等活地獄 6
等活地獄と称されるこの世界において、不毛な大地を乱雑に分かつ錆び付いた有刺鉄線の列や、無造作に積み上げられた瓦礫のバリケードが、境界線としての役割を果たしていた。
文字通り十六の勢力に分かたれた怪異たちがそれぞれの縄張りを主張して血生臭い抗争を繰り広げるその狭間にあって、通称『中央区』と呼ばれる特異な領域だけは、いかなる派閥の支配をも拒絶した一般怪異たちが身を寄せる奇妙な調和を保った中央都市として機能している。
廃棄された屍体をツギハギにして組み上げられた、今にも自重で崩壊しそうな違法建築群が迷宮のごとく犇めき合うその薄暗い路地裏には、世界の耳目を恐れるようにして息を潜める弱者たちが静かに蠢いている。一方で日の当たる表通りに出れば、己の『異能』を誇示するように怒号を喚き散らし、無辜の隣人を脅かして暴虐の限りを尽くす不埒な輩が後を絶たない。
特につきまとう倫理観を欠いたマナーのなっていない連中に対しては、中央区の治安維持を一手に見守る組織『屑籠』の峻厳な見回りによって、容赦のない鉄槌が下されるのが日常の光景であった。地獄の住人が辛うじて比較的安全に明日の命を繋いでいけるのは、中央区に聳え立つ古びた廃校舎を根城とする彼ら『屑籠』の武力と統率が存在してこそなのである。
「へい、パス!」
そんな中央区の喧騒からいくらか離れた、南区と外界を隔てる曖昧な境界線に位置する寂れた広場。そこでは血を流し続けるかのような赤い空の下、硬くひび割れた黒い大地を踏み荒らしながら、無邪気な声を上げて駆け回る少年少女たちの姿が、一見すればどこにでもある微笑ましい日常のひとコマのように展開されていた。
「ドリブルっ! ドリブルっ!」
「あっ! やべえ抜かれたっ!」
「パス! へいパス!」
乾燥した突風が吹き抜ける中、一人の少年が足元にある球体を器用に操り、泥に塗れた地面を滑るように疾走していく。ディフェンスに回っていた別の少年が悔しげな声を上げ、自身の横をすり抜けていった影を追うために慌てて踵を返す。
「ねえ~っ! 待ってよぉ~っ!」
それらの狂騒を追いかけるようにして、足元のおぼつかない一人の少女が、悲痛な響きを帯びた声を響かせながら必死に手を伸ばしている。
広場の中央には、あつらえ向きに湾曲した巨大な廃パイプのモニュメントが転がっており、獰猛な子供たちはそれら一連の残骸を即席のサッカーゴールに見立てて遊戯に興じていたのだ。転がる球体を足先で無慈悲に転がし、冷徹なゴールライン目掛けて一直線に弾丸のごとき突進を試みる。
「いくぞぉぉぉおおおお~~~~っ!」
「来ぉぉぉおおおお~~~~いっ!」
「パスッ! パスパスッ! へいッ!」
軸足を深く黒い土へと踏み込み、全身のバネを利かせた少年が、渾身の力をもって球体を空中へと蹴り上げた。ゴール前に陣取る即席のキーパーが、身を挺してその軌道を遮ろうと両腕を天へと突き出す。
「ねぇ~え~っ! それ返してよお~~っ!」
放たれた球体は重力に逆らうようにして美しい放物線を描き、迎撃を試みた守護者の指先をかすめることもなく、そのまま網の存在しない廃パイプの空洞へと鮮やかに吸い込まれていった。
「よぉぉぉおおおお~~~~しっ!」
「あ~……キーパー何やってんだよ~」
「パぁぁぁああああっス!!」
得点を決めた少年が狂喜乱舞し、大地の泥を跳ね上げて自らの勝利を誇示する。失点を許した側の少年たちが、不甲斐ない味方の対応に口を尖らせて不満の意を漏らした。勝利の余韻も冷めやらぬまま、少年は転がった球体を拾い上げ、再び次の遊戯を始めるべく声を上げる。
「ね……ねぇ……! み、みんなぁ~……っ!」
歓声を爆発させる少年たちの輪の中で、しかし一人だけ、その場に立ち尽くす少女の身体だけが、今にも涙を溢れさせそうな哀れな声音で必死の訴えを周囲に投げかけていた。
「そ……そろそろ私の首、返してよお~~っ!」
それもそのはず。だって彼らの泥に汚れた手の上に収まっていたのは、革製のサッカーボールなどではなく、その少女自身の首頭部であったのだから。
身体から切り離された状態で平然と喋るその生首は、少年たちの粗暴な指の隙間から精一杯の勇気を振り絞って彼らを睨みつけ、必死の抗議の声を虚空へと響かせていた。そのあまりに必死な懇願に対して、少年たちはひどく面倒くさそうに顔を歪め、何だよ、うるさいな、とあからさまな嫌悪感を露わにする。
「え~いいじゃん、もうちょっとだけ」
ボールの役割を果たしていた首を弄びながら、少年は悪びれる様子もなく指先でその頬を小突き回す。
「目が回るの! くらくらするの~っ! もう返してよう!」
視界が目まぐるしく回転し、天地の感覚すら喪失しかけている生首は、必死に言葉を紡ぎ続けた。
「デュラハンの取り柄なんて首が取れることくらいなんだからさあ、おれらの暇つぶしに貢献しろよな~っ!」
「それに蹴られても痛くないんだろー? だったら別にいいじゃん!」
怪異としての特性を都合よく解釈した少年は、自らの残虐性を無邪気な笑顔の裏に隠しながら冷酷な言葉を言い放つ。
「そういう問題じゃないよ~! 目が回って、もう、もう……」
首を失った少女の華奢な胴体は、視覚情報を完全に遮断された状態で覚束ない足取りを刻み、今にも硬い地面へと崩れ落ちそうなほどに激しく震えていた。一方で、少年の腕に抱えられた少女の首は、その肉体的な変調と完全に連動するかのように顔面を土気色に青ざめさせていく。そして――
「おえっ」
生理的な限界を迎えた喉の奥から、名状しがたい不快な音が溢れ出した。
「うわっ! こいつ吐いた!」
「ばっちい~っ!」
首から下がいかなる消化器官にも繋がっていないという超常的な状態であるにも拘わらず、少女の口からは精神的な嫌悪感と三半規管の異常がもたらした吐瀉物が、黒い大地へと容赦なくぶちまけられたのだった。
「うえぇ……かえして……わたしのくび、かえしてよう……」
溢れ出る涙で視界を滲ませながら、ただ自らの一部を求める少女の姿を前にしても、子供という純粋な生き物はどこまでも残酷な深淵へと足を踏み入れることができる。そもそもこの地に棲まう怪異という存在は死の概念から解き放たれているが故、どれほどの年月を経ようともその容姿が衰えることも成長することもない。目の前で邪悪に微笑む彼らが本当に人間の年齢に準じた子供であるかどうかの保証など、この世界にはどこにも存在しないのだ。
「くくっ……えぇ~? どうしよっかなぁ~」
悪戯っ子などという生温い表現では到底生写しにできない、まさに悪魔そのものの邪悪な笑みを浮かべる少年たち。その瞳に宿る昏い愉悦の光は、紛れもなくこの地獄という弱肉強食の理に完全に適応した、一人前の怪異としての残忍な証拠であった。
「オイ、クソガキども」
その時。頭上から冷徹に降り注いだその低く硬い声に、少年たちは冷水を浴びせられたかのように我に返り、一斉に恐怖に引きつった顔で背後を振り返った。
燃えるような赤い髪、血の色を想起させる鮮烈な赤いスカジャン、そして指先を鋭く彩る赤いマニキュア。全身にどす黒い赤の色彩を纏ったその少女は、気配の一切を消し去ってどこからともなく現れたのだった。
「うわっ! 出たッ!」
先程までの傲慢な態度は霧散し、一人の少年が短い悲鳴を上げてその場に飛び上がる。
「妖怪血まみれ女だぁ~~~~っ!」
恐怖のあまり蜘蛛の子を散らすように距離を取る少年たちを、冷ややかな視線で見下ろすその赤い影こそ、他ならぬ『屑籠』の幹部であり、組織の実質的な精神的支柱として畏怖される存在。皆から「ちり」の名で呼ばれ、畏敬の念を集める紅の少女。
「オマエら、九十九のこと見なかったか」
ちりは自身の爪を弄びながら、行方を眩ませたリーダーの消息について、目の前の餓鬼どもへ淡々と問いかける。
「つくも……? あ~」
ちりの発したその名前に、子供たちは互いに視線を交わし合って記憶の糸を手繰ろうとするものの、誰一としてその存在にピンときていない様子であった。
「知らないよなー」
一人の少年が首を傾げ、記憶の空白を確認するように呟く。
「うん」
周囲の者たちもそれに同調し、一様に興味の薄そうな声を漏らした。
「そもそもどんな顔してたっけ?」
「そういえばおれ、見たことねーや。つくも」
「たしか、黒い学生服を着てるんじゃなかったっけ?」
断片的な特徴だけが、まるで都市伝説の噂話のように無責任に語られる。元から彼らの知性にさほどの期待を寄せてはいなかったものの、この等活地獄に束の間の治安を齎した『屑籠』の偉大なるリーダーであり、誰もがその恩恵の恩恵を少なからず享受しているはずの存在に対して、あまりにも無関心な反応。そのあまりの理不尽さに、ちりは途方に暮れたかのように、肺の底から大きく重い溜息を吐き出すしかなかった。
「そうか……まあいいや。ところでよ……」
ちりは少年たちから九十九の情報を引き出すことを早々に諦め、その鋭く伸ばされた赤い爪の先をおもむろに、地面に転がっていたデュラハンの少女の首へと向けてみせた。
「楽しそうだな。それ、オレにもちょっと貸してくれよ」
此処では弱肉強食こそが唯一絶対の真理。子供とはいえ地獄の過酷な環境を生き抜く住人である彼らには、ちりの冷徹な眼光が意味するところを瞬時に察知するだけの本能が備わっていた。彼らは即座に露骨な嫌悪と恐怖の表情をその顔に浮かべる。
「お、おれらが先に捕まえたんだぞ!」
少年は自らの獲物を奪われまいと、震える声を張り上げて精一杯の抵抗を試みた。
「そうかそうか。だが残念だったな。たった今からそいつはオレのものになった」
ちりは一歩前へと踏み込み、有無を言わせぬ絶対的な強者の威圧感をもって空間を支配する。
「え、え?」
思い掛けない展開に翻弄される首なしの少女は、ない首を右往左往させるかのように、ちりの威容と少年たちの間で交互に視線を泳がせる他なかった。
「お、おうぼうだー!」
「横暴上等。オマエの物はオレの物、オレの物もオレの物ってな。黙って首置いてけ。置いてかねえなら……」
ちりは凶暴な笑みを浮かべ、自身の指の関節をバキバキと不気味な音を立てて鳴らしながら、確実に距離を詰めていく。その圧倒的な圧力の前にあっては、さしもの悪戯小僧たちも命惜しさに引き下がる以外の選択肢を持ち合わせてはいなかった。
「へ、へんっ! いらねえや、こんなもん!」
少年は悔し紛れの捨て台詞と共に、掴んでいた少女の首を空中に向かって乱暴に放り投げ、踵を返して一目散に逃げ出したのだった。
「きゃあっ!」
重力を取り戻した頭部が、悲鳴を上げながら落下していく。
「おっと」
ちりはその軌道を正確に見切り、少女の首を自身の豊かな胸元で優しく包み込むようにして確実に受け留めた。その僅かな隙の間に、少年たちの小さな影はあっという間に外界の荒野へと霧散し、遥か彼方へと去っていく。
「ちくしょー! おぼえてろー!」
「おうおう、とっとと失せろクソガキども」
負け犬の遠吠えのような叫びが遠くから響く。逃げ果せる少年たちの後ろ姿を見送りながら、ちりは本日何度目かもわからない、呆れ果てた溜息をひとつ零した。
「あ、あの……」
ちりの腕の中に収まった少女の首は、恐怖と困惑の入り混じった瞳で、恐る恐る自らを救い出してくれた紅い少女の横顔を見上げていた。ちりはこれまた小さく吐息を吐き出し、まるでジグソーパズルの欠けたピースを元の位置へと嵌め込むかのように、両手で大切に持ち上げた首を、そのまま少女の震える身体の切断面へと真っ直ぐにくっ付けてやる。
「……オマエもなあ、そう簡単に首なんか取られんなよ」
ぶっきらぼうながらも確かな気遣いの籠もった言葉が、ちりの唇から零れ落ちた。
「うぅ……ご、ごめんなさい……」
首は少女の身体にぴたりと接合され、瞬時に神経が繋がってすっかり元の正しいヒトのかたちを取り戻していた。自らの首に確かな感覚と血液の巡りが戻ってきたことを確認して、涙を拭いながらぺこりと深く頭を下げる少女。
ちりに言わせれば、今回の一件は九十九の居場所を聞き出すためのついでに過ぎず、なんとなく、たまたま偶然にそれが目に入ったから手を貸しただけ。それ以上でもそれ以下でもない――彼女は己の心にそう言い聞かせるようにして感情を律する。
「で、だ。今日からオマエは、オレのものになったわけだが」
「うぅ……」
ちりは鋭い視線を少女へと注ぎ、自らの発言の責任の重さを確認するように言葉を重ねる。
「オレは自分のものを他人に触られるのが嫌いだ」
「は、はい……」
「だから……まあ、なんだ。オマエ、中央区に来い。中央区はオレら『屑籠』の管轄だ、外界の悪ガキどもも寄り付かねえ」
「…………え?」
秩序を乱す余所者の侵入を断固として拒絶する『屑籠』が、自らの聖域に足を踏み入れることを正式に許可する。その破格の提案の意味を正しく理解した少女は、無邪気さを絵に描いたような大きな瞳を限界まで見開き、ちりの顔を食い入るように覗き込んだ。
「…………いいの!?」
「勘違いすんなよ。『屑籠』は強くなくちゃいけねえ。今すぐは無理でも……いずれはオレらの一員としてコキ使ってやるからな。それまでの間、オレらが一からビシバシ鍛え直して――」
「いっっ、妹達も、連れて行っていーい!?」
歓喜の兆しが、少女の表情全体へと急速に広がっていく。ちりは自らの照れ隠しを覆い隠すように厳格な口調を意識して言葉を紡ぐが、少女はその説教を遮るようにして、弾んだ声を響かせた。
他人の話を最後まで傾聴しろよ、などという野暮な小言を挟み込む余裕すら与えられず、ちりは観念したように気怠げに首を縦に振って見せた。
「や、やったぁ……! あ、ありがとう、赤いお姉ちゃん……!」
その場から天へと飛び跳ねるようにして狂喜した少女は、最高潮の笑顔を咲かせる。
「……ちりだ」
自身の名を短く訂正する。
「ありがとう、ちりちゃん!」
少女はちりの忠告などどこ吹く風といった様子で、喜びのままに踵を返し、一直線に荒野の向こうへと駆け出していった。
「妹達に知らせてくるっ!」
遠ざかっていく背中に向かって、ちりは短く手を振り返して応える。
少女の姿が見えなくなるのを見届けてから、ちりもまた、自身の目的地へと向かうべくその場から静かに踵を返すのだった。
こんなお節介は、もう何度目になるだろう。文字通りのゴミ箱として、路頭に迷う無価値なゴミを正しく分別して拾い集めるかのような慈善活動を、ちりたち『屑籠』は飽くことなく継続している。かつて世界に拒絶されていた自分たちもまた、同じようにして拾われた存在であったのだ。その時に受けた大いなる恩義を次の世代へと返すようにして、『屑籠』の強固な輪は、地獄の底でどこまでも広がり続けていく。
――しかし、そうして優しさを積み重ねていくうちに、いつの間にか。
かつては小さかったはずのその組織は、伸ばした我が手が届かないほどに。見る影もなく膨れ上がってしまったのだった。
◆
芥川九十九は神出鬼没である。一匹狼というにふさわしく、彼女はあちこちへ気ままに、ふらふらと出かけてしまう。その場所を探し出すことは、九十九の側近であるはずの『屑籠』でも困難を極めるものだった。
「ッたく……また一人でどっかふらふらしやがって……」
あの頃は九十九の居所なんて、すぐにでも見当が付いたのに。
「(……オレはいつから、あいつのことが解らなくなった?)」
結局手がかりの一つも掴めぬまま日が暮れて、等活地獄にも夜がやってきた。暗黒の空の上には対照的な赤い月が浮かんでいる。
ちりは一人とぼとぼと、廃校舎に引き返してきていた。昼間の喧騒が嘘のように静まり返った、虫のさざめきさえ聞こえない怪異の夜。夜の校舎の一室、いつも自分達が屯している教室だけが、蝋燭の灯でぼんやりと照らされているのが外からでも解る。その淡い光だけを頼りに、ちりは夜の校舎に正面から入っていく。
玄関を抜け、階段を一階、二階、三階と登っていき、唯一灯りのついたその教室に足を踏み入れる。その足音に反応して、既に戻ってきていた面々が揃って顔を上げた。
「あ、ちりさんおかえりなさい」
「おう……どうだった」
「いやー、残念ながら」
期待はしていなかったが、流石に骨が折れたとばかりに、揃いも揃って大きく溜息をつく彼女達。ちりが顔をあげ、教室をぐるりと見回してから、ふと気付く。九十九を探しに出た『屑籠』の面子は、全部で七人。戻ってきているのは六人。ひとり、足りない。
「……そういや、あいつどうした?」
「あれ……双葉ちゃんなら確か、北区の方まで行ってたみたいスけど……戻ってきてないスね」
そんなことを話しているうちに、遠くからこつりこつりと、骨で組み上がった階段をゆっくり上がってくる足音が微かに反響して、ちり達の耳元にまで聞こえてくるのだった。
「と……噂をすればか。とりあえず、これからどうするか考えないとな」
すっかり風通しのよくなった教室の中心で、ちりが音頭を取ろうとした、その刹那。廊下側から聞こえてきていた足音が不意に立ち止まったかと思うと、開け放たれたドアの向こうからがたりと音を立てて、教室の床に何かが転がった。
床一面に、金の髪がばさりと広がる。黒の特攻服を血に染めたその女の顔は、『屑籠』の面子であればよく見知った顔で――それ故に、ちり達は弾けるようにその場へ駆け寄った。
「おい……おいどうした! 誰にやられたッ!」
「…………あ…………『悪魔』…………」
それだけを言い残し意識失った双葉の右手首は、根っこからぶつりと、噛み千切られたように失くなっていたのである。
「悪魔、って……まさか……」
「……おい。今、九十九の仕業だって思ったろ」
静寂が広がる。漂い始めた空気の正体を察し真っ先に声を荒げるのは、この場においてやはり紅い少女ただ一人を置いて他にいなかった。
「い、いや……」
「九十九がッ! 仲間に手ェ出すわけねーだろッ!」
ちりの怒号が教室内で残響する。
いつもなら、彼女のこの一声で誰もが納得を示すはず。
「……でもさ、ちりさん」
けれど、その日は違った。
「あたしらには……今の九十九さんの考えてることが、正直……わかんねーんですよ」
誰もが不安に揺れる瞳を、疑惑に訝しむ瞳を、ちりに対して向けていた。
「九十九さん……いつも一人で居ようとするし……あたしらのこと、避けてるみたいで……」
だって芥川九十九には、誰にも言えない秘密がある。
「ウチら、あの人の舎弟名乗ってますけど……最近じゃあ、あの人とろくに話したことも……」
そんな噂を耳にするようになったのは、いつの頃からだったか。
「それに……今の等活地獄を仕切ってんのは実質ウチらじゃないすか。あの人じゃない」
私達は芥川九十九に、本当の意味で信頼されていないのではないか。
「ねえ、ちりさん。ウチら本当に、あの人の……芥川九十九の仲間、なんすかね」
咄嗟に持ち上がったちりの拳は、けれど結局、力なく落ちていく。
「……もういい。ここから先は、オレ一人で探す」
「ちりさん……一人でこの広い等活を探し回るのは……何週間かかるか……」
「……うるせえよ」
去り際にそう吐き捨て、勢いよく教室を飛び出していった彼女。その後ろ姿を――しかし誰も、追いかけることが出来ずにいたのだった。




