第六章 16 暗い帰路
16 暗い帰路
人間の世界と違い、海底に道路があるわけではない。だが、森と町の行き来は双方を線で結んだ最短距離を通るから、泳ぐルートは毎日だいたい同じになる。
いつもは日が沈む前に帰る道だが、今日は月明かりの中を、ペンライトで照らして進む。
「確かに、明るいときは見晴らしがいいから、もし魔物がいてもすぐに見えるし、むしろ森で探す手間が省けた、やっつけてやる、ぐらいに思えるけど。
今は自分の周りしか見えないから、近くに魔物がいてもわかんないし、突然何か飛び出してくるかも、って思えて、ちょっと怖いね」
「そうだな。前にも言ったように、魔物は人魚の生活圏ではないが、人魚の出入りのある場所で発生する。そして人魚の気配が減るのに比例して強くなる。
基本的に、町や平原は人魚の領分で、森や山は魔物の領分だ。
だが夜になると、平原も魔物の領分になる。人魚にとって不利な場所は、魔物にとって有利な場所だからな」
「そうだねえ」
私は薄暗い道を見回しながらうなずいた。
「それに、夜道は強盗が出る可能性もあるしな」
「えっ!? 魔物でなく人魚の!? だってノアタムアって治安がいいって言ったじゃん!」
私は泳ぎを止めてノアタムに詰め寄る。
ノアタムアは女ばかりだから性犯罪が起こりにくい。金に困っている者も、魔物と戦えば正当な報酬を得られるのだから、強盗でなく魔物狩り屋になることを選ぶ。以前そう説明されたはずだ。
「基本はそうだが、人の世から犯罪者を完全に無くすことはできん。
自分が朝から晩まで魔物と戦うより、朝から晩まで魔物と戦って疲れた他人を、帰路で襲って蓄光石を奪う方が、戦うのは一度で済むからな。楽をしてもうけたがる者はやはり現れるものだ」
「ええー……。魔物の気配より、悪意を持って近づいてくる人魚の気配を探す方が難しくない?」
私は辺りを見回す。魔物は、人魚への敵意をむき出しにしているので、注意して泳いでいればその気配に気づける。
だが、私から金品を奪おうとする人魚は、気配を消して近づいてくるに違いない。
幸い、今は自分の周りにはノアタムしか見当たらなかったが、数メートル先は闇の世界だ。森から町へ戻るルートは誰でも似たような物だろうし、この辺りで待ち伏せしている強盗がいるかもしれない。
私はぞくっとして自分の肩を抱いた。
「……やっぱり、日が暮れる前に帰った方がいいのかなあ」
「それはシンが決めることだ」
ホクトの町の明かりはもう目の前だった。私は急いでその中を目指した。
やがて、私は無事に町にたどり着いた。
森や平野は深い闇に包まれていたが、町にとってはまだ夜の始まりの時間だ。夕食を提供する店に、客がどんどん吸い込まれていく。
私もその中の一つに入った。
海藻サラダ30テニエル、練りエビのスープ40テニエル、ブータッポとメーコの炒め物50テニエル、四角焼き砂糖ギーム(ピチク)80テニエル、を注文した。
練りエビは、エビの肉をただ団子状に丸めた物ではなく、肉を練ってかまぼこのようになめらかにした物だった。昨日食べた炒め物の『練り魚』の食感に似ている。
日本ではかまぼことかちくわとかをまとめて『練り物』と呼ぶけど、ノアタムアじゃ『練り魚』なのは、エビでもこういうのを作るからか。確かに、魚を練った奴とは味が違うもんな。
そう思いながら私は練りエビの食感と味を堪能した。刻んだ海草もスープに入っており、疲れた体に染みる。
ブータッポとメーコの炒め物は、豚肉とご飯のような味で、ボリュームがあった。疲れた体の栄養補給にぴったりだ。
四角焼き砂糖ギーム(ピチク)は、桃の入ったパウンドケーキのようだった。甘くて疲れが癒やされる。
合計200テニエルになったが、私は満足して店を出た。
町の中はまだ明るいが、眠りにつく建物が少しずつ増えてきている。
「ふうう……100テニエルのエンフィ水を使っても、いつもよりそれぐらいしか余分に稼げなかったし、おやつとかご飯とかいつもよりたくさん食べちゃったし、結局は赤字かなあ……」
宿に向かって泳ぎながら、私はノアタムにぼやいた。
「栄養ドリンクを毎日飲むのは体に悪いし。夜まで森にいるのはリスクが高いし。やっぱ、エンフィ水無しで魔物狩りした方がいいかなあ」
「それはシンが決めることだ。お前は『一人旅をしている魔物狩り屋』なのだから、決定権はすべて自分自身にある」
「そうだね」
そう話しながら私は宿に帰った。
疲れていたので、すぐに眠りについた。




