第一章 08 蓄光石と鑑定屋
08 蓄光石と鑑定屋
「蓄光石とは、簡単に言うと、『どれだけ魔物を倒したかがわかる石』だ。
この世界の魔物は、先ほど説明したように、『人魚に便利に使われる精霊のストレスが具現化した存在』だ。
シンもさっき戦ってわかっただろうが、魔物は生物ではないので傷ついても血は出ない。世界を構成するエネルギーが魚などの形を取っているだけだからだ。
そして、一定のダメージを与えると、魔物としての形が崩れ、世界のエネルギーそのものに戻る。
だが、それがただ世界に還元されてしまっては、苦労して魔物退治をした甲斐がないだろう。
魔物を倒した者には、それ相応の報酬がないといかん。
そこで、蓄光石というアイテムが必要になってくるわけだ」
ノアタムはそこで一息つき、私の胸元の石を見る。
「魔物は、ノアタムア全体という広い世界の中では必要な存在だが、人魚の社会という狭い世界においては、やはり有害な存在だ。人魚自身が、積極的に退治しなくてはならん。
だから、魔物を倒すと、退治した魔物の量に応じて報酬が得られるシステムが構築された。それにより、『魔物狩り屋』という、魔物退治をして生計を立てる職業の者が多く存在している」
「うんうん、RPGでも、モンスターを倒すとお金が手に入るもんね。ああいうの憧れてたんだー! ちょっと町の外で弱い敵と戦ってれば小遣い稼ぎになるんだもん、履歴書書いて面接行ってバイトして、って手順踏まなくてもいいなんてうらやましい、って私の元になった誰かが思ってた気がする」
私は声が弾むのを感じる。
「うむ。そうやって異世界での冒険に憧れる気持ちを、わしがお前の姿で結実させたわけだからな。テンションが上がるのも無理はない。
ただ、ゲームでは戦闘終了後すぐに経験値と金が手に入るが、ノアタムアでは、金はその場では入手できない。魔物と戦った経験は、もちろん本人に蓄積していくがな。
魔物を倒した記録はその蓄光石に蓄積され、それを町の『鑑定屋』という施設に行って換金するのだ」
「ほう」
RPGなどでも聞き覚えのない単語が出てきた。
「蓄光石を所持して魔物を倒すと、魔物の形を取っていたエネルギーが光となって蓄光石に吸い込まれる。魔物を倒せば倒しただけ、その功績は蓄光石に蓄積していく。
蓄光石に溜まった光を鑑定し、換金する施設が『鑑定屋』だ」
「ふうん。それって、鑑定しないとわからないもんなの?」
「ざっくりした判別は誰でも出来る。蓄光石は最初は黒で輝きがないが、魔物を倒して光を吸い込むと輝きだし、倒した魔物の量により、色が変わるのだ。
蓄積した光が500テニエル未満なら、銅色。
蓄積した光が500テニエル以上、5,000テニエル未満なら、銀色。
それ以上になったら、金色。
通貨の金銀銅の分類と同じだ。今、シンの蓄光石は銅色に光っているから、鑑定屋で換金してもあまり大きな金額はもらえないということだな。
この光を、1テニエル単位で詳しく鑑定するのが、鑑定屋にいる精霊だ」
「へえ、鑑定屋に精霊がいるの」
「うむ。蓄光石の鑑定は精霊にしかできないからな。そもそも、蓄光石も精霊が作ったアイテムなのだ。
住民が人魚ばかりとはいえ、ノアタムアも中世ヨーロッパ風の世界だ。科学文明はそれほど発達していない。だから高性能なアイテムは、大体は精霊の力によって作られているのだ」
「ああ、確かに、ファンタジー作品でもよく、科学が魔法に置き換わってたりするもんね」
ノアタムはうなずき、続けた。
「さて、お前もこれから町へ行って鑑定屋に行けば、さっきザーコウオを倒した分の金がもらえるわけだが、その金はどこから出ていると思う?」
「え、お金? うーんと……。
RPGだと、モンスターがお金やアイテムを落とす、ってのはよくあるけど、この世界の場合は違うんだよねえ。
モンスターを倒して、魔物の毛皮とかを入手して町で換金するゲームもあった気がするけど、それもノアタムアの場合とは違うし。
町の施設で蓄光石の光を換金するわけだから、町がお金を出してるとか? 町を魔物から守ってくれたってことで」
「惜しい。町ではなく、もっと大きな単位、国そのものが報酬を出すのだ。鑑定屋は国営の施設であり、魔物狩り屋に支払われる報酬は、税金によって賄われている」
「ほう!」
悩んで出した答えは外れたが、悔しさより驚きの方が上回る。
「そもそも魔物とは、人魚が精霊を便利に使うことで生まれる存在だ。だから精霊を所持するには、国に税金を払う必要がある。その税金を、魔物退治の報酬に回してもらうためだ。
精霊は、人魚が国に、『こういう能力を持った精霊が欲しい』と申請し、国から許可をもらうことで、具現化する。そして毎月、精霊の能力に応じた税金を、精霊を所持する人魚が国に支払うのだ。能力の高い精霊ほど、人魚に使われることで溜まるストレスも大きいからな。
科学文明が環境破壊の問題と引き換えに人間の生活を便利にするように、精霊は、科学文明の代わりに人魚の生活を支え、それと引き換えに魔物という問題を生み出す。だが、魔物は人魚の手によって退治が可能だ。
科学文明が、税金を投じて環境問題に対策を立てるように、この世界では、税金が魔物退治の報酬に使われるのだ」
私はノアタムの話をうなずきながら聞いていた。
「なるほどねー。よくできてるなあ。あんたうまいこと考えたね」
「……ん、まあ、この辺は地上にもあるシステムでな」
「なんだ、パクりか。感心して損した」
「人聞きの悪い。良いシステムだからノアタムアにも導入したのだ」
ノアタムはムスッとした顔で言い返してきた。
「……では次に、魔法について説明してやりたいところだが、そろそろ町が見えてきたな。それについてはまた今度にしようか」
そう言われて進行方向の先を見ると、確かに、町のような物が見え始めていた。