黒縄地獄 28
歪神楽ゆらぎ。それが黒縄に封じられし禁域の怪異、白い少女の名である。
彼女の異能は、自身を知覚した者全てを強制的に『発狂』させるという代物。特にその姿を直接視認した者に対しては、精神のみならず肉体構造にまで影響が及び、存在そのものを狂わせる。精神汚染ならぬ現実汚染。基本的に防ぐ術も抗う術も無く、知覚しただけで即終了。
彼女の何もかもを狂わせるその力は、全怪異、全異能の中でも最強である。
最強の定義は状況によって変動する。現に最強と呼ばれる怪異は他の階層にも幾人か存在するし、それこそ芥川九十九は等活地獄において最強の名を恣にしていたわけで。探せば他の階層にも様々な意味で最強と語られる怪異は存在するだろう。
しかし歪神楽ゆらぎ、彼女だけは別格だった。怪異の数だけ異能がある。同じ異能は二つとない。故に断言出来る。彼女より凶悪な怪異は存在しない。誰も彼女には敵わない。触れることさえ出来ないと。
だから封じられていた。誰の目にも届かない地の獄へ。名前を呼ぶことを禁じられ、知ることすら許されず、彼女は一万年を地下に幽閉された。
現状においては唯一、どういうわけか、彼女を視認しても発狂することなくコミュニケーションを取ることの出来る開闢王だけが、彼女を手懐け、封じ込める事を可能としている――
「…………黄昏愛。何故、平気なのですか。ゆらぎを知覚して、貴女は」
その根底が、今日を以て覆された。
「知りませんよそんなこと」
歪神楽ゆらぎを至近距離で視認してなお、黄昏愛は立っていた。狂うことなく、平静のまま、そこに在った。自分でもその理由は定かではないのだろう、開闢王の問いかけに答える愛は『腕』に身体の四肢を引き千切られることはなかった。
あらゆる動物に変身できる『ぬえ』の異能、それによって再現したプラナリアの能力が黄昏愛を六体に分裂させている。それぞれが思考を共有し合い、ひとつの目的の為に行動する。『あの人』の居場所を開闢王に問い質す、ただひとつの行動理念の為に。
六人分の漆黒の瞳が開闢王へと一斉に注ぎ込まれる。どの個体も不機嫌そうに眉をしかめ、開闢王を咎めるような視線を送っていた。
ゆらぎが此処に来るより前、追いかけてきた拷问教會の信徒達はこの光景を目の当たりにし、戦意を喪失した。自分達の主が囲まれて絶体絶命であるというのに、誰も近付こうとさえしなかった。救済をキメているはずの彼らでさえ、今の黄昏愛に抗いようのない恐怖を本能的に感じ取っていたのだ。
そしてそれを間近で目の当たりにしている開闢王もまた、同様に。揺らめくのはペストマスクの向こう側、眼窩の奥底で渦巻く虹色の螺旋。感情の枯れ果てた彼女の根源的な部分で覚えたそれは、確かに恐怖にも似た感覚だった。
しかしそれ以上の、抑えられない好奇心が――開闢王の判断を鈍らせる。
「おかあさん?」
この期に及んで策を弄そうと考えてしまう開闢王の悪癖は――しかし、その一声によって理性を取り戻す。見ると、歪神楽ゆらぎは不思議そうに首を傾げていて、六人の黄昏愛に向かって指を差している。
「だれ? この女」
無邪気な微笑を浮かべる歪神楽ゆらぎは、一見して年相応の幼子にしか映らない。しかしてその瞳孔の開き切った七色の瞳は、その奥に宿る猟奇的な衝動は、開闢王と同じ、一万年を地獄で過ごした老獪のそれである。
「は? 貴女こそ誰ですか。先に用があるのは私です。邪魔しないでください」
冷たく突き放すように、愛は歪神楽ゆらぎを見下ろす。その漆黒の瞳に油断の色は無い。あるいはこの白い少女の正体を、獣が如き直感で察知したのか。既に臨戦態勢は整っていた。
ばちりと視線の交差する愛とゆらぎ。出逢って数分にも満たないその瞬間に、二人の怪異は悟っていた。お互いが相容れない存在同士であるということ。敵、であるということ。
「……ねえ、おかあさん」
開闢王は気付いた。気付いて、しかし、もう手遅れだった。
「ひょっとして今、この女に虐められてる?」
そしてそれは、現れたのである。
『谿コ螳ウ蜃瑚セア蠑キ蟋ヲ貅コ豁サ蝨ァ貎ー陌先ョコ谿コ螳ウ蜃瑚セア蠑キ蟋ヲ貅コ豁サ蝨ァ貎ー陌先ョコ谿コ螳ウ蜃瑚セア蠑キ蟋ヲ貅コ豁サ蝨ァ貎ー陌先ョコ』
それは刹那の出来事。開闢王の両脇を固めていた黄昏愛、分身した六人のうちの二人を、ソレは通り過ぎ様に一瞬で呑み込んでいった。腥い風が愛の背後へ回り込み、駆け抜けていく。
遅れて愛が振り返ると――ソレは二匹居た。全身の体毛が抜け落ちた、四つん這いの獣人。嗤う怪物。ゆらぎの手足として操られる哀れな人形達。ソレはどこからともなく現れたかのように思えたが――
『谿コ螳ウ蜃瑚セア蠑キ蟋ヲ貅コ豁サ蝨ァ貎ー陌先ョコ谿コ螳ウ蜃瑚セア蠑キ蟋ヲ貅コ豁サ蝨ァ貎ー陌先ョコ谿コ螳ウ蜃瑚セア蠑キ蟋ヲ貅コ豁サ蝨ァ貎ー陌先ョコ谿コ螳ウ蜃瑚セア蠑キ蟋ヲ貅コ豁サ蝨ァ貎ー陌先ョコ谿コ螳ウ蜃瑚セア蠑キ蟋ヲ貅コ豁サ蝨ァ貎ー陌先ョコ』
増殖する嗤い声の出先から、ソレの正体を愛は悟る。ソレの正体は、先程まで発狂し床をのたうち回っていた信徒達――その成れの果て。歪神楽ゆらぎの異能、『発狂』によって肉体の分解と再構築を強制的に繰り返され、原型を失い、その姿を捻じ曲げられた者達は――まるで粘土のように、嗤う怪物へと換えられてしまったのだ。
「やっちゃえ、お前達」
ゆらぎの命令に応じるかのように、嗤い声がこだまする。怪物は二匹だけではない。それらは歪神楽ゆらぎの背後から、うじゃうじゃと、ぐちゃぐちゃと、次々に現れる。嗤う怪物が更に三匹、今度は空から愛達目掛けて飛び掛かった。
黄昏愛の分身は残り四人。飛翔した怪物三匹は三人の愛の頭上に取り憑くように着地する。怪物はバキバキと自分の肉体を砕きながら、身体よりも大きく顎を開き、その巨大な口に捕まった愛は抵抗虚しく忽ちに呑み込まれていった。再生も間に合わぬ程に咀嚼され、瞬く間に腹の中で溶かされていく。
あっという間に自分の分身を全て失い一人となった黄昏愛、今度は自分が計五匹の嗤う怪物に取り囲まれる。怪物の一匹が尻尾のような棘だらけの触手を愛に首に向かって射出する。
「ち……っ!」
咄嗟に愛はその場から飛び退いた。ゆらぎと開闢王の傍から後方の壁際まで一気に距離を置く。そんな愛の行動を既に察知していたように、五匹の怪物は一斉に愛の移動した方向へ飛びかかっていった。
「いいぞー! いけいけー!」
ゆらぎは自分で手を下すことはなく、追い詰められていく愛の様子を眺めながら、まるでテレビの前でヒーローショーを眺める子供のように怪物を応援している。開闢王の袖を自分の方へ引っ張り引き寄せて、その左腕にしがみつきながら。
「……ゆらぎ、お願いですから話を――」
「おかあさん、もう大丈夫だよ!」
開闢王の言葉もまるで届いていないかのように、ゆらぎは一方的に微笑みかけてくる。その間も背後で倒れている信徒達が次々と肉体を捻じ曲げられ、嗤う怪物へと成れ果てる。
「おかあさんにいじわるする悪い奴は、あたしが懲らしめてあげるから!」
歪神楽ゆらぎ。其処に居るだけで全てを狂わせる、人類の天敵にして災厄そのもの――『くねくね』の怪異。誰もが彼女を忌み嫌い、誰もが彼女に恐れ慄く。誰もが目をそらし、誰もが目をそらせない。
黄昏愛もまた例に洩れず、その虹色の瞳に射抜かれて。まさに、蛇に睨まれた蛙――
「…………はぁ」
とは、ならなかった。
「ぁ゛ああああああ~~~~…………っ!! もうッ……! 面ッ倒、くさいッ!!」
空気が響く程の怒号――その次の瞬間、愛を取り囲んでいた怪物達の上半身は消し飛んでいた。見ればいつの間にか、愛の両腕は変貌を遂げている。触手が何重にも合わさり肥大化した筋肉は、まるで巨大な鰐の顎のような形状となっていた。その身の丈以上の巨大な怪腕にして大顎が、まるで意趣返しのように四つん這いの獣人達をひとくちで喰らい、呑み込んでいったのである。
両腕に発現した大顎はそれぞれが意思を持つ生命として独立し、筋肉の隙間から無数の巨大な赤い目をぼこぼこと生み出している。顎の内側には牙のような物まで生え揃い、それはやはり、もはや腕と呼べる代物ではなく、怪獣の口腔そのものであった。
「どいつも……こいつも……どいつもこいつも…………どいつもこいつもどいつもこいつも……ッ!!」
そんな物を両方に携えながら――黄昏愛は怒り狂う。ああ可哀想な私。私はただ『あの人』を捜しているだけなのに。それなのに次から次へと邪魔が入る。どうしてみんな私の邪魔をするの? こんなの許せない許さない許されない。私はただ『あの人』との幸せな時間をもう一度、取り戻したいだけなのに――!
「…………もういいです。皆殺し、ますね。邪魔なので」
憎悪。怨念。狂気。それら負の感情こそ、黄昏愛の本質。傲慢なる本性、その引き金となる。
彼女には何も見えていない。恋以外の全てに対して彼女は盲目であり、愛以外の全てがどうでもいい。どうでもいいから、見ない。見えていない。目の前にいる白蛇の少女、歪神楽ゆらぎ、くねくねの怪異のことなど、黄昏愛にとってはどうでもいい。
知覚した者を発狂させる異能など関係ない。そもそも知覚するに値しない。どうでもいい。だから見ない。だから効かない。そういう風に自分を作り変えることなど、今の黄昏愛には造作もない。
――つまり。既に狂っているのだから、これ以上狂うことはない。
「ふゥん……」
そんな黄昏愛の異常性に、歪神楽ゆらぎもまた気付いていた。本来ならば、並の怪異ならば、歪神楽ゆらぎを知覚した時点で死んでいる。死んで、嗤う怪物へと変換されている。勝負にすらならない、はずだった。
故に黄昏愛は怪異として、歪神楽ゆらぎと限りなく近い存在であることに気が付いた。気が付いていて、歪神楽ゆらぎはしかし、黄昏愛に対して些かの興味も抱かない。
同じなのだ。ゆらぎもまた、母親以外の全てに盲目で、自分以外の全てがどうでもいい。
ある意味で似た者同士のこの二人。最凶と最狂。最悪の二人が出逢ってしまった。
「さっさと片付けて、おかあさんに後でいっぱい褒めてもらお~っと」
ならばこの展開は、必然だったのだろう。
「待ちなさい、ゆらぎ……!」
「だいじょーぶだいじょーぶ! あたしにまかせてー!」
手を伸ばす開闢王をするりと躱し、ゆらぎはパタパタと軽い足取りで黄昏愛に接近する。
両者、間合いに入った。腕を伸ばせば相手の顔に触れられる程の距離まで詰めて。ゆらぎは愛を見上げ、愛はゆらぎを見下ろす。片や微笑を浮かべ、片や嫌悪を剥き出しにして、静かに睨み合っている。
「…………」
「…………」
とうとう相手の息遣いが聞こえる程にまで接近した彼女達は、どちらからともなく――幕を上げた。
「死ね」
呪いの一言と共に、最初の一撃を繰り出したのは黄昏愛。異形と化した怪腕が歪神楽ゆらぎの頭を掴み潰そうと迫る――
「お前がな?」
――しかし。愛の一撃は届かない。突如としてゆらぎの背後から伸びてきた白い触手が、愛の拳をその大きな掌で包むように防ぎ切ったのだ。触手は禁域の通路の奥から伸びてきており、愛の攻撃に割り込む形でゆらぎを守る盾となっていた。
その白い触手の正体は、かつてシスター・アグネスだったもの。ゆらぎによって狂わされた残り滓。艷やかだった黒い長髪は白くなり、細くしなやかだった手足は巨大に膨れ上がり、かつての姿はもはや見る影もなくなった、名前の無い怪物。どこまでも伸びる長い触手、白い触腕が、通路の奥から更に五本、愛に向かって伸びてきた。それらは愛の怪腕に纏わりついて、愛はその場で身動きを封じられてしまう。
「邪魔はお前なんだよなあ。せっかくおかあさんと外で会えたのにさあ。お前が暴れるせいで台無しじゃん。ほら、おかあさんも怖がってんだろうが。なあ、おい」
ぼそりとドスの利いた声でそう呟いたのは、歪神楽ゆらぎ本人である。開闢王の前で見せていた子供らしい振る舞いはどこへいったのかと思うほどの豹変ぶりで――そんな彼女の背後から次々に、四つん這いの獣人達が這い出て、愛の足元へ群がっていく。不揃いなその牙で足に噛みつき、肉を食い千切る。
無論、次の瞬間には愛の足は完全に再生し、痛みも残らないのだが。ダメージは無いにせよ、腕と足、愛の四肢はその場に釘付けにされてしまう。その間、当然胴体はがら空きで。
「とりあえず表出ろや、間女」
ゆらぎが愛の目の前で中指を真上に突き立てた、次の瞬間。これまでの比でない地響きが地下迷宮全体を大きく揺らす。
『――――――――――――――――――――』
そうして、地面を突き破り現れたのは――白い、鯨だった。
全長三十メートルを超える白鯨が、この地下迷宮の更に地中奥深くから――生えてきたのである。
『――――――――――――――――――――――――――――――――!!!!』
ソレは、ゆらぎが地下で飼っている特別製の人造怪異。ゆらぎによって何百何千年という時間を掛けて狂わされ、在り方を捻じ曲げられ、やがて大きな鯨の形となったもの。
一時的に狂わされ獣人と成った信徒達のような即席の怪物ではない、謂わば怪物の王。地中を泳ぐ白鯨。ゆらぎの『奥の手』である。
ゆらぎの意思によって目覚めたソレは、地中の中を泳ぎ、大地を割り、宙へ飛び出して――愛の胴体目掛けて、その巨体で突進をぶちかました。ソレが地上に現れた衝撃は地下迷宮のみならず、その上に立つ大聖堂までをも崩落へと導く程の、大きな地盤崩壊を齎す。
大聖堂が倒壊する。虹色のステンドグラスが、瓦礫の雨となって辺り一面に降り注ぐ。外では信徒達の阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡っていた。
「しろちゃーん! それ、食べちゃってもいいからねー!」
白鯨ちゃんの突進を胴体に受けた黄昏愛はその衝撃で四肢がもげ、白鯨と共に地下迷宮の遙か上空、天蓋を突き破り空中へと放り出されていた。そんな光景を眺め、無邪気に嗤う歪神楽ゆらぎ。だが――
「う? お? と、と――わわっ!」
衝撃で崩れた足場がささくれのように捲れていき、歪神楽ゆらぎもまた愛と同様に宙へ放り投げ出される始末であった。瓦礫の雪崩が、この事態を引き起こしたゆらぎ本人すらも呑み込まんと、津波の如く襲いかかる。
「ゆらぎ……!」
揺れる足場を器用に飛び跳ね、宙に浮かぶゆらぎの身体をひしと抱き留めたのは開闢王だった。ゆらぎを抱えたまま瓦礫を足場に次々と跳躍していき、地上へと駆け上がる。倒壊していく大聖堂から離れた場所にまで避難する。
「きゃーっ! すごい! じぇっとこーすたー? みたい! 乗ったことないけどー!」
開闢王の腕の中、無邪気にはしゃぐゆらぎ。その一方で崩落していく大聖堂を眺める開闢王の胸中は穏やかではない。
「……ゆらぎ。いい加減にしなさい」
いつもと違う、酷く重い声色。開闢王が怒っている、あるいは悲しんでいる。そんな機微を感じ取り、いたずらがバレてしまった子供のように、ゆらぎは恐る恐るペストマスクを見上げるのだった。
「ゆらぎ。今の状況が解りますか」
「う……でも、だって……」
開闢王の周囲に黒い亀裂が現れる。そこから這い出てきた黒い触腕に、ゆらぎはびくりと身体を震わせた。
「貴女は僕を守ろうとしてくれた。それは僕自身、理解しています。そもそもこんな状況になった原因と責任は全て僕にある。ですが、それはそれとして……これは少々やり過ぎです。解りますね?」
「……はぁい」
伏目がちに、ぺこりと頭を下げるゆらぎ。その白い頭髪を開闢王が優しく撫でると、周囲の黒い触腕は霧散していった。
「後は僕が引き継ぎます。貴女は自分の居場所……は、もう崩れてしまいましたが……ともかく、地下に戻りなさい」
反省はしているものの、やはり少し不満げに、訴えかけるような眼差しを向けるゆらぎ。しばらく見つめ合っていた両者であったが、先に根気負けしたのはやはり開闢王だった。
「後で必ず顔を見せます。お留守番、出来ますね」
「…………うん」
「善い子だ」
崩壊していく世界の中でどこまでもマイペースに、仲睦まじい親子の光景を見せつける二人だったが――
「……お? あれっ――」
その直後。瞬きの内に、開闢王の腕の中から――ゆらぎの姿が忽然と消える。
咄嗟に開闢王は振り返る。視線の先、遙か上空に、ゆらぎは居た。ゆらぎの足首に絡みつく蛸の触手が、ゆらぎを開闢王の腕の中から攫い、上空へ引っ張っていったのだ。
そしてその触手の正体など、もはや言うまでもなく。
「こっちに来い…………ブチ殺してやる…………ッ!!」
逃がすわけが無いだろう――とでも言いたげな、鬼の如き形相で。黄昏愛はゆらぎの身体を触手で引っ張り、自分の傍へと一気に引き寄せていたのだ。
「ゆらぎ……!?」
手を伸ばす開闢王。ただの人の手が届くはずも無く、ゆらぎの身体は見る見るうちに愛の触手に引っ張られ、遥か彼方。
「わわっ……おかあさん、ごめ~ん! すぐ片付けてくるからっ、すぐ帰ってくるからっ、だから怒らないでぇ~っ…………!」
崩壊していく大聖堂を背景に、一人残された開闢王。すっかり豆粒ほど小さくなったゆらぎの姿を呆然と見上げる、空の下。
「……困りましたね、まったく……!」
混沌極めるこの状況、さしもの開闢王も悪態を吐かずにはいられず――思わず頭を抱えたくなるのを必死に堪え、急いでその後を追いかけるのだった。




