汚す。深く刺さった刃の先が、■■諸共切り裂いて、奥の■■手前にまで到達していた。


「オレがオマエを利用するんだよ。オレの――――()()()()にな」


 ちりの顔に玉のような脂汗がいくつも浮かび上がる。今にも叫び出してしまいそうな程の激痛に表情が青ざめていく――


「どうせ全部バレてんだろ? だからオレに目を付けたんだろ? いいぜ……だったら聞いてくれよシスター。オレの懺悔を……手前の真っ黒なハラワタ、手ずから暴いてやっからよォ……!」


 一度刺さった鋏をゆっくり引き抜きながら、彼女は言葉を紡ぎ続けた。痛みに震える顎を懸命に動かしながら。その間も切り裂いた■■からは■が絶え間なく流れ落ちている。それでも構わず、震える右手が鋏の柄を握り直して――彼女はそれを再び、自らの■■へと充てがう。


 彼女の净罪は、こうして始まったのだった。


「――――オレは芥川九十九を閉じ込めたかった」


 一度穿たれ出来た穴に、片側の刃を差し入れて。そのまま――じょきり、じょきり、と。■■を割く音を立てながら、刃が一ノ瀬ちりの■を開いていく。


「アイツは特別だった。少なくともオレにはそう見えていた。だってアイツはいつだって平気そうな顔をして、オレの願いを何でも叶えてくれるんだ。そんなアイツを、オレは……オレだけのモノにしたかった」


 少しずつ、少しずつ。鋏の刃を滑らせていく。傷口が■に■■■■いくごとに、溢れる■の量は増していく。その度に激痛で意識が飛びそうになる。


「全部、オレの為だ。オレはオレの為だけに、アイツを王にした。その負担を、責任を、在り方を、押し付けてきた。それは……アイツの身体の秘密を知った後も……オレは見ないふりをして……止めようとはしなかった」


 ■と一緒に■■や■■が流れ出そうになる。それを左手で抑えつつ、刃で切り口を更に■■■■■。


「……赦されると思った。だって、アイツの口から……一度だって聞いたことは無かったんだ。不満の声も、悲痛な叫びも、何も聞いたことがなかった……それなのに……」


 とうとうアドレナリンの過剰分泌によって痛覚が麻痺し始める。今の状態で気を抜けば一瞬で昏倒するだろう。だから、今のうちに――ちりの左手は、拡がった■の中へ一気に■■■■■■。


「黄昏愛……アイツが来てから変わった……アイツは芥川九十九の本心を引き出した……オレに出来なかったことを、アイツは……そのせいで…………ッ!」


 ちりの喉奥から■の混じった■■■が溢れ出す。そんなことも構わずに、その視線を自らの切り開かれた■の中へ注ぎ込んでいた。


「……あァ、解ってる。逆恨みさ。そんな資格すら無いのにな。でも……でもさ……その時、初めて知ったんだよオレは。芥川九十九が、本当は……オレの願いを、ちゃんと、負担だと思っていたこと……責任を、重荷に感じていたこと……王様、辞めたいってこと……」


 潜り込ませた左手が、■の■を沈んでいく。■■や■■を■■■けて――


「アイツは何も感じないと思ってた。アイツは何も想わないと思ってた。オレはアイツを……人間だとは思ってなかった。アイツはオレにとって……カミサマだったんだ」


 ――到達する。左手の爪先が、フィデスの指定した■■に触れる。

 左手が手探りに■■の■■を■れていって――■■に■がどう■■■■■■■■を把握していく。


「でも、芥川九十九は……特別な存在なんかじゃなかった。ただひたすらに……優しいだけだったんだ。優しいから……オレのお願いを聞いてくれただけ。優しいから……受け入れてくれただけだった」


 ■■の構造をなんとなく把握出来たら、次は――鋏を再び■の■へと沈み込ませる。そこからは先は――早かった。


「それなのにオレは……厚顔無恥とはこの事だな。オレは未だにアイツの優しさにつけこんで、親友ヅラして……先に進もうとするアイツに未練がましく引っ付いてきた。今のアイツはもう……未知アイしか見えていないのに……――!」


 切り刻んでいく。■の中を、手探りに、手当り次第に。■がっている■の■を、その■■を■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。


「……いいんだ。それはいい……振り向いてほしいだなんて最初ハナから思っちゃいない。ただ……怖い。怖いんだ。怖い。怖い。怖い。アイツがオレのことをどう思っているのか……解らなくて……それが……怖くて怖くてたまらない……ッ!!」


 ■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。■■していく。


「恨んでいるはずだ。憎んでいるはずだ。疎ましく思っているはずだ。だってアイツは確かに言った。負担だったって。面倒だったって。だから解っているはずなんだ。全部オレのせいなんだって……それなのに……どうしてオレを傍に置いてくれるんだ? いつ突き放すつもりなんだ? オレのことをどう思っているんだ? なんとも思っていないのか? どうして? 解らない、解らない、解らない……ッ!!!」


 ■が止まらない。■という■から■■が■れ■す。脳内物質による酩酊すらも超越した、激痛などという生易しい表現では足りない程の■■が無限に続く。


「誰か教えてくれよ……それが無理なら……誰かオレを断罪ころしてくれ……!!!!」


 叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。二百年間、秘されてきた想いを。悔恨を。懺悔を。■と共に吐き出し続ける。全身が■に染まってなお止まる気配は無く、その苛烈さは増すばかり。


「…………ずっと想っていたんだ。ずっと願っていたんだ。この罪が裁かれる瞬間を。だから……本当に、感謝してるんだよ。これは……チャンスだ。嗚呼ようやく……()()()()()、ッてな…………」


 全身の感覚器官が暴走する。全てが赤に染まっていく。赤い部屋の中央、赤い少女が踊り狂う。


 その返り血を間近で一身に浴び続けるシスター・フィデス。頭の上から足の先まで鮮血に染め上げられた、悪辣なる銀の魔女は――嗤っていた。


「こんな事でオレの罪が全て洗い流せるだなんて思っちゃいねえけどよ……アイツが背負ってきた痛みを、少しでも感じられるなら……アイツの未来を切り拓く手助けを、ほんの少しでも担えるのなら……それは……考えるまでも無かったんだよ――――」


 ちりは■■■■を掻き分け、■■■■■■■■■■を強く握り締める。


 そして。


「――――嗚呼、二百年ッ! 二百年だッ! オレはッ! アイツの自由をッ! 奪い続けてきたッ! 二百年間ッ! オレだけが一方的に救われてッ! 何も返せてないッ、謝れてないッ、償っても償い切れないッ! こんな命で償えるならとっくに差し出してる! でも怪異の身体はどんな傷も治しちまうッ、無かったことにしちまうッ、ならどうすればいいッ、オレはどうすれば赦されるッ!? こうするしかねえだろうがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。


 ――――そんな、筆舌に尽くし難い苦痛の先で。少女はとうとう、()()を引き摺り出したのだった。


 ちりは自分自身の()()を、台座の上に勢いよく叩きつける。元の鈍色からすっかり赤一色に変わってしまったその部屋に、再び静寂が取り戻される。

 血だらけのそれが台座に置かれた瞬間――まるで最初からそこに無かったかのように、それは消えていた。その直後。ちりは自分の中に新たな機能が増設されたことを直感的に理解した。そして、その感覚を得た次の瞬間――ちりの身体は膝から崩れ落ちていた。


「オレは……傷が欲しかった。アイツの為に、何かを成し遂げたという……証。絶対に消えない傷が、ずっと……欲しかったんだ……」


 枯れた喉の奥から、うわ言のように声が漏れ出す。その赤い瞳には何も見えていない。心臓も止まった。意識は既に落ちている。

 そんな闇の中にいて、まるで悪夢にうなされているかのように、ちりの懺悔は最後の搾り滓になるまで続いていた。


「この罪は……この罰は……この痛みは……オレだけのものだ……誰にも……渡さねェ…………――――」


 自分の中の全てを出し尽くして、彼女はその場で絶命した。その右手に鋏を握り締めたまま、失血死。この凄惨たる現場の状況を鑑みれば、死因は誰がどう見ても明らかだろう。

 しかし怪異は不死身なのだ。净罪によって傷付けた内臓は復元されないが、失った血の量は時間経過で元に戻り、止まった心臓は動き始め、脳はやがて覚醒に至る。彼女は今後ソレを失った痛みで苦しみ続けることになるだろうが、ただ生存するだけなら問題ない。

 それでも、生きたまま身を裂くことは並の精神力では到底成し得ないものだ。彼女は鬼の如き執念を以てして、それを成し遂げた。


 この問題の正解に、辿り着いたのである。


 ◆


「……嗚呼、永いプロローグだっタ」


 全てが終わったあと。その一部始終を眺めていた、シスター・フィデス――全身を返り血に塗れた彼女は、血よりもあかいその瞳で、跪く少女の亡骸を見下ろしていた。

 独り、彼女の浮かべる表情は――まるで死人が蘇ったような朱みを帯びていて。恍惚としたそれは、まるで普段の彼女とはかけ離れていて。


 しかしそれも仕方が無い。だって――全てを識る、悪辣な銀の魔女。彼女にとっての二万年は全て、この瞬間の為にあったのだから。


()()()()()()。そんな願いは叶わなイ、叶うワケがナイ。本心から断言出来てしまう程、途方も無い夢だっタ」


 一万年前に開闢王の座を譲ったのも、羅刹王の獄卒に下ったのも、堕天王の懐に潜り込んだのも、全て――今この瞬間を、嗤う為に。

 それは最早、ヒトならざる怪物少女であるからこそ成し遂げられた、たった一つの冴えたやり方。


「ようやくダ……ようやく()()()()()()()()()……ここから始まル……やっト……!」


 かくして最後の問題は紐解かれ、悲願は成就された。一度は諦めかけた夢を、希望を、彼女は幸運にもその細い可能性を手繰り寄せ、実現セイカイへと至ったのである。


「……なァ、()()()()。観てるンだロ? いつまで勘違いしてやがル……?」


 これまでに何があったのか、いま何が起きているのか、これから何が起こるのか――この世界の読者カミサマを置き去りにして。それを肴に、銀の魔女は酩酊する。

 四次元の傍観者にさえ観測出来ぬ到達点――彼女の打った布石が、いずれ花開くその時を――今だけは、この怪物だけが見据えている。


()()()はアタシなんだヨ最初かラ……! コレは『怪物少女(アタシ)無双奇譚(モノガタリ)』なんダ……!」


 この世界は、亡者がただ只管に蒐集されるだけの箱庭ディストピア。其処を舞台に繰り広げられる、ありふれた異世界転生物語――のはずだった。


「……茶番はここまデ。そろそろ引導を渡そウ。なァ……一ノ瀬ちり。アタシのデウス・エクス・マキナ……」


 ここが物語の分岐点。怪物少女の無双奇譚フォークロアは、ここから歪んでいく。

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