第五章 05 文房具屋(鉛筆や消しゴム)
05 文房具屋(鉛筆や消しゴム)
「双牙舎ってあんな感じなんだ」
外に出てから、私はノアタムに言った。
「双牙兵ってのも、兵っていうからにはもっと厳格な感じかと思ったけど、割とフレンドリーだね」
「ノアタムアは治安がいいからな。来訪者も、落とし物をしたとか、道に迷ったとか、そういう相談が多い。威圧的になる必要はない。そして、事件を未然に防ぐためにパトロールに行く」
「日本のおまわりさんも、自転車で町を見回ってるもんね」
私は少し泳ぎ、止まった。
「オーレの町はそんなに遠くないことがわかったから、のんびり行けばいいよね。せっかく大きい町に来たんだし」
「それはシンの好きにするがいい」
「えっと、手帳が欲しいんだよね。あと本屋にも行ってみたいし。服屋も……あんまり買うと荷物がかさばりそうだけど、ちょっと覗いてみたいかな。あっあと、そろそろ歯ブラシ、じゃなくて房楊枝とか、ちり紙の新しいのも買っておきたいな」
「では雑貨屋にも行くと良い。消耗品だからあちこちに店があるだろう」
「お金使ってばっかりだなあ……。この町の近くで魔物狩りってできる?」
「大きな町だから町の周辺も移動する人魚が多く、魔物は出にくいだろうな。ホクトの町は、周辺に林があるのが地図に描かれていただろう。魔物狩りはそちらでした方がいいのではないかな」
「そっか。じゃあこの町にいるのは、今日と……明日ぐらいまでにしようかな。じゃ、早く行きたい店を回っちゃおう。文房具屋とか、本屋とか……」
私は辺りを見回し、それらしき店を探して泳ぎだした。
しばらく泳ぐと、『ブーン文具店』と日本語訳された看板が目に入った。
「あった! ……前行った魔法屋はレンって精霊がいて『レンの魔法屋』って名前だったけど、このお店にはブーンって精霊がいるわけ?」
「文房具屋だとどうだろうな。精霊ではなく、店主の名前かもしれん」
「そっか、山田文具店、みたいな感じか。じゃあ、入ってみよう」
私はノアタムを肩に止まらせ、店内に入った。
店はそれほど広くなく、入口で全体を見渡すことができた。いくつかの棚があり、そこに文具が並んでいる。
入口近くにはカウンターがあり、椅子に座った人魚がいた。おそらく店主のブーンさんだろう。中年の女性で、目を閉じてうたたねをしていた。
店番中に居眠りできるなんて、やっぱり治安がいいんだな。
私はそう思いながら、店内を見て回った。
「わあ、きれい……」
思わず声が出る。だが店主は起きなかった。
私はインクの棚の前にいた。そこには小瓶に詰められた色とりどりのインクが並んでいた。
鉱物や動植物からこんなにたくさんの色が作れるなんて……あっでも地球にあるインクもそうやって作られていたんだっけ……? 人間だったころにこんな風にインクを眺めたことあったかなあ……。
そんなことを考えていると、肩のノアタムが小声でささやいた。
「付けペンとインクは、旅に持ち歩くには不便だぞ」
店主が寝ているので私と話すことにしたようだ。
「……そうか、小瓶が割れたら荷物がインクまみれになっちゃうもんね。じゃあ、ボールペンみたいなものとか……?」
「中世風の世界でボールペンは時代が進みすぎだ。鉛筆にしたらどうだ」
「あ、そういえば料理屋で鉛筆使ってるの見るもんね。鉛筆は中世にあってもいいんだ」
「色が付着しやすい鉱物を、木ではさんで手に色が付かないようにし、先端だけを筆記に使う、という構造だからな。地球の歴史でもボールペンより早く登場する。日本で最初に鉛筆を手にしたのは徳川家康だと言われている」
「へー! そうなんだ!」
「ノアタムアでも鉱物を加工して芯を作り、木ではさんで鉛筆を作っている。あちらの棚に並んでいるだろう」
ノアタムが示す棚を見ると、確かに鉛筆の棚があった。私はそちらに泳ぎ、品物を選ぶ。黒だけでなく色鉛筆もあったが、私はとりあえず黒を何本か手にする。
黒鉛筆のコーナーには、『黒鉛筆 一本 10テニエル』と日本語訳された値札が見えた。
「ちょっと高いね」
「そりゃあ、現代日本の大量生産品と比べればな。だが、庶民の日用品の値段の範疇だろう」
「そうだね。ええと、鉛筆削りは……」
「専用の削り機は無い。そこに小刀があるだろう」
ノアタムが示したとおり、鉛筆の横に、蓋の付いたカッターサイズの刃物が並んでいた。『小刀 一本 100テニエル』の値札が見える。
「戦闘用のナイフや顔用のカミソリを使うより、こういうのが一本あった方がいいよね。で、消しゴムは……」
「あれを使え」
ノアタムが示したかごにはゴムの切れ端のような物が入っており、『ムーゴの実 一切れ 20テニエル』の値札があった。
「ムーゴって……」
「手のひらサイズの実を付ける海草だ。海底を這うように成長し、重めの実を付ける。
実の表皮は熟す前は弾力があり、鉛筆の線にこすりつけるとそれを拭き取る効果がある。だから小型に切った物が『消しムーゴ』として売られているのだ。
ちなみに、ムーゴの茎や葉も弾力があり、伸び縮みするので、『ムーゴひも』として衣類などに使われたりする」
「便利設定……」
「いいではないか。地球で使われるゴムも植物なのだぞ。ゴムのような性質を持つ海草があってもおかしくない」
「そういえばそうか」
私は消しムーゴも一つ手に取った。
「後は……これを入れるやつ……」
ペンケースを売っている棚もあったので、私はそこに移動する。布や皮で作られたペンケースが、100から500テニエルほどで売られていた。蓋はボタンで閉じる形が基本だったが、ゴムバンド、いやムーゴバンドで閉じる形の物もあった。
私は150テニエルの、ボタンで閉めるペンケースを選んだ。
「後は……あっ、定規もある。え、定規!?」
私はそれをまじまじと見た。
そこには確かに、木でできた定規が並んでいた。目盛りは一センチ刻みのように見える。
「そういえば、この世界で、長さの単位とか全然気にしたこと無かったけど、長さの単位ってどうなってるの……?」




