第五章 16 ホクトの町へ
16 ホクトの町へ
三月十二日。時計の針が真下、日本で言う朝の六時に私は目を覚ました。ノアタムアで言う、朝の五刻だ。
今日でこのツウギの町を出て、北東のホクトの町へ向かうのだ。
身支度を整え、荷物をまとめる。すべての所持品を持って、部屋を出る。宿直室から出てきた受付の人魚に、今日でチェックアウトすることを告げ、部屋の鍵を返す。
宿を出て、開いている店で朝食を取る。小エビと海草のスープパスタと海藻サラダ、50テニエル。
店内の賑わいに紛れて、私は肩のノアタムに話しかけた。
「双牙舎で、ホクトの町へは素泳ぎで二日ぐらいって言ってたよねえ。お金節約したいし、泳いで行ってもいいけど、途中に宿屋ってあるかな?」
「この町は大きいからな。タヴィデの町からここへ来るときに寄ったような休憩所が、近隣にいくつもあるはずだ。双牙舎で、『ホクトまで素泳ぎで二日』とすぐに返答が来たのも、素泳ぎで行き来する人魚が多いからだろう」
「そういえば、魚車で乗り合わせた人達も、ツウギの町は大きいから~とか言ってたっけ。あっでも、あのとき、魚車代が300テニエルだったよねえ。魚車代がその倍でも、宿代だって500テニエルぐらいするし、素泳ぎで行ってもそんなにお金の節約にならない……?」
私は考え込むが、ノアタムが言った。
「あのとき魚車に乗っていた時間は、昼過ぎから夕方だったろう。休憩所で休むのも短時間で済んだしな。
朝から晩まで魚車で移動するなら、料金は倍では済まんはずだ。
朝も昼も夕方も移動するなら、距離がまず、倍ではなく三倍だろう。
そして長時間の移動ならば、御者だって昼飯を食わねばならんし、ベージンザメに与える餌の量も多くなる。魚車代にはそれらも含まれるから、値段は四~五倍になるのではないかな」
「うえ、1,500テニエル!? 高いなー。じゃあ素泳ぎで行くか……。魚車って贅沢品だったんだね」
「自力で移動する疲労と魚車の料金、どちらを重視するかだ。それに、荷物の運搬ならば多少荒っぽく扱ってもいいから、魚車が贅沢品とまでは言えんだろう」
「ああ、トラックで物を運ぶのとタクシーで人を運ぶのの違いみたいなもんかあ。タクシーに丸一日乗ったら万単位だもんねえ」
ノアタムと話しながら、私は食事を終えた。
店を出て、町の北東に向かう。今は朝だから、太陽が高く昇り始めている方角が南東だ。それを頼りに方向を定める。
朝食を食べ終わって動き出す時間なので、町は出泳ぐ人魚が増えてきていた。
しばらく泳ぎ、町の北東に着いた。町の中心部ほどではないが、あちこちで活動している人魚が見える。
人魚の建物の窓は、基本的に鉄格子がはまっている。その外側に、雨戸のように木の板がかぶせられている。夜は木の板が下ろされ、家の中の明かりがわずかに漏れるにとどまる。その板があちこちで開かれていく。
鉄格子がないのは、ガラス窓だ。どこの民家にも、明かり取りのはめ殺しの窓がいくつかある。夜はカーテンが閉まっているが、朝になると、それも次々開かれていく。
店は、大型のガラス窓で中を見せていることも多い。その内側で、開店の準備を始める人魚が見える。
他にも、玄関を開ける者、家の前の掃除を始める者。
それから、町の外へ泳いでいく者。
「あっちにホクトの町があるから、魚車を使わない人はこの辺から泳いでいくんだ」
「うむ。人間の世界と違い、地面に道ができたりはしないが、多くの人魚が通る場所、というのはもちろんある。こことホクトの町を直線で結ぶ道筋に、休憩所も設置されているだろう」
「よおし、じゃあ、私もこっちに泳いでいこう」
私はツウギの町を出て、北東へ泳ぎ始めた。




