第五章 11 消耗品の買い足し
11 消耗品の買い足し
三月十一日、もちろん天気は晴れだ。急ぎの用事はないので目覚ましのアラームはセットしなかった。それでも針が左下、日本で言う朝の七時頃には自然に目が覚めた。日本のようにテレビやネットがあるわけではないので、夜更かしせずに早く寝るからだろう。私は身支度を終え、朝食を食べに町へ泳ぎだしていた。
「いい天気ー。これから朝ご飯食べて、買い物して……。あ、宿代も払っておかなきゃ」
太陽の光を浴びながら、私はつぶやいた。
この世界の宿代は先払いなので、いつも朝食を食べに出て戻ってくるころに、カウンターで支払いを済ませている。
「明日、この町を発つ予定だから、明日は朝ご飯食べに出るころに、『今日でチェックアウトします』って言って荷物全部持って宿を出ればいいんだよね」
「そうだ。朝のうちならその日の宿代を払う必要はない」
「じゃ、明日は寝坊しないように目覚ましを掛けておこう」
ノアタムとそう話しながら、私は朝食を食べる店を探した。
私はいい匂いのする店に入った。ギームのパン、トリポイの卵の目玉焼き、海藻サラダ、サーミンのジュースのセットで50テニエル。
朝食を堪能し、宿に戻って支払いを済ませる。いろいろな店が営業を始める時間までのんびり過ごし、もう一度町に出る。
「えーっと、歯ブラシ、いや房楊枝が欲しいんだよね。あとちり紙も減ってきてるし……雑貨屋を探せばいいんだっけ?」
私は町を見回す。さっきより泳いでいる人魚が増え、町の活気が増してきていた。
「うむ。日用品だからあちこちの店で取り扱っているはずだ」
「って言われても、雑貨屋ってどんな感じ?」
「それは店によるが、房楊枝やちり紙なら、薬を扱う店でも売っているだろう。そのような看板を探すといい。町の中心部にある店ならば、品数も多いだろう」
「じゃ、今日もそっち方面に泳いでみるか」
私は時計塔の方向に泳いでいった。やがて見えてきた時計塔の針は、左上を指していた。朝の七刻過ぎ、日本で言う朝の十時前後だ。
町を見回しながら泳いでいくと、やがて、『薬、衛生用品』と書かれた看板が目に入った。
それは大きめの食堂ぐらいの建物で、広く入口を開けていた。
入口の左右には商品が並べられていた。近づいて見ると、薄い紙袋に包まれた紙の束だった。『ちり紙 二百枚 10テニエル』『お徳用ちり紙 千枚入り 40テニエル』『トイレ用 柔らかペーパー 五百枚 35テニエル』などの値札が付けられている。
「あったー!」
私はそれらを見比べ、二百枚10テニエルの物を選んだ。ちょうどティッシュ一箱分くらいの大きさだ。
「房楊枝は店内かな?」
私は店の中を覗き込む。他にも客がおり、皆、同じかごを持って品物を選んでいた。
「かごならそこにあるぞ」
ノアタムが私の耳元でささやく。ノアタムのひれの先を見ると、入口の手前の、重ねられたかごが目に入った。
「なんか、ファンタジーの薬屋っていうより、日本のドラッグストアみたい。ドラッグストアも入口にティッシュいっぱい売ってるし」
「扱う品物が多ければ、客が選んだ品々を店内で持ち歩くためにかごが必要になる。客を呼び込むためには店の外にも品物を並べた方が良い。店外に並べるなら、価格の安い、破損等しても損失の少ない品物の方が良い。
効率の良い経営を追求した結果、日本もノアタムアも同じような店舗形態に行き着いただけのことだ」
「はいはい」
私は適当にうなずき、かごを持って店内に入った。
店内も日本のドラッグストアのように、商品棚で店の中が縞模様に区切られていた。私は棚を見て回る。
入口近くの棚には、傷薬や消毒液、包帯が並んでいた。
「回復魔法があっても、やっぱりこういうのはたくさん売ってるね」
「魔法を使えん者もいるからな」
ノアタムが私の肩でささやく。店内は複数の客でざわついており、小声の会話なら周りに聞こえないだろう。
「こっちは……飲み薬か」
隣の棚には、解熱剤、咳止め、胃薬などが並んでいた。
「病気には回復魔法は効かないんだもんね」
「全く効かんわけではないが、病原菌と戦うのは病人本人の体力だからな。回復魔法で鼻や喉の炎症を回復させても、人体が病原菌に勝たなければまた炎症が起こる。回復魔法は病気に対しては解熱鎮痛剤ほどの効果と考えた方がいい」
「一人旅だし、風邪引かないようにしないとなあ」
私は次の棚に向かった。次は衛生用品の棚だった。
「あった! 房楊枝だ」
そこには、『房楊枝 十本 10テニエル』『おしゃれ房楊枝 二本 10テニエル』『お徳用房楊枝 百本 60テニエル』と書かれた品々が並んでいた。値札に書かれた本数でそれぞれ束になっている。
房楊枝は割り箸ぐらいの木の枝の先端を叩きつぶし、房状にした歯ブラシだ。普通に木の色をしている。だが売られている『おしゃれ房楊枝』は、軸の部分に色が塗られたり、装飾的な切り込みが入っていたりした。
「わあかわいい。歯ブラシもカラフルなのあるもんねえ」
私はおしゃれ房楊枝を手に取る。
「だが消耗品だからな。コストパフォーマンスは悪いぞ。割高でも、気分が盛り上がるから価格以上の価値があるとシンが思うならわしは止めんが」
自分の荷物の中に最初から入っていた物は、十本10テニエルの普通の奴のようだ。十日ほど使っているのでもうくたびれてきている。房楊枝は何ヶ月も使える物ではないようだ。
「うーん……そうだねえ……。消耗品だし安い奴を買った方が……でもお徳用は安いけどさすがに百本は荷物になるし……」
私は悩んだ結果、十本10テニエルの物を一セットと、おしゃれ房楊枝も一セットだけかごに入れた。
「かわいいやつを見ながら、それで磨いてるつもりで普通の房楊枝を使おう」
私は泳ぎを進める。房楊枝の隣には、櫛や手鏡、耳かきなどが並んでいた。
「身だしなみに使う物だね。……あっこれ!」
私は泳ぎを止めた。そこには、小型のはさみ、カミソリに混じって、爪切りが売られていた。
金属製で、やすりを裏返すとIの字からVの字になる、日本でよく使われているような爪切り。棚には大きさ別に数種類が並び、400テニエル前後の値が付けられていた。
「結構高い……一番安いのでも350テニエル……?」
隣に並んでいるはさみは200テニエルほどだった。
「はさみは様々な用途に使えるが、爪切りは爪切りにしか使えないからな。
はさみの歴史は古く、地球でも紀元前から使われている。地球でも、爪切りが発明される前ははさみや小刀で爪を切っていたと思われる。だが失敗して指先を怪我する可能性もあるからな。
ここは中世ヨーロッパ風の異世界だが、爪切りに特化した道具が欲しいという需要の元、Vの字の爪切りが誕生したのだ。だが、特殊な形状のため、はさみよりも高くなっている」
「そうなんだー」
「爪切りは高級品なのだ。それをお前の荷物に入れてやったのだぞ。わしに感謝しろ」
最後の一言がなければ素直に感謝してやったのだが、ノアタムのどや顔に私は、「はいはい、どーも」と言って終わった。
隣の棚には、また飲み薬のような瓶が並んでいた。棚にはポスターも貼られている。
ポスターはA4ほどの大きさで、印刷物のようだ。小瓶と薬草の絵が描かれ、商品名とうたい文句が書かれていた。
『エンフィ水』
『魔法を使いすぎて、でももう一仕事しないといけない、そんな時にはこの一本! 魔法を使う精神力が回復します』
『気力回復に効くエンフィ草エキスをベースに二十種の薬草を配合しています』
そしてポスターの一番下には注意書きがあった。
『精神力の回復には適切な休息と栄養のある食事が一番です。エンフィ水は一日一本を目安にご利用ください』
「確か……私が魔法屋で疲れた後に、あんたが言ってた奴だよね」
魔法屋で回復魔法の練習をした後のことだ。MPを使いまくったからそれを回復させるアイテムはないのかと尋ねたら、ノアタムはエンフィ水という名を口にした。
「うむ。シーズ水に海藻のエキスを混ぜた薬だ。だが栄養ドリンク程度の効き目だからな。RPGのMP回復薬のような効果は期待するな」
「うん。……でも、一本試しに買ってみようかな」
エンフィ水は一本100テニエルの値が付けられていた。まさに高めの栄養ドリンクだ。
この棚は栄養剤の棚のようだ。他の品の値札や瓶のラベルにも、滋養強壮、体力回復と言った言葉が並んでいる。
「でも、印刷したポスターがあるのはエンフィ水だけなんだね。他のも、値札にお店の人がうたい文句を書いたりはしてるけど」
「それだけ有名で、あちこちで売られている商品ということだ」
最後の棚には洗剤が並んでいた。
「あっこれも、前にあんたが言ってた奴」
どこの宿屋にも洗濯部屋がある。空気清浄機のような『水清浄機』と洗濯板があり、衣類の汚れをもみ洗いして水清浄機に吸わせるのだ。私も下着は毎日洗濯部屋で洗っている。水中なので汚れが乾いて落ちにくくなることはないので、洗剤無しで軽く洗うだけだった。
だが、衣類から汚れを分離させて固める『分離浄の魔法』をシーズ水と融合させたアイテム、『分離浄の洗剤』というものがあると、以前ノアタムは話していた。
「うむ。宿の洗濯部屋に洗剤は備え付けられておらんから、必要ならば、泊まり客が洗剤を買って持ち込むのだ」
「うーん、まあでも、今は買わなくてもいいかな?」
私はかごを覗き込む。必要な品は選び終えたはずだ。この店での買い物はこのぐらいにしよう。私はカウンターに向かい、支払いを済ませて店を出た。




