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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
怪物少女の夢想偽譚 第一章 叫喚地獄篇

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プロローグ -1

 いつでも憧れが最初の道標みちしるべだった。その童心に焼き付いた原風景は、想い起こすたび私の胸を熱くさせる。


 十五畳ほどもあるコンクリートの一室に、裸の信者達が所狭しと列を成して跪き、教壇の上で王冠を戴く父に頭を垂れるその異様。床から天井まで伸びる金属の棒に磔となった肉の塊。複数の人間がツギハギとなり形作られたそのモニュメントは、まるで地獄を煮詰めたような悪魔的芸術。悍ましくも美しいその造形に目が逸らせない。

 滴る血。燃え盛る業火。紡がれる誦経。呪われた儀式の全てを、父の隣で私は観ていた。観て、感動していた。


「いつか私も、パパみたいになれるかな」


 そう譫言のように呟く幼い私の、濡れた瞳を前にして、父は皺だらけの老いた顔をぐしゃりと歪ませた。媚びた道化のように持ち上げたその口角、悪魔のようなその笑顔が、私には眩しく映った。私も、こう成りたいと思った。


 これが私、キム修羅スラの原風景。いつまでも変わらない、私の道標みちしるべ


 知ってしまったのだ。呪術ことばで人を不幸にする愉しさを。恐怖を使った遊び方を。自分の欲望の形を、私は気が付いてしまった。

 思えば私は最初からそうだった。この名前、この容姿、宗教二世として産まれたこと、何もかもが必然。この命はそうあれかしと定められたに違いなかった。


 全部私が悪い。罪も罰も全て私のもの。誰にも渡してなんかやらない。私だけが敵で私だけが悪。私だけが正しくなくて私だけが間違っている。それでいい。それがいい。


 私はきっと、地獄に落ちる為に生まれてきた。


 ◆


 2013年。スマートフォンが本格的に普及し始め、誰でも手軽にインターネットへアクセスできるようになった時代。個人による情報の収集と拡散が容易になり、顔も名前も知らない相手と交流する機会はもはや日常となった。そんな状況を利用した違法ビジネス、いわゆる闇バイトの先駆けとなるような特殊詐欺はこの頃から巧妙化。知識も意識も法整備も何もかもが追いついていないこの時代の日本は、まさに犯罪の温床だった。


 無知を騙して搾取する。その構造はなにも時代や国に因る問題ではない。誰かが損をして誰かが得をする、人類の歴史とは常にその繰り返し。それ自体は間違いではない。というより、仕方がない。誰もがそうやって生きている。そうしなければ生きられない。だったら搾取する側で在りたい。自分が不幸になるくらいだったら、顔も知らない誰かが不幸になってくれたほうがずっといい。

 犯罪の心理、その本質は「自分が幸せになりたいから」に他ならない。どうすれば今よりもっと幸せになれるだろう。どうすればこの不幸から逃れられるだろう。誰もがその方法を必死に考えながら生きている。たまたまその方法が法律に違反していたというだけ。犯罪だからしたいのではなく、したいことがたまたま犯罪だった。

 その身勝手に赦しを与えることこそ私の役割。悪人にとって必要なのは自分よりも悪い存在。そこに需要と供給は成立する。搾取されるのはなにも無知で善良な人種ばかりではない。悪人もまた悪人を騙し搾取する。免罪符は金になる。


 全部私が悪い。罪も罰も全て私のもの。だから君は悪くない。思う存分したいことをすればいい。その代わりと言ってはなんですが、ほんの少しばかりのマージンは頂戴致します。

 私が生業としているのは、そんな至って平凡なビジネスだった。


「……おお。修羅スラ……来てくれたんだね。ありがとう……」


 私にその道を示してくれた父は今、病床に伏せている。病院の広い個室を貸し切って、純白のシーツに横たわるその老体は酷く痩せ細り、人工呼吸器が無ければ息をすることもままならない。昔は腰ほどまで長く伸びていたその白髪は見る影もなく、短く刈られた頭を枕の中に沈み込ませている。


「……パパはもう長くない。わかるんだ。自分の体のことだから……」


 父は昔から私に甘かった。歳を取ってからできた一人娘ということで、可愛くて仕方がなかったらしい。欲しいものはなんでも買ってくれた。見たいものはなんでも見せてくれた。聞きたいものはなんでも聞かせてくれた。触りたいものはなんでも触らせてくれた。

 全部私が悪い。罪も罰も全て私のもの。だから君は悪くない。思う存分したいことをすればいい――そう言わんばかり、父は私の為なら金も人も際限なく動かしてくれた。


「でもね……パパにはなんの未練も無い。だって……修羅スラ。この世界に、君を残すことができた。本当に、立派に育ってくれたね……君になら、教団あとのことは安心して任せられる」


 そんな父がもうすぐ死ぬ。呼吸器の中でか細い声を漏らしながら、浅黒くこけた頬を力なく緩ませる父の弱り切った姿を、私は長い前髪の隙間からただ静かに眼差していた。


「……愉しみなさい。これからの未来、全てが君の思うがままだ」


 開け放たれた窓から風に乗って桜の花びらが運び込まれる。喪に服したように黒い私のセーラー服がそよ風に揺れ、前髪が僅かに舞い視界が開けた。消毒液の臭いの混じったどこか無機質な空気が鼻腔を微かに刺激する。私は構わずそれを深く長く吸い込んで、やがてゆっくりと唇を開いた。


「今までありがとう。私、宗教二世パパのこどもに産まれてきてよかった」


 黒く澱んだ私の瞳と、白く濁った父のそれとが交差する。今生の別れを前にして、そこに浮かぶ涙は無い。悲しくないわけじゃない。ただそれ以上に、どこか清々しい気持ちがあった。人生に一つの区切りがついたという確信、その心境は父も同じだったようで、新たな門出を祝うように優しく微笑んでいる。


 私の物語はこれからも続いていく。その行き着く先を占うように、今私達の空に七色の橋が架かる。


「地獄に落ちたら、閻魔様によろしくね」


「ああ……地獄で待っているよ……」


 差し出された皺だらけの手を、私はそっと握り返す。さながらバトンを繋ぐように。その受け取った勇気で、私はもっと未来まで行けそうだった。


 ◆


 恐怖ホラーは金になる。


 人は恐怖の為ならいくらでも身銭を切れる。それから逃れる為に、あるいは怖いもの見たさで。全てにおいて恐怖とは善くも悪くも原動力となる。人類はみな恐怖中毒なのだ。

 斯く言う私もそう。童心に焼き付いた原風景、恐怖の具現たるその芸術に私は恋い焦がれてしまった。いつかあれを自分の手で再現したい。そう強く願っていたある日、私はそれと廻り逢ったのだ。


 都市伝説フォークロア。いつ、どこで、誰が最初に語り出したのか。正体不明の伝承、真偽不明の噂話。言葉ひとつで恐怖を煽るそれは、現代における呪術と言い換えてもいい。

 未知の恐怖を綴ったそれら物語はインターネットの普及によって爆発的に数を増やし、娯楽として世界中で親しまれ、私も類に漏れずその虜となった。特に私が魅力的に感じたのは、日本の匿名掲示板を発祥とする怪談――ネットロア。2010年代は匿名掲示板の全盛期、後に名作と謳われるネットロアの数々はこの時代に誕生した。


 そんな数多あるネットロアの中で、私が取り分け目を惹いた物語がある。匿名掲示板の書き込みを発祥とするその内容は、まるで私の憧れがそのまま形を成したようで。ああ、これは私だ。私のことを書いているんだ。そう思わずにはいられなかった。


 私もいつか、ああ成りたい。その為には金が要る。だから今日も働こう。夢を叶える為に。


「どうも」


 そんなわけで、平日の昼下がり。私は都内某所のカフェテリアに足を運んでいた。予め指定していた店内の片隅のテーブル席、その窓際に借りてきた猫のような面持ちで腰掛けている男に私は声をかけながら、その向かいの席に座る。

 四十代半ばといった風体の、疲れ切った顔をした痩せぎすのその男は、私の姿を見るや否や大きく目を見開かせた。まるで何かの間違いではないかと勘繰るように、念入りに周囲を見渡し始める。


「……あぁ、ええと……もしかして、貴女が……?」


 やがて男は声を潜めながら、恐る恐る私の方に視線をやる。男が戸惑う理由は明白だ。まさかこの場に現れるのが未成年の女子高生だとは思いもしなかったことだろう。よれきったワイシャツ姿の中年男性と、黒いセーラー服を身に纏う私。両者が一緒に居る光景はやはり異質で、事実周りからは奇異の目で見られている。それが男を一層挙動不審にさせていた。その動揺し切った様子が可笑しくて、私は思わず息を噴き出す。


「あはは。ごめんねえ、びっくりさせちゃいましたあ? 忙しくて、着替える時間も無くってえ。この後も別件で、すぐ出なきゃいけないんですよお」


 私の返答によって、見た目はともかくどうやら人違いでは無かったと、男は少しだけ安心したように息を吐いていた。


「ど、どうも。ええと、私は――」


「ああ、大丈夫ですう。それより、単刀直入にお伺いしますねえ」


 男の挨拶を遮り早々に本題を切り出す。人は短時間で決断を迫られると正常な判断能力を失う。時間を制した者こそが主導権を獲得できる。時は金なり。ビジネスの基本。


「お金、欲しいんですよねえ? だからここに来た。そうですよねえ?」


 私が微笑を崩さないまま尋ねると、男は頬を引き攣らせながらも恥を忍ぶように頷いた。


「は、はい……凄い人に会えるって、紹介されて。で、でも……本当に……?」


「稼げますよお。こんな学生でも、今のあなたの生涯年収を超える程度なら、一ヶ月で」


 息を呑む音が聞こえてくる。死んだようだった男の瞳に微かな希望の光が垣間見える。


「変えたいですかあ? 人生」


 やがて意を決したように強く頷いた男は、縋るような眼差しを私に向けた。カーテンを降ろしたように長い前髪の隙間、引き絞った瞼の奥に垣間見える私の瞳を必死に見つめている。その健気に手を差し伸べるように、私の口は八重歯を覗かせた。


 これが私の仕事。斯くして集まった信仰を糧に教団は更に大きく成長する。今はただの新興宗教団体でしかないが、いずれはこの国の根幹に巣喰いその内側から貪り喰らう怪物となる。それが子供の頃からの私の夢。ある物語との出逢いが、私にそれを自覚させた。


 私もいつか、ああ成りたい。


「改めまして、物部もののべ天獄てんごくと申します。これからよろしくねえ、お兄さん♪」


 ()()()()()()()


 なんて事はない。好きなキャラクターの名前を自分のハンドルネームにするなんて、よくある話だろう。憧れの人に近付きたくてその人の真似をするなんて、よくある話だろう。

 私もあんな風に、この国を滅ぼしたい。あんな風に、全人類を不幸にしたい。あんな風に、()()()()()宿()()()()()()()。その為には金が要る。だから今日も働こう。夢を叶える為に。

 私はそんな平凡極まる一般人。特別な才能なんて無い。ただ憧れに向かって一歩ずつ、地道に努力を重ねているだけ。


 これは私が地獄に落ちるまでの前日譚ヒストリア。現世が如何にして正史を逸脱したのか、その最初の一頁。


 この時はまだ、私の未来は明るかった。

 あいつが現れるまでは。

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