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怪物少女の無双奇譚《フォークロア》  作者: あかなす
第一章 等活地獄篇
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等活地獄 11

 突如飛び出した芥川九十九をすっかり見失ってしまったちりは、来た道を戻る他なかった。結局、ちりの居場所は『屑籠ダストシェル』以外に無いのである。

 九十九が噂の悪魔ではないことが確認出来ただけでも収穫であったが、しかし。ちりは九十九の様子に違和感を覚えずにはいられなかった。

 ()()()芥川九十九を、ちりは知らない。数百年に及んで、気の遠くなる程の時間をちりと九十九は共有してきた。もはや九十九について知らないこと、解らないことなど無いと思っていた。それがどうだ。いつからだろう、どこからだろう。今の芥川九十九のことが、ちりにはよく、わからない。


 そうして――もう何度目かの溜息を吐き終わって、廃校舎の校門に差し掛かった――その時である。


「……あ?」


 ちりは不意に足を止め、目を凝らす。一見して、相変わらずの悪趣味な建造物であることは変わりないその廃校舎は『屑籠ダストシェル』にとっては重要な拠点である。

 ちりを含む七人の幹部の根城にして、ある種の平和の象徴。此処が重要拠点だと解っているからこそ、他の勢力は真っ先に此処を潰しに来る。それはつまり、廃校舎に攻撃が集中することでそれ以外の他の場所の被害を抑えることが出来る、という役割もあった。


 そんな平和の象徴を見て、ちりの頭の中で何かが訴えかけていた。それはこの等活地獄で何百年と死線を潜り抜けてきた彼女だからこそ感じ取れるものに違いなかった。ただし、依然としてその正体は掴めぬまま。だからこそ、ちりはそれ以上歩みを進めることが出来なかった。


 それは、臭いのような。あるいは、音のような。正体不明の、その微かな違和感にちりが気が付いて――


「…………ッ!?」


 直後、一ノ瀬ちりは走り出していた。開け放たれた玄関扉の中へ全速力で駆け込み、迷うことなく階段を蹴っていく。二階、三階と駆け上った先で、廊下を一直線に進み――飛び込んだその教室内で、一ノ瀬ちりは目の当たりにする。

 床に転がる六つの肉塊。傷付き倒れる『屑籠ダストシェル』の七幹部。その見るも無惨な光景に、一ノ瀬ちりの頭に一瞬で血が昇っていく。


「……っ、う……」


 うめき声を上げた、その中の一人は全身に噛み痕にも似た裂傷――否、噛み痕そのものを負っていて。そんな血だらけの仲間を、ちりは構わず抱き抱えていた。


「誰にやられたッ!」


「……す……すみません、ちりさん……」


 血に染まった少女は、その黄色い髪を微かに揺らし、震える手でちりの肩を掴む。


「あんたの言ってることは……正しかった……」


 最後の力を振り絞るように、黄色髪の少女は天井を――廃校舎の屋上を指差した。そうして、とうとう糸が切れた人形のように、彼女の手はぱたりと地面に落ちてしまう。

 ちりは少女の体を床へ静かに下ろすと、弾けるように教室から飛び出した。赤い髪が、赤いスカジャンが、風で翻る。怒りと焦燥で気持ちが逸る。廊下を蹴り、階段を形作る大腿骨と肋骨を踏み割り、屋上へ通じる道を一気に駆け上っていく。


 ◆


 一秒と掛からず登り切った階段の先、屋上にて、ちりは乱れた前髪の向こうから、それと相対するのだった。


「テメーが……怪異殺しの悪魔か……ッ!」


 手すりから身を乗り出して。学校の周辺を見回しているらしい、黒いセーラー服の少女が、其処に居た。黒く長い、艶のある美しい髪が、屋上に吹く風を受けて靡く。すらりと伸びた四肢はモデルのようで、比較的身長の低いちりとは正反対の印象を受ける、その黒い少女。

 十六小地獄の殆どを一人で圧倒し、『屑籠ダストシェル』の幹部達も物ともせず、ここまで乗り込んできた――怪異殺しの悪魔。その正体である。


「やっと会えたな……ウチのシマを散々荒らしやがって……」


 黒い少女はちりの存在に気が付いて――赤く彩った口元を、ちりに向ける。口元を彩る赤い血は少女自身のものではなく。それが仲間の血であると、ちりには一目で解ってしまった。


「人を、探しています」


 解ってしまったからにはもう、我慢ならなかった。


「知るかッ! ブッ殺すッ!!」


 骨床踏み抜き、距離にして十五メートル、それをコンマ一秒で詰めたちりは、赤いマニキュアが塗られた指先を、()()、と動かす。

 ちりの異能、『()()()()()()』。赤いマニキュアに彩られた指先、それを爪と形容するにはあまりに鋭く、さながら刃のように伸びていた。

 人体など容易く切り落としてしまえるその凶刃を、ちりが喧嘩で抜くことは殆ど無い。こと喧嘩において、ちりはステゴロを信条としている。そんな彼女がそれを抜くということは、もはやこれはただの喧嘩ではなく、純粋に目の前の相手を殺す為だけに振るわれる、殺意の現れであった。

 放たれた凶刃が、盾のように前へ構えられた少女のか細い腕を切り裂く。夥しい量の血液が噴水のように飛沫を上げ、裂かれた右腕が肩から地上へ目掛けて、音を立てて崩れ落ちる。


 地獄に落ちた人間は怪異となり、死の概念を失う。しかし死の概念が無い怪異とはいえ、痛覚は正常に機能している。致命傷を受ければ当然、死なないというだけで、それは怪異にとっても深刻なダメージとなる。ましてや腕を一本失い、大量出血したともなれば尚更――


「……ッ!?」


 ――それなのに。肩から血を噴き出しながら、それでも目の前の少女は表情ひとつ変えないまま、そこに立っている。

 瞬間、殆ど無意識に、ちりは少女から距離を置いた。これまでに培ってきた経験が、センスが、全身でちりに警告を発する。その勘を裏付けるように、異変はすぐに起きた。


 切り落とされた少女の右腕、その出血が不意に止まり、肩口から、白い紐状の何かが幾重にもなって飛び出してきた。それが骨だと気付いた時には、更にそれを覆う形で赤黒い紐状の何かが夥しい数飛び出して、筋肉を形成する。そして次に飛び出してきたのは、茶色の毛皮であった。明らかに元の人間のそれではない異様が、少女の右腕としての役割を担っているようだった。


 どんな傷でも時間経過によって完全に再生させることの出来る高い自然治癒能力を、地獄におけるほぼ全ての怪異がデフォルトで持ち合わせている。その速度は緩やかなものだが、しかし時間さえかければどんな致命傷でも再生可能なそれは、怪異に死を許さないある種の呪いでもある。


 だが腕を落とされた端から直ぐに再生してしまえるというのは、地獄に落ちて長いちりですらお目に掛かったことのない、異常な光景であった。異常、つまりこれはただの自然治癒でなく、少女個人が有する異能であるという証左に他ならない。


「それが……テメーの異能か……!」


 先程までのか細かった少女の腕は、もはや見る影もない。筋肉が膨張し、茶色の毛皮に包まれたそれはまるで、悪魔のような。少なくとも、人間のそれではない。ただその茶色の毛皮に、ちりはどこかで見覚えがあった。それは決して悪魔などではなく、しかし地獄においてはある意味悪魔よりも稀有な、これは――()()()


「……人を、探してるんです」


「あァ……!?」


 少女は自分の身に起きている現象にまるで意にも介さず、いつものペースで言葉を紡ぐ。


「本当に知りませんか?」


「しつこいなまだ言ってんのか! 知らねェよ!」


 念を押すように尋ねてくる彼女に、ちりは突っぱねるように声を荒げる。


「……そうですか。なら、もう結構です」


 再度、ちりは少女に距離を詰める。左側に回り飛び掛かるように爪を振るう。人体を容易く切り裂く赤い抜爪。少女はそれを、茶色の毛皮包まれた異様の腕で受け止める。

 赤い爪は人外の腕を落とすには叶わず、されどその毛皮に爪が深く食い込み、抉り、切り裂いた。文字通りの大きな爪痕を残し、異様の腕からは再び血が迸る。その手応えを、肉を裂いた感触を確かめながら――ちりは確信する。


 ――異常な再生速度、加えて、強靭な人外の右腕。確かに強力な異能だ。そこそこいい線いってるんじゃないか? だが、その程度だ。これなら()()()()()()()()()()()()()


 とはいえ、あの人外の腕に捕まれば流石にタダでは済まないであろうことは、ちりにも解っていた。油断など微塵もしていない。腐っても相手は十六小地獄を潰し、『屑籠ダストシェル』の猛者たちを一人で圧倒している。慎重に行くに越したことはない。

 爪による一撃を与え、すぐさま距離を置く。ヒット・アンド・アウェイ。未知の相手に対して、これ以上に有効な戦法は無い――


「う、おっ……?」


 しかし。後ろに距離を取ろうとしていたはずのちりは、その場で尻もちをついていたのだ。無論、戦闘中にそんなヘマをするような彼女ではない。即ち、これは――


 ――右足に、違和感。そう直感して目をやれば、ちりの右足首は、吸盤の付いた赤と白の触手によって、絡め取られていたのだった。

 一瞬何が起きているのか解らず、思考が完全に停止する。その触手は依然、ちりの右足首を掴んで離さない。わけもわからないまま、咄嗟に触手の出処探して目をやると――


「は…………?」


 先程までヒトのそれであったはずの少女の左腕は、その名残を跡形もなく消し去り、代わりにその肩口からは、()()()()()()()()

 柔らかく、弾力があり、湿り気を帯びた、赤と白のその触手。吸盤という特徴から鑑みても、それが()であることはちりにも解ったが――しかし理解することと納得することは別物である。


 ちりが呆気にとられる隙、触手はちりを大きく上へ持ち上げる。事態の深刻さに気が付いた時にはもう遅い。逆さまになった視界には、あの黒い少女の、人外の右腕――魔腕が待ち構えていた。


「さよなら」


 振り抜かれた魔腕を空中で防ぐ術も無く、それはちりの腹へ容赦なく突き刺さる。内臓の破裂した音が体内で響き、くの字に折れ曲がった身体が宙を舞う。

 ぐるぐる、ぐるぐる、回る視界。目の前が酸欠と失血で真っ赤になったかと思えば、今度はチカチカ、白く光って、そして――暗転。


 声すら出せず、ただ実感として湧いてくる死に、身を委ねることしか出来ない。

 ただただ目まぐるしく変わり続けるその光景を、ちりはよく知っていた。

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